| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

小木曽雪菜の幼馴染

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

小木曽雪菜という少女

 私は彼の端正な顔を眺めながら食事を進める。

「新生軽音楽同好会ィ?」
「うん、北原君に誘われて入ってみることにしたの」
「まァ、雪菜さんがイイならイイんじゃねーのォ?」

 彼は私の家の食卓で黙々と夜食を食べている。
 彼の隣に座る私は彼に話を振り、彼は適当な間隔で相槌を打ち、口を動かす。

「それよりも鈴科君、聞いたわよ。また、全国模試で1位だったんだってね」
「流石です、鈴科さん」
「イエイエ、あれくらい余裕ですよ。日々の勉学の積み重ねに他なりません」

 本当にそうなのだろうか。
 私が知る限り彼が熱心に勉学に励む姿は見たことがない。
 やはり彼は天才と呼ばれる部類の人間なのだろうか。
 いや、それすらも霞んで見える。

 私も学園内では上位の成績を収めているが、彼は毎回全科目で満点だ。
 正にレベルが違う。

「勉学は問題ないようだな、鈴科君」
「エエ、お陰様で順調ですゥ」

 彼は家族と会話に花を咲かせている。

 それにしてもこの差は何だろうか。
 自分には何か態度が素っ気ない気がする。
 彼の誰に対しても平等な性格は好きだが、もう少し自分を贔屓してくれてもいいではないかと思う。

 本心を告げることが出来るわけもなく、私が飲み物に気泡を吹き込んでいると……


『風紀委員ですの!』


 思わず咳き込んでしまった。

「何だ、今の声は?」
「あァ、今のは俺の着メロですねェ」
「俺の聞き間違いじゃなければ今の着メロは姉貴の声に聞こえたんが……」
「はは、何を言っているのかな、皆……」

 家族全員から生温かい視線が突き刺さる。
 私は頬を染め、俯きながらも元凶である百合子君を睨み付けることしか出来ない。

「やっぱり缶コーヒーは最高だぜェ……」

 だが、本人は素知らぬふりをするばかり
 彼のどこまでも一方通行な様態度に私は溜息しか出てこなかった。

この混沌と化した雰囲気を壊すにはあれしかない!

「……ねえ、百合子君。良かったら、この後私の部屋でお話ししない?」

 手を膝の上でせわしなく動かし、頬を赤く染めながら上目遣いで隣に座る彼を見上げる。
 弟が、”うわー、出た。姉貴の十八番”と言っているが、そんなことはどうでもいい。
 問題は彼がこの後、私の部屋に来てくれるかどうかだ。

「鈴科君なら貴方の部屋に先に行ったわよ」
「”眠ィ”って言っていたぜ、姉貴」
「……」

 しかし、肝心の彼は既に食卓から離れ、この場にはいない。
 年頃の男性を速攻で陥落させる計算された私の"上目遣い"が華麗にスルーされた。

「ご馳走さま。私も部屋に戻るね」

百合子君……


少しは女の子の気持ちを理解してよぉ!


 鈴科がこの場から何の断りも無く食卓を去ったのは意外としょうもない理由である。
 ぶっ続けで彼女のヒトカラに付き合わされた疲労であったりする。

 そんな事情を理解している彼女の家族は年頃の学生生活を送っている娘の成長に内心喜んでいた。







◇◇◇







 この世界は自分にとって酷く薄っぺらなモノに見えていた。

 一を聞いて十を知る。
 正に天賦の才、人はそれを天才と呼ぶ。
 他者の追従を許さない絶対的な頭脳、それを遣いこなす精神力
 だが、それは酷く残酷で、一人の理解者も存在しないことを意味していた。

 世界に色は無く、人はヒトでしかない。
 瞳に色は無く、人生とは実に詰まらないモノだ。

 "鈴科百合子"という少年にとって世界は空虚そのものであった。



 今でも夢を見る。
 当時の色褪せた過去の記憶を

 聡明であるが故に、誰にも助けを求めることもなく、傍観することが出来た。
 余りにも聡明であったが故に、孤独で、孤高であった。

 それに不満を感じたことも、後悔したこともない。
 ただ、あの日々は空虚で、何も満たされない日々であった。



鈴科百合子君、よく頑張りましたね、今回も満点ですよ

 満足気な教師の声と共にテストが返却される。
 全ての科目が満点だ。

 自分は無感動にそれを受け取る。

チッ、またあいつかよ
ちょっと頭が良いからって調子乗んじゃねえよ
満点だからってお高くとまりやがって

くっだらねェ……

 毎回、満点を取ることに何の問題があるというのだ。
 むしろこの程度のレベルの問題が分からないオマエらが理解出来ない。

 周囲の妬みと罵倒の声を無視し、テストを受け取り、席へと戻る。
 何度も見慣れた光景だ。
 他人を妬み、共通の敵を作らなければ生きられないのか、全くもって反吐が出る。



 翌日、下駄箱に濡れた雑巾が乱雑に押し込められていた。
 当然、内履きは履ける状態ではない。
 恐らく普段から自分に妬みを抱いている三下共の仕業だろう。

足りない頭を遣った結果がこれかよ、三下の考えそうなことだなァ

 特に焦ることなく新たな内履きを手提げ袋から取り出し、その日は授業を受けた。



 次の日も濡れた雑巾が下駄箱に放り込まれていた。
 何度も芸の無い三下共だ。
 
 教師に報告するようなことはしない。
 仮に報告したところで自分の名前と共に犯人が吊るしあげられる可能性が高いと予測しているからだ。



 数週間後には雑巾が画鋲に変わった。
 その時から下駄箱に内履きを入れずに持ち帰ることにした。



 机に落書きがされていた。
 乱雑に、力強く落書きされている。

くっだらねェ……



 机の落書きと共に教科書がゴミ箱に捨てられていた。
 教科書など無くとも、この程度の授業など問題ないのだが

 周囲から数人の生徒の舌打ちの音が聞こえた。

何時からこんなにも学校生活が楽しくなくなってしまったのだろうか……



 教科書が破られ、ノートも黒く塗りつぶされた状態でゴミ箱に捨てられていた。
 教室を見渡せば数人の生徒が笑みを浮かべている。



 両親が自分を気味悪がっていることを知った。

あなた、私、あの子が怖いの……
あの子は異常なまでに頭が良いし、育てるのに苦労しなかったわ
だけど、私はあの子が普段何を考えているのか分からないのよ

だからと言ってあの子を蔑ろにしていい理由にはならないだろ?

そうだけど私、あの子がこれまで泣いたことも笑ったところも見たことないわ……

それはそうだが……

あなた、私はあの子が怖い……!

 深夜の時間帯、父親が泣き崩れる母親を抱き締める姿を偶然見た。

何だってんだ、クソタッレ……



 普段から自分を快く思っていない三下共に校舎裏に連れ込まれた。

お前最近、調子乗り過ぎなんだよ

 リーダー格の少年を中心に下種な笑みを浮かべる三下共
 数人で自分の周りを囲み、暴行を加えようとしている。

 勉強が出来ることの妬みだけではないのだろう。
 これでも自分の容姿が優れていることは自覚している。

 過去に数人の女子に告白されたこともあるし、今も数人の女子から好意を寄せられていることも理解している。
 此方からしたら理解出来ない感情であったが

 此方の内心も知らずに三下共が飛び掛かってきた。

はァ、本当にくっだらねェ……

 あの時の自分は実に冷めた目をしていたことを覚えている。



 ある日、山積みの本を次々と速読する自分の前に一人の少女が近付いてきた。
 腰まで伸びる長髪、活力に溢れた生き生きとした目の少女だ。

ねえ……

何だ、オマエ?俺に何かようか?

なにしているの?

見りゃ分かんだろうが、本を読んでんだよ

すごいねー。こんなにたくさんのほんをひとりでよんでいるんだ

まあなァ

うー、ぜんぜんわかんない

 少女は試しに一冊の本に目を通すが、直ぐに読むのを止める。

当たり前だ。これは全て大学レベルの本だからなァ

だいがく……?なにそれ?

オマエに教える義理なんてねェよ。おら、さっさとどっか行きやがれ

オマエ(・・・)じゃない

ア?

わたしのなまえは”おぎそせつな”!

興味なんざねェよ

オマエじゃない、わたしのなまえをちゃんとよんで!

しつけェぞ、クソガキ

おぎそせつな!

うるせェっつてんだろ

おぎそせつな!

 無視をすることを決め、読書を再開する。
 傍では変わらず少女が自身の名前を呼び続けていた。

おぎそせつな!

……

おぎそせつなってよんで!

……

おぎそせつな!

……

“おぎそせつな”だってば!

うるせェぞ、クソガキ!壊れたラジカセか、オマエは!?

だったら、わたしのなまえをよんでよ

……

わたしには"おぎそせつな"ってなまえがあるの

チッ、分かった、分かりましたよォ。"小木曽雪菜"、これでイイですかァ?

んー、だめ!

ア?

 これ以上、此方に何を求めているというのか、このクソガキは

わたしのことは”せつな”、てよんで!

ア?何で俺がそんな面倒なことしなきゃ……

“せつな”!

アー、はいはい。分かりましたァ。せつなちゃん、これで満足ですかァ?

うん!

 全く何て純粋な笑顔であろうか。
 これでは冷たくあしらっていたことが馬鹿らしくなってきた。

じゃあ、あなたのなまえは?

……鈴科百合子

ふーん、かわいいなまえだね。じゃあ、わたしはあなたのことを”ゆりこくん”ってよぶね!

おい、馬鹿、止めろ

……?

俺のことは”鈴科”の方で呼べ

んー?よくわからないけど、わかった!

それじゃァ、お疲れしたァ

えー、帰っちゃうの、”すずしなくん”?

もう帰る時間だからなァ

じゃあ、一緒に帰ろう!

んな仲良しごっこに付き合ってられるか。俺と関われば碌な事ねェぞ

そうやってあいてをしんぱいするのはすずしなくんのいいところだとおもうよ!

ポジティブシンキングですねェ、雪菜ちゃんは……

 何度、突き放しても少女は自分から離れない。
 遂に根負けした自分は少女、”小木曽雪菜”と奇妙な日常を始めることになった。



すずしなくん、いっしょにかえろ!

はいはい、分かりましたァ

 一人の少女に懐かれた。



 急報、彼女の家は近所であった。
 家を数件またげば直ぐそこだ。

あなたに友達がいたのね、百合子

そんなじゃねェよ

照れる必要はないんだぞ

百合子君には、いつもお世話になってます!

オマエもその"百合子君"呼び、止めろ

オマエじゃない、私の名前は"雪菜"!

はいはい、すみませんねェ、雪菜さん

あらあら

 全く彼女と出会った時から彼女に振り回されてばかりだ。
 全く自分らしくない。

 だが、こんな日常も悪くないと、心の何処かで喜ぶ自分もいた。



ねえ、鈴科君、私ね……



……けんな

ざけんな……ッ!

ふざけんじゃねェぞ!

片想いの念を抱いていた男が雪菜に告白した?

自分はその男性が好きだった、だァ?

好きな男を取られた、だァ?

友達だったのに、友達だと信じてたのに、だとォ?

全く、とんだ勘違い野郎で反吐が出るぜ

自己正当化がお上手なアマだぜ、クッソタレが

ふざけるのも大概にしやがれ

それはテメェら三下の勝手な、一方的な都合だろうが



泣いていたんだ

こんな自分にも笑顔を向けてくれる彼女が

儚く、とても寂し気に、涙を拭いながらも泣いていやがったんだ

自分を照らしてくれる光は曇り、彼女は目元を赤くしながら涙を流していた




えへへ、鈴科君(・・・)、私、友達に嫌われちゃった……




 誰かの為に怒りを覚えたのは初めての経験であった。
 湧き上がるは全てを焼き尽くさかんばかりのマグマの如き怒り

下らねェ

実に下らねェ

そんな下らねェ理由で……





テメェら如き三下がアイツ(・・・)を、"小木曽雪菜"を泣かせて良い理由にはなんねェだろォが!!!





『おい、三下のド屑共』





つーかオマエ、俺のことを"百合子君"って呼ぶんじゃねェ
缶コーヒーばかりだと栄養が偏っちゃうから、私も食品を選ぶのを手伝うね!
聞いていやがらねェ、こいつ……

あと、オマエ(・・・)じゃない。私の名前は小木曽雪菜
今はそういうこと言ってんじゃねェよ

小木曽雪菜!
いや、だから……

雪菜!
チッ、雪菜さん。これで満足ですかァ?

よし、それじゃ、先ずは私の家に行こう!
はいはい、しょうがないですねェ

 大層な願いなど望まない。
 ()が笑っていてくれればそれ以上は望まない。

 ただ、君と出会った時の様に"すずじなくん"と名前を呼んでくれさえすれば俺は……

 それは過ぎ去りし、一人の孤独な少年と少女の記憶







「仮にも女の子の部屋に断りも無く入って、ベッドの上で眠りこけるなんて流石だね」

 私室のベッドで静かな寝息を立てる彼を見下ろす。
 彼の寝顔はとても穏やかだ。

「ふふ……」

 私はベッドに腰掛け、彼の頬を人差し指でつつきながら彼の寝顔を堪能する。

「えへへ……」

 警戒心が高い彼が無防備に寝顔を見せてくれているということはそういうことなのだろう。
 それは信頼の証

 彼は私を特別視(・・・)してくれている。
 それは本当に嬉しいことだ。

「ねえ、鈴科君(・・・)……。あの時、鈴科君が心から私の為に怒ってくれたこと、本当に嬉しかったんだよ?」

 感情の起伏が乏しく、他人には一切興味を示さない彼が他でもない私の為に怒ってくれた。
 損得勘定ではなく、心の底から私、"小木曽雪菜"の為に怒ってくれた。

 その事実が本当に私は嬉しかった。
 普段の態度は素っ気ないけど、そこには確かな私への"特別"があることが分かっていれば十分だ。

「彼女達との関係は修復出来なかったけど……」

私はそれ以上のモノを手に入れることが出来た

「今でも仲間外れにされることに恐怖を感じることはあるけれど、何とか頑張っていけると思う」

 新たな仲間、新生軽音楽同好会
 彼らはとても良い仲間だと、胸を張って言える。

「これからも鈴科君には私を見守っていで欲しいんだ」

「だからね……」


 




これからもずっと(・・・)ずっと(・・・)ずーと(・・・)、私の傍にいてね?

永遠(・・)に、一生(・・)私の傍に……

私は鈴科君(・・・)が傍にいればそれ以上のモノは望まないから……

何の迷いも無くそう思える程に私は鈴科君のことを想っているのだから、鈴科君も私以外の()に優しくしちゃダメだよ?

 少女、小木曽雪菜は慈しむ様に、愛する様に、シルクにも勝る少年の黒髪を、頬を、唇を幾度も触る。

「ふふ……」

 彼女は狂気を覚える程の儚くも、美しい、絶世の笑みを浮かべる。
 彼女は静かな寝息を立てる鈴科をその身で抱き締め、足を絡ませ、両腕を首に回し、掛け布団を掛けた。
 その端正な顔を少年の首元に寄せ、少年の匂いを思い切りその身に取り込む。

「鈴科君、これからもずっと私と一緒にいてね……?」

 少女、小木曽雪菜は鈴科の頬に頬を擦り付け、満足げな様子で意識を夢の中へと旅立たせていった。 
 

 
後書き
愛が重い小木曽雪菜を描きたかった(満足)
原作でも彼女に寄り添うただ一人の親友がいれば、あんな悲惨な結果になることもなかっただろうなぁ(作者の主観) 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧