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永遠の謎

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130部分:第九話 悲しい者の国その三


第九話 悲しい者の国その三

 しかしだ。公爵は王の見ているものにどうしてもだ。疑念を抱いていたのだった。
「まさかとは思うが」
「まさかとは」
「昨日もあの音楽を聴いていたそうだな」
 公爵は不安げな顔で王にまた言った。
「そうだな」
「ローエングリンのでしょうか」
「そうだ。聴いていたのは」
「第一幕の前奏曲です」
 そのはじまりの曲である。それをだというのだ。
「それを聴いていました」
「そうか、あの曲をか」
「あの澄み切った曲はまさに奇跡です」
 王の言葉に熱が宿ってきていた。
「清らかな。まさに白銀の騎士が来る」
「あのオペラはそこからはじまるのだな」
「そうです、全てはそこからはじまるのです」
 まさにそうだというのである。
「あの曲を聴かなければです」
「何もかもはじまらないというのか」
「他の音楽も聴きますが」
「しかし第一はワーグナーだな」
 公爵はそれはわかっていた。それは彼だけではない。
「そしてその中でも」
「はい、ローエングリンです」
「あくまでそのオペラを愛するか」
「聴かずにはいられないのです」
 そこまでだというのである。彼のそのオペラへの愛情はだ。
 それをだ。公爵に対しても熱く話しだ。止まることがないのだった。
 公爵もそれを聴きながらだ。こう話すのだった。
「音楽や芸術を愛することはいいことだ」
「そうですね。それは確かに」
「我がヴィッテルスバッハ家の務めでもある」
 公爵はこうも言った。
「我が家は代々芸術を愛し庇護してきたのだからな」
「そうした意味ではハプスブルク家と同じです」
「その通りだ。だが」
「だが?」
「耽溺はよくないのではないのか」
 王はそうなっているのではないのかと見てだ。彼自身に言ったのだった。
「それは」
「耽溺はですか」
「芸術に耽溺というものがあるのかどうか」
 公爵はそのことは疑問に思うのだった。言いながらだ。
「しかしだ」
「しかしですか」
「若しそれがあるのならばだ」
「はい」
「王はそうはなっていないか」
 それをだ。心から心配していたのだった。
「離れられないのではないのか」
「それは」
「愛しているのか」
 それもどうかというのだった。
「そのオペラを」
「はい、愛しています」
 その通りだと答える王だった。
「彼の生み出したものは全て」
「そうか。全てをだな」
「だからこそ離れたくはないのです」
 王は公爵にだ。己が想っていることを全てありのまま話した。
「ですから今のミュンヘンの動きは」
「何とかしたいか」
「はい、収めたいのですが」
「陛下はいいのだ」
 王はというのだ。
「だが。それでも」
「ワーグナーですか」
「陛下が言えばいいのだ」
 また彼自身への言葉だった。
「そうしてはどうか」
「それは」
「できないか」
「私は信じています」
 もっと言えば信じていたい。それが今の王だった。
 
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