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魔術師ルー&ヴィー

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第二章
  Ⅱ


 翌日、エリーザベトとクリストフを加えた五人は馬車に乗り、一路王都へと向かっていた。
「ってか…昨日聞きそびれたが、何でクリスが居るんだ?お前、執務放り出して来て良いんかよ。」
 真正面に座るルーファスに問われ、クリストフはあからさまに目を游がせた。それを見るや、隣に座るエリーザベトが溜め息を吐きつつ答える。
「お兄様、クリスったらまたラインハルトに執務を押し付けて来たのですわ。こちらにエフィーリアが弟の見舞いに来たからって…それはないですよわよねぇ…。」
「お前の兄になったつもりもねぇがな。って…クリス?」
 ルーファスが半眼でクリストフに視線を戻すと、彼は冷や汗を流しながら、まだ目を游がせている。
 それを見兼ねて、マルクアーンは仕方なしに口を出した。
「クリストフ。お前、奥方はどうしたのだ?」
 その問いに、クリストフはしょんぼりと項垂れて返した。
「…えっと…見舞いに来ただけなのにと怒られて…追い返されました…。
「そうであろうな。父母だったらいざ知らず、友人でもない限り兄弟を見舞うのに亭主を連れてく妻はない。大勢で行けば向こうは気を遣ってしまい、養生どころではあるまいて。ましてや、お前は爵位を持つ立場ある人間なのだ。この愚か者が。」
 そう淡々と説教されるや、今度はポロポロと涙を流し始めた。
 それを見て…マルクアーンもいよいよ半眼になって言った。
「ルーファス。こやつ…頭は確かか?」
「…多分…な。」
 そんな遣り取りをヴィルベルトは、揺れを抑える魔術を行使しつつ見守るしか出来なかった…。
 幾時か過ぎ、一行は小さな町で休むことにした。丁度昼時でもあり、皆は目についた食堂へと入ることにしたのであった。
「お、ここの飯旨ぇな。」
「そうですね。あ、師匠…これ、何ですか?」
 ヴィルベルトがそう言って指差したのは、焦げ茶色をした魚らしきもので、濃いであろう汁に浸かっている。
「あ、それな。そりゃ川魚の一種だ。確か西大陸から伝わった料理で、甘辛く煮付けてある。」
「へぇ…。」
 ヴィルベルトはそう言うと、それを一口頬張ってみた。すると、それはルーファスが言った通り甘辛く、その上骨まで柔らかかった。
 それまで焼き魚しか知らなかったヴィルベルトは、その初めての味に驚かされたのであったが、それはマルクアーンも同じだったようで、彼女は熱心にそれを見ては口に運び「う〜ん…。」と唸っている。
 そして、暫くしてこう言ったのであった。
「これは…この大陸ではちと淡白過ぎる気がするのぅ。わしだったら油で揚げ、この濃い汁をかけるか…。」
 独り言であっただろうが、その言葉にルーファスは目を丸くした。
「油で…揚げるのか…?」
「そうだ。」
「魚を…か…?」
「そうだ。」
 そのマルクアーンの答えに皆が顔を引き攣らせたため、彼女は眉をピクッと動かして席を立ち、スタスタと厨房へと入って行った。
 厨房に入ると、驚いているコックらしき人物に声を掛けた。
「済まんが、食用油はかなりあるかな?」
 その問いに、脇から出て来た店主らしき男が答えた。
「お客さん…油なんぞどうなさるおつもりで?厨房に勝手に入られても困るんですがねぇ…。」
「なに、少しばかり試したいことがある。そうだのぅ…あの鉄鍋半分ほどあれば良いのだが。」
「そりゃ…そんくらいならありますがね…。」
「心配せんでも金は払う。後、川魚も何匹か用意してくれ。場所代も含めて相場の倍は出す故な。」
 そう言われた店主は、首を傾げつつもそれらを奥の作業台へと直ぐに用意した。周囲のコック達も何が始まるのか興味津々と言った風で、事の成り行きを見ている。
「店主、麦の粉はあるか?」
「へえ…パン用のもんなら…。」
「まぁ、それで良かろう。この盆に二握り程入れてくれ。」
 そう言いつつも、マルクアーンは手早く魚を捌いている。そして捌いた魚に塩を軽く振り、少ししてから水気を取って麦の粉をまぶした。
 先に油の入った鉄鍋を火にかけてあったが、マルクアーンはそこに何の躊躇もなく魚を入れたため、店主は大慌てで言った。
「あんた何してんだ!」
「少し黙って見とれ。店が吹っ飛ぶ訳でなし、金は払うと言うておろうが。」
「そうじゃねぇ。あんた、食いもんを捨てる気か!?」
「捨てるために金を出す馬鹿はおらんよ。良いから、暫く見ておれ。」
 その遣り取りをコック達だけでなく、厨房の外からルーファスらも見ていた。その後ろでは…他の客達さえも見物している有様ではあったが…。
 そうしている内に川魚はこんがりと揚がり、マルクアーンはそれを皿に乗せるや、まだ熱い内に煮魚の甘辛い汁をかけた。
 そこから立ち昇る何とも芳しい香りは、そこにいた全ての者の鼻を擽った。
「それ…食わせてくれねぇか?」
 店主は堪らずに言ったため、マルクアーンは皿を渡して言った。
「良い。お前が最初に食うてみろ。」
 マルクアーンの了承を得た店主は、早速それを徐に口へと運ぶと、サックリした食感に甘辛い汁が良く合い、中の魚はホクホクとしている。
 その食感と味に店主は大層驚き、直ぐにマルクアーンへと調理法を教えてもらえるよう頼み込んだのであった。
 この大陸に〈揚げる〉と言う調理法はなかった。
 油は炒め物や焼き物を焦げつかさずに作るためのものであり、大量に使う代物ではないのだ。そのため、マルクアーンが行った調理は、端から見れば異端なのである。簡単に言えば、キチガイ料理…とも言えようか。
 だが、それを食した店主は直ぐ様それを店に取り入れようとしたのだから、どれだけ美味かったのかが窺えよう。
 さて、マルクアーンは店主とそこにいたコック達に教える傍ら、ホールのテーブルに座る四人にもそれを作って食べさせた。
 最初は恐る恐る口にしたそれを、四人は一気に平らげてしまったのであった。
「お兄様…これは素晴らしい料理ですわ…!」
「エリザ、だから兄になったつもりはねぇっつってんだろが…。ま、そうだな。こりゃ、文句無しに旨ぇよ。」
「そうですね、師匠。僕もこんな料理初めてですけど、こんなに食感も風味も変わるなんて…。」
「そうだよねぇ…。僕もヴィルベルト君の言う通りだと思うよ。淡白な魚が、こんなにも濃厚になるなんて…。」
 皆がそう口々に賛辞を贈るのを見て、マルクアーンはニンマリと笑みを溢したのであった。
 その後、この料理は店の看板メニューとなった。マルクアーンは後日にレシピの改定や、魚だけでなく肉類などの調理法も書き添えて店主に送っているが、それが今日までも伝わっていると言われている。
 さて、一行は食事を済ませて後、再び馬車で出発したは良いが、マルクアーンの料理教室のお陰でかなり時間を使ってしまったため、ロシュの街で宿を取ることになった。ルーファスらは野宿でも良かったのであるが、エリーザベトとクリストフが絶対に宿を取ると言って聞かなかったのである。
「ったく…野営したって良いじゃねぇか…。」
「嫌ですわ!外は虫だらけじゃありませんか!」
「そうです!あんなんじゃ安心して眠れないじゃないですか!」
 ルーファスの文句に二人は大声を上げて返したため、その場にいた他の客達が何事かと、一斉にルーファスらへと視線を向けた。
「えっと…お二方、もうここまで来てますし、泊まることは決まってますし…少し静かにして頂けますか…。」
 ヴィルベルトは何とか二方を宥め賺しながら師をちらっと見ると、ルーファスの表情は不機嫌そのものになっていた。
 そのため、ヴィルベルトはルーファスの元へ歩み寄って言った。
「師匠、もう宿に入ってますし、今回の旅はマルクアーン様も一緒ですから…宿の方が良いのではないですか?」
「いや、何かあった場合、この客達も危ねぇんだ。」
「それだったら今までも…。」
「ヴィー…もうこの辺りは、例の封印にかなり近付いてんだよ。こっから先、何が起こるか知れたもんじゃねぇんだ。」
「…それって…。」
 ヴィルベルトは表情を強張らせた。
 その時、二人の会話を聞いていたマルクアーンが言った。
「ま、そこまで心配せんでも良かろうて。ここの国土自体、そう妖魔が暴れられる程の魔力はない。下級妖魔ならば、数時も動き回れまいて。」
「そうは言っても、俺らはあんたを守るのが仕事だ。」
「解っておる。全く…そんなに考え込んでおると、早ぅ老けるぞ。」
「うっせえよ!」
 そうしてマルクアーンとルーファスの言い合いが始まり、その隣ではエリーザベトとクリストフが未だに文句の言い合いをしていたため、ヴィルベルトは仕方無く、一人受付へと行って「本日五人で一泊…お願いします…。」と伝え、自分の懐から全員分の金を出したのであった。
 その夜…正確には真夜中を回った頃のこと。五人が部屋で休んでいると、ルーファスの部屋の扉を叩く者がいた。
 ルーファスは直ぐに目を覚まし、「誰だ。」と扉に向かって問うと、そこから「俺だ。」と言う返答が聞こえたため、ルーファスは多少ムッとして言った。
「詐欺なら間に合ってる。他あたれ。」
 そう返されたものだから、扉の向こうに立つ者は慌てて扉を開いた。
「分かってんだろうが!」
 そう言って入って来たのは、一人の黒い外套を纏った青年であった。
「うっせえよ、イェンゲン!こっちは寝てんだよ!そもそも、何でリュヴェシュタンの王都に居るはずのお前が、このゲシェンクに入ってんだよ。」
 ルーファスは蝋燭に火を点けながら不機嫌に言ったため、青年…イェンゲンは直ぐに返した。
「俺だってこんなとこ来たくねぇんだよ。特に、お前になんぞぜってぇ会いたくなかったんだが、お前の力が必要なんだよ。」
 そのイェンゲンの言葉に、ルーファスは顔を顰めた。
「はぁ?俺の力が必要って…何かあったんか?」
「相変わらず能天気な奴だな。お前、ここの王都で何があったか知らねぇのか?」
「何があったんだ?」
 ルーファスは目を細め、イェンゲンに問う。問われたイェンゲンは椅子に腰を下ろし静かに言った。
「国王が暗殺されたんだよ。」
 その一言で、ルーファスはこの国が今、非常に危機的な状態に陥っていることを悟った。
 このゲシェンクと言う国は、謂わば新興国なのである。先の大戦前には六つの小国で構成され、互いに国土を広げんがために戦をしていた。
 それが先の大戦の折、アーダンテ・シュトゥフがいがみ合う王らを叱責し、彼らに妖魔と戦う術を叩き込んだのである。
 シュトゥフはその後、五人組として仲間と各地を渡って妖魔を倒すことに奔走したが、大戦が終結して彼が再びゲシェンクへと戻った時、六人の王は彼を新たなる王とし、この島全土を一つの国としたのであった。
 シュトゥフ自身、民衆の意思を尊重して王にはなったが、それに期限を設けた。新たな国法の制定と公布、国土の正確な地図の作成とそれに基づく登記簿の作成、最後に戸籍の作成を成したら次の王を新たな法で選出し、その者に全て引き継ぐことにしたのである。
 シュトゥフが王座にあったのはたった六年であったが、逆に…たった六年で全て成し得たとも言える。現在でも、最も偉大な王と讃えられている。
 さて、新法では王の選出に厳しい指定があり、それはリュヴェシュタン同様、数人の大貴族と貴族院の承認を得なくてはならない。この法体制は、シュトゥフが五人組にいた頃に培われたものである。
 世襲にしろそうでないにしろ、国を守り民を導くことが王の絶対的な職務である。もし王がそれを自らの利益のために怠れば、国は弱くなり、他国に攻め滅ぼされかのない。先の大戦で、シュトゥフはそれを嫌と言う程思い知らされたのである。
 たが…王が暗殺されたとなれば、法が正しく動かされるとは考え難い。その為の暗殺なのだから、これを止めることは並大抵のことではない。
「シュトゥフ氏はどうだ?」
「…あの身体じゃ動けねぇよ。だから…こうしてお前を呼びに来た。」
 イェンゲンにそう返され、ルーファスは少し考えて彼を一旦部屋で待たせ、マルクアーンの元へと向かった。
 扉の前まで来てノックをしようとした時、中から「入れ。」と言う声が聞こえたため、ルーファスは直ぐに扉を開いて中へ入った。
 見ると、マルクアーンは何もかも知っている様子で、全ての支度を済ませて椅子に腰掛けていた。
「王が殺されたのであろう?」
「もう知ってたのか?」
「ああ。星が一つ流れたからの。して、どう動くつもりだ?」
 そのマルクアーンの問いに、ルーファスは淡々と答えた。
「俺は王都に向かう。恐らく黒幕も王都に居るはずだかんな。シヴィルはシュトゥフ氏の元へ向かってくれ。」
「承知した。お前はヴィルベルトを連れて行け。後の二人はわしが面倒を見る故な。」
 マルクアーンはそう言い終えるや、そのまま部屋を出てエリーザベトとクリストフを叩き起こし、二人に説明をして宿を引き払う手配をした。
 ルーファスもヴィルベルトを起こし、彼にイェンゲンを紹介するや、直ぐに支度を整えさせたのであった。
「師匠…この騒ぎって…。」
「向こうに着かなきゃ何とも言えねぇが…お前の想像通りかも知れねぇ。」
 ルーファスはそうヴィルベルトに答えて後、イェンゲンへと問い掛けた。
「お前、どこに移転するつもりだ?」
「王城近くの青の館だ。そこには今、この国の魔術師と神聖術者が集まってんだよ。ほら、行くぞ。」
 そう言うやイェンゲンは詠唱を始めた。
 すると、その力は直ぐ効力を発揮し、三人の姿はこの宿から消え去ったのであった。




 
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