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汝(なれ)の名は。(君の名は。)

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01入れ替わり

 現代、剣道部県大会会場

 決勝前、精神を集中して控室で呼び出しを待っている男、(タケル)
 三年が引退する前の夏の大会で、春から予選を勝ち抜いて来て、これが終われば受験に集中するために部活を引退する、高校生最後の大会である。
 呼吸を整え、簡易な酸素ドームに入るほど消耗していなかったが、先ほどの試合で体力と酸素を消費した分、酸素スプレーで活動用の酸素を補充しておく。
 丹田に力を込めて、独特の早い呼吸を始めて全身に気を漲らせて行く。
「イイジャン、入っちゃいなよ、そこでガツンと言ってやんな」
「エエ~、デモ~~」
 そこに騒がしい女子が廊下でギャーギャー言いながら近寄って来て、予想通り精神を乱すために入室してきたので憤慨した。
「おじゃましま~す」
「スイマセン、センパ~イ」
 既に廊下で大騒ぎして集中を乱し、決勝前であるにも関わらず、邪魔をしに来た女達を睨む。
「一年っ、控室の警備もできんのかっ!」
 見ず知らずの女、それも一年の後輩らしき子供を怒鳴りつける訳にも行かず、とりあえず部屋の入場管理もしていなかった一年生部員に怒りを向けて、騒がしい女たちを牽制する。
「スンマセン、試合前の集中時間なんで、出て行ってもらえますか?」
 負けじと四葉(よつは)と一緒に来た女が同学年の男に食って掛かる。
「え~? どうして~? この子、勇気出して、こんなに頑張って来たんだよ? 何で応援してあげられないの?」
 告白に来たのかどうか知らないが、最悪のタイミングで邪魔をしに来られたので、「応援」ではなく足を引っ張りに来ている女たち。
 何もしていない自分には応援が必要な種類の女達なんだと、鈍い猛でもピンと来た。
「出てってくれよっ」
「イーーだっ!」
 剣道部のエースとしてだけでなく、イケメン、長身、成績スポーツ万能で良家の子息。
 毎度この手の頭が悪すぎる女脳に付きまとわれているので、対応は覚えさせられた。
「ああ、もう追い出さなくていい」
 これ以上大騒ぎされて、泣かれ、叫ばれ、床に転がって泣き喚かれ器物を破壊され、後日も悪評だの嫌がらせだのされて付きまとわれるよりは、営業スマイルで追い払えば一瞬で終わる。
「やあ、応援に来てくれたんだね、ありがとう」
「あの、頑張ってください、センパイ、良かったらこれを」
 四葉は剣道部員でもマネジャーでもなかったが、憧れのセンパイのために、消え失せた実家から掘り出していた必勝祈願のお守りまで持ってきて、自分の髪の毛まで入れて応援席で泣いて祈っていたのを見かね、友人がここまで引き連れて来ていた。
「ありがとう、頂いておくよ」
「じゃ、じゃあ、失礼しますっ」
 控室では他の部員からの笑い声が起こり、早々にバカ女を追い出した猛の手際のよさに感心していた。
 四葉の指が触れた部分は、濡れタオルのおしぼりで入念にふき取り、汚らわしいものに気を奪われたかのように、集中作業を再開した。
 相手側は、今後手を洗わないぐらいの決心をしたにも関わらず。
「フンッ」
 一瞬、貰ったばかりのお守りを、汚物のようにゴミ箱に放り込もうと思ったが、神社の縁起物を粗末に扱うと、勝利の女神にも見放されそうだったので、それだけはやめておいた。
 それは案外正解で、四葉には姉より強い心霊力が備わっていて、その念は現実を書き替えたり、星を呼べるほど強力だったので、猛は大きな願いによって守られ、県大会で優勝した。

 冬守寄合所、高床式住宅

 その後、興奮して大喜びして、友人達とのカラオケでも大はしゃぎ、泣いて叫び過ぎて中々眠れなかった四葉は、床の上で目を覚ました。
 それも丸太小屋のような、碌に製材も行われていない床と天井。
 枝を払っただけの丸太で組まれた倉庫で、適当に藁などで詰め物をして、その上に藁で作った「ござ」を敷いてあるだけの堅ったい床。
「え~~? 何で~~? ベッドから落ちた? 今日キャンプだっけ? って言うか臥薪嘗胆(ガシンショウタン)~?」
 特に願掛けのために、中国の呉越の故事をまねて、薪に伏して苦い肝を舐めていたわけではないが、ムクムクする軍曹殿のアンゴル・モアさんみたいな話し方をした。

 目が覚め始めて、多少難しい思考もできるようになって来たが、亡くなったはずの一葉お婆さんが、脈を確認しながら上から覗きこんでいた。
「お祖母ちゃん!? 去年死んじゃったはずなのに? え? アタシも死んだ?」
 とりあえず自分の頬を抓ってみて、夢ではないかと確認する。
 現代の女子高生らしい素っ頓狂な話し方をしているが、古代の人間には通じない。
 魂や霊体が入れ替わる時に、「このすば!」のアクアみたいに女神的なアレで古語を話していて、言葉は通じるようになっていたが、文法が女子高生言語なので現地人には通じない。
「目が覚めたかシヨウ。いや、神が降りて来られて出雲の神様になっておられるか?」
「ハァ?」
 よく見ると、祖母の格好も洋服でも和服でもない変な恰好。藁の上着まで羽織って腹回りをロープのようなひもで縛ってある。
 顔にも入れ墨、体青、まじないの文様が腕や体、顔にまで書かれている。
「うっわ、どこの部族よ?」
 髪型も「大和朝廷~」とか「大国主命~」と言って遊んだり、教科書に落書きするような古代の髪型で、紐で頭の両脇に縛り付けてある。
 自分の格好も寝間着でも巫女装束でもなく、ガッサガサの服に何か巻いてあるだけの下着、勾玉だとか、首や手首にも動物の牙とか変な装飾が付いていて、狼か何かの皮を頭から被っていた。
「エ? ココドコ? オバアチャンジャナイ? アタシうまるチャン? モノノケ姫?」
 四葉はカタカナ言葉を話し始めたので、周囲の人物にはさらにイミワカンナイ状態。
 NHKのアナウンサー並みの標準語を心掛けないと周囲の人物とは話が通じない。
 さらにシヨウの体には、神憑りになれるように、神経がカクセイしてしまう、ヤバ目のオクスリが沢山投与されているので、一寸落ち着かないと会話もできない。

 しばらく休んで、茶でも何でもない草の味がするような薬草汁を飲ませてもらい、落ち着いた四葉。
 現在はシヨウと言う少女に呼び出されて、この体に宿っているとイチヨウお婆さんから説明された。
(オイコレ、ジョーモンジダイ? ヤヨイ? イズモダッテ? 西暦も元号もネーヨ)
 祖母に似た人の説明では、ここは冬守で、外を見れば湖の大きなクレーターはなかったが、それ以外は失った故郷とバッチリ風景が重なってしまった。
 山の上のクレーターと、隕鉄のご神体はあると聞かされた。
 青銅を磨いた変なチッコイ鏡で顔を見せてもらうと、固いものを食って来たガッツィーな顎と歯はしていたが、見慣れた自分のアホ面だった。
 シヨウのような、目つきが悪い野良猫か山猫のようなキッツイ顔立ちをしておらず、ユルい飼い猫顔。
 但し、お婆さんと同じく顔にまで入れ墨があり、腕にも腹にもご神託を降ろす巫女として入れ墨まみれ。
 とりあえず自分は死んでおらず、あの世の祖母と再会しているのではないと聞かされて納得した。

「あ、あの、アタシは宮水 四葉(よつは)と言って、冬守にある宮水神社の娘です。2018年の未来から来ました。西暦だよ、平成だと30年、皇記だったら起源~は2600年?2700年?」
「「「「「おお~~」」」」」
 出雲の神でも大国主命でもなかったが、未来の国から来たと言った四葉。
 他の者は気付かなかったが、西暦や皇記と言ったのを一葉(イチヨウ)は聞き逃さなかった。
「その、セイレキとかコウキとは、どこの暦じゃ?」
「え? 西暦はキリストさんが生まれた年から数えてる西洋の暦で、平成とか皇記は天皇制の暦だよ、お祖母ちゃん」
「なんとっ!」
「戯けたことを抜かすなっ、シヨウッ!」
「出雲の神の暦では無いだとっ!」
 祖母も驚き、周囲からも怒号が飛ぶ。
「だって、本当の事だから仕方ないじゃん」

 その後の問いにも、日本は天皇制で、一度も国号が変わらず万世一系で、北海道(蝦夷地)東北(蝦夷(えみし))から九州(クマソ)、沖縄(琉球)まで全て日本で、天皇家は政治から離れていて、議会制民主主義で統治されていると答えた。
「我らは朝廷に下り、奴隷のように使われるのか?」
「終わりじゃ、もう冬守は終わりじゃ」
 長老や豪族たちも(こうべ)を垂れて、自分たちの里が終わったのを知らされ、愕然としていた。
「いやあ、アメリカに戦争で負けても、天皇制なくならなかったし、出雲大社もあるし、うち神社だけど、だいたい精霊信仰で仏様もキリストも全部神様だよ」
「「「「「へ?」」」」」
「仏教伝来しても、シンブツシューゴウ? 一緒になって信仰してるから、せんと君みたいに仏なのに鹿の角生やしてるし、天照の神様も出雲の神様も全部神様だし、イスラムとかキリスト教みたいに何千年も殺しあってないよ」
 また怒った老人たちがシヨウに詰め寄り、罵り始める。
「なんだと、そんな馬鹿なことがある物かっ!」
 あまりに気やすい喋り方なので、これが天啓だとか予言だとか、神の言葉だとは思っていない一同。
「出雲の神像も焼かれて泥の中に投げうたれ、雨ざらしで朽ちるのを待つばかりと聞いておる、仲良く同じ社で祭られるなど、あろうはずもないっ」
 四葉は考えてみたが、トイレの中にまで神様がいる歌が流行ったのも教えた。
「便所を綺麗に掃除すると嫁に行けるだと?」
「え~と? ハイブツキシャク? フンショコウジュ? 韓国だったら仏像燃やしてお寺破壊したそうだけど、日本では無かったよ、中国みたいに本燃やしたり儒教の人も埋められてない」
 本来、中国に残されている歴史書や資料が一次資料なのだが、何度も燃やされたり戦火にあって焼失し略奪もされ、何故か記録マニアの日本の方に歴史書と遺物が残っている。
 朝鮮半島では、以前の王朝の器物や建物は、何から何まで燃やして消すので、何一つとして残っていない。
 何より、他でも既述したように十世紀に白頭山(ペクト)が破局噴火し、ソウルの遥か南にまで溶岩流が到達。
 空から見下ろすと、現在でも土砂に埋没していない、黒曜石のような真っ黒な石の山が連なり、これこそが一草一木も生えない呪われた大地なのだと思い知らされる。
 千年たった今でも、谷底にだけ土が積もり、大雨が降ろうとも1ミリも保水できない黒い石の山々が連なっている。
 中国北方三省と朝鮮半島が歴史から消え、現地人はほぼ死滅させられ、居住不可能になった北方の狩猟民族エベンキ族が南下し、生き残れた南端の百済、新羅と混血して現在に至る。
 朝鮮の遺物は精々中国から来た使者を持て成す「迎恩門」を解体して、清の属国から独立した「独立門」に組み替えたり、何度も燃えた大門を再建したり、日帝時代の下水道が現在崩壊を始めているのも日本のせいにして、測量用に埋め込んである釘でも「朝鮮半島の気を断とうとした呪いの釘を抜き取ったり~」と自慢するほどの気の毒な国である。

 それからも日本にもイスラム寺院があり、キリスト教会があり、昔のようにキリスト教禁止令も無いと教えた四葉。
 宗教戦争も信長時代の一向一揆だとか比叡山の焼き討ちとかはあったが、宗派同士では殺しあっていないと伝えた。
「アジアだったら大丈夫みたい、ブッダもヒンズーの神様だし、アシュラオー? シヴァ神かなんかも「仏に帰依した」とか言って仏様だし」
 長老たちもイチヨウも、現代日本の宗教事情の酷さには驚いた。
 そして最後のとどめにこう言ってやった。
「アタシ、神社の娘だったけど、神様とか仏様? 全然信じてないし、日本人全員神様なんかいないって思ってるよ」
 こんな苦しすぎる世界なので、若者でも「神も仏も無い」世界だと思っているのか、流行的にもダサいのか、神仏を信じない四葉。
 シヨウが言ったと思ったのか、イチヨウお婆さんに往復ビンタでブン殴られたが、まだ長い夢は覚めなかった。
 
 

 
後書き
 恋愛する相手と入れ替わらないと、「君の名は。」のフォーマットから外れますが、まず四葉とシヨウで入れ替わりました。また男と入れ替わりがあると思われます。 
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