| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~其処に有る危機編

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十一話 預言者現る!



帝国暦487年 9月 1日 オーディン 憲兵本部   ギュンター・キスリング



エーリッヒの官舎から憲兵本部に戻ると一人の男が出迎えてくれた。情報部のシュミードリン少佐だった。
「少佐にとっては此処は居心地が悪いんじゃないかな?」
「情報部でも居心地が悪いのは変わりは有りません。失態を犯したばかりですから」
苦笑している。

「ヘルドリング中将に叱責されたか」
「ええ、大佐は如何です?」
「軍務尚書閣下に叱責されたよ」
少佐が“それはそれは”と言う。自分よりも酷い立場の人間が居ると知って少しは気が楽になっただろう。

三階にある小さな部屋に案内した。小さな机があり、椅子が二つある。
「取調べですね」
「不満かな? 余人に聞かれたくない話が有ると思ったのでね。違ったかな?」
「いえ、違いません。でもちょっと此処は……」
苦笑している。取り調べのような感じで不満か。

「この部屋でヴァレンシュタイン中将から話を聞いた。それがサイオキシン麻薬の摘発になった」
「本当ですか」
少佐が部屋を見回している。憲兵隊では有名な話だ。この小さな部屋があの大事件摘発を引き起こしたのだ。今思えばあの頃からエーリッヒは人騒がせな男だった。

「それで、何の用かな、少佐」
「大佐と中将の間でどのような会話が成されたのか、その内容を知りたいのです」
「ヘルドリング中将かな?」
「ええ、大分気にしています。まあ話しても差し支えない範囲で構いません。後はこちらで肉付けします」
思わず苦笑が漏れた。ヘルドリング中将には適当に報告して宥めるから材料を寄越せという事か。

「隠す事など無いさ、説教をしていただけだ」
「大佐が中将を?」
少佐が可笑しそうな表情をした。
「ああ、……かなり拙いな。何も分かっていない」
「……」
「士官学校校長になり切っている」
少佐が生真面目な表情で頷いた。

「その事は小官も気になっていました」
「万一の場合は国内治安維持の責任者になると言っても首を傾げる始末だ」
「まさか」
「そのまさかだ。ミュッケンベルガー元帥が居るから自分は必要とされないと思っていた」
「そんな事は有り得ません」
少佐が首を横に振った。その通りだ、有り得ない。

「その有り得ない事が有ると考えているんだ」
「……あれ程の人がですか? 冗談でしょう。状況判断能力、危機察知能力、事に及んでも対処能力は帝国でも屈指、いや第一人者でしょう。あの人を越える人が居るとは思えません」
「俺もそう思う。だがな、昔から自分に関しては不自然な程に評価が低かった。謙遜かと思ったがそうじゃない。その事に違和感を感じた事が何度も有る」
「今回もそれだと?」
思わず顔を顰めてしまった。
「今回は酷過ぎるな。士官学校校長というポストが悪かった」
少佐が溜息を吐いている。今日は溜息ばかりだ。

「では今は理解しているのですね?」
「多分な」
「多分ですか」
「そうとしか言いようがない」
少佐がまた溜息を吐いた。気持ちは分かる。警護対象者に危機感が無ければ危うい。守る方にも当然だが負担がかかる。今日の騒動はそれが原因だ。

「情報部で問題になっている事が有ります」
「……レポートか?」
問い掛けると少佐が頷いた。
「憲兵隊では問題になっていませんか?」
「当然だが問題になっている」
少佐が頷いた。

「こちらではレポートが提出されたのは三回と把握しています。そのうち一回目はイゼルローン要塞に関するレポート、次は捕虜交換に関するレポート、三回目は不明です。この三つのレポートの内、捕虜交換に関するレポートは公開されましたが残り二つに関しては公開されていません」
少佐がジッとこちらを見ている。なるほど、本題はこちらか。ヘルドリング中将は大分気にしているらしい。

「おかしな話だな」
「はい、おかしな話です」
三件目のレポートが非公開というのは納得出来る。だがイゼルローン要塞に関するレポートは公開しても問題は無い筈だ。だが帝国軍三長官はそれを拒み秘匿している。憲兵隊内部でもその事には疑念が出ている。

「如何思う?」
「捕虜交換に関するレポートを公開した事を考えれば……」
「考えれば?」
「一回目のレポートには公開出来ない部分、つまり帝国が秘密にしなければならない事が書かれているのだと思います」
「同感だな」
少佐がまたジッと俺を見た。ここからが本番だな。

「御聞きになられましたか?」
「聞いたんだが顔を顰められた」
少佐が眉を上げた。
「……触れられたくないと?」
「それも有るのだろうがレポートを出す事自体不本意らしい」
“不本意?”と少佐が呟いた。小首を傾げている。

「誰も喜ばないと言っていた。出すのを止めたいとも」
少佐が考え込んでいる。
「如何いう事でしょう……」
「……昔の事だがな、第五次イゼルローン要塞防衛戦の後、統帥本部で大きな騒動が起きた。少佐は知っているかな?」
困惑している。

「噂程度には知っています。小官が統帥本部に配属される前の事でした。ヴァレンシュタイン中将が関係しているとも言われていますが厳しい箝口令が布かれていて誰も口にはしません。知っている人間が誰なのか、統帥本部に居るのかも不明です。元帥閣下は御存じでしょうが……、大佐は御存知なのですか?」
「知っている」
少佐が無表情にこちらを見ている。何故それを明かすのか、そう思っている。

「第五次イゼルローン要塞防衛戦は味方殺しで決着が着いた」
「はい」
「イゼルローン要塞司令官クライスト大将、駐留艦隊司令官ヴァルテンベルク大将は味方殺しを不可抗力だと戦闘詳報に書いて統帥本部に提出した」
「そのように聞いております」
「事実じゃない」
「……まさかと思いますが……」
顔色が良くないな、少佐。

「そのまさかだ。軍議の席でヴァレンシュタイン中将、当時は中尉だったが彼が反乱軍が並行追撃作戦を行う可能性があると提起した。彼は当時兵站統括部の所属でイゼルローンには補給状況の視察で来ていた。もっとも補給に詳しい士官として参加を許されたんだ」
「……」
益々顔色が悪くなった。

「戦後、エーリッヒも戦闘詳報を兵站統括部に提出した。そこには補給状況に対する所見と軍議の席で並行追撃作戦を行う可能性を指摘したにも拘らず無視された事、今後のイゼルローン要塞防衛に関しては並行追撃作戦の事を常に考慮する必要があると記述したんだ。ハードウェア、ソフトウェアの観点から防ぐ手段の検討が必要であるとね。つまり要塞司令官、駐留艦隊司令官の兼任だな」
「その、戦闘詳報は……」
声が掠れている。

「兵站統括部から統帥本部へと提出された。そして握り潰された。幻の戦闘詳報だ」
「……」
「統帥本部はイゼルローンからの報告書を基に味方殺しは已むを得ない物と判断し戦闘詳報を公表したばかりだった。エーリッヒの戦闘詳報を公表すればクライスト、ヴァルテンベルク両大将が嘘を吐いた事、統帥本部はそれにまんまと騙された事が明るみになる」
「……」

「その直後、クライスト、ヴァルテンベルク両大将はオーディンに呼び戻された。それ以後は軍事参議官として飼い殺しだ。そしてエーリッヒは大尉に昇進して第三五九遊撃部隊へと配属された。あの悪名高いカイザーリング艦隊だ」
「では……」
少佐が絶句している。顔面蒼白だ。
「そう、彼はこの部屋に来た。卿が座っている椅子にエーリッヒも座ったんだ、その椅子にね」
少佐が居心地が悪そうに坐りなおした。
「そして第三五九遊撃部隊がサイオキシン麻薬の売買に絡んでいる可能性があると指摘した」
「……」

「似ていると思わないか?」
「似ているとは?」
眼が飛び出そうだぞ、少佐。
「第七次イゼルローン要塞防衛戦だ。エーリッヒは反乱軍の作戦を予測した」
「……馬鹿な……」
「公表されないレポートには予測、いや予言が記されているのかもしれない。帝国にとって極めて不都合な予言がね」
少佐が呻き声を上げた。頬を引き攣らせている。預言者は歓迎されない、帝国軍三長官がレポートを重視しつつも喜ばないのは其処に記された内容が帝国にとって極めて危険な内容だからだろう。或いは帝国の滅亡でも記したのか……。

「そろそろ帰った方が良いだろう。話を作るには十分な材料が揃った筈だ」
「……話せると思いますか?」
そんな恨めしそうな顔をするな。
「俺は今の話を誰にもした事は無い」
「小官もしないでしょう」
少佐が立ち上がった。足元が心許ない。頑張れよ、卿もこれであいつと付き合う苦労が少しは分かるだろう。



帝国暦487年 9月 15日 オーディン 士官学校   ミヒャエル・ニヒェルマン



午前中最後の授業は兵站の授業だ。いつもは詰まらない、早くお昼が食べたいと思うんだけど今日は別だ。何と言っても今日教えてくれるのはヴァレンシュタイン校長閣下なんだから。
「反乱軍との戦いに勝つにはその本拠地に攻め込み降伏させる必要が有ります。では反乱軍の本拠地が何処に有るか、知っている人は?」
殆どの生徒が手を上げた。勿論僕もだ。

校長閣下が真ん中あたりに坐っている生徒を指名した。ウールマンだ。良いなあ。
「惑星ハイネセンです」
「その通り、惑星ハイネセンです。正確にはバーラト星系第四惑星ハイネセンという事になります。このバーラト星系は反乱軍の勢力範囲の中でも奥まった所にあります。つまり帝国からはもっとも遠い所にある」
うん、そうなんだ。僕も星系図で確認したけど凄く遠い所にある。ちょっと驚いた。

「一方帝都オーディンですがこちらもヴァルハラ星系は帝国の奥にある。オーディンとハイネセンはそれぞれ帝国、反乱軍の端と端に有ると言えます。非常に離れているのです」
オーディンからイゼルローン要塞まで四十日くらい、イゼルローン要塞からハイネセンまで三十日くらいかな。移動だけで二ヶ月以上かかる事になる。往復すると半年弱だ。

「人類が地球に住んでいた頃から距離が広がれば広がるほど敵を制圧し難くなるというのは軍事上の常識でした。これは人類が宇宙空間に出てからも変わりません。距離が広がれば侵攻時の兵站の維持や通信の維持、将兵の士気の維持が非常に難しくなるのです。それは軍の規模が大きくなればなるほど難しくなります」
うーん、そうなんだ。

「反乱軍も当然この事は知っています。帝国軍が大軍を以って本拠地を突こうとすれば補給線の分断を図るでしょう。帝国軍が反乱軍の奥深くに入ろうとすればするほど補給、通信は不安定になる。当然将兵は前に進む事を躊躇う事になります。それを解消しようとすれば帝国は遠征を支える膨大な物資、補給線を維持するための膨大な兵力、それを運用し連絡網を維持するための膨大な人員が必要になるのです」
なるほどなあ。あ、ハルトマン、エッティンガーが頷いている。

「かつて晴眼帝と尊称されたマクシミリアン・ヨーゼフ二世陛下に仕えたミュンツァー司法尚書がこの事を『距離の暴虐』と唱えマクシミリアン・ヨーゼフ二世陛下に軍事行動の不可を訴えました。当時の帝国は国内が非常に混乱しそのような外征を行えるような余裕は無いと訴えたのです。晴眼帝はミュンツァー司法尚書の意見を至当であると判断し在世中は一度も外征を行いませんでした。そして国内の改革に力を注いだ。今では誰もが晴眼帝を名君と称え、帝国中興の祖であると称えています」
校長閣下が一口水を飲んだ。

「反乱軍でも同じように距離という物が軍事行動を困難にさせると言った人物がいます」
え、そうなの? 周りを見た、皆もキョロキョロしている。
「アーレ・ハイネセンと共に反乱軍の指導者であったグエン・キム・ホアです。彼は『距離の防壁』という言葉を言っているのです。これは反乱軍が帝国本土から遠く離れていること自体が帝国軍の侵攻時の兵站の維持や通信の維持、将兵の士気の維持を難しくさせ、それが最大の防壁となるという意味でした」
確かに似たような事を言っている。すごいや、距離の暴虐は僕も知っていたけど距離の防壁は知らなかった。こういうのを授業で教えて欲しいよ。距離が重要なんだって実感出来るのに……。

「ミュンツァー司法尚書もグエン・キム・ホアも同じ事を言っています。表現こそ違いますがそれはミュンツァー司法尚書は攻める立場から、グエン・キム・ホアは守る立場から距離という物に付いて言ったに過ぎません。諸君らもこの距離の持つ意味というのを理解してもらいたい」
なるほどなあ、距離か。こんな事シミュレーションじゃ分からないよ。あ、お昼の鐘が成った。今日は此処までだって閣下が言っている。また閣下の授業を聞きたいな。



帝国暦487年 9月 15日 オーディン 士官学校   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



今日の昼食はマウルタッシェンだ。有り難いね、小食な俺にはピッタリな料理だ。水餃子みたいな料理なんだが非常に美味しい。校長室で一人寂しくお食事だ。学生達と一緒に食事してみようかと思うんだがその度にお昼を教師と食べるのなんて気詰まりだろうと思ってしまう。俺なら絶対に嫌だ、止めておこう。

あー、頭が痛いわ。俺は優雅で長閑な校長先生を楽しみたいと思っていたのに何時の間にか貴族やラインハルトに睨まれる問題児になっていた。おまけに憲兵隊の監視者はキスリングらしい。俺にガンガン説教をした。よっぽど俺は暢気でお馬鹿な男に見えたのだろう。

どうしようかな? はっきり言って前線なんかに行く気はないわ。陰謀大好き爺の相手も御免だし御馬鹿な貴族にも関わりたくもない。士官学校の校長って楽しいんだよ。今日も講義をしたけど生徒達が一生懸命聞いてくれる。可愛いわ。とても止められん。

少し大人しくしていようか。そうすれば人畜無害な校長先生だって皆も思うだろう。ラインハルトだってちょっと焦ってるだけで落ち着けば俺を敵視する事も無くなる筈だ。となると問題はレポートだな。何を書くか……。政治面は駄目だな、あの陰謀爺の信任が厚いなんてお馬鹿な噂が出かねん。となると軍事面か。だがラインハルトを刺激するのは拙い。それに出来れば貴族共を大人しくさせる事が出来ればベストだが……。至難の業だな。

まあ時間は有る。ゆっくり考えよう。それよりもエーレンベルクに頼んで教官を増やして貰おう。色んな教官に教わる事で視野が広がる筈だ。教官達も互いに刺激し合う事で教え方に幅が出るだろう。人材育成を疎かにするととんでもない事になる。その辺りを強調すれば何とかなるだろう。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧