| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~其処に有る危機編

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十話 溜息しか出ない



帝国暦487年 9月 1日 オーディン    情報部員A



前を進む地上車が止まった。こちらの地上車も止めた。二人の軍人が前の地上車から降りてきた。一人は監視対象者、もう一人は憲兵隊のギュンター・キスリング大佐である事が確認できた。
「Bより本部、Bより本部」
『こちら本部』
声が硬い。さっきの事を怒っている様だ。
「2015、監視対象者が官舎に着いた。憲兵隊のキスリング大佐も一緒だ」
『了解、そのまま任務を続行せよ』
「了解した」
正直ほっとした。ようやく安心出来る。

『気を抜くなよ、さっきの様な失態は許されない』
「分かっている」
溜息が出た。Bも溜息を吐いている。情報部と憲兵隊が監視対象者を見失うという失態を犯した。本部に帰ったら叱責が待っているだろう。せめてもの慰めは失態は憲兵隊も犯したという事だ、不可抗力だったと言い訳しよう。おそらく憲兵隊も同じ事を言うに違いない。

「A、中将が手を振っているぞ」
確かに振っている。振るのを止めた。諦めたかと思ったがまた振っている。Bと顔を見合わせた。
「B、手を振った方が良さそうだな」
「ああ、そうじゃないとあの人ずっと振っていそうだ」
二人で手を振ると中将が頷くのが見えた。満足しているらしい。その傍でキスリング大佐が頭に手を当てている。気持ちはとっても良く分かる。俺も溜息が出そうだ。

中将と大佐が一緒に官舎に入った。
「良いのかねえ、あんなに無防備で。如何思う?」
「良くはないさ、多分状況が分かっていないんだろう」
「そうだよなあ」
Bが頷いている。監視対象者が監視者に向かって親しげに手を振る。有り得ない事だ。

「なあ、A。俺達の任務は監視兼護衛だよな。どっちが主なんだ? 監視か? 護衛か?」
「知らんよ、ヘルトリング部長だって知らないんじゃないか。この件はシュタインホフ元帥の特命だと聞いた」
「そうだよなあ、そうじゃなきゃ憲兵隊と協力なんて有り得ないよな。ウチの部長、政治力なさそうだもん」
Bが溜息を吐いている。Bの言う事は事実だ。ついでに言えばヘルトリング部長は必ずしもシュタインホフ元帥の信任を得ていない。

監視対象者エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中将。閑職である士官学校校長の職にあるがそれを以って彼を侮る様な愚か者は居ない。帝国軍三長官の懐刀と言われ国務尚書リヒテンラーデ侯からも信任を得ていると言われている。今日も並み居る貴族達を押し退けて皇帝陛下から御言葉を賜っているのだ。それを考えれば護衛なのだろうが……。

「ああも無防備だと護衛というより監視かな? 中将を利用しようと近付く人間を確認する」
如何思う? と言う様にBが俺を見た。
「かもしれん、実際にあれが起きた」
「そうだなあ」
Bが頷いている。そして“あれは驚いたよ”と言った。俺も驚いたよ、上級大将が二人も揃って中将を訪ねたのだからな。



帝国暦487年 9月 1日 オーディン    ギュンター・キスリング



「今コーヒーを入れる、座って待っていてくれ」
エーリッヒの勧めに従ってリビングのソファーに腰を下ろした。官舎の中はきちんと片付いている。忙しさを理由に散らかし放題にしている俺の部屋とは大違いだ。幾分忸怩たるものが有った。

十五分程でエーリッヒがトレイにカップを二つ乗せて現れた。俺の前に一つ、対面に一つ、甘い香りがする。エーリッヒはココアか。エーリッヒが対面に坐った。
「それで、相談とは?」
エーリッヒが幾分前屈みになって困った様な表情を見せた。
「怒らないで欲しいんだが……」
「……何を?」
「いや、このオーディンで何が起きているのか、教えて欲しいんだ」
如何いう事だ? 何を教えろと? 一口コーヒーを飲んだ。

「抽象的すぎるな、もう少し具体的に言って欲しい。何が知りたい」
エーリッヒの表情が益々困った様な表情になった。嫌な予感がした、余程に言い辛い事らしい。
「何と言うか、士官学校の校長になってから人と接する事が少なくなってね。情報に疎くなったようなんだ。このオーディンで何が起きているのか、さっぱり分からない」
「……それで?」
促すとエーリッヒが“うん”と頷いた。

「今日、アントンとナイトハルトが私に話しかけてきた」
「聞いている」
「そうか、……その時の事なんだが二人が私の事を同期の出世頭だと言ったんだ。そして私の事を帝国軍三長官の懐刀だと言った。どうなっているんだ? 私は士官学校の校長なんだが」
溜息が出た、頭痛が……。

「呆れるのは待ってくれ。他にも訊きたい事が有る」
「何だ?」
「アントンが気を付けろと言ったんだ。多分私に会いに来たのはそれを伝えるためだと思う」
「……」
「若い貴族達が私を敵視しているらしい。ブラウンシュバイク公が私に警告しろとアントンに命じたそうだ」
「ブラウンシュバイク公が?」
エーリッヒが曖昧な表情で頷いた。

「まあちょっと公とは色々有ってね。忠告してくれたらしい」
妙な話だ、エーリッヒとブラウンシュバイク公には繋がりが有るという事か。コーヒーを一口飲む事で表情を隠した。こいつは自分の事には疎いが他人の事には鋭い。俺が憲兵隊の監視チームの責任者だと気付いているかもしれない。

「それとナイトハルトも私に気を付けろと言ってきた。ローエングラム伯が私を敵視していると。如何いう事だ? 私は士官学校の校長だぞ。確かにレポートは幾つか出したが帝国軍三長官の懐刀になった覚えはない。それにローエングラム伯に恨まれるのも不本意だ。士官学校の校長ならのんびり出来ると思ったのに勝手に周囲が私を持ち上げ過大評価し敵視している。一体如何なっているんだ?」
エーリッヒが首を傾げている。本当に分からないらしい。本気で頭が痛い、溜息が出た。

「最初に言っておこう。俺も卿が同期の出世頭だと思う」
「ナイトハルトは宇宙艦隊の正規艦隊司令官だよ。私は士官学校の校長。それでもか?」
心外そうな口調だ。本気で思っているらしい。
「それでもだ。卿が士官学校校長になったのは第三次ティアマト会戦の責任を取ってだ。だがあの件で卿を責める人間は居ない。あれは勝つためには已むを得なかったと皆が見ている。つまりだ、卿が士官学校校長になったのは不当だと皆が見ているのだ。士官学校校長は一時的なものでいずれは軍中央に復帰するだろうと見ている」
エーリッヒが顔を顰めた。士官学校の校長は居心地が良いらしいな。

「それに万一の場合、卿は国内の治安責任者になる」
「そうなのか?」
思わずまじまじとエーリッヒの顔を見た。冗談では言っていない。本気で疑問に思っている。
「分かっていないのか?」
「いや、ミュッケンベルガー元帥が居るだろう。私の出る幕は無いんじゃないのかな」
なるほどと思った。だから危機感が無いのか。貴族達が敵視していると聞いてもピンと来ていない。

「元帥は居る。だが卿には実績がある。元帥が責任者になるとしても卿を側に置くだろう。事実上の責任者は卿になると俺は思っている。他の皆もそう思っている。卿に憲兵隊と情報部が護衛に付いているのもそれが理由の一つとして有ると思う」
「……」

「それに士官学校校長になった事で卿はより自由な立場になった。帝国軍三長官により密接に繋がる事になったのだ。今では兵站統括部から士官学校校長への異動はそれが狙いだったのではないかとも言われている」
「有り得ない、馬鹿げているよ」
エーリッヒが首を横に振っている。不本意の極み、そんなところだな。

「貴族達の事は?」
「危険だ。さっきも言ったが万一の場合、卿は国内の治安責任者になる。士官学校の校長になって左遷されたと思っていたが帝国軍三長官との結び付きはむしろ強まった。リヒテンラーデ侯との繋がりも強くなり政治にも関与しつつあると見ている。それに連中は卿に顔を潰されたと考えているんだ」
「何の事だ?」
溜息がまた出た。こいつは何も分かっていない。エーリッヒが済まなさそうな顔をしている。段々切なくなってきた。

「卒業式の事だ」
「……」
「皇帝陛下の御臨席の事に腹を立てている」
「……良く分からないな」
駄目だ、如何しても溜息が出る。ライオンに向かってお前は猫じゃない、ライオンなのだ、周囲が危険だと思う猛獣なのだと説明している気分だ。でも肝心のライオンは自分が無害な猫だと思い込んでいる。

「貴族達でも陛下を自邸に招けるのはブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯を含めたほんの一部だ。それなのに卿は卒業式に陛下の御臨席を実現した。面子を潰されたと思っているんだ」
今度はエーリッヒが溜息を吐いた。

「双頭鷲武勲章を辞退してだけどね」
「誰が如何見ても陛下の御臨席の方が大きい。卿には陛下を動かせる力が有るという事だ。貴族達が不満に思うのも当然だろう」
「……」
「それに卒業生達の親族の問題も有る」
“親族?”と呟いてエーリッヒが小首を傾げた。そうか、エーリッヒはオーディンで生まれた。そして両親が居ない。その所為で気付かなかったのだ。

「卒業生達の中には門閥貴族達の領地で生まれた者も居るんだ。彼らは卒業すると父兄と共にオーディンに有る貴族の屋敷に行く。そこで共に夕食をとる」
「……」
「分かるだろう? 余程の事が無い限り領主と共に夕食をとる事など一生に一度有るか無いかだ。卒業生にとっても両親にとっても名誉の日と言って良い。貴族にとっても重要な日なんだ。いずれ出世すればそれなりに利用価値はある。共に夕食をとり自分を印象付けようとする。だが陛下の御臨席が有ってはな……」
「印象は薄れるか……」
頷く事で答えるとエーリッヒが切なそうに溜息を吐いた。

「卒業生も父兄も印象に残ったのは陛下の御臨席でありそれを実現した卿なんだ。それに式辞の事も有る。貴族達が不満に思うのも無理は無い」
「そんなつもりじゃなかったんだけどな」
「そうだろうな」
こいつの事だ、卒業生達を祝ってやりたいと思ったのだろう。実際陛下の御臨席が有った事で卒業式は盛大なものになった。だからこそ卒業生もその父兄もエーリッヒの事を忘れないに違いない。

「それにシュトックハウゼン、ゼークト両上級大将が卿を訪ねた」
「……それも問題なのか?」
恐る恐ると言った口調だ。
「問題視してないのは卿だけだ」
溜息を吐くな、俺の方が溜息を吐きたい……。なんでこいつは……。
「あの二人は最前線のイゼルローン要塞で十分に功を上げた。次は間違いなく軍中央で要職に就くと見られているんだ。その二人が揃って卿を訪ねた。皆は帝国軍三長官の懐刀である卿を通して三長官に自分を売り込もうとしたのだと見ている」
エーリッヒが首を横に振っている。

「そんなのじゃない。あの二人はそんな事は考えていないよ。ただ先日のイゼルローン要塞攻防戦で私のレポートが役に立ったから礼を言いに来ただけだ。それ以上じゃない」
「そうかもしれないが周りはそう見ていない。卿は宇宙艦隊の司令官達にも影響力が有るからな。貴族達は卿が軍の実力者だと見ているんだ。実際その通りだと俺も思う」
エーリッヒがまた溜息を吐いた。

「ローエングラム伯が私に敵意を持つのもその所為か……」
「いや、もっと悪い」
エーリッヒがじっと俺を見た。訝しげな表情だ。やはり分かっていない……。
「第三次ティアマト会戦でミュッケンベルガー元帥が倒れた。本来なら指揮を引き継ぐのは次席指揮官のローエングラム伯だった。だが卿の手配りで式を引き継いだのはメックリンガー中将だった。その事で将兵達はローエングラム伯の能力に疑問を持つようになった」
エーリッヒが唖然としたような表情を見せた。

「馬鹿な、あれは総司令部とローエングラム伯の間で指揮権を巡って争いになると思ったからだ。それに戦闘中に突然指揮権を伯に移せば将兵が混乱すると思った。ローエングラム伯の能力を危ぶんでの事じゃない。伯以上の用兵家は帝国には居ないよ」
エーリッヒが断言し顔を顰めた。

「イゼルローンで勝てれば良かったんだがな。残念だが負けた。軍上層部はイゼルローン要塞を守れた事で敗戦を重視していないが将兵達は違う。彼らのローエングラム伯への不信感は強まっている。宇宙艦隊副司令長官には相応しくないと見ているんだ」
「……なんて事だ……」
エーリッヒが首を横に振っている。予想外の事で意気消沈しているらしい。

「もう分かっただろう?」
「分かったよ。私の所為でローエングラム伯は将兵に不信感を持たれている。私を恨むのは当然か」
投げやりな口調だった。
「そうじゃない。いや、そうなんだがそれだけじゃないんだ」
「……未だ他に有ると?」
そんなウンザリした様な顔をするな。言いたくなくなるだろう。だが言わなければ……。

「将兵達は卿が宇宙艦隊に配属される事を望んでいるんだ。それこそローエングラム伯に代わって卿が宇宙艦隊副司令長官になる事をな」
「……」
「ローエングラム伯にとって卿は目障りで邪魔な存在なんだ。帝国軍三長官と密接に繋がり自分を蹴落としかねない存在だと思っている」
エーリッヒが溜息を吐いた。これで何度目だろう。

「私にはそんな野心は無いし能力も無いよ、買い被りも良い所だ」
いかん、また溜息が出た。公平に見て宇宙艦隊副司令長官は務まるだろう。一時は内定された事も有るのだ。むしろ辞退した事の方が信じられない。それは俺だけではないだろう。
「良いか、卿は自分に対する認識が甘過ぎ、いや低過ぎる。卿が自分を如何思うかじゃない、周囲が卿を如何判断するかだ。周囲は卿をローエングラム伯以上に宇宙艦隊副司令長官に相応しい能力を持っていると思っているんだ」
エーリッヒが肩を落としている。遣る瀬無さそうな表情だ。

「ギュンター、私は如何すれば良い? ……退役した方が良いかな?」
「無駄だ。退役願いが受理される事は無い」
「……何かの間違いで……」
「無い、諦めろ」
そんな溜息を吐くなよ、こっちの方が溜息を吐きたい。




 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧