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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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55話:第11駐留基地

宇宙歴781年 帝国歴472年 8月下旬
アムリッツァ星域 第11駐留基地 司令官室 
ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ

「閣下、建設状況の進捗報告書がまとまりましたのでお持ちしました。ご確認ください。別紙でまとめてございますが、6個艦隊分すべての施設が完成した暁には、交代制としても12個艦隊が出入りすることになります。歓楽街だけでも数百万人規模になりますので治安維持の観点から、憲兵隊と警察組織に関しては計画より増員することを現段階から進めておいた方がよろしいかと......」

「やはり人が多くなれば、良からぬことを考える連中も増えるか。うーん。私も増員の必要性は感じていたが、予定の倍かあ。予算的には問題ないけど、ここまで身構えておく必要はあるのかな?」

「はい。閣下はいささかお優しすぎるきらいがあります。出身地も違えば、軍歴も違いますし、計12個艦隊が出入りするのです。当然競い合う感情の生まれるでしょうから、この位は必要でしょう。予想より治安が安定するようであれば、実務経験を積んだ人間を転任されれば良いだけです。了承頂けるなら、すぐに手配いたしますが......」

「分かった。オーベルシュタイン卿の献策は無駄だったことは無いからね。決裁書もあるのだろう?ここで押印するから確認させてもらえるかな?」

オーベルシュタイン卿が小脇に抱えたファイルから、決裁書を取り出す。俺の指揮下の部門では、RC社に似せて決裁書には変な修飾語は書かず、簡潔であることを旨として作成させている。決裁書の確認はすぐに済む話だ。文末まで確認して、決済印を押印してオーベルシュタイン卿に戻す。RC社の案件同様、自分の提案が通った時だけ見せる付き合いの長いものには分かる少し嬉し気な表情をして、敬礼をして司令官室から退出していった。

オーベルシュタイン卿の任官に付いては、本人と話し合った通り、2年間は私の下で副官見習いの様なことをさせるつもりだったが、たった4カ月で、副官見習いから首席秘書官の様な役回りを確保するに至っていた。当初は反発も予想していたが、事前に約束させた『会議の場では45分を過ぎるまでは皆の話を聞くこと』を律儀に守ってくれている。部下たちからすると自分たちの意見も聞いたうえで、最適な案に取りまとめている様に見えているらしく、決裁書を作成し、俺の決済まで取ってくるので、仕事が早く進むとむしろ好評なようだ。

正直な所、人付き合いは苦手な部類だと思っていたので、思っていたより早く馴染んでくれたので一安心といった所だ。本人にはまだ伝えていないが、本来なら首席秘書官は最低でも大尉クラスの役目なので、既に基地改築の効率化に貢献大として、昇進申請書を提出している。年内に中尉、4月には大尉になるだろう。

第11駐留基地には元々2個艦隊規模の駐留施設があったが、こちらは改築完了後に辺境自警軍に払い下げる予定だ。新設区画では東西に新設区画を横断する路線に隣接する2個艦隊分の駐留施設が完成しているので、計4個艦隊が駐留を開始している。2個艦隊ずつを、長兄のルントシュテット上級大将と、メルカッツ上級大将がイゼルローン回廊叛乱軍側出口の戦況に応じて率いる体制を取っている。駐留艦隊の入れ替えや、補給の面で、より効率良く出来ないかを併せて試行錯誤している段階だ。静止衛星軌道上に、武装モジュールのメンテナンス設備も増設している。
計画段階の事前予測では、これ以上の効率化を図るには軌道エレベーターの建設が必要になるという分析が出ていたが、費用対効果の面で考えると、魅力的な数字ではなかったことと、仮に破壊工作が仕掛けられた場合の被害予測が結構深刻なものだったこともあり、却下した背景がある。しばらく執務に集中していると、ドアがノックされ従卒が来客を告げる。結構集中していたようだ。思わず左手の柱時計に視線が向いた。お茶の用意と応接室に通すように伝えて、執務机に広げた資料を、センター引き出しにしまい、念のため鍵をかけてから、応接室へ向かう。ノックをしてから応接室に入ると、面談相手は慣れない敬礼をしながら迎えてくれた。

「ケーフェンヒラー軍医大佐、忙しい所をありがとう。楽にしてくれたまえ」

答礼しながら着席を促し、自分も応接セットの上座に座る。

「辺境星域全体の医療施設の立ち上げ・管理運営で忙しいのは承知しているが、この基地の医療施設に手抜かりは許されないからね。株主特権で我儘をきいてくれた事、感謝しているよ」

「とんでもない事です。父とは違う形ではございますが、ザイトリッツ様のお役に立てれば本望でございます。帝都医大の学費も、フェザーン医療大学への留学費も援助して頂いた御恩を少しでも返せればと存じております」

恐縮した様子で俺の向かいに座っているのは、ケーフェンヒラー男爵の嫡男のシュテファン卿だ。顔立ちはどちらかというと母親似だろうか?優し気な顔立ちなので、患者からすれば診察が始まった段階で安心感を感じるだろう。医学は素人だが、それだけでも医師としての才能があるように思う。彼は帝都医大を卒業後にフェザーンにも留学し、最新式の医療機器をつかった治療法まで学んでくれた。その知識を生かして、経済発展に応じた医療施設の構築をRC社で担当してくれている。
本来なら医療の現場に立ちたいところだろうが、専門的な医学と経済・経営に関わる素養がある人間となると限られてしまうため、役目を引きうけてくれた。『数億人を救える態勢を整えて欲しい』と役目を頼んだ際の俺の言葉で自分を納得させている様だが、生まれにより本来したかった生き方とは違う道を選ばせてしまった部分はあるので、申し訳ない気持ちもある。第11駐留基地の改築に当たって、医療施設全般の立ち上げと運用が軌道に乗るまで、大佐待遇で出向してもらっている。

「進捗のご報告でございますが、一部内密となるものもございますので、伯のお時間を頂戴いたしました。お忙しい所、恐縮ではございますが、よろしくお願いいたします」

そう前置きをして、医療関連の報告が始まる。軍医大佐に注文したのは大きくは2点だ。ひとつ目は、最新式のリハビリ施設の立ちあげ。これは母船部分が重装甲になった背景もあり、戦闘艦の乗組員の生存率は上がったが、義手・義足になる戦傷者は一定数発生するし、回復までに長期療養を必要とする戦傷者も当然でてくる。現在はイゼルローン要塞の医療施設で対応しているが、リハビリや長期療養を必要とする戦傷者を第11駐留基地で対応し、復命できるものは、完治後に復帰、前線勤務が厳しい場合でも、帝国内で一番巨大な駐屯基地なので、後方支援に関わる部署や、外部委託している企業への就職斡旋を実施するつもりでいた。こっちは表向きの話になる。

「ご指示いただきました戦傷者のリハビリセンターですが、施設自体は既に完成し、職員たちの状況を見ながら、イゼルローン要塞から随時、対象者を受け入れていく予定です。既に受け入れは開始しており、名目上の報告書も、担当部署を通じて後日上がることになっております」

「ありがとう。色々と配慮してくれていることは分かっている。助かっているよ。陛下からも帝室を守ることに尽くしてくれた者たちへは、出来る限りの配慮をとのお言葉を頂いている。引き続き励んでくれ」

「もったいないお言葉でございます。続いて、もう一つの方ですが......」

軍医大佐はここで言葉を区切り小声になって報告を始めた。こっちはまだ関連部署には進捗報告書が上がっていない内容だ。

「定期的な健康診断の際に採血をした血液から、薬物反応の有無を並行して検査する件ですが、結論から申し上げますと、本人確認の徹底がどこまでできるかが、難問でございます。検査自体は特に難しいものではないのですが、替え玉をどう防ぐかという所で、費用対効果の良い案が無い状況です。憲兵隊や捜査機関の方に相談できれば、何か良い案が出るかもしれませんが、内密にとのお話でしたので、外部組織の人間には、まだこの話は出していない状況です」

そこだよな。後ろ暗い事がある連中が素直に採血に応じるか?という問題は当初から指摘されていたが、1000万人を越える人間の本人確認をどう効率よく進めるか?は妙案が出ていなかった。軍隊と薬物は切っても切れない関係だし、軽度な状態なら社会復帰もしやすい、麻薬撲滅の観点から見ても、密売組織のあぶりだしは対処療法だが、定期的な健康診断で薬物汚染を発見できれば、捜査の手間も省けるので、何とか実現したい話だった。

「入隊した段階から入れ替わりなどが行われていた場合は防ぎようがございませんが、その辺りはおいおい憲兵隊や捜査機関との情報交換を行う中で、防止策や違反者の発見の仕組みが出来ると存じます。医療の観点からの本人確認としては入隊の段階からDNAサンプルを登録しておき、血液検査と併せてDNA鑑定を行う事ぐらいしか案がない状況でございます。」

申し訳なさそうな表情をしながら、一枚の資料を出してきた。出入りする艦隊の乗組員と、駐留基地要員、そして歓楽街の民間人全員の健康診断にDNA検査を実施した場合の見積書だ。確かに男爵家の嫡男でも判断に困る金額が記載されている。ただ、俺からすると初期投資としては二の足を踏む金額ではなかった。

「軍医大佐、仮にの話でDNA鑑定キットを生産するには設備投資はどれくらいになるのだろうか?将来的には、辺境自警軍にも導入したいし、RC社が契約している在地領主の皆様の領地でも実施しても良い話だ。どこから予算を引っ張ってくるかは別として、5年以内に年間10億セットは使うものになるだろう。10億作れば量産効果もかなりの物になりそうだが......」

そういう視点は無かったようで、軍医大佐は目を白黒している。

「すまない。こういう話の専門家連中に話を振っておくことにしよう。決裁書は用意してあるかな?いざという時は私の口座から資金を用立てるから、この件は内密に進めて欲しい。」

「はい。念のために作成しておきましたが......」

戸惑いながらも決裁書を差し出されたので、確認した後、携帯している決済印を押印して差し戻した。軍医大佐は、まだ狐につままれているような表情のまま、慣れない敬礼をして応接室を退出した。薬物は下手をしたら伝染病なんかより軍にとっては脅威だ。多少高くつくが、それで安心して指揮できるなら、決して高い買い物ではないだろう。自分の手帳のタスク管理のページに『DNA鑑定キットの生産事業立ち上げ可否』と書くと、冷めてしまったお茶を飲み干して、執務室へと戻った。 
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