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人理を守れ、エミヤさん!

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普通に死にかける士郎くん!





 英霊エミヤ。

 それは衛宮士郎の能力を完成させ、正義の味方として理想を体現した錬鉄の英雄。
 言ってしまえば、衛宮士郎である俺が、戦闘能力の面で目指すべき到達点の一つであり――同時に決して至ってはならない破滅地点でもあった。

 翻るに、今の俺はあのエミヤに並ぶ力を手にしているだろうか?

 おそらく、などと推測するまでもない。今の俺はエミヤほどの実力には到底至れていないだろう。
 冬木から飛び出て以来、必死に戦い続けたエミヤ。同時期に冬木から出て海外を回ってはいるものの、慈善事業の片手間で鍛練している俺。戦えばどちらに軍配が上がるかは明白だった。
 無論俺とて多くの実戦を潜り抜け、固有結界の展開も短時間なら可能になった。投影の精度もエミヤに劣るものではないはずだし、狙撃の腕はエミヤほどではないがそれなりのものだという自負がある。
 それに、俺は戦闘にばかりかまけていたわけではない。世界を見渡しても高名な料理人とメル友だし、料理の腕はエミヤに並んでいるのではないか。というか、戦闘以外でエミヤに劣るものはないと壮語を吐けるだけの自信を持っていた。

 三国志で例えるなら黄忠がエミヤで、俺が夏候淵といったところだろう。一騎討ちなどでは夏候淵は黄忠に負けるが、それ以外は夏候淵の方が上手なのと同じである。
 戦闘経験という面でも、守護者として戦い続け戦闘記録を蓄積し続けているエミヤに敵わないが。それでも耐え凌げるまでは持っていけるはずである。

 ――そんなことを考えつつ、俺は眼前のサーヴァント擬きを陽剣・干将で斬り伏せ、戦闘シミュレーションをクリアした。

『……凄いな』

 管制室にいるのだろう、レフ・ライノールの感心したふうな声がスピーカーを通して聞こえてきた。
 どことも知れぬ森林を戦場(フィールド)として設定し、アサシンのサーヴァントを擬似的に再現していたのだ。目的は、俺の戦闘技能の確認である。

 場所は既に人理継続保障機関カルデアの内部。アニムスフィア家が管理する国連承認機関だ。標高六㎞の雪山の斜面に入り口があり、そこから地下に向かって広大な施設が広がっているのだ。
 まるで秘密組織の本拠地みたいだ、と俺が感想をこぼすと、ロマニなどは笑いながら「みたいだ、じゃなくてまさにその通りなんだよ」と言っていた。

 投影した陽剣・干将を解除はせず、あらかじめ投影していた陰剣・莫耶と同じように革の鞘に納めて背中に背負う。俺の投影は異端のそれ、下手に宝具の投影など見せようものなら即座に封印指定されてしまうだろう。それゆえに、俺は干将と莫耶だけは投影したものを解除したりはせず、常に礼装だと言い張って持ち歩いていた。そう言っておけば、みだりに解析などさせずに済む。礼装は、いわば魔術師にとっての切り札のようなもの。それを解析させろなどとは言えないはずだ。

 額に滲んだ汗を拭い、乱れた呼気を整えつつ、一応は残心を示しながら、管制のレフへ強がるように応答する。

「この程度、さほど苦戦するほどでもないな」
『ほう。英霊の出来損ない(シャドウ)とはいえ、仮にも英霊の力の一端は再現できていたはずなんだが。流石に死徒をも単騎で屠る男は言うことが違う』
「戯け。今のが英霊の力の一端だと? 冗談も休み休み言え」

 探るような気配のあるレフの物言いに不快感を感じるも、潜在的な警戒心を隠しつつ無造作に返す。
 カルデア戦闘服とやらを着用しているからか、魔力の目減りはまるでなく、寧ろかつてなく調子が良い。これならバーサーカー・ヘラクレスを五分間ぐらい足止めし、殺されるぐらいはできるだろう。……結局殺されるのに違いはないわけだが。

 今まで無理な投影など、第五次聖杯戦争の時以外でしたことはないためか、未だに髪は艶のある赤銅色を保ち、肌も浅黒くはなっていない。赤い髪を掻き上げて、俺は自らの所感を述べた。

「アサシン――今のは山の翁か。あれは暗殺者でありながら気配の遮断が甘く、奇襲に失敗した後の対処が拙い。暗殺者が、こともあろうに正面から戦闘に入るとは論外だ。加え、いざ戦ってみれば敏捷性は低く力も弱い。逃げる素振りも駆け引きする様子もない。戦闘パターンもワンパターン。まるで駄目だな。オリジナルのアサシンなら、初撃で俺を仕留められなかったら即座に撤退していただろう。思考ルーチンから組み直すべきだと進言する。これでは英霊の力の十分の一にも満たんぞ」
『ふむ。……そんなものか』
「……」

 レフの言葉は、アサシン擬きに向けられたものか。それとも俺に向けられたものか。定かではない、ないが、しかし。底抜けに凝り固まった悪意の気配から、きっと俺へ向けた嘲弄なのだろうと思う。
 そうなら良い、と思った。俺は無言でシミュレーター室から退出し、レフの視線から外れた瞬間に、額に掻いていた汗をぴたりと止め、呼吸を平常のものに落ち着けた。

 実のところ、俺は全く疲弊してはいなかった。本物の英霊、それもアーサー王やクランの猛犬、ヘラクレスやギルガメッシュを知る身としては、あの程度の影に苦戦するなどあり得ない話だ。宝具の投影を自重せずにやれば、開戦と同時に一瞬で仕留められる自信がある。

 本当なら味方のはずのレフや、カルデアに対して実力を隠すのは不義理と言える。あるいは不誠実なのかもしれない。
 しかし、俺は魔術師という人種を、遠坂凛以外欠片も信用していなかった。敵を騙すにはまず味方からともいう。彼らを欺くことに罪悪感はなかった。
 それに、どのみちグランド・オーダーが始まれば、力を隠し続ける意味も余力もなくなるだろう。俺が期待以上の働きをすれば、ことが終わっても俺を売り、封印指定にまで持っていくこともあるまい。それまでは適当に力を抜いておくに限る。

「フォウ!」
「ん?」

 ふと、毛玉のような獣が道角から飛び出してきて、俺の肩に飛び乗って頭にすがり付いてきた。咄嗟に叩き落としかけたが、害意はないようだし放っておく。

「なんだ、ご機嫌だな。なにか良いことでもあったのか?」

 苦笑しながら腕を伸ばすと、意図を察したらしい毛玉の小動物――猫? ウサギ? みたいな何か――は頭から伸ばされた腕に移り、そのくりくりとした目で俺を見上げてきた。
 賢い奴だ、と思う。かいぐりかいぐりと頭や顎下を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めていた。
 どうやらなつかれたらしい。俺は昔から、どうにも動物の類いに好まれる傾向にあるが、初見の奴にまでこうも踏み込まれるとは思わなかった。

 戦闘シミュレーションを終えて、特にすることもなかった俺は、とりあえずこれの相手をして暇でも潰そうか、と思った。

「なんだったら菓子でも作ってやろうか。お前みたいなのでも食えそうなのも、俺のレパートリーにはあるんだ」
「フォウ! フォウ!」

 まるでこちらの言葉が分かっているかのような反応に、怪訝な気持ちになるが、まあ可愛いしいいか、と思っておく。大方、どこぞの魔術師が実験体にして、思考レベルを本来のものより強化しているのだろう。
 ざっと解析したところ、特に脅威になりそうな反応もない。危険はないと見て良いはずだ。――危険が多きすぎて逆に危険じゃないとも言う。

「フォウさん? どこに行ったんですか、フォウさーん!」

 ふと聞き知った声が聞こえてきた。そちらを見ると、白衣を纏った銀髪の少女――眼鏡がチャーミングなマシュ・キリエライトが歩いてきていた。

「……あ、エミヤ先輩」
「やあマシュ」

 こちらに気づいたらしい少女に、俺は半ば無意識に甘く微笑んでいた。女好きを自認する俺であるが、どうにも美女、美少女を見ると物腰が柔和なものになってしまう。
 ちょっと露骨過ぎやしないか、と自分でも思うが、なぜか改めることの出来ないエミヤの呪いである。まあマシュも満更ではなさそうなのでよしとしておこう。眼鏡っ娘の後輩属性とは、なかなかに得難いものである。なぜ先輩呼びなのかは謎だが。

「おはようございます、エミヤ先輩。今こっちに毛むくじゃらなフォウさんが来ませんでしたか?」
「ああ、おはようマシュ。そのフォウさんというのは彼のことかな。――ほら」

 言いつつ、いつのまにか俺の背後に回っていた猫っぽいウサギ、ウサギっぽい猫の首を摘まみあげて、マシュの方へ差し出した。
 フォウを受けとると、マシュは目を丸くして驚いていた。

「……驚きました」
「ん? 何に驚いたんだ?」
「いえ、フォウさんがこうまで誰かに親しげなのは見たことがなくて。……流石です、エミヤ先輩」
「……」

 何が流石なのかよくわからず、苦笑するに留めた。すると、フォウがマシュの腕の中で物言いたげに鳴いた。

「フォウー!」
「……ん、ああ……そうか。うん、わかってるさ」
「……? なにかあったんですか?」
「いやなに、たった今、彼に菓子を作ってやると約束したばかりでね……なんだったらマシュもどうだ?」
「え、あ……いいんですか?」
「いいとも。これでも菓子作りにも自信があってな。いつかマシュにも振る舞おうと思っていたんだ」
「……でしたら、その、ご相伴に与ります」

 菓子と聞いては捨て置けなかったのか、照れたようにはにかみながらマシュは俺の誘いに乗った。
 やはり女の子、甘いものへの誘惑には勝てないらしい。

「……うん。やっぱり後輩キャラはこうでないとな……、……っ?!」

 なんとなくそう呟いたとき、なぜか背中に悪寒が走った士郎くんなのであった。







   ――――――――――――――







『ロマニ。彼女はホムンクルスか……?』

『え!? い、いきなり何を言うんだ、士郎くんは』

『個人的にホムンクルスには詳しい身の上でね。一目見れば、彼女……マシュ・キリエライトがまっとうな生まれでないことぐらいは分かる』

『……』

『見たところ、ホムンクルスに近い。が、近いだけでそれそのものではない。――なんらかの目的のために生み出されたデザイナーベビー、というのが真相に近いか?』

『………』

『昔からモノの構造を把握するのは得意でね。それは人体も例外じゃない。医者の真似事が板に着いてきたのもそのおかげだな』

『……士郎くん』

『それに少し言葉を交わせば、マシュが如何に浮き世離れしているかすぐに分かる。彼女はあまりに無垢に過ぎるからな。大方カルデアから出たこともないんだろう。カルデアという無菌室で育った為に、マシュの体は外の世界に適応できないんじゃないか?』
『………』

『……マシュは、あと何年生きられる?』

『……機密だよ。マシュ本人も知らないはずだ。言い触らして良いものじゃない』

『そうか。……俺の見立てでは、あと一年といったところだが。どうだ?』

『……!?』

『なるほど、良く分かった。それではな、ロマニ。せいぜい悔いが残らないようにしろ。そんな辛そうな顔をするんだ、お前がマシュの件に関与していないことは分かったよ』

『……』

『俺は俺で、やれることはするさ。大人のエゴに子供を巻き込んで良い道理などない。――そうだな、とりあえず、甘いものを食べさせてあげよう。それから外の世界のことも話してあげよう。彼女の生きる世界は、決してカルデアだけで完結するものじゃないんだと、いつか証明できるようにしよう』

『……それは……』

『ああ。それはとても素敵なことだと俺は思う。不可能ではない。俺はそう信じる』

『……そう、だね。その通りだ』

『ロマニ。俺はね、出来ることはなんでもしてきた。それだけが俺の行動理念だった。……今回もそうだ。出来ることをする、それだけだよ』



 ――そう。出来ること(・・・・・)をする。死なないために、生きるために。



 自分の命を軽く見ることはないが、逆に固執しすぎることもない。思いすぎればそれは呪いとなり、俺はいつしか生に執着するだけの亡霊となるだろう。
 それは嫌だ。だから俺は俺という人間を全うするだけである。そしてそのためなら、俺は俺の全能力を躊躇いなく費やすだろう。
 俺という人間、その自我、自意識だけが俺の持つアイデンティティーだから。名前も体もなくし、赤の他人として生きねばならなくなったあの日から、俺はいつしか俺だけのために、俺の信条だけに肩入れして生きていこうと決めていた。

「……」

 美味しいお菓子と、日本ではあり触れた漫画やアニメ、それの内容を語って聞かせるだけで、マシュは大袈裟に驚き、大真面目に感動し、真摯に涙した。
 感情が豊かなのもある、だがそれ以上にマシュは何も知らなさすぎた。
 カルデアに来て、マシュと同じA班に配属されて出会ってから、俺は彼女に積極的に話し掛け続けた。俺の知っていることをなんでも教えてあげた。それは、俺が彼女と似た境遇の血の繋がらない姉(イリヤスフィール)を知っていたからこその接し方だったのかもしれない。
 ただの欺瞞なのかもしれない。だが、それでいいと俺は思う。
 どんな思いがあっても、マシュがどう感じ、何を信じるかは自由だ。マシュが何を思うかが大切なのだ。そこに俺の感情などが差し込まれる余地はない、所詮は雑念にしかならない。

 この広く、暗く、薄汚れた大人たちの世界では、正直マシュや義姉の境遇は珍しいものではないだろう。似たような環境で、より過酷な世界で育った子供を俺は何人も知っている。そして、そんな子供たちをよく知っているからこそ――そういう子供たちを保護し、接してきたからこそ。俺はそういったものに敏感で在り続けたいと思っている。

 何も感じないほど鈍感になってしまえばどんなにか楽だろうが、そんなものは糞くらえだ。子供たちの悲劇に敏感で在れ。安い同情でも良い、動機なんてなんでも良い、実際に行動した者こそが正義だ。綺麗事を囀ずり非難するだけの輩の言葉に耳を傾ける価値はない。やらない善よりやる偽善、それが本物の善だと俺は信じている。

 俺の知るアニメソング、一世を風靡した名曲を二人で熱唱し、マシュはいつのまにか疲れ果て、俺にあてがわれた部屋のベッドで穏やかな寝息をたて始めていた。

 こうしてマシュとデュエットするのもはじめてではない。最初は恥ずかしがっていたし、歌声も音程を外した音痴なものだったが、数をこなす内に上達して俺よりも上手くなっていた。
 時には半ば連れ去る強引さでロマニやオルガマリーも参加させ、声が枯れるまで歌ったものだ。オルガマリーなど、始めこそ低俗な歌なんて歌わないと意地を張っていたが……まあ、あの手の女性をあやし、或いはおだて、その気にさせるのは得意だった。いつのまにか一番本気で歌っていたのはオルガマリーで、あとからからかうと顔を真っ赤にして怒鳴ってきたものである。

 マシュの寝顔を見下ろしながら、その髪を手櫛で梳く。フォウはマシュの懐で丸くなり一緒になって眠っていた。

「……俺は、俺が気持ち良く生きるために動いてる。だからマシュ。俺のために、幸福に生きろ」

 マシュのような子供は、駄々甘に甘やかしこれでもかと可愛がるのが俺のやり方だ
 厳しさに意味がないのではない。厳しさよりも、可愛がることの方が個人的に有意義なだけだ。

 餓えに苦しむ人がいるのを知ってしまった。
 争いを嘆く人々がいるのを知ってしまった。
 貧しさに喘ぐ子供がいるのを知ってしまった。

 ――知ってしまったら、見て見ぬふりはできない。

 素知らぬ振りをして生きてしまえば、それはその瞬間に、俺という自我が俺らしくないと叫んでしまう。
 無視できないし、してはならない。俺が俺らしく生きるため、俺という人間をまっとうするために、極めて自己中心的に、そういった『求める声』に応え続ける。

 ……人間として破綻しているはずがない。俺は俺の欲求に素直に生きているだけなのだから。
 だから、善人たち。無垢な人たち。俺のために、俺の人生のために救われろ。俺の一方的な価値観を押し付けてやる。俺の思う『幸福』の形で笑えるようにしてやる。要らないならはっきり言えばいい。俺はすぐにいなくなるだろう。
 俺に救われた人間は、俺という人間の生きた証になる。俺が衛宮士郎ではないという証明になる。だから俺は俺のための慈善事業を継続するだろう。
 世界中を回っているのはそのため。冬木に残した後輩を、本当の意味で救うために対魔・対蟲の霊器を求めてのことでもあった。

 だから。そんな『俺の生きた証』を台無しにする人理焼却など認めない。

 死にたくないし、死なせるわけにはいかないのだ。なによりも、俺のために――






 
 ――爆音。

 カルデア全体が揺れたかのような轟音が轟き、警告音が垂れ流しにされ、視界が赤いランプの光で真っ赤に染まった。
 なんだとは思わない。不測の事態には慣れていた。ほとんど知識の磨耗した俺が、事前に防げることなどないに等しい。自分を守り、備えるのがせいぜいだった。

 今日は、すべてのマスター候補の召集が完了し、特異点へのレイシフトを実行する日だった。
 オルガマリーが、時計塔から来た連中の手綱を握るための日であり、そしてずぶのド素人のマスター候補に事態を説明する日でもある。大事なブリーフィングが日程に組まれていた。
 オルガマリーの指揮には服従すると契約していた俺は、諾々と彼女の求めるままにそのすべてに立ち会った。

 今回発見された特異点は、衛宮士郎の故郷である冬木であった。そういう意味で、最も状況に対応しやすいだろうと目され、オルガマリーからも期待されていた。
 まあ、予想は裏切っても、期待には応えるのが出来る男というものだ。期待通りの結果を出そうとオルガマリーには言っておいた。

 そうして、俺はオルガマリーらがカルデアのスタッフが見守る中、規定通りに霊子筐体(クラインコフィン)というポッドの中に入り、レイシフトの時を待った。その前に、同じA班のマシュと目が合った気がして――

 次の瞬間、俺の入っていたポッドは、他のポッドと同じように爆破されていた。

「――――」

 普通に瀕死の重傷を負った。

 視界がチカチカと明滅し、耳が麻痺してしまっている。咄嗟に己の体を解析すると、上半身と下半身がほぼ泣き別れになっていて、内臓ははみ出し、右腕が千切れていた。
 奇跡的に即死せず、頭が無事で意識が残っている。日頃から痛みに耐性をつけてあったお陰だろう、俺は凍りついたような冷静さで、死に瀕して体内で暴走しかけていた固有結界を制御、活用し上半身と下半身を接続。内臓もきっちり体内に納め、右腕も応急処置的に同じようにしてくっつけた。

 即死さえしなければ、どうとでもなる。

 我ながら化け物じみた生き汚なさだが、これはかつて俺の中で作動していた全て遠き理想郷(アヴァロン)が、傷を負った俺の体を修復していた手順を真似ているにすぎない。固有結界『無限の剣製』によって、体を継ぎ接ぎだらけのフランケン状態にしただけで、今にも死にそうなのに違いはなかった。
 早急にオペってほしいがそうも言っていられない。俺は死体に鞭打ち(・・・・・・)ながらコフィンから這い出て、炎に包まれた辺りを見渡した。

 ……オルガマリーが、死んでいた。俺と似たような状態になって。他のマスター候補たちも、死にかけている。

 怒りを抑える。今の俺に出来ることは、かなり限られていた。
 冷静さを失ってはならない。意識のある者を探していると、一人だけ残っていた。

 マシュだ。彼女も、瀕死の重体だった。
 下半身が瓦礫に潰されてしまっている。

「――」

 声が、出ない。声帯をやられたか。いや、一時的に声を発する機能が麻痺しているだけだ。時をおけばまた喋れるようになる、と自分を解析して診断する。
 無言で瓦礫を撤去し、下半身の潰れたマシュを抱き上げて、炎に包まれかけていたこの場を去る。他に生存者を探し、事態の把握に努めねばならなかった。
 マシュが何かを言っていたようだが、何を言っているのかまるで聞き取れない。死なせない、と口を動かして微笑みかけた。強がりだった。

 結局、生存者を見つけることはできなかった。

 カルデアスが、深紅に染まっている。

 中央隔壁が閉鎖された。閉じ込められたか。遠く、微かに回復した聴力が、機械音声を聞き取った。






 ――システム、レイシフト、最終段階へと移行します。

 ――座標、西暦2004年、1月30日、日本。マスターは最終調整に入って下さい。

 ――観測スタッフに警告。

 ――カルデアスに変化が生じました。

 ――近未来100年に亘り、人類の痕跡は発見できません。

 ――人類の生存を保障できません。

 ――レイシフト要員規定に達していません。

 ――該当マスターを検索中。

 ――発見しました。

 ――番号2をマスターとして再登録します。

 ――レイシフト開始まで。

 ――3。

 ――2。

 ――1。

 ――全行程クリア。ファーストオーダー実証を開始します。







「――待て。生き残りは、俺たちだけなのか……?」







 
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