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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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60話:闇への糸口

宇宙歴783年 帝国歴474年 8月下旬
フェザーン自治領 リューデリッツ伯爵家御用船
フェザーン自治領主首席補佐官 ワレンコフ

「しかしながら、新造したばかりとは言え御用船を見たいとは......。首席補佐官にそんなご趣味があったとは知りませんでしたよ」

笑顔で話しかけてくるのはリューデリッツ伯だ。彼との付き合いも15年近くなる。生まれのせいで帝国貴族なんてものをしぶしぶしているが、おそらくこの宇宙で当代屈指のビジネスへの嗅覚と最速で収益化する能力をもった男だ。彼と組んだから、現役の補佐官の中で最年少だった私が、4代目フェザーン自治領主の最有力候補となり、来期から実際にフェザーン自治領主になることが内定した。ここで話が終われば、帝国とフェザーンで成功を収めた人物達の成功談で終わりだろうが、まさかフェザーンにあんな闇の部分があったとは......。

フェザーンにはあくまで交易の中継地だ。帝国と同盟には、財政が破綻しない程度に、かつ出来れば人口増が成り立つレベルで戦争してもらうのが、フェザーンには一番メリットがある。ところが、歴代の自治領主たちは、両国の戦争を煽るばかりで、言ってみればフェザーンの市場を減らす行為を続けてきた。
自治領主になるための引継ぎを受けるまでは、両国が冷静になって、戦争相手国の横を見れば、戦争を煽って肥え太ったおいしい獲物がいる事に気づかない様にしているのだと思っていたが、こんな黒幕がいたとは。思念で会話する通信システムなんてものを使われては、偽報で誤魔化すこともできない。長年望んでいた自治領主の座が、実は狂信者どもの小間使いだったなど、『事実は小説よりも奇なり』の範疇を越えているだろう。
どうしたものかと思っていたら、宇宙で唯一の私の共犯者が、フェザーンに来ることになった。面会するなら本来はホテル・シャングリラか、RC社所有の屋敷になるが、連絡を取った際に、少し大きめの声で、リューデリッツ伯が御用船を自慢した際の返答を一方的にし、伯も異変に気付いたのか。左目でウインクしてから話を合わせ、この御用船で面会する運びとなった。

「さすがはリューデリッツ伯の御用船ですな。贅沢なスペースの使い方をされている」

共犯者の話に合わせる。彼もいつも通りの対応をしてくれるし、口元は笑っているが、目は笑っていない。内々に話はしたいが、どこに連中の手先がいるか分からない。貴賓室や応接室も出来れば避けたいところだが......。案内する態をしながら、それなりに見通しがあるラウンジに到着する。ここなら盗み聞きの可能性は無いが、どうしたものか......。

「すまないが首席補佐官とはラウンジで話すので、聞こえない様に距離を置いてもらえるかな?実はフェザーン駐在武官として赴任した際にひとり子供が出来てしまってね。首席補佐官に面倒を見てもらっているのだ。リューデリッツ伯爵家の家付きである以上、詳しい話を知っていたとなると、君たちの為にならないからね。出口付近に控えていてくれるかな?」

護衛担当達にそう言うと、我が共犯者はこちらを振り返った。護衛担当達に見えないように左目でウインクしてくる。つまり、面倒を見ている隠し子の話をする態で話をしろという事だろう。彼がフェザーンに駐在した一年で、歓楽街でかなりの浮名を流したのはフェザーンでも有名な話だ。中年男性からウインクされて喜ぶ未来が自分にあるとは思わなかったが、ラウンジの一角に座り話を始める。念のためテーブルの裏は確認した。共犯者も一緒に確認してくれた。危ない話だと理解してくれているのが分かり、改めて安心できた。

「閣下、お時間を頂き恐縮です。お預かりしているご子息に関して、いささか困った事態となりました。片親でお寂しかったのか、とある宗教にどっぷりという状況でして、お渡ししている生活費も、その教団にほとんど寄進してしまう状況です。どうしたものかと判断に困る状況でして、ご相談に上がった次第です」

「そうでしたか、それはご迷惑をお掛けして申し訳ない。何を信じるかは人それぞれですが、大人になればゆりかごには戻れませんし、必要なくなったゆりかごが育ててやったのだから、不要になってからも大事にしろと言われても、困る話でしょうね」

さすが私の共犯者だ。地球教の事も何かしらつかんでいる様だ。そう言えば、陛下とも親しかったはず、奴らは帝国でも大それたことをしでかしているのだろうか?

「そういえば私が懇意にしている御家でも、ご嫡男が宗教に入れ込んで、周囲がお困りと言う話を耳にしました。本来なら宗教とはより良く生きるための物であるはず、皮肉な話に、いささか面喰っております」

そう言うと、手元にあったティーポットからお茶を2つのカップに入れ、お互いの中間くらいに置いた。私は右側のティーカップを手に取り、お茶を飲んだ。彼まで取り込まれていたら、逃れるすべはない。そして奴らは帝国の皇室まで入り込んでいる様だ。左側のティーカップを手に取り、彼もお茶を飲んだ。

「現段階で、ご子息を引き剥がそうとすれば取り巻きを含め、反応が気になる所です。しっかりとした対応をする準備をした上で、禍根が無いように調整できればと存じますが......」

「分かりました。では警備会社から屋敷の方に人員を配置します。名目は先年の後継ぎ争いの際に逃亡したものが、叛乱軍の領域に行かずにフェザーンに潜伏している可能性があるためとしましょう」

彼の言葉に了承するようにうなずくと、胸元のペンをわざとテーブルの下に落とし、拾うふりをしてテーブルの下をのぞき込むと、手元に握っていたマイクロチップを彼の膝先に放る。何事もなかったかのように、彼も素早く視線は私に向けたままポケットにしまった。

「来期から自治領主となりますのでそうなればもう少しお役に立てるとも思うのですが......」

「いえいえ、これだけで十分です。あとは我が家の問題でもありますから、こちらで対処したいと存じます」

つまり危険を冒してまで動くなという事か。正直フェザーン自治領主府の人間は怖くて使えない。助かるといえば助かる話だが......。

「では、ご面倒をおかけした話は、ここまでにして折角ご足労頂いたのですから、御恥かしいですが我が家の御用船でも観て頂きましょうか」

そう言うと、案内をするように先導を始めた。何とかなりそうでホッとした自分がいる。あとは御用船を見学しただけだと自分に思い込まさなければ、思考で意思疎通するあの通信機器をごまかすことは難しいだろう。出来なければ死ぬことになるし、彼にも当然、奴らの魔の手が忍び寄ることになる。失敗は許されないと心せねば。


宇宙歴783年 帝国歴474年 10月上旬
首都星オーディン グリンメルスハウゼン邸
ウルリッヒ・ケスラー

「おおう、戻ったかケスラー大尉、儂では帝都の憲兵隊本部ならともかく、軍のお役目まではあまり口出し出来ぬゆえ、リューデリッツ伯の下に行かせたが、良き経験が出来ているようじゃな」

まだ幼年時代に、グリンメルスハウゼン領の初等教育学校で優秀な成績を上げた私は、領主のグリンメルスハウゼン子爵に見いだされ、学費を子爵家が負担する形で、士官学校へ入学し現在に至る。卒業後は憲兵隊勤務の傍ら、閣下が裏でされている陛下の密命を果たすお手伝いをしてきたが、2年前からリューデリッツ伯の指揮下で、前線総司令部の治安維持組織の立ち上げに関わることになった。士官学校時代に、会食に招待して頂いた関係だし、士官学校の関係者にとっては生きた伝説の様な方だ。『少しでも学び取って参れ!』という子爵のご配慮だと思い、リューデリッツ伯に直接意見具申できる立場を好機ととらえて、職務に精励してきた。
昇進に浮かれることなく、ケーフェンヒラー軍医大佐の相談にものっていたが、前線が落ち着いたのを見計らってフェザーンに行かれたリューデリッツ伯が前線総司令部に戻られるや否や、『子爵が風邪をこじらせて肺炎の予兆もあるようだから、名代として見舞って欲しい』と親書を渡され、オーディンの子爵邸へ、取るものも取り合えず駆けつけた訳だが、いたって元気そうだ。もっともこう言う事は陛下の密命に関わる際にはよくあることなので、戸惑ってはいない。

「はっ!ご配慮、感謝しております。リューデリッツ伯から親書を預かって参りました。お急ぎでお知らせしたかったご様子で、『子爵が風邪をこじらせたので名代として見舞う』という口実で、派遣されました。こちらが親書になります」

前口上を述べてから、親書を手渡す。子爵はすぐに開封して読み始めたが、途中で手元の情報端末を起動し、同封されていたのであろうマイクロチップを差し込んでから、続きを読み始めた。かなりの大事のようだが、私が同室したままで良いのだろうか?親書の確認を終えたのだろう。子爵がこちらに視線を向けられた。

「ケスラー大尉、親書の内容に関して、リューデリッツ伯から何か聞いているかね?」

「はっ!この件で担当になるなら、子爵閣下からお話されるだろうとのみ承っております」

日頃、温和な雰囲気の子爵閣下が、何やらピリピリしたご様子だ。親書の中身はかなりの大事のようだ。

「この件に関与すれば、命の危険があるやもしれぬが......。ケスラー大尉以上の適任者はおらぬのも事実であろう。心して読んで欲しい」

子爵から受け取った親書の内容は、フェザーンを設立した地球出身の商人、レオポルド・ラープが、地球教教団の指示の下、フェザーンを設立した可能性が高く、自治領領主府も、地球教団の意向の下にある可能性が高い事。先年の異母弟殺害に関しても、戦況が優勢な帝国の内部に不協和音を生じさせるための工作であった可能性が高い事。最終的な目的は不明だが、少なくとも帝国と叛乱軍を争わせて漁夫の利を得る事で何かしらの利益を得ようとしている事が記載されていた。

「閣下......。これは......。確かに幼心にフェザーン設立の資金はどこから出たのかなどと考えた事はございましたが、まさか旧世紀の遺産が使われていたとは......」

「若しくは叛乱軍の領域でつくった物やもしれぬな。フェザーン回廊が非武装地域となれば、帝国にもメリットはあるが、フェザーンが設立されたのはコルネリアス陛下の大親征の後、しばらくしてからのはずじゃ。国防をイゼルローン回廊に集中できたことで、叛乱軍は軍備を立て直す時間が稼げた。やけにタイミング良く宮廷クーデターが起きたが、それにも関わっておるやもしれぬの。ベーネミュンデ候爵夫人のご懐妊に関しても、胎児が女児という噂を流したから無事に生まれたが、もし男子であれば前回同様、死産であったやもしれぬな......」

予想外の仮説に、私は思わず唾を飲み込み、にじんでいた変な汗をハンカチで拭った。

「どちらにしても闇雲に手を出す訳にはいかぬ。一撃で一網打尽にせねば、後々に禍根を残すことになろう。表立っても動けぬ。陛下へもお伝えするゆえ、ケスラー大尉はグリンメルスハウゼン子爵家のこの件の担当者として動いてくれ。リューデリッツ伯はフェザーンでの対応でこちらには手が回らぬだろうから、メッセンジャー役として卿の役割は重要なものとなろう。苦労を掛けるが頼むぞ!」

普段の温和な雰囲気から、これぞ帝国貴族の当主と言わんばかりの凄味のある雰囲気にのまれかけたが、御恩のあるお二人の為に動けるなら迷うことは無い。

「はっ!手抜かりなきように励みます」

私は当たり前の事のように快諾する旨を返答していた。 
 

 
後書き
狂信者の登場の前倒しは、つんさんから頂いた感想が元で思いつきました。あまりネタバレはしたくないので詳細は読んでのお楽しみとしたいのですが、私の中でラスボスにするには、彼らにあまり思い入れが無かったのと、基本的に、ランチの待ち時間に読んでもらう事を想定して書いているのですが、あまりテロだの暗殺だのをその時間に読むものとして展開に出したくないという面もありました。
ご意見はあると思いますが、ご了承いただければ幸いです。 
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