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Unoffici@l Glory

作者:迅ーJINー
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1st season
  11th night

 
前書き
 前半、雷光の疾風の話はひろかず様(Twitter@hirohirokazukazu)より、後半の「若き老兵」の話はビスマス様(Twitter@f01bismuth) より戴きました。両者に、感謝。 

 
「……ええ……はい。一つ前のA7、勿論クワトロで」

 夜の都会の喧騒から少し離れた郊外の喫茶店。その店のカウンター席でコーヒーを飲みながら電話をする男が一人。赤いヒョウ柄シャツに黒いジャケットといういささか派手な出で立ち、「雷光の疾風」である。

「……わかってますヨ、予算内でビシッとしたタマ探しますから」

 一息ついてから彼は携帯を切った。

「ったく……あのオッサン変なところでケチケチしやがってヨォ……」

 その顔は先ほどまでの明るい声色とは打って変わってげんなりとしたものになっている。残っていたコーヒーをグイと飲み干すと、彼は再び携帯を手に取った。

「あ、もしもし、カタさんですか?遅くにすいません広瀬っス。今週のオークションで……はい、例のA7……チェックランプ?大丈夫すヨ。こっちで消して納車しちゃいますんで。お願いしますネー」

 電話を終えると同時にカウンター席から立ちあがり、喫茶店を後にする。中古車の販売を個人で行っている彼は、これで当面の生活費に困らずに済むなと安堵しつつ、愛車である黄色いRX-8のコックピットへと体を滑り込ませた。慣れた手つきで跳ね上げていたステアリングを元の位置へと戻し、エンジンをスタートさせる。

「ちと早いが、今日も首都高に向かうとするかネ……」

 周囲の静寂を切り裂くように13Bロータリーエンジンが目を覚ます。エンジンの暖気が済むのを待ちながら一通りの計器を確認し、最後に時計へと目をやる。時刻は21時を回ろうとしているところ。水温油温が上がってきたのを確認したのち、彼は首都高へと向かった。

「今更ながら、まさか俺が、こんなにもあの場所の虜になるとはネ――」



 彼は元々、クローズドサーキットでの走行がメインのドライバーであった。関東周辺で行われる草レースにおいては、NAマシンであるにも関わらず並み居るターボマシン勢と互角以上の走りを繰り広げ、「孤高のグレーラビット」の32Zと共に優勝争いの常連となるほどだ。ビッグパワーなどなくとも、マシンのトータルバランスと自身のウデさえあればどんな相手にも太刀打ちできる。その時はそう思っていた。

 そんな時だ。彼があの噂を耳にしたのは。

 ――『Dの遺産』の復活――

 18年前、誰もとらえることのできなかった伝説のマシン。その伝説が受け継がれ、再び走り出そうとしている、と。乗っているものの命をを吸い取っているかのような速さ、恐怖というものを一切感じさせない走り。

 彼は当初、この噂には一切興味を示してはいなかった。耳にする噂もみな眉唾物ばかりのものであったし、そもそも首都高サーキット自体に大した魅力を感じていなかったからだ。クローズドのサーキットに比べ、首都高サーキットは公道を使用しているというその性質上、路面は荒れに荒れ、ギャップもひどい。更には狭いコース幅の中に様々なペースの車が入り乱れ、モータースポーツとしては非常に走りづらいコースと言える。マシンの限界を常に引き出して走ることを信条とする「電光の疾風」とRX-8にとっては、到底相性の良い場所とは言えず、むしろフラストレーションの溜まるステージと言えた。



 ではなぜ今、不得意なステージで『Dの遺産』をこれほどまでに追うようになったのか。

「やっぱり、あの人の影響だよナ……」

 その出会いは今から数年前へとさかのぼる。当時、中古車のブローカーまがいの事を始めたばかりの彼は1台の中古のRX-8に出会う。それまでにも仕事で何台もの車を乗ってきていた彼であったが、初めて乗ったロータリーエンジンには衝撃を受けた。ロータリーならではの軽やかな回転感、高音域を奏でる独特なエキゾーストサウンド。理屈を抜きに心へと刺さるものがあった。

 速さで言えばもっと速い車もある。通常のレシプロエンジンに比べれば手間もかかるしチューニングの伸びしろも少ない。だが、走るならばこれしかない。そう思わせる何かを彼は感じたのだ。そこからどっぷりと走りの世界へと嵌っていった彼は、ある走行会で真紅のFD3Sに乗る一人の男と出会う。

 初めて交わした会話は彼自身よく覚えていないが、その男がまとっていた雰囲気が今まで出会ってきた他者とは何か違うものであったことだけは鮮明に覚えている。プライベーターとしてロータリーマシンをいじっているというその男は、当時まだ駆け出しだった彼に対し、チューニング面だけでなくドライビング面でもことあるごとに様々な助言を与えた。
 普段ならばあまり他人からの助言を聞こうとしないのだが、なぜかこの男の言葉には反抗する気も起きず素直に聞き入れる事が出来た。その結果、見る見るうちにマシンもドライバーである彼自身もレベルアップを果たし、「雷光の疾風」と呼ばれるまでになったのだった。

 そんな中突然浮上した、Dの遺産復活の噂。
 彼がそのことについて問いただしてみても、あの男は答えを濁すばかりだ。だが、たとえ明確な答えがなかろうとあの男が『Dの遺産』について何か関係があるのはまず間違いない。あの男が何も語らないということはつまりまだ、今の自分の手にあまる話だということなのだろう。



 冗談ではない。



「雷光の疾風」は心の中で毒づく。自分などまだお話にならないというのならば、自らの力で真相まで追いつき、見返すまでだ。

「遅い奴にはドラマは追えない、てナ――」

 彼はひとり呟くと、今夜もまた首都高へと上がるのであった。



 また別の日、C1内回り、芝浦PA。

 1台のRが目を覚ます。BCNR33型スカイラインGT-R。ループをゆっくりと駆け上がり、本線に身を踊らせる。落ち着いた、悪くいえばこの世界では地味な、純正色のシルバーが描き出すライン。C1で振り回すには明らかに大きく不釣り合いな車体。それをひらりと舞うように制御し、狭いC1を駆け抜けていく。
 コーナーに差し掛かれば丁寧なブレーキングで減速。アウト側の車線から鼻先をインに向け、僅かにリアを滑らせる。向きを変えつつコーナーをクリアし、先の短い直線へ飛び出していく。最低限の減速、自由自在なステアリング捌き。 「動きがダルい」とされる33Rだが、そんな事を微塵も感じさせずにこのRは舞う。



 そんなRの後ろから、NSX-Rが追い上げてきた。新しいチューニングを施されたグレーラビットの駆るマシンは雰囲気猛々しくRに仕掛けようとする。

「この辺じゃ珍しい33R……新しいコイツで試してやる……」

 威圧感を隠さずRの後ろに付きパッシング。バトルの合図。ギアを落として加速体勢を作るNSX-R。しかし───



「…………は?」



 Rはコーナーを抜けると左ウインカーを点灯。速度を下げない程度にブレーキランプを点け、NSXを前に出した。

「……肩透かしか……」

 急速に興味を失ったグレーラビットは気だるく加速。すぐにRからは見えなくなった。

「悪いね、今日は休みなんだ」

 Rのドライバーは呟いて、マイペースでの周回を繰り返す。幾つかの本気で攻めていくマシン達が彼を追い抜き、幾多の雰囲気組が彼に置き去りにされる。闘志は無く、ただひたすらにスムーズな走りがそこにはあった。




 数刻後、芝浦PA。目覚めた時のように静かに停められたRから出てきたのは、R4A所属の柴崎だった。

「…………」

 思慮深げに33Rを眺め、リアピラー付近をあやす様に軽く叩く。リアウインドウでR4Aの文字が真紅に光った。もっとも、小さ過ぎて直ぐには見分けのつかないレベルではあったが。そして煙草に火をつけて一息。紫煙が朝暮れの空に登っていく。

 そのRを見て1人の青年が歩み寄ってきた。軽く会釈し、柴崎と並び立つ。

「おはようございます柴崎さん。やっぱりここに居ましたね」
「おはようございます、やっぱりって事は誰かから聞き付けたんですか?」

 柴崎に話しかけたのはC1で鳴らしているチーム[Fine Racing]のリーダー、流離いの天使と呼ばれている青年だ。

「ええ、ウチの若いのが何人か銀の33Rに置いていかれたと言っていたので。C1で33Rを振り回してる人なんてそう多くは無いですから」
「確かに。あまりコイツで有名になるつもりは無いんですがね」

 苦笑しつつ柴崎は天使の車を眺めた。白銀のアコードCL7。C1ではかなり定評を得ている現役ランナーの1人。何の気なしに話してはいるが、タイミングによっては熾烈なバトルを繰り広げていたであろう相手。

「冗談キツイですよ、このRだってR4Aのフルチューンでしょう?」
「いや、大した事はしてませんよ。タービンだってノーマルですし」
「って事はタービン以外には手が入ってるって事じゃないですか、人が悪いですね」

 柴崎は苦笑しつつも否定しなかった。実際この33RにはR4Aのノウハウが詰め込まれていたからだ。

「最適化しただけですよコイツは。実戦するにはパワーが足りません。そのCL7の相手にはなれませんよ」
「それをサラっと出来るのはやっぱりショップドライバーの特権です」
「まぁ、それが仕事ですから」

 2人はどうでもいい話を続けながら缶コーヒーを買い、車を眺めながら談笑する。

「そう言えば最近22BとエボⅤの彼、元気ですか?」
「あぁ、彼らですか。連日走り回ってますよ。会ったんですか?」
「えぇ、この前箱崎で話し掛けられまして。最近はウチの客からもちょくちょく噂を聞きますよ」
「まだまだ荒削りですけどね」
「それは仕方ないでしょう。でも本当に楽しそうに走ってる、彼らは伸びますよ」

 一瞬天使が真剣な顔になり、柴崎を見る。そして、問い掛けた。

「……それは[本物]として、ですか?」

 柴崎は一瞬返答を躊躇い、しかし振り払う様に語った。

「……[本物]なんてのは幻想です。ただ速いだけでしかない、証明も保証も何一つありません。ただ───」

 少しだけ遠くを見た柴崎は、笑っていた。

「[楽しい]という感情、それだけは本人にとって絶対的な価値を持ちますから」

 某所、某ガレージ。

「「へっくしょい!」」

 2人の若者が、同時にくしゃみをした。 
 

 
後書き
 完全にゲスト回。ほぼそのまま使えるクオリティにしてくれた両者に本当に感謝。 
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