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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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44話:保育園

宇宙歴773年 帝国歴464年 12月下旬
アルテナ星域 惑星ヘッセカッセル 物資集積拠点
アドリアン・ルビンスキー

「それで、状況はどうなのかね?要塞規模を縮小させたのは確かに君の功績だが、5カ年で完工まで進めそうなのかね?現場の監督陣からは悲鳴のような報告が上がってきているのは承知しているが」

「ワレンコフ補佐官、ここは大人のビジネスの場でも血生臭い戦場でもありませんが、宇宙一常識が通用しない場所ですよ。私が在学時代から自治領主府にスカウトされたのは保育士として期待されたからでしょうか?あやすのも限界があります」

「それは理解しているが、そこをうまくいなすのが君の役割だろう?ボルテック君では無理だと判断したから君を抜擢したのだ。何とか責務を果たしてほしい所だが......」

抜擢などと白々しい事を。今の現状を理解して俺の代わりをやりたがるフェザーン人などいないに違いない。事の始まりは、帝国の門閥貴族の領袖、ブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム侯爵家が皇室から降嫁を許されたことに始まる。何を勘違いしたのか、一門や寄り子も揃って、権勢が高まったと考えたらしい。そして軍部に横槍を入れてけんもほろろに袖にされた。

そうなってから、軍部系貴族のルントシュテット家の領地を軸にフレイヤ星域のレンテンベルク要塞、キフォイザー星域のガルミッシュ要塞を押さえ、辺境星域の在地領主とも関係が太い事に気づいたらしい。喧嘩を売るなら事前に下調べ位するのが普通だが、皇室からの降嫁が彼らの目を曇らせたのか、そもそも見ているモノが違うのか?無理を押し通そうとして跳ねつけられてから現状に気づき、怯えたわけだ。

俺の見るところでは、第二次ティアマト会戦後に、門閥貴族が軍に入り込もうとしたせいで、逆に軍部系貴族は団結した。自分たちが命を賭けて国防を担っていたのに、大敗を喫したとたん、手のひら返しで利権を奪おうとされれば、2度と信用はしないだろう。おまけに実質敵対行動をしたにも関わらず、現帝の兄と弟の派閥争いが起きた事で、そちらに意識が向くことになった。軍部系貴族は地力を回復し、牙を研ぐ時間を得たわけだ。戦争が始まって既に100年を越えているが、過去に例がないほど、軍部系貴族はまとまっている。戦況も優勢だし、自分たちが必死に役目を果たしている横で、政治ごっこに興じる連中を冷めた目で見ていたのだろう。軍のスタンスは過去に例がないほど門閥貴族に厳しいものになっている。昇進も爵位は考慮されず、実力重視の人事が行われている。門閥貴族の関係者は軍から排除されたと言っていいだろう。

「補佐官、報告書はお読みいただいているのでしょうか?ハチャメチャな要求を現場で言いだして、それが蹴られれば、腹いせにとんでもないことをしでかす。メインシャフトの加重区画に、勝手に自分の名を刻んだりするのです。もはやいつ大事故が起きてもおかしくありません。動物相手の方が、まだ予測がつくでしょう。いずれ一番面子が潰れる方々の尻に火が付くでしょうが、ここは野生児の集まった保育園といった有様です。私の能力や、個人の努力の範疇をすでに越えているかと」

ワレンコフ補佐官に借りを作るのは不本意だが、大事故でも起こればこの案件に10年近く俺の時間を取られることになる。まだ戦略的に意味があるなら我慢も出来るが、軍事の素人でも、アルテナ星域に要塞を造っても国防に寄与しない事がわかる。イゼルローン要塞は人類史に残る偉業だが、このガイエスブルク要塞は人類史に残る無駄な事業として名を遺すに違いない。

「それは分かっている。資源価格の高止まりで、我々フェザーンにも悪影響が出始めている。不毛な事業はなるべく早く済ませたい。それでな、ルビンスキー君。ある筋から出た話なのだが、そもそも使うか分からないものをまともに造る必要があるのか?外側だけそれなりに見れれば、中身がゴミだろうとどうせ気づかないのではという話が一部から出ている。君はどう思うかね?」

手抜き工事を補佐官が勧めてくる?本国ではそこまで大事に捉えられているのか。正直、頭が痛い。形だけ整えれば、あのボンボンどもは満足するだろうが、手抜き工事をしたことが発覚した場合、俺は責任者として詰め腹を切ることになりはしないのか?

「君の心配する所はよくわかる。だが、ガイエスブルク要塞が実際に使われる場合、帝国政府に対しての叛乱か、恫喝かだろう。せっかく建設の旗振り役を得られたのだ、意図的に弱点なり攻略手法を整えておけば、いざという時、高く売れるしガイエスブルク要塞に籠った連中が優勢なら黙っておけばいいだけだと私は思うが?君はどう思うかね?」

「確かに補佐官のおっしゃる通りですが、ガイエスブルク要塞の建設には私の名前も残ります。それを思うと......」

俺の言葉を最後まで聞かずにワレンコフ補佐官は笑い出した。

「ルビンスキー君、君の名前は1兆帝国マルク位の価値があるのかな?君は確かに優秀だが、歴史家から見れば、まだ使い走りの年代だ。君の仕事としての評価はされないよ。精々自治領主閣下の遠望を果たす歯車のひとつという所だろうね」

「承知しております。気概の問題をお話しておりました。ただ、おっしゃる通り、まともに対応する意味がない案件であることは事実です。ご指摘ありがとうございます」

確かに、煩わしい事が多すぎて、せめて名誉くらいは確保したいと思っていた自分がいた。利益を出せねば、そもそもフェザーンに戻っても顔が立たない。俺の時間を最低でも5年は使うのだ。フェザーンの感覚では5年も使って利益を出せなければ無能の烙印を押される。ここはフェザーン流を貫かせてもらおう。長距離通信を終えると、私以外の当事者の2人の所へ足を運ぶ。俺が、保育士だとしたら、理事長と園長という所だろうか。もっとも俺は金という報酬を得られるが、この二人は要塞が完成しなければ名誉という報酬が得られないばかりか、万が一にも完成しなければ面子が潰れる訳だ。この宇宙に少なくとも2人は、俺より悲惨な境遇の人間がいると思うと多少は溜飲が下がる。無駄に造りの良いドアをノックして、了承を得てから入室する。

「おお、ルビンスキー、自治領主府への報告は終わったか?」

オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク改め、理事長がこちらに声をかけてくる。室内にはもう一名、園長ことウィルヘルム・フォン・リッテンハイムもいたが、まだ昼間だというのに酒を飲んでいたようだ。多少でも現状をまともに認識できれば酒を飲みたくなるのは分かるが、同じ船に乗っている人間としては、いま少し自制心を持ってほしいと思うのは過ぎた望みなのだろうか。今、そんな不毛な思いに囚われても仕方がない、俺は状況を報告する。

「自治領主府でも資材価格の高止まりが各方面に与える影響を懸念する声が強まっているとのことでした。特に、私どもの常識にない事態での工期の遅れにも懸念があるとのことです。一部からはいつ大事故が起こるか分からない為、保険料の値上げも迫られています。私ひとりではどうしようもない状況です」

二人は渋い顔をしながらワイングラスを煽る。もう酒の件は見なかったことにして話を進めよう。

「ここで2つほどご提案がございます。現場に部外者が行けば混乱が起こります。そこで、既に設計図はあるわけですから、皆様の居住区画については、モジュール工法に差し替えますので、それぞれのご領地で作成頂いては如何でしょう?やることがあれば、こちらに足を運ぶ方も減るのではと考えております。

二つ目ですが、主砲区画は拡張の余地を残しつつ、将来的により高性能なものが出るまで、換装しないことをご提案します。一部から、完工式に試射式をやるためだけに巨額の予算をかけることに疑義が出ております。アルテナ星域は帝国内の主要航路ですから、主砲を完成させたとして、試射した際に何かあれば、政府や宮廷がどう受け取る分かりません。留保しても良いのではという声もございました」

「うーむ。しかしこの要塞は次期当主である我らから一門や寄り子へのお披露目の品でもある。手伝わせるのはいささか外聞が悪いのではないか?」

「主砲の件もな、完工式に試射のボタンを押したがっておる者も多い。作らぬと言う訳にはいかぬように思うが......」

理事長と園長が、グラスにワインを注ぎながら渋い顔で答えてきた。それは想定済みの回答だ。

「ご懸念はごもっともでございます。ただ、実際にお使いになる方々にお好みの物を用意していただくのも次期当主としての配慮なのではないでしょうか?皆々様、趣向を凝らされるでしょうし、完成の場でその趣向を賞賛されれば、皆様もお喜びになるのではと。主砲の件は、勅命で建設されたイゼルローン要塞に並ぶ出力の主砲を備え付けるのは恐れ多いので、手ごろなものが開発され次第、換装するとでもすれば、そこまでお気にされないのではないでしょうか?」

まだ二人は決断できない様だ。ではしっかりリスクも提示しよう。

「今のご提案を含めても、5カ年計画で済むかギリギリの状況です。万が一、大事故など起これば何もかもが吹き飛びかねません。イゼルローン要塞は計画通り、無事故で完工を迎えました。確かに帝国と先帝陛下の威信をかけた結果でもございますが、このガイエスブルク要塞も門閥貴族の皆様の威信をかけたもの。直径は40kmと、イゼルローン要塞には一歩譲りますが、威信の面では十分でしょう。あとは工期と無事故が達成できれば、少なくともお二人の面子は十分保たれますが、如何なさいますか?」

そこまで言うと、渋い顔をしつつも、この方針に納得した。門閥貴族は幼少から周囲の取り巻きに甘やかされているからか、挫折という物をしらない。こういう事業は、想定した推移にならなかったときに素早く対応策を実施出来るかも重要なポイントだ。改めて先行きを思うと頭が痛くなった。 
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