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死んだ筈の夫

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第一章

               死んだ筈の夫
 エカテリーナは若い貴族や軍人達に担がれる形でクーデターを起こしそのうえで夫である皇帝ピョートル三世を退位させ自身が皇帝となった。ロシア皇帝エカテリーナ二世の誕生である。
 玉座に座ったエカテリーナだがすぐに彼女の側近達は尋ねた。
「まずはご即位おめでとうございます」
「それなのですが」
「先帝については」
「夫ですか」
 エカテリーナはその面長の顔を顰めさせて応えた。
「その処遇ですね」
「このままですと」
「やはり何者かが担ぐかも知れません」
「そうしかねないので」
「ですから」
「それには及ばないと思いますが」
 エカテリーナは夫の処遇についてはこう述べた、政治能力にも知力にも魅力にも軍事的才能にも恵まれておらず廷臣達の多くに見限られた夫はというのだ。
「別に」
「あのまま放っていてもですか」
「誰も擁立しない」
「だからですか」
「何処かに軟禁しておいていいでしょう」
 それでとだ、エカテリーナは言うのだった。彼女は夫への愛情なぞ結婚してすぐになくなっていたがそれでもだった。
 殺すと悪名を被るのでそれはするつもりはなかった、だが一部の者が暴走し暗殺しても適当な理由をつけて急死したということにして終わらせた。
 話はこれで終わりの筈でありエカテリーナはロシアの国政に専念し自身が君臨する国を内政でも外交でも成果を挙げて領土も拡大していった。
 だがその統治が確かなものになり欧州各国にもその名が知られる様になってだ。
 オスマン=トルコとの戦いを行っている時に突如として叛乱が起こったがその首謀者であるプガーチョフの言葉を宮廷で聞いて思わず言った。
「馬鹿な、その様なことがです」
「あるとはですね」
「このことは」
「思えません」 
 到底とだ、女帝は廷臣達に答えた。
「夫が生きているなぞ」
「はい、間違いなくです」
「先帝はあの時に死んでいます」
「私はこの目で見ました」
 廷臣の一人が女帝に申し出た。
「あの時先帝は間違いなく」
「卿はあの時あの場所にいましたね」
「私は刺していませんが」 
 しかしというのだ。
「間違いなくです」
「夫はですね」
「あの時我々の手によって刺され」
 そうしてというのだ。
「死んでいます」
「そうですね」
「それでまだ生きているなぞです」
「有り得ないですね」
「そんな筈がありません」
 その廷臣はまた言った。
「先帝はあの時確かに死にました」
「ではプガーチョフは偽ディミトリーですね」
 エカテリーナはかつてこの国に現れた自身が実は生きていた皇族の者であると言いポーランドからロシアに入り僭主となったこの者の名前を出した、彼女のロマノフ王朝の前のロシアの動乱期のことだ。
「そうなりますね」
「おそらくは」
「ではです」
 エカテリーナはプガーチョフが夫ではないことを確信しかつロシアで今も言われている僭主偽ディミトリーの類と確信し安心してだった、軍人達に命じた。
「トルコとの戦争を早急に終わらせるのです、そして」
「プガーチョフ達をですね」
「討つのですね」
「そうするのです、彼等は多くの地域に兵を進めていますが」
 このことが脅威となっている、だがそれでもというのだ。 
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