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泡沫の島

作者:ユキネコ
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泡沫の島 2話「サヤ」

今でもふと、あの日のことを思い出す。

 過酷な訓練。味気のない食事。決められたスケジュール。

 それがあの”施設”にいた頃のあたしの全て。余計な行動は許されない。

 しかし、この島ではルールも何もない。食事も睡眠も、何もかもが自分の裁量で行うことが出来た。

 あたしは、初めて自由を手にした。それもこれも、シュウ君達のおかげだ。

 彼らが掬い上げてくれなかったら、あたしはいつまでもあの場所に居て、たぶん落ちこぼれのまま何処かで野垂れ死んでいただろう。シュウ君には感謝してもしきれない。

 シュウ君のためになら、いや、他の仲間達の為にだって、あたしは喜んで命を投げ出すことだって出来るだろう。

 …まぁ、つってもシュウ君よりもあたしのほうがピンチになりやすいだろうけどさ…。

 「……はぁ…。」

 「サヤさんサヤさん、料理豪快に落としまくってます。それはもう、気持ちいいくらいに。」

 「…ふぇ?あ、あああー!!!」

 ふと気が付くと、手に持ってた皿が傾いていて上に乗っていた料理が盛大に地面に散乱していた。

 「ど、どどど、どーしよどーしよ!?あ、あわわわ…。」

 「とりあえず落ち着いてください。あんまり焦るとまた…」

 その声が届く一歩手前で、あたしは地面に散乱した料理を踏んでしまい、足を滑らせる。

 「うーあぁぁぁぁ…。」

 視点がゆっくりと下へ、微かに視界の端に捕らえたスローに宙を舞う皿、近づく地面、そして…

 ぱりん。べしゃ。

 「…………。」

 「…………。」

 「…………だから言ったのに。」

 「う、うえぅ~…。」

 思いっきり顔面から着地。…痛い…身も心も痛いよ…。

 「……えーと、とりあえず起きたらどうです?」

 「……うん。」

 ユキちゃんの声にゆっくりと体を起こす。そして身体に付いた土を軽く払った。

 「とりあえずここは私が片付けときますんで、サヤさんはテーブルでも拭いてきて下さい。」

 「…わかった。ユキちゃん、ごめんね?」

 「いえ、かなり面白かったです。別に気にすることはないですよ?」

 ……褒めてるのかな?ま、いいや。

 あたしはその場をユキちゃんに任せてテーブルを拭きに行った。

 「はぁ…あたしってば何でいっつもこーなんだろ…。」

 一人溜息をつく。

 自分で言うのもなんだが、あたしは頭が悪い。たぶん皆の中で一番。いや、カズよりはいいはずだ。きっと。うん。そのはず。

 それだけじゃなく不器用だし、料理も結局ユキちゃんに任せっきり。ルナちゃんみたいにスタイルだって良くないし、これといって得意なこともない。あのカズでさえ筋力という取り柄があるのに。くそぅ。カズの奴め。憎たらしい。

 一応あたしにも能力はあるが、使い勝手が悪い上に、アレやるとホント疲れる。ものすっごく。だから必要な時以外はあんまりやらない。

 シュウ君は優しいからそんな能力がなくても変わらず接してくれただろうけど…やっぱり不安。時々、あたしなんかがこのメンバーと一緒に居てもいいのだろうかと思う。

 あたしが居なくても…ううん。むしろあたしは足手まといじゃないんだろうか?

 「……さん。サヤさん?」

 「……ん、んぇ?」

 「いつまでテーブル拭き続けるんですか?空が反射して見えるまでですか?」

 「あ、あぁ!あたし、またボーッとして…。」

 気が付けばテーブルはすごくピカピカになっていた。一体どの程度拭いたんだろうか。

 「……テーブル磨きに精を出すのも良いですが、そろそろ料理を運んでくれると私としては超ハッピーなのですが。」

 「あぅ。ごめんよぉ。今すぐやります。いや、やらせてください。」

 あーうー。なんか今日はダメダメだー。色々考え過ぎちゃってるよぉ。

 バカなあたしが出来ることなんて限られてるんだから、ちゃんとしなきゃいけないのに…。はぁ~もう最悪だー…。

 「……サヤさん。ちょといいですか?」

 「んい?」

 何だろ?あたしまたミスしちゃった?

 「……サヤさんは、めちゃめちゃ面白いです。見ていてホント飽きません。」

 「……あたし、今バカにされてる?」

 「いえ、そんな気はちょっとしかありませんよ?」

 「ちょっとはあるんだ…。」

 がーん。やっぱ直接言われると…へこむなぁ…。

 「えーと、そんなこと言いたい訳じゃなくてですね…。私はサヤさんの明るさに何度も助けられてるんです。」

 「助ける?あたしなんかが?」

 「えぇ、それはもう一人暮らしにとっての夜の半額シール並に。」

 「ごめん、その例えはいまいちよくわからない。」

 「サヤさんはよくやってくれています。私には無いものをサヤさんは持っています。ホント仲良くなれて超ラッキーって思ってます。ですから…。」

 ユキちゃんはそこで一旦区切り、一呼吸置いてから柔らかい笑みを携えてこう言った。
 
 「何も、心配するようなことなんてないんですよ?」



 「…………。」

 「……えー、と…サヤ、さん?」

 「……ゅ……ゅ…。」

 「ゆ?湯?」

 「ユキぢゃぁぁぁぁぁん!」

 あたしは胸に込みあげる何かを抑えることが出来ずに、たまらずユキちゃんに飛びついた。

 「……うっわ。もしかして泣いてます?」

 「ひっく、えっ、うぇっ。あた、あたし、邪魔じゃない?足手まといじゃない…?」

 「誰も邪魔だなんて思ってませんよ。というか、私的にはむしろ居て欲しいというか、いないと困るというか……。」

 「う、うあぁぁぁぁぁぁぁん!」

 「…あれ?悪化?」

 あたし、居ても良いんだ。みんなと一緒に…この島で、ずっと…。

 あたしは涙が止まるまで、ずっとユキちゃんの胸で泣き続けた。



 「…………料理、冷めましたね。」

 「う、うぅ。すまんです。」

 「いえ、珍しいもの見れて良かったです。私料理温めなおしますんで、サヤさんは顔でも洗ってきてください。」

 「うん、ありがと。」

 多分あたしは今、泣き腫らしたひどい顔をしているんだろう。こんな顔をシュウ君に見られたくない。ユキちゃんの言葉に素直に従った。

 灯台の裏手をちょっと行った所に川が流れている。澄んだ川で、飲用にも使用できる。あたしはそこで、ばしゃばしゃと顔を洗った。

 「……ふふ、うふふふふ。」

 さっきのことを思い出すと口元が緩んでしまう。やっぱユキちゃんはすごいなぁ。あたしの考えてることなんてお見通し?

 欲しかった言葉。あたしには決して手に入らないと思っていた仲間。とても嬉しかった。

 シュウ君、ユキちゃん、ルナちー、…まぁ一応カズも入れてやるか。

 この仲間達が居れば、後はなにもいらない。

 あたしはどうしようもないバカだけど、それでもいいって言ってくれた。だからあたしはもう、迷わない。

 皆が示してくれる道が、あたしが進むべき道だから。どんなことにだって立ち向かっていける。

 「…………ぃよし!」

 洗い終わった頬を叩いて気合を入れる。

 あたしなんかがうじうじ悩んだって仕方がない。そーいうのはシュウ君やユキちゃんみたいな頭のいい人に任せよう。

 あたしができるのは、明るくいること。ユキちゃんが必要としてくれたこと。

 だから、あたしは常に明るくいよう。みんなに少しでも元気を分けてあげられる様に。

 
 あたしは新たな決意を胸に、仲間の集う灯台へと急いだ。 
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