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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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「これが『きもかわいい』というものなんですね」

 
前書き
仮サブタイトルは「午前」でした 

 
「プレミアは?」

「出かけてるみたいだな」

 現実世界で別れてしばし。ショウキとリズは仮想世界で久しぶりの――数時間ぶりの再会を果たしていた。両者ともにしばらくこちらの世界に来れなくなるとなれば、プレミアにも報告するべきという結論に達したからだ。ただしあいにくとプレミアは店にはおらず、店にはエギルの喫茶店を利用するプレイヤーが数人いるのみだった。

 フレンド登録をしているわけでもないので場所も分からず、もちろんメッセージを送ることも出来ないと、プレミアがプレイヤーでないと今更ながらに実感する。店にいない時は散歩か食べ歩きという、居場所が分かりづらい趣味なのも原因の一つだが。

「……まあ、急ぐわけじゃないし。今日中には会えるでしょ」

「そう……だな」

「せっかくだし、久々にどっか行かない? なんか歯ごたえがある系の!」

 そしてプレミアを探す手がかりがあるわけでもない。ショウキは少し釈然としないものの、どちらも明日からすぐに来れなくなる訳ではないと、リズの案に乗ろうとする。思えば最近はプレミアがらみや店の運営ばかりで、リズと二人で歯ごたえのあるクエストなど行った覚えがないと。

「ああ……と、その前に」

「ん。いらっしゃいませー!」

 ただしショウキが答えるとともに、扉に備え付けられた鐘が鳴る。お客様が来た証とリズが前に出ると、ショウキはすぐにカウンターへと移動する。

「……って。なんだ、アスナじゃない」

「ふふ。お客様じゃなくてごめんね。ショウキくんと二人だけ?」

「ああ。アスナも一人だけか?」

 とはいえ残念ながら、店に入ってきた相手は特に構える必要はない相手だった。見慣れた青髪をたなびかせながら、アスナは店内をキョロキョロと見渡していたものの、そういう当人も付き添いはいないようだった。

「うん。ユイちゃんもいないし、キリトくんも連絡つかないし……キリトくんは寝てるだけだと思うんだけど」

「プレミアもいないのよねー。ユイちゃんもいないってことは、二人でどっか出かけてるのかしら」

「ユイは一人で出歩けるのか……?」

 プライベート・ピクシーとは一体なんなのか、とショウキは思わずにはいられなかったが、特に女性陣はそれを気にしているわけではないようで。そこを気にする自分がおかしいのかと、ショウキがしばし頭を掻いていると、自然と三人はダイシー・カフェの一部に座っていた。

「うーん……多分、キリトくんが起こして、ユイちゃんを置いてログアウトしたんじゃないかな」

「そんなことより、アスナ。これからどっか歯ごたえのあるクエストにでも行こうか、なんて話をしてたんだけど、一緒に行かない?」

「……二人の邪魔にならない?」

「むしろアスナにおんぶに抱っこじゃないか?」

 キリトの行動を一挙手一投足全て見抜いているような――今のショウキには知るよしもないが、実際に正しい予想をしてみせたアスナが、リズからの申し出にニヤリと笑う。ただし、邪魔どころか、以前にアバターを初期化してしまったショウキとリズでは、むしろアスナに頼りきりになってしまうのでは、とショウキが伝えたところ、そんな笑顔は不満げなものに変わってしまう。

「……もう。ショウキくん、そういうことじゃなくて! 二人のデートの邪魔に――」

「そ、そうそう、邪魔なわけないでしょ! なにかオススメの場所とかない?」

「もう……やっぱり、最近話題のエルフクエストじゃない?」

 アスナが不満げな表情を見せた理由を語る瞬間、リズがコーヒーを差し出しながら割り込んだ。三人で一服を済ませつつアスナの案を聞けば、ショウキも聞き覚えのあるエルフとの共闘クエスト。

 アインクラッドの一部の層に現れたエルフに協力し、彼ら彼女らを襲う呪いを退治することで、エルフの技術で作られた装備が手にはいる――という大型クエスト。とある情報屋によって発見されたそれらのクエストは、今やこの《ALO》の人気コンテンツと化していた――

「そういえば、行ったっきりだな」

 ――などと、他人行儀な解説をするまでもなく。とある情報屋ことアルゴという仕掛人はいたものの、そのエルフとの共闘クエストを解放した一人にもかかわらず、ショウキは肝心のクエストには参加していなかった。エルフ装備が売りに出されている、という評判から店が忙しくなり、引っ越し騒ぎなどが重なったからだが。

「私はたまに行ってるけど、ショウキくんもリズも、忙しくて行ってないんじゃない?」

「うん。決まりね。でも、そうと決まればプレミアも連れていきたかったわね……」

「ああ……」

 先の戦い、プレイヤーにもエルフにもどうしようもなかった呪いの暴発を、プレミアは祈りで鎮めてみせた。それからエルフたちには『巫女殿』などと呼ばれていて、プレミアの正体に何か関係があるか――というところで、エルフクエストを中断してしまったのだが。

「キズメルに会えたら聞いてみようね」

「そうね。それじゃ、エルフの里に出発!」


 ダイシー・カフェ併設のリズベット武具店のあるアインクラッド第二十二層から、エルフの里がある第十層以前はそう遠くもない――というより、転移門ですぐの距離だ。とはいえ転移門がエルフの里に伝わっているわけではないので、主街区から少しばかり飛ぶ必要はあるが、特に問題もなく森まで三人は飛んでいった。その理由がこの第六層特有の、やたら難解なパズルギミックの不人気さとは無関係ではないだろう。

「あったよー!」

 そんなパズルギミックを飛翔することで全て無視し、アスナの先導で森の中に潜んだエルフの砦へとたどり着く。主街区周辺とは違い、砦の周りにはエルフクエストを進めているプレイヤーが多数おり、各々がクエストを攻略している姿が見てとれる。

「なんで砦の外でクエストの説明を受けてるんだ?」

「砦の中はある程度エルフたちから信頼されてないと入れないの。ちょっと待っててね」

 エルフの砦の門前に降り立つとともに、アスナが結婚指輪でない方の指輪を見張り兵に晒す。すると今までプレイヤーたちをうさんくさそうに見ていた見張り兵が、とたんにビシッとした姿勢で敬礼するとともに、即座に門を開けるように伝令する。……アスナの見せた指輪には、随分と権力が籠っているらしい。

「アスナ。あんたこのクエストやりこんでるわね?」

「あ、あはは……まあ、ちょっとだけ、ね」

 目の前で苦笑いしながら目をそらす彼女が、かつてのデスゲームでプレイヤーたちの人間関係の不和に堪えきれず、度々パートナーに「森に帰りたい」「栄えあるエンジュ騎士団の一員として」などとこぼしていたのは、ショウキたちには知るよしもないが。とにかくエルフの砦へと入っていけば、エルフの一人が駆け寄ってくるのが見てとれた。

「アスナ! それにショウキもリズも、よく来てくれた」

「キズメル!」

「見張り兵があれほど慌てる人物などアスナがアルゴくらいだろうと来てみれば……人族の言葉では『びんご』というのだったかな?」

「バッチリ!」

 厳格な雰囲気に反していたずらっ子のようにエルフの騎士は笑ってみせ、久々に会ったらしいアスナとリズに抱きついていた。最初に会った時とは随分と雰囲気が違うが、こちらの方が素のキズメルという人物なのだろう。女性陣三人が抱きつきから別れると、キズメルは申し訳なさそうにショウキを見つめていた。

「すまないな。ショウキとも再会の喜びを分かち合いたいところだが、リズから殺気を感じてしまう」

「そ、そんなことないわよ!」

「冗談だ。さて、今日は……巫女殿は来ていないのか」

「巫女殿……か」

 抱きつく代わりに、ショウキとキズメルは再会の喜びを握手で表現しながら。ショウキたちが来たことから巫女――プレミアもいるかとも思ったのか、キズメルは辺りを見渡したものの、いないと分かって少し残念そうに肩を竦めた。

「ねぇ。そのプレミアに似た巫女がいる伝承ってどんなのなの?」

「ん? ああ、話していなかったか……簡単に説明すると――」

 キズメルにいわく。かつて浮遊城もなく世界にただ大地が広がっていた時代、争いで全てが破壊されかかった時、巫女のその身を犠牲にした祈りによって大地が砕かれ、この浮遊城が生まれたということらしく。その祈りの巫女がプレミアに似た姿らしいのだが……そこで手がかりは止まってしまう。

 プレミアにお前はエルフの伝承に残った巫女なんだと言ったところで、記憶の設定されていない彼女にその思い出はない。さらに浮遊城を作るためにその身を犠牲にしたという巫女が、どうして浮遊城に設定もなく現れたのかという疑問も残る。

「……ふぅ」

「ところで、キズメルは困ったことはない?」

 結局は分からないままだ。このエルフクエストを進めればもう少しくらいは手がかりがあるかと、アスナの台詞がクエスト開始の引き金になった――というのが正しいのだろうが、まるでそんな『NPCらしさ』を感じさせずに、キズメルは待ってましたとばかりに反応を返す。

「ありがたいな。人族の者たちがこぞって助けてくれるものだから、我ら騎士団も負けてはいられないと奮起しているよ」

 だが、限界はある――と、キズメルは先の嬉しそうな口調から一変させて、騎士団長としての雰囲気を取り戻す。まるでこれから死地に向かうとばかりであり、心なしか周りのエルフたちにも緊張感が走ったように感じられるほどに。

「我らエルフは《聖大樹》の元でしか生きられない。故にこの呪いの大元は、恐らく我ら騎士団が足を踏み込めない場所にあるはずだ」

「そこを叩いてくればいいのね?」

「……リズは頼もしいな。そうだ。ひどく危険な任務になるだろうが、アスナたちと共になら、必ず」

「……共に?」

「もちろん私も同行する。そんな危険な場所を人族に丸投げでは、我らエルフの誇りなどあってないようなものだからな」

 ただしリズの頼りがいのある脳筋案を聞いて、何を思ったかキズメルは少し吹き出しつつも言葉を続けていく。その後の言葉尻が気になったショウキの割り込みにも事も無げに笑って応じており、少しばかり緊張がやわらいだようだ。

「なんか加護がない場所じゃダメなんじゃないの?」

「《聖大樹》の枝があるのよ。貴重だけど、加護がない場所でも大丈夫になる」

「……たまに思うが、アスナは本当に人族か? エルフではないか?」

「あ、あはは……」

 笑ってごまかすアスナの言う通りに、加護がない場所でもエルフの行動を補助する《聖大樹の枝》とやらを、キズメルは大事そうに懐にしまう。戦闘中に落とすようなことはなさそうだが、文字通りキズメルの生命線ともなれば注意するにこしたことはないだろう。

「さて。いざ出陣、といきたいところだが……」

 そんな風にショウキがキズメルの心配をしていると、キズメルもまたショウキのことを見つめていた。ただし熱っぽい視線などとはまるで無縁であり、ただ心配するような視線がショウキの――正確には、ショウキの初期防具に向けられていた。

「こういう時に何と言うか、人族たちに聞いたことがある――ショウキ。『そんな装備で大丈夫か?』」



 ところ変わって、《央都アルン》――にほど違い平野。近くに世界樹の幹が延びてきてはいるが、特に何か観光地があるわけでもない、そんな場所にプレミアたち三人は待っていた。

「来ました!」

「プレミアちゃん、ユイちゃん、お待たせー!」

 いや、三人だけではなく。シルフとケットシーがさらに二人、まるで浮遊城からそのまま落ちてきたかのようなスピードで飛翔してくると、地面スレスレで翼をピンと伸ばして着陸する。シルフの方はそんな飛行に随分と満足そうな表情を見せつけていたが、無理やり付き合わされたらしいケットシーは少し青ざめていた。

「わざわざ来てくださってありがとうございます、リーファ。シノンも」

「ううん! 私たちもプレミアちゃんともっと仲良くなりたかったし。ね、シノンさん」

「ええ、そうね……それと、もう一人いるみたいだけど」

「オレっちは二人のことも知ってるけどナ。情報屋のアルゴ、よろしく頼むヨ」

 リーファがプレミアを赤ちゃんのように持ち上げて、高い高いと掲げている間に、シノンが初めて会うこととなったケットシーを視線で射ぬいていた。そんな視線をクスリと笑っただけで受け流しつつ、アルゴは愛想よくシノンとリーファに握手を求めていた。

「アルゴさんですね。お……キリトくんから話は聞いてます。よろしくお願いしますね!」

「別にお兄ちゃんって呼んでもいいんだゾ?」

「ふぇっ!?」

「さて、積もる話もあるだろうが、歩きながらにしないカ?」

「そうね、さっさと行きましょう。こっちよ」

 一応は秘密にしているつもりのはずの兄のことを一発で言い当てられ、狼狽するリーファをあえてスルーしつつ、アルゴは世界樹の幹に隠された階段を進んでいく。光るキノコのみに照らされた階段は怪しく輝いており、まるで地獄に繋がっているかのようで――あながち間違いでもない。

 この階段は《アルヴヘイム・オンライン》の中で最も地下深く、光の届かない地獄であるヨツンヘイムなのだから。

「ちょ、ちょっと待ってください! 隠してた階段もお兄ちゃんも、なんで知ってるんですか!?」

「リーファ。アルゴはなんでも知っています。《ねずみ》です」

「鼠はともかく、情報については企業秘密サ……ユルドによるがナ」

「……この前、新しい武器を買って今は手持ちが……」

「そんなことより。私、偶然リーファと会ってついてきただけなんだけど、今から何をするの?」

「はい、それはですね!」

 事情も分からずついてきたシノンへの説明も含めて、《ヨツンヘイム》へ繋がる階段を下りながらユイがまとめていく。

 いわく、プレミアが空を飛べるようになる方法。このヨツンヘイムだろうが飛んでいる女神ならば知っているのではないか、というアルゴの情報を頼りにして、実際に行ってみようという話になって。とはいえ邪神クラスが闊歩するフィールドに、あてもなく女神を求めてさ迷うわけにはいかず、この場所でも飛べる友人を持つリーファを呼んだ。

 ……用心棒としての意味合いも多少。

「やっぱりこのゲームは飛べないとね。なんでも協力するよ!」

「なるほどね」

「……しかし話はユイちゃんから聞いたが、本当なのカ?」

「最初はビックリしますけど、優しい子ですから大丈夫ですよ?」

 そういう問題じゃなくてだナ――というアルゴの呟きは誰にも届くことはなかったが、下り階段が終わりを告げたことで《ヨツンヘイム》へと消えていく。あからさまに雰囲気の異なるその場所に、プレミアは警戒しながらも踏み入れると。

「……キレイです」

 プレミアの目に映ったものは、初めて見た一面の銀世界だった。数少ない光源となっている水晶によって、溶けることのない雪が薄く照らされており、プレミアは無意識に小さく呟いていた。今まで自分がいた浮遊城とは違う景色に、初めて訪れた場所にもかかわらず、プレミアは不思議と懐かしい思いを感じていた。

「なつか……しい……?」

 記憶がないどころか何もなかった自分が、どうして『懐かしい』などと感じてしまうのか――その答えがプレミア本人にも説明することが出来ず、確かめるかのように《ヨツンヘイム》の大地に手を伸ばしてしまう。

「ちょっと、危ないわよ」

「あ……すいません、シノン」

「どうかしましたか?」

「いいえ、なんでもありません」

 無意識に《ヨツンヘイム》へと手を伸ばしていたプレミアが意識を取り戻したのは、そのまま落下しそうになっていた彼女を、ギリギリのところでシノンが引き止めたおかげだった。シノンが気づいていなければ、プレミアはそのまま落下していただろうが、プレミア本人にもどうしてそんなことをしたか分からずに。

「見とれちゃったかな? ここ、見てるだけなら綺麗だもんねー」

「見とれる……なるほど」

「…………」

「それじゃ、気を取り直して……トンキー!」

 リーファが推測した理由は、たぶん違っていた――ものの、プレミア本人にも理由を説明できなかったために、ひとまずはそれで納得しておく。実際にプレミアを引き戻したシノンも違和感を感じているようだったが、口を挟むことはなく――そうして、リーファは友人の名前を呼んでいた。

「……おいおい、マジかヨ……」

「プレミアちゃん、アルゴさん、紹介するね。友達のトンキー!」

「見た目と違って優しい子ですから!」

 そうして現れたのは、象クラゲ、などと評される異形の化け物。巨大な飛行する体躯に触手のように伸びた手足がついており、生物感の漂うヌメリとした感触が見てとれる。誰にも聞こえないように呟いたアルゴだったが、どんな風に感じられたかは雰囲気から察したのか、ユイとリーファが必死にフォローしていく。

「え? 見た目もかわいくない? ね、シノンさん!」

「……ごめんなさい」

「はじめまして、トンキー。わたしはプレミアといいます。よろしくお願いします」

 見た目がかわいいかどうかはともかくとして、プレミアは始めましての挨拶とともに手を伸ばす。するとトンキーもそれに応じたかのように、触手を一本プレミアの前に差し出して、しっかりと握手してみせた。

「やっとわかりました。これが『きもかわいい』というものなんですね」

「キモくないもん! かわいいもん!」

「はいはい。それくらいにして、さっさと女神とやらに会いに行くんでしょ?」

『その必要はありません……』

 プレミアが今まで理解できなかった概念を学んで感動に打ち震えていると、大地に響き渡るような神々しい声が一同に届いていた。それはかつての《キャリバー》を手に入れるクエストと同様であり、あくる日と同じく空中に巨大な女性の姿が浮かび上がった。

「おおきい……」

『久しぶりですね、妖精の子たちよ』

「ウルズさん……どうして?」

『話は聞いていました。その大地に繋がる階段の時に』

 中空に現れたのは女神《ウルズ》。金色の髪と深い青色の服というキャリバーの件と同様の装いで、もはやどうしてここに来たか説明するまでもないという。そうしてプレミアに目を向けるとともに、その頭上にクエストマーカーが表示された。

「クエスト……?」

『妖精の翼に頼らず、我々のように空を駆ける方法。それはある秘術の書に記されています』

「その秘術の書はどこにあるんですか?」

『ある魔術師に盗まれ、我々の手の届かない洞窟に隠れ潜んでいます。魔術師を打倒していただければ、その書を差し上げましょう……』

「やります!」

 ユイが間髪いれずに肯定の意を示したことによって、ウルズの頭上に浮かび上がったクエストマーカーが更新され、プレイヤーたち三人のログが更新される。

 《空に憧れて》

 そうして明かされるクエスト名は、まるでプレミアを連れてきて空を飛ぶ方法を探しに来た一連の流れが、まるでクエストとして設定されていたかのようで。本来ならばありえるはずのない、何も設定されてないNPCであるプレミアを、ヨツンヘイムにまで連れてくることを目的としたクエストがどうして存在するのか――

『この子……トンキーに頼めば、その魔術師の住処まで連れていってくれるでしょう』

「ナア! どうしてこの子のためにそうまでしてくれるんダ?」

 ――そう気になったアルゴは、女神ウルズに向かってそう問いかけた。もしかしてプレミアの正体を知る手がかりになるのではと、アルゴに遅れてユイにシノンも勘づいた。ただし女神ウルズはその問いに答えようとはしていたものの、クエストが進行したからか、その身体は徐々に消えていこうとしていた。

『当然です……彼女は我々と近しい存在ですから……』

「近しい存在……?」

 そんな謎めいたことだけを言い残して、女神ウルズは消えていった。彼女と近しい存在という真意は分からないものの、みんなは無意識にプレミアの方を見て。

「……女神には見えないわね」

「わたしもそう思います。わたしはあんなに大きくありません」

「そ、そうだね……」

 とはいえプレミアに記憶がない――正確には設定されてない以上、本人に聞いても分かるはずもなく。むしろプレミア本人としては否定よりの意見を述べながら、羨ましげにリーファの方を眺めていた。

「どちらかというとリーファの方が女神です。わたしもショウキの好みくらいには大きくなりたいのですが、どうすればいいですか?」

「何の話!?」

「……し、身長の話よね?」

「いいえ、胸の話です。シリカと『なかま』でなくなってしまうのは辛いですが――」

「ストップ! そろそろ止めておこうナ! ホラ、トンキーも待ってるゾ!」

「たしかに。早く行きましょう」

 止まらないプレミアの悩みとついでに被害を受けていくショウキにシリカと、流石に良心が咎めたのかアルゴがどうにかしてプレミアを止めて。リーファたちも安心して胸を撫で下ろしつつ、揃ってトンキーに乗り込んでいく。そこそこの人数が乗ったものの、1パーティ程度なら余裕で運べるトンキーには軽いもので。

「じゃあ、プレミアちゃんが飛べるようにしゅっぱーつ!」

「おー」

 リーファの合図にトンキーが大きくいななき、ヨツンヘイムの空を飛翔する。とはいえ飛翔というよりは浮遊であったが、そのスピード感のなさはそれはそれで遊覧船のようである。

「見てくださいプレミア! あそこに――」

「……ねぇ、アルゴさん。ちょっといい?」

「……呼び捨てで構わないヨ、シノン」

「じゃあ遠慮なく。あなたと違って腹芸は苦手だからハッキリ言うわ」

 遊覧船よろしく、リーファにユイがプレミアにヨツンヘイムのことを紹介していく最中、少し離れた場所でシノンがアルゴに話しかけていく。ただし仲良くなろうとかそういった意図は感じられず、まるで尋問のような雰囲気のまま会話は進められる。

「……なんでアスナに会いに行ってあげないの? あのゲーム以来なんでしょ?」

「…………」

「顔には出さないけど、寂しがってるわよ……多分、キリトもね」

 真摯に問いかけられるシノンからの問いに、アルゴはどう答えたものか思案する。普通なら情報量がどう、などと言ってごまかすところだが、目の前のスナイパーは簡単にはごまかされてくれそうにない。

「……オレっちと二人が組んでた時の話、聞いてるカ?」

「いいえ、詳しくは」

「そういうことだヨ。オレっちがアーたんたちと特に組んでたのは、ゲーム初期から中期と、あの事件の後……攻略が辛い時ダ」

「あ……」

 アルゴがため息ひとつとともに語りだした言葉に、シノンは事情を察したように吐息を絞り出した。あのゲームに参加していないシノンには預かり知らないことだが、ビーター、後にラフコフと呼ばれる者たちの台頭、エルフたちとの別れ、軍の壊滅、二人の別れ、黒猫団、ラフコフ討伐戦――それら全てに、アルゴは二人とともに関わってきた。

「昔話に花が咲く、って訳もないんダ。お互いに無事だって分かればいいんだヨ」

「……もしかして、自分が無事だって会わずに伝えるために、こんな有名に?」

「にひひ。これ以上はロハじゃムリだナ。オネーサンはボランティアじゃないんダ」

 話しすぎたとばかりに無理やりに背中を向けて話を終わらせるアルゴを、シノンは不審げに眺めつつも、それ以上のことに踏み込むことは出来なかった。それはそれとして、これ以上は本人たちか、あのゲームに関わった者たちだけだと線引きされたような感覚に、シノンはあからさまに不機嫌そうな様子を見せたものの。

「シノンさん! アルゴさん! ――見えましたよ!」

 そうしてリーファのダンジョン発見の宣言によって、二人の話は永遠に絶ちきられた。

「……なに、今の音」

 さらにそのリーファの声をかき消すかのような、どこか聞いたことのある音が鳴り響いた。普段ならば戦闘態勢に移行してもおかしくはないが、そんな気もなくしてしまう、聞き慣れた――腹の音。

「すいません。つまり、ふつつかものですが……お腹が空きませんか?」
 
 

 
後書き
最初の案だった店の三人で話を回すときは必須キャラだったのですが、こうなるとアルゴが非常に宙ぶらりんのキャラですね。どうすっべ 
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