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ドリトル先生と奇麗な薔薇園

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第五幕その七

「物凄く低いものと思われていたんだ」
「それわからないけれど」
「小説の何処が程度が低いのか」
「どうにもね」
「僕達には」
「楽しんで読む、娯楽ということでね」
 こう思われてというのです。
「だからだよ」
「低く置かれていたの」
「そうだったの」
「楽しく読むということで」
「そう思われていて」
「そうだったんだ、けれど僕が思うに」
 先生が考えるにはです。
「人の心を打つものに高い低いはないんだよ」
「哲学書でも小説でも」
「漫画でもなんだね」
「程度の高い低いはなくて」
「どれも尊いんだ」
「そうだよ、実際に哲学書でもね」
 程度が高いと言われているこのジャンルの本もというのです。
「読んで価値あるものとないものがあるね」
「そうだね、確かに」
「高名な哲学者や思想家とされる人の本でもね」
「読んでいて何だっていう本あるね」
「実際に」
「そうだよ、もう読んでもね」
 例えそうしてもというのです。
「何でもない本があるよ。例えばね」
「例えば?」
「例えばっていうと」
「戦後の日本で凄いと言われていた思想家がいるけれど」
 ここで難しいお顔になって言った先生でした。
「この人は何を言っているかわからないという時は凄いって言われていたんだ」
「何を言ってるかわからない時は?」
「その時は凄いって言われていたの」
「けれど何を言ってるかわからないと」
「意味ないじゃない」
「そうだよね」
 皆は先生がお話するその思想家について素直にこう思いました。
「それじゃあね」
「わからないけれど凄い?」
「凄いことがわかるから凄いんじゃない」
「何を言ってるかわからないなら」
「難しいだけならね」
「そう、変に小難しい言葉を羅列して言い回っていると」
 そうしていればというのです。
「人は錯覚するよね」
「その人が何か賢いって」
「わかる人がわかることを言っているって」
「そこまで凄いことを言っている」
「だから凄いだろうっていうの」
「うん、けれどその人はね」
 先生はさらにお話します。
「誰でもわかることを言う様になるとね」
「どうなったの?」
「凄い思想家って言われていたのが」
「どうなったのかしら」
「うん、只の思想家になったんだ」
 これまで凄い凄いと言われていたのがというのです。
「そうなったんだ」
「ふうん、そうなんだ」
「誰でもわかることを言ったら」
「普通の思想家になったんだ」
「凄い思想家から」
「そうなったんだ、そして挙句にはね」
 今度は眉を顰めさせてお話した先生でした。
「沢山の人を中身での騒動やテロで殺した宗教団体の教祖を偉大な宗教家だの最も浄土に近い人って言ったんだ」
「えっ、それは酷いね」
「大勢の人を殺した人を偉大とかって」
「そんなこと言うなんて」
「おかしくない?」
「しかもその教祖の言っていることは出鱈目ばかりだったんだ」
 その教理もおかしかったというのです。 
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