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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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80話:任地

宇宙歴791年 帝国歴482年 4月上旬
アムリッツァ星系 前線総司令部
ラインハルト・フォン・ミューゼル

「前線総司令部基地司令官付きを拝命しました。ミューゼル准尉であります。ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「同じく、キルヒアイス准尉であります。よろしくお願いします」

やっと任官出来たという思いと共に、年初の手合わせで俺がまだまだ軍人として未熟なことも思い知らされた。それに姉上から、リューデリッツ伯がお詫び代わりに最新式の戦術シミュレーターを数セット、士官学校に寄贈した事も聞かされた。不要になる旧式の戦術シミュレーターは、辺境自警軍の訓練に使うため払い下げられたらしいが、結局、俺はまだ焦っているのだろうか?
皇族に連なり、士官学校の関係者にとっては生きる伝説のような存在が、手塩にかけた人材......。そんな人材が士官学校に進まずに任官するとなれば士官学校側が無視されたように感じる。指摘されれば分かるが、自分の進路が政治的な要素を含むなど、想定外だった。
当初は皇室に連なる以上、最低限の特別扱いとして、『少尉』での任官という話もあったが、リューデリッツ伯から『環境面での特別扱いが確定しているが、階級まで特別扱いされているとなると結果として損をするかもしれんがどうする?』と指摘を受け、准尉で任官する事にした。確かに功績を上げられなくとも一年後には少尉だ。その程度の事の為に、自分の功績が色眼鏡で見られる可能性が生まれるなら、通常の階級からスタートして駆け上がる方がやりがいがある。准尉で任官する旨、即答していた。

「やっとこの日が来たな。私も楽しみに待っていた。まずは副官見習いのような任務になるが、手合わせに参加した人材はオフレッサー大将を除けば全員が通った道だ。場合によっては自分の名前で決済をする事もあるだろうし、経歴に『前線総司令部基地司令付き』とあると出来て当たり前という事もある。大変だろうが、両名の精勤を期待する」

上官になるリューデリッツ伯が任官にあたっての返礼をされる。伯の脇には、伯が養育に関わった人物の間で兄貴分であるシェーンコップ卿がおられる。年初の手合わせにも参加されたし、なにかと礼儀作法のアレンジを教えてくれる人物だが、同席されるという事は、関連した任務にあたるのだろうか?

「その表情だと、察していないようだな。俺は准将として装甲擲弾兵一個連隊の指揮官とこの基地の司令部の防衛責任者を兼ねる事になった。地球教の件も完全に対処できた訳ではない。この基地は、軍人が大多数を占めるが、帝国社会の縮図でもある。護衛と貴族社会では学べない常識の教師役という所だ。場合によっては生活指導役にもなるかもしれんが、よろしく頼む。
不本意かもしれんが、『皇族に連なる部下』と言うのは上官にとっては特別な配慮が必要な存在だ。そう言う事も含めて自分の立場を認識しておいた方が良い。伯の前でこういうことを言うのはずるい気もするが、伯を追い落とそうとする輩からすれば、ミューゼル卿を暗殺でもすればそれが口実になると判断しかねん訳だからな。煩わしいかもしれんが、軍歴を重ねる以上、ついて回る話だ。なら最初からしっかり学んでおいた方が良いだろう」

自分がリューデリッツ伯を含め、今後上官になる方を追い落とす材料になるやもしれぬなどとは思ってもみなかった。同じ陣営に属しながら、背中を刺すような連中がいるのか。そんな敵の存在を考えた事は無かった。

「まあ、今から身構える必要はないし、しっかり特別な事情を含めても、実力で協力を求められる人物になればよい。自分が『特別な配慮』をされる存在なのだと弁えておけは良いだけだ。それを当たり前だと思ってしまうと、お互いにやりずらくなるだろうから。そこだけは注意するようにな」

伯がそう言うと、シェーンコップ卿に促されて一緒に執務室から退室する。

「この後は、俺の連隊の司令部に顔見せしたあとは、割り当てられた宿舎で荷ほどきだな。晩餐は、伯から同席するようにと指示が出ている。今夜は同席されないが、前線総司令部や叛乱軍の領域に向かう高級士官が同席される事もあるだろう。それも将来、異動した時の為の布石になるはずだ。マナーと関わる人間の経歴を事前に確認しておいて、さりげなく会話に盛り込んでみる所から初めよう。まあ慣れればそんなに難しい事じゃない」

確かに俺は人間関係や上役に配慮するのが苦手だ。キルヒアイスの方がそう言う事は得意だが、わざわざ実践させるという事は、出来るようになるまで次の任務は無いと考えたほうが良いだろう。必要性は理解している。気は乗らないが、俺とキルヒアイスで敵軍全てを殴り倒せるわけではない。上官や部下から進んで協力してもらえる人間関係を作ることの重要性は理解しているが、何やら友人作りの方法を教わるようで気まずい思いがある。
気まずいと言えば、しばらく『ご機嫌伺い』が出来なくなる旨を、皇女殿下にお伝えした際も、ひどいものだった。あの大人しかったディートリンデ皇女殿下が急にポロポロと泣き始めたのだ。なんとか同席されていたベーネミュンデ侯爵夫人に取り成して頂いたが、オーディンに帰還した際には必ず『ご機嫌伺い』に上がることを約束させられた。まだ8歳の子供相手に邪険にも出来ぬし、淑女に泣かれながら頼みごとをされれば断るわけにもいかぬ。俺は軍人になったのだ。子守りになったつもりはないのだが......。

「ラインハルト様、それにしても巨大な基地でございますね。見て回るだけでもひと月はかかるのではないでしょうか?」

「キルヒアイス准尉、見立てが良いな。総司令のルントシュテット元帥が着任された際は、視察するのに3カ月かかったそうだ。もっとも護衛の手配やテロ対策の為に気楽に出歩くわけにもゆかなかったというのもあるがな」

シェーンコップ卿が思い出し笑いをしながら話に加わってくる。彼とは知らない仲ではないし、白兵戦技の分野では帝国屈指の人物だ。教師役に付いて頂くのは有り難いが、彼からは『子守り』と思われていないだろうか?伯がおっしゃられた様にいつか実力で協力を求められたい人物ではあるが......。

「シェーンコップ卿、こちらに赴任する際はリューデリッツ伯爵家の御用船で参りました。着陸までの一時間ほど、艦長の好意でメインモニターに着陸用のカメラ映像を流してくれたのです。近づくにつれて巨大さが実感出来て、何やらワクワクしました。それにしても視察だけで3か月とはすごい話ですね」

「この基地に赴任する者は、まずその巨大さに目を奪われるが、しばらくすると生活水準の良さに驚き、昇進するにつれて異常な効率の良さに驚愕する。時間があるうちに、他の基地の平均的な数字を見ておくと、その辺りが実感できるかもしれんな」

中核設備と駐留施設を円形に配置した事で、従来以上の効率は実現できるのだろうが、他にも様々な工夫がされているのだろう。あのリューデリッツ伯が建設を担当した基地だし、新世代艦の運用が本格化してから初めて新設された基地でもある。構想自体から違うのだろうが、確かに見て回るのが楽しみでもある。

「まあ、当分は二人で出歩くのは無しにしてほしい所だな。この基地は規模だけなら帝都に匹敵する。案内役がいなければ迷うのが関の山だからな。偉そうに言っている俺も、迷った経験がある。経験者の言う事は聞いておくことだ」

「シェーンコップ卿がそこまでおっしゃるのだ。キルヒアイス、荷解きが終わったら出歩いてみるのも良いかと思ったが、まずは基地施設の予備知識を確認する所から始めよう」

「はい。ラインハルト様」

キルヒアイスも同様に、初めての任地に気持ちが高ぶっている様だ。何かと気苦労も多そうだが、始まったばかりの軍人としての生活に俺は楽しさを感じていた。


宇宙歴791年 帝国歴482年 4月上旬
惑星エルファシル 駐屯部隊仮設基地
ヤン・ウェンリー

「やはり少佐には貧乏くじを引かせてしまったな。一番大変な時期に損な役回りをさせてしまった。広報課の道化役よりはやりがいは感じられたじゃろうが、一番大変な時期が過ぎたとたんに転任とはな」

「ビュコック司令、司令にそれを言われてしまうと、私からは何も言えなくなってしまいます。一番困難な時期に責任者を果たされたのは司令なのですから」

「まあ、実際動き出してしまえば、儂のようなたたき上げよりも、次期後方勤務本部長の呼び声高いセレブレッセ少将に任せた方が得策じゃろうからな。老人相手では、何かと追及も緩くなる。厄介ごとを押し付けられるのはよくあることじゃからな」

ある意味、国防委員会の目論見通りといった所なのかもしれないが、必ずしも誠意ある対応とは言えないし、その片棒を担がされたのかと思うと、良い気分にはなれなかった。司令はたたき上げとは言え、こんな経験をされる事が多かったのだろうか?エルファシルに赴任して1年、軍に信頼を裏切られた避難民たちが帰還して半年。やっと民心が落ち着いたかと言うタイミングで、基地司令官の交代に伴い、私も統合作戦本部への異動を言い渡された。
地ならしが終わり、いよいよ再建と言うタイミングでの異動だ。大変な時期を乗り越えて、これから成果が目に見えてくるというのに、それを見届ける事が出来ない。この一年は不本意なことが皆無だったわけではないが、だからこそ成果をきちんと目にしたかったと思うのは我儘なのだろうか?

「この一年は、司令には及びませんがそれなりに大変でした。やっと再建に取り掛かるタイミングでの異動は残念ですが、軍人である以上、仕方のない事なのでしょうか?」

「まあ、とりあえずはお茶を待つとしよう。部下の不満を受け止めるのも上官の役目じゃからな。まあ今回のような恣意的なことはさすがに頻繁にはないが、士官学校での席次、国防委員会への伝手の有無で貧乏くじを引くものもおれば、逆に美味しい所を担当する者もいるじゃろうな」

あまりしていて楽しくはない話題をしながら、お茶を待つ。従卒がノックと共に入室し、カップをそれぞれの手元に置いて退出していった。司令官室に紅茶の良い香りが漂う。統合作戦本部に戻れば、漂うのはコーヒーの香りになるだろう。この一年に、かなりの回数にのぼった司令とのお茶の時間が無くなる事も、この異動に喜べない要因のひとつなのかもしれない。

「お詫びではないが、避難民の代表でエルファシル復興委員長のロムスキー氏から、少佐への感謝状を書いてもらったし、儂からも復興活動に尽力してくれた旨を一筆書いておいた。少佐は士官学校を出ておるし、ちょうど校長をされていたシトレ大将も統合作戦本部に転出されたと聞く。昇進につながるかは確約できんが、この辺りで思う所を納めてくれればくれればありがたい」

「お気遣いありがとうございます。ただ、私も国防委員会に伝手はありませんし、士官学校の席次も中の上でしたから、あまり期待せずにいようと思います。何しろ卒業試験のひとつだった寒冷地訓練で、あやうく遭難しかけたぐらいでして......」

「ほほう、それは教官役はさぞかし肝を冷やしたじゃろうな。ただ、今頃は『エルファシルの英雄を救ったのだ』と、自慢しておるのではないかな?」

場の雰囲気が少し明るいものになった。ローザス提督に続き、紅茶派で話の分かる年長者と知己を得る事が出来た。ビュコック司令はまだまだお元気そうだし、またどこかでご一緒する機会もあるだろう。残念に思う気持ちが消えたわけではないが、前向きな気持ちで統合作戦本部に戻れるような気がした。

「それにしても唯一の心残りは、少佐とのお茶の時間が無くなることじゃな。儂も次の任地が決まるまでは、統合作戦本部に所属するが、戦力が不足している戦況では、分艦隊司令になる事は無いじゃろうし、しばらくは女房孝行することになりそうじゃ。あそこはコーヒーの香りが充満しておるからな。あまり好きな場所ではないのじゃが......」

「私も同じことを考えておりました。ただ、私が言う事ではないかもしれませんが、シトレ校長から、司令の事を聞いた覚えがあります。士官学校を卒業して少尉任官した際の指導役の下士官であられたとか。なにかと厳しく指導されたとぼやいておられた記憶があります」

「うむ。懐かしい話じゃが、あの頃は儂も血気盛んでな。預かったからには戦死させるわけには行かんとかなり厳しくしてしまったんじゃ。他にもボロディン提督やウランフ提督も儂が最初の指導役だったんじゃ。彼らの活躍を耳にするのは今でも嬉しい限りじゃな」

言ってみればビュコック司令は名将育成の請負人だった訳だが、この後には統合作戦本部では有名なもう一つの話が続く。司令の厳しい指導についていけなかった当時のパストーレ提督とムーア提督が、国防委員会への伝手を使って、司令を指導役から外したのだ。それ以来、国防委員会に近い軍人たちへの指導は、甘いものになったとも聞く。民主主義政体である以上、文民統制が原則だが、軍の人事にまで政治家が口を挿むのは正しい有り様ではないとも思う。司令にもお考えを聞いてみたい気もしたが、さすがに失礼かもしれない。ご縁があればまた話を聞く機会もあるだろうし、今日の所は止めておこう。 
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