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魔術師ルー&ヴィー

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第二章
  Ⅲ


 ルーファスらが魔術で王都へ向かった時、マルクアーンもエリーザベトとクリストフを引き連れて宿を出ていた。真夜中ではあるが、この宿は酒場も兼ねているため客足は多く、馬車も直ぐに手配出来た。
 三人はその馬車に荷物を積み込むや、慌ただしく出発したのであった。
「賢者様。この国は一体…どうなるのでしょう…。」
 馬車に揺られながら、エリーザベトは不安そうにマルクアーンへと問った。その隣では、クリストフが蒼い顔をして黙している。
「さてのぅ…。少なくとも、ルーファスらが上手く立ち回れば、新王選出まで漕ぎ着けるだろうが、そうでなくば…些か面倒なことになるやも知れんな。」
「それって…。」
 蒼褪めた顔でクリストフが聞く。だが、マルクアーンはそれに答えようとはせず、二人へと少しばかり強い口調で言った。
「お前達、このままコレンテ公の館へ連れて行く故、直ぐにこの国から出国しろ。」
 そう言われた二人は、体を強張らせて彼女を見た。二人は、自分達が思っている以上に事が切迫していることを悟り、これ以上は問えなくなった。
 貴族とは言え、ここは他国…二人には何の力もないのである。故に、二人はマルクアーンの言葉に従い、コレンテ公の館へ着くや事情を話し、公に仕える魔術師の力を借りて出国したのであった。
 二人を送って後、マルクアーンはコレンテ公の計らいで、そのまま魔術にて旧友の館へと向かった。
「シヴィル、よく来たな。生憎、この様な姿で済まんがな。」
「別に構わんよ。そんな事を気にする仲でもあるまいて。」
 ここはシュトゥフの寝室である。彼は起き上がることも儘ならず、マルクアーンはベッドの脇に椅子を置いて座っている。
 開かれた窓から光が注ぎ、心地好い風が入ってくるが…。
「しかし、お前が病に倒れるとはのぅ…。」
「言うな…儂も歳だと言う事だ。若い時分には、こうなろうとは思ってもみなかったがな。」
「人とはそんなものだろう。少し前にはファルが逝ってしまったしのぅ…。」
「そうだったな…。時とは足早に過ぎ去る幻影の様なもの。こればかりは自然の摂理だからな…。」
 二人は暫く、在りし日を思い出していた。
 遠い昔、この二人を含む五人組は、野山を駆けて妖魔を倒し続けていた。五人の思いは皆同じであった。この大陸に幸福を取り戻す…その強い思いが五人を繋ぎ留めていた。
「シヴィル…あの時は済まなんだ…儂が外したばかりに…。」
「その話は、もう良いではないか。わしが今、こうしてお前に会いに来れるのは、それがあったからだ。そんな事よりも、今はこの国の事じゃないか?」
「そうだな…。だが如何せん、この躰ではのぅ…。」
 シュトゥフは弱々しい笑みを浮かべてマルクアーンを見た。
 そんなシュトゥフに、マルクアーンは懐から何かを取り出して渡した。
「これは?」
「わしが調合した丸薬だ。病を完全に治せなくとも、気力と体力を回復させる位は出来る。まぁ、若い頃の様な無理は出来ぬが、出歩く事は充分出来よう。」
 そう言われたシュトゥフは、袋から丸薬を一粒取り出して口に入れた。
「随分苦いな…。」
「子供の様な事を言うでないわ!全く…あの頃と何も変わらんな。」
 顔を顰めるシュトゥフに、マルクアーンはそう言って笑った。
 暫くすると、何を思ったか…シュトゥフはベッドから起き上がって言った。
「こりゃ…本当に良ぅ効くのぅ…。」
「そうであろう?ま、一日一粒が限度ではあるが、それでも効力は充分な筈だ。さて…どう動く?」
 立ち上がって背伸びをするシュトゥフを見て、マルクアーンは苦笑混じりにそう言った。
「そうさのぅ…ここからでは王都まで丸2日は掛かる。夜は動かぬ方が懸命…とならば、明朝の出発が良かろうて。尤も、この老い耄れに何が出来るか分からんが、もう一花咲かせて逝こうぞ。」
「その意気じゃ。」
 二人は笑い合った。それは在りし日の幻影やも知れないが、今の二人には、その時の熱意が湧き上がっていたのであった。
 マルクアーンが自身が作った禁を破ってでもここまで来た理由…それは、この禍を事前に知っていたからである。
 彼女が〈大賢者〉と呼ばれる理由の一つとして、先を見通す星読みを得意としていることが挙げられる。先を読んで先手を打つことで、人災天災に関わらず、それを出来うる限り最小限に留めることが出来るのである。
 三月前、彼女は忌み星を見た。それはこの大陸全土に再び災厄が齎される前兆であり、その始まりは大神官ファルケルの死から始まったとされる。
 故に、マルクアーンは禁を破ってまで、自らが出来うることを遣りに塔を出て、こうして昔馴染みの戦友に会いに来たのであった。
 だが、シュトゥフもそれには薄々気付いてはいた。彼女が自ら動くという意味…それこそが、災厄が近いと言う証拠なのだと。
「シヴィル。この事をクリスティーナとトリュッツェルにも伝えてあるのか?」
「書簡で伝えてある。これから起こり得る全ての事を認めた。先ずは此処から…と言うことだ。」
 それを聞くや、シュトゥフは手を叩いて人を呼んだ。
「旦那様、お呼びでしょうか?」
 直ぐ様扉を開いて入って来たのは、未だ十代であろう少年であった。
「ルーク、スランジェと共に、出来る限り国の状況を調べ上げてこい。期限は夜明け前までだ。」
「畏まりました。直ぐに出発致します。」
 ルークと呼ばれた少年はそう言うや、そのまま部屋から出て行った。
「あの少年は何だ?お前…ああいうのが好みか?」
「勘違いするでない!ありゃ、うちの魔術師だ。ああ見えて中々腕が立つ。お前のお気に入りであるルーファスには敵わんがな。」
「ま、そうであろうな。あやつは桁が一つ二つ違うでな。本人は気付いとらんようだが。」
「…まだ話してないのか?」
「未だ時期尚早だ。だが、知ったところでどうなる訳でもあるまい?」
「まぁ…それもそうではあるが…。」
 シュトゥフは不服そうではあったが、今はそれを考えている場合ではないと反論を控えたのであった。
 その時、不意に扉がノックされたため、シュトゥフが「入れ。」と言うや召使いらしき女性が食事を持って入ってきた。
「旦那様。今日はお加減が良いと聞き、お食事も多く致しました。失礼とは存じますが、お客様のお食事もご用意させて頂きましたが、宜しかったでしょうか?」
「おお、気が利くのぅ。シヴィル、食事にしようではないか。」
 シュトゥフがそう言ったため、その女性はテーブルへと食事を並べた。それはとても良い香りを放ち、その香りに誘われるように二人は席に着いた。
「これはお前が作ったのか?」
「はい。お気に召しませんでしたでしょうか?」
 マルクアーンの言葉に女性は少し表情を曇らせたが、マルクアーンは直ぐにそれを否定した。
「いや、良く栄養を考えられた食事に関心したのだ。その上、とても見栄えが良い。」
「恐れ入ります。では、私は下がらせて頂きますが、ご用がありましたらお呼び下さい。」
 女性はマルクアーンの答えにそう言って笑みを見せ、直ぐに部屋から出て行ったのであった。
「あやつな、孤児だったのだ。戦が終わっても先の見えぬ時代じゃったからのぅ…。一度は城へ上げていたが、わしが王座を退いた時、あやつもついて来おった。全く…物好きじゃと思うがのぅ。」
「父と思うて慕っておるんだ。良いではないか…お前も娘と思うておるんだろ?」
「そりゃなぁ。だが、行く先短いこの老い耄れの面倒を見ておっては、良い縁も見付からんじゃろ?」
「お前がそれを言うな…。」
 マルクアーンは半眼でシュトゥフを見るや、シュトゥフは「そう言うな。」と言って笑ったのであった。
 シュトゥフは一人も妻を娶らなかった。無論、子もいない。
 以前にも語ったが、彼は現バーネヴィッツ公であるクリスティーナを好いており、その想いが叶わぬと悟った時、一生妻を娶らぬと決めたのである。
「若き日のお前だったら、女が放って置かなかったと言うに。」
「遠き昔の話しじゃよ。今はほれ、こんな爺になってしもうたからのぅ。」
「ほんに馬鹿じゃな。ま、これだけの人に囲まれておれば、そんな余生も良いかも知れんな。」
 そう言って笑うマルクアーンに、シュトゥフはほんの少し表情に陰りを見せて言った。
「お前もここに居れば良い。あんな塔に籠もらずとも、この島で妖魔は然程力は出せまいし、信頼出来る魔術師とて多く居る。」
 そのシュトゥフの誘いに、マルクアーンはその表情を輝かせたが…直ぐに影のある笑みに変わった。
「それでは駄目なのだよ。」
「シヴィル…まだあの事を…。」
 二人はそれ以上何も言わなかった。
 あの事…とは、シヴィルが守れなかったとある青年の話。
 彼とマルクアーンは親友であり、切磋琢磨出来る好敵手であり…姉の夫でもあった。しかし、マルクアーンはその彼に…友情以上の感情を持ってしまったのである。
 それ故…彼の死を止めることが出来なかったのである。
 マルクアーンはそれを悔やみ続け、もうその様なことがないよう、自らの心…想いを封じる道を選んだ。これを知るのは、五人組の仲間とコアイギスだけである。
「わしはな…あやつの罪を葬るために来た。」
「まさか…あの封を破るつもりか?」
「いや、最早破るまでもない。あの封は既に綻びかけておった。それを…何者かが破りおったのだ。それ故、この国の安定は妨げられておるのだ。」
「星読みか…?」
「そうだ。元来は時を正確に計るためのものだが、わしはそこに凶兆を見つけたのだ。わしは…それを阻止したいのだ。」
「全く…本当に変わらんな。及ばずながら、この爺も助力する故、先ずは腹ごしらえだ。食わねば力も出ぬからのぅ。」
 そう言って豪快に笑い食事を進めるシュトゥフに、マルクアーンは苦笑して返す。
「色気より食い気だったから、あやつに振られたのだろ?」
「煩いのぅ。もうそれは良いから…。」
 マルクアーンの言葉に、今度はシュトゥフが苦笑するほかなかった。マルクアーンもしてやったりの笑みを見せ、その食卓を潤わせたのであった。
 だが、その夜。シュトゥフが偵察に向かわせていた二人の魔術師が、とんでもない情報を齎したのである。
「旦那様、一大事に御座います!」
「どうしたと言うのだ?お前が合図もせず入ってくるとは。」
 ノックも無しに入って来たのはルークであった。余程急いで戻ったのか、些か息も上がっている様子である。
 そこにはマルクアーンもおり、シュトゥフと二人で今後どう動くかを決めていたのであるが、ただならぬ様子に二人はルークの元へと歩み寄った。
 少しだけ息を整えて後、ルークは二人へと告げた。
「旦那様、王都が妖魔の襲撃を受けております!只今魔術師達が総員で戦っておりますが、かなりの死者が出ているとのこと。」
「何じゃと!?この島国に、妖魔がそこまで力を維持出来る魔力は残っておらん筈じゃ!」
「ですが、何か別の力が作用していると思われるとのこと。アーダルベルト・フォン・シュテンダー様によると、魔晶石か、またはそれに準ずる魔具があるのではないかと。」
「お前、ルーファスに会ったのか?」
 その話に、マルクアーンは目を見開いて問った。すると、ルークは神妙な面持ちで返した。
「はい。彼は王都を守るため、弟子のヴィルベルト様と戦っておいでです。もしお二方がいらっしゃらなかったら、王都は既に陥落していたでしょう…。」
「そうか…あやつは今、戦っておるのか。では、わしが魔晶石を探す故、王都まで連れて行け。」
「シヴィル、今から行ってどうなる。陽が昇ってからで…」
「そう悠長な事を言ってはおれん!もし魔晶石かそれに近い魔具の力であれば、それを破壊せねば妖魔は再生を繰り返す。それでは神聖術者さえ手に負えぬ!」
 鬼気迫るマルクアーンの表情と言葉に、シュトゥフも腹を決めて言った。
「そうであれば、儂も行くぞ!お前一人良い格好をされてたまるか。」
「旦那様、そのお身体では…。」
 ルークは直ぐ様止めに入ったが、それでもシュトゥフは意思を曲げる気は無かった。
「煩い!わしはこれでも英雄と謳われた男じゃ!ここで身を縮めて隠れとっては名が廃る。いや、わしを信じてくれた皆に申し訳が立たぬと言うものじゃ!」
 もう行く気満々の主に、ルークは仕方無く「分かりました。」と渋々答えたのであった。
 そうして後、ルークはマルクアーンを、シュトゥフはもう一人の魔術師スランジェと共に王都へと転移したのであった。
 しかし、これはほんの序章に過ぎず、これが切っ掛けとなって事態は大陸にまで及ぶのである。



 
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