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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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68話:誕生日

宇宙歴786年 帝国歴477年 6月下旬
首都星オーディン グリューネワルト伯爵家・別邸
アンネローゼ・フォン・グリューネワルト

「姉上、お誕生日おめでとうございます」
「アンネローゼ様、お誕生日おめでとうございます」

ラインハルトとジークが笑顔で祝いの言葉とともに、ラインハルトからは丁寧に包装された箱を、ジークからはピンクのバラにダリアをあしらった花束を受け取る。

「二人ともありがとう。でも私にあまり気を使わなくて良いのよ?あなた達とこうして一緒に過ごせれば、私はそれで十分なのだから......」

「はい。私たちも当初はそう考えていたのですが、親族の誕生日に贈り物を用意しないなど、後見人の私が恥をかくと叱られまして。リューデリッツ伯爵家の御用商人の方と相談しながら選んだのです」

「私も、花言葉など存じませんでしたので、ご相談に乗って頂きました。お恥ずかしい話なのですが......」

「ごめんなさい、贈り物をもらった経験があまりなかったから。こういう時は素直に喜ぶべきね。二人ともありがとう」

私がそう言うと、二人ともホッとした様子だった。顔を見合わせて喜んでいる。もちろん私も、割り当てられた後宮の館で、ケーキを焼いてきた。私が後宮に召し出される前は、2人によく作っていたものだ。喜んでもらえれば良いけど......。ラインハルトの贈り物は、ムーンストーンのブローチだ。蝶の彫刻が施され、縁取りはプラチナでできている。宝石には詳しくない私でも、高価なものだと思うが、大丈夫なのだろうか......。

「やったなキルヒアイス。姉上お手製のケーキだ。食器を用意してくるから、キルヒアイスはお茶の用意を頼む。姉上に学んでいることをちゃんと感じて頂くのだ」

「あら、ジークはお茶の作法まで修めたの?それは楽しみだわ」

「アンネローゼ様のお口に合えば良いのですが......」

楽し気に厨房へ向かう2人の背中を微笑ましく思いながら、名義は弟の物となっているらしいグリューネワルト伯爵家・別邸のサロンを改めて見回す。『改築も含めて自由にして良いと言われている』と弟は言っていたが、私の目から見ても格調高い作りになっている。いくら後見人になったからと言って、10歳の子供にポンと与える物でもないと思うのだけど......。
出迎えの際にだけ二人と一緒に顔を出して下さった『あの方』にとっては、特別な事でもないのだろうか?サロンの窓から庭園を眺めつつ、弟の後見人になって下さった『あの方』リューデリッツ伯と初めてお会いした時の事を思い出していた。

私が後宮に召し出されて少し経った頃、弟が相談もなく幼年学校への入学を希望したことを聞いた私は、弟の将来の為に自分の人生をあきらめたのに、戦死するようなことになるのではと、とても不安になった。そんな私を見かねた陛下が、

「では、最高の後見人を用意しよう。あの者にはまた頼みを聞いてもらうことになるが、頼まずとも配慮はするはずじゃ。ならば初めから頼んでおいても違いはあるまい」

と優し気な表情で言われてから数日、バラ園でのお茶の時間に同席するようにと命じられ、陛下の隣でほのかなバラの香りに包まれながらお茶を嗜んでいると、入り口の方から長身の男性が近づいてくるのが目に入った。

「最高の後見人が来たようじゃ。とは言え、人となりを知らねば不安もあろう?お茶の席に同席させるゆえ、気になる事があれば、そちから尋ねてみると良い」

このバラ園に呼ばれるという事はかなりのお立場の方のはずだけど、私が話しかけても失礼にならないのかしら......。そんな事を気にする私の横で、陛下は近衛兵に人払いを命じられた。

「お呼びとのことで、ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ、参上いたしました。ご尊顔を拝し恐悦至極に存じます」

「ザイ坊、人払いを命じてある。この場はお忍びの形で構わぬ。第二の寵姫のアンネローゼじゃ」

「アンネローゼ・フォン・グリューネワルトと申します。同席させて頂きます。よろしくお願いします」

「ザイトリッツ・フォン・リューデリッツと申します。お目にかかれて光栄に存じます。こちらこそよろしくお願いいたします」

挨拶が終わり、伯が席に付くと

「兄貴、皇族にちょっかいを出した連中からはきっちりこちらでけじめを取る事が出来そうだよ。叔父貴も色々と気にしていたからね。それで、今日はどんな話かな?話題の美姫を自慢したいという話でも、私はかまわないけど」

「ザイ坊よ。お主は話が早いから助かるが、お茶を一緒に楽しみたいというのも本日の用件のひとつじゃ。少し我儘につきあってくれぬか」

かなり砕けた言葉でやり取りが交わされるし、陛下がここまで楽し気にされているのも初めてのことで、戸惑う私を気遣って下さったのだろう。

「グリューネワルト伯爵夫人、陛下とは、まだ私がルントシュテット伯爵家の3男坊で色々と好き勝手していた頃からのご縁なのです。当時は陛下の兄君と弟君が派閥を作って跡目争いをされていた時代で、ルントシュテット伯爵家を軸に軍部を陛下の派閥にしようとしていると邪推されても困るので、お忍びで親しくして頂いたという次第で......」

優し気に伯は説明してくれた。リューデリッツ伯は今までで初めて見るタイプの男性だった。軍人の中でも格闘術に優れた方が出す独特な雰囲気もあるし、私たちの父が、事業を成功させていた時に感じた、自然な自信も感じる。でも宮中でお見掛けする高位貴族が出す変な選民意識みたいなものは感じない。強いて言うなら、物語に出てくる悲劇のヒロインに手を差し伸べてくれる情に厚い貴族と言った所だろうか?父と同世代のはずだがかなりお若く見える。
お茶の時間は、予想外に楽しい物となった。御二人とも博学だが、教師にありがちな知識をひけらかす感じはなく、予備知識が無い私にもわかるように配慮しながら面白おかしく話してくれた。伯と視線が合うとドキっとするし、最近は振る舞う相手がいないのだと言って、2杯目のお茶は、伯が自ら入れてくれた。お世辞ではなく、確かに美味しいお茶だった。次にお会いするときには、せめて美味しい理由位は分かるようになっておきたいと心から思ったくらいだ。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。お茶会の終わりに陛下が本題を切り出される。

「うむ。やはりそちとの時間は楽しいものじゃな。ところでな、実はアンネローゼの弟が相談もせずに幼年学校への入学を決めてしまってな。万が一の事があってはと不安に思っておるのだ。そこでそちにその者の後見人を頼みたいのだが、引き受けてくれぬか?」

「他ならぬ兄貴の頼みだし、10歳で家庭を切り盛りしだした頑張り屋さんの頼みだ。もちろん引き受けさせてもらうけど2つばかり条件を出したいね。ひとつ目は、軍人を志している以上、教育方針は私に一任してもらいたい。後見人になる以上は、いずれ帝国を背負って立つ人財に育て上げるつもりだ。2つ目はそれに関連して、今は『陛下の寵姫の弟』とみられるだろうけど、将来的にはグリューネワルト伯爵夫人が『帝国軍の重鎮の姉』となるだろう。失礼ながらご実家の経済状況では、教育を受ける機会に乏しかったはずだ。今からで構わないのでそちらの方も努めてもらいたい。もちろん教師役も私が手配するし、伯爵夫人を不快にさせるような人材を選ばないことも予め約束するが、いかがかな?」

「はい。弟の後見人になって頂くだけでも幸いなことです。私で及ぶことなのかはわかりませんが、弟同様、精一杯励むことはお約束します」

「では、後見人の話、謹んでお受けいたします。それと、後見人の件は私から頼んだことにしましょう。『寵姫が陛下に強請って、軍部貴族を弟の後見人にした』と言うのも、後ろ暗い事がある方々には、邪推の材料になるでしょうから......」

伯は後見人になるにあたっても、最大限配慮をしてくれた。それから数日して、後宮の私の館に礼儀作法の講師としてシュタイエルマルク伯爵夫人、芸術の講師としてヴェストパーレ男爵家のマグダレーナ嬢が来て下さるようになり、学んだことの実践相手として、ルントシュテット伯爵夫人や、リューデリッツ伯爵夫人、マリーンドルフ伯爵家のヒルデガルド嬢が頻繁に訪れてくれるようになった。皆、『あの方』に選ばれた方々なのだろう。良いひとばかりで安心している。

厨房から戻ってくる二人の気配が、私の時間を今に戻してくれた。弟は食器のセットと、シルバーカトラリーを入れる大き目なケースを、ジークはお茶のセットを持って、サロンに戻ってきた。

「姉上、こちらの箱は、リューデリッツ伯からの預かりものです。伯はご友人のお子様方へのプレゼントはシルバーカトラリーに統一されているのですが、女性に贈り物をすると何かと誤解されるとのことで、お預かりしていました。お帰りの際にお持ちになられても良いですし、こちらでお預かりしておいても大丈夫です。20歳になった時に一式が揃うように贈られるとのことでした」

「ラインハルト様も私も、10歳までの分を頂きました。私には過ぎたものとご辞退したのですが、『私の被後見人の友人は十分贈り物をするに値する存在だ』とおっしゃられて、有り難く頂戴しました」

「まあ、私からも改めてお礼を述べなければいけないわね。ヴェストパーレ男爵家のマグダレーナ嬢から伺った話だけど、20歳になって独立する際に、晩餐で使用できるシルバーカトラリーがあれば、もてなしの際に困ることは無いし、万が一の時は売れるという事でそうされたらしいわ。今では『リューデリッツ伯の銀の匙』と呼ばれて、贈られたがる貴族家も多いとか。大事にしなければいけませんよ?」

親しくなったマグダレーナ嬢とヒルデガルド嬢も贈られていたはずだ。私も贈られたいと思っていたが、お願いできる立場でもなかった......。『あの方』に選ばれたお二人と、同等になれた気がして変な嬉しさを感じた。弟が用意した食器に、少し大きめに切ったケーキを2つ、普通のサイズをひとつとりわけ、大き目な方を、弟たちの手元に置く。隣ではジークがお茶を入れてくれていたが、手つきが『あの方』そっくりで驚いた。
そう、ジークにならなぜお茶が美味しくなるのか聞いても大丈夫なはずね。お茶とケーキを楽しみながら、家族の温かさを感じるひと時を過ごした。今回は私の誕生日を理由にした宿下がりだが、最低でも母の月命日には宿下がりを許されている。その手配も『あの方』がして下さった。わたしもお約束通り、弟が軍の重鎮になった際に、恥ずかしくない様に教養を身につけねば......。 
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