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気まぐれ短編集

作者:流沢藍蓮
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Fireworks 

 
前書き
 去年の8月29日に書いた短編。当時にしては割と上手く書けたかなと思います。
 テーマは「火花」です。
 どうぞ。 

 
〈Fireworks〉


「私、花火が見たいの」

 その日、私は言ったんだ。
 夏の終わり。病気だった私はまだ花火を見ていない。
 だから好きな人に言ったんだ。
「私を連れてって」

  ★

 私、天野火花(あまのひばな)。高校二年生だよぉ。生まれつき大きな病気を背負っていて、高校三年生までは生きられないらしいって。
 でも別にいいんだよ? 私は火花。この名前である時点で……長くはない命だったのかもしれないし。それに今、私はリアルに充実しているんだ! 病人がリア充だよ? あははははは、笑っていいよ?
 私は高校二年生。で、来年には死んじゃうんだって。だから今年見る景色が私の最後の記憶になるの。私には来年なんてないんだし、ね。
 というわけで、私は恋仲のみっくんに連絡を入れたんだ。
「花火が見たい」って。
 夏は私の好きな季節なんだもの。どうせ死ぬなら最後、夏の風物詩を見届けてから死にたいなって、できれば海辺で花火を見たいなって、そう思ったの。素敵でしょう?
 みっくんには申し訳ないけれど……。最期のわがまま、付き合ってよ、ねぇ?


 しばらくしてからみっくんが私の病室までやってきた。
 ちなみに近頃の両親は、私のやることに対して何も言わなくなった。私が彼とどこへ行ったって、みんな好きにさせてくれた。
 だから今日彼が来たって、両親は何も言わなかったわ。
 やってきたみっくんは、涼やかな青の浴衣を着ていた。その手には赤い浴衣を持っていた。私の分だよね、絶対!
 みっくんは優しく笑って言った。
「火花? 花火見るって言うから持ってきたよ」
 彼は優しく微笑んで、私に浴衣を手渡した。
「着替えられる? なんなら看護婦さん呼んでもいいけど」
「大丈夫。みっくん、外で待っててね」
 私は浴衣を受け取って広げてみせた。女の子らしい赤い花柄に白いかすみ草、黄色い福寿草。とっても可愛らしくて素敵だ。
 福寿草の花言葉は「あなたに幸福を」だっけか。見ていて嬉しくなってきた。
 浴衣を着る。病気は大丈夫かって? これは慢性的だもん、浴衣を着るくらいどうってことないわ。
 でもね、病気は確実に私から力を奪っていったんだ。
 帯を結び終わって。ここでは草履を履けないからスリッパのままで、よしっと歩き出そうとしたら。くたっ、急に足が崩れてそのまま、立てなくなっちゃったんだよね。
 ナースコールを押そうにも、私は今ベッドにいないし。
 困った。うーん、困った。
 だから呼んでみることにしたんだよ? あまり大きい声は出せないけどさぁ。
「みっくーん……」
 そうしたらさぁ、笑ってよねぇ。小さい声で呼んだのに、みっくんったら血相抱えてドア開けて。
「火花!? おい大丈夫かしっかりしろ!」
 大騒ぎで私を抱きあげたの。私、笑っちゃったぁ。
「……火花?」
「いやだなぁ、みっくん……。大げさだよぉ。立てなくなっちゃっただけだもーん」
 病気の理由も原因も、全くわからないんだ。でも私の身体は確実に、死へと向かいつつあったの。
 心配げな顔で、みっくんは私を背負い上げた。ついでに足に赤い草履を履かせてくれた。
「……無理はするなよ?」
「しないしない。じゃあ花火にはまだ時間あるし、夏祭りの屋台を回ろうよ?」
 この時期、私の病院のある地区では花火大会が開催されるんだ。でね、それと同時に屋台もできるの。今日は花火大会最終日のはずだから、きっと賑わっていると思うの。
 楽しみだなぁ。
「みっくん、ゴーゴーゴー!」
 生憎と、私は無理する気でいるよ?
 だって最後の夏なんだもの。無理したって、楽しむんだから。


 みっくんと一緒に屋台村に向かった。みっくんは私に訊いた。
「火花は何食べたい?」
 背負われたまんまの私は答えた。
「ふわっふわの綿あめー!」
 あれを食べたのはいつ以来かなぁ。甘いあの味、ふわふわ食感。思い出すだけでうれしくなって。
でも私を背負いながらだと、みっくんはうまく会計できないんだよね。だから私はみっくんのポッケからお財布を取り出して、勝手に会計を済ませてしまった。
「お、おい火花?」
「みっくんは私を楽しませるために頑張るのです!」
 みっくんの驚いた声に、私は無邪気に笑って返した。
 片手に綿あめを持って、もう片方の手にはみっくんの財布。
 私はみっくんの財布を浴衣の袖にしまって、明るく笑った。
「ねぇねぇ! 金魚すくいやりたいな!」
 なんか立てなくなっちゃった私は、係の人に椅子を貸してもらって金魚すくいをやってみたんだ。
 綺麗な赤い金魚がいた。浴衣を着た私みたいな。
だから私はその子を狙って、何度も網をくぐらせたんだけど。結局網は破れちゃって、その子は捕まえられなかったんだよね。
 思わず半泣きになった私の頭に大きな手が乗った。
 金魚すくい屋のおじさんが、私に透明なビニール袋を差し出していた。 
 そこを泳いでいたのは先ほどの金魚。
「……いいの?」
 思わず私が尋ねれば。
「おまけだよ、お嬢ちゃん」
 白い歯を見せて、おじさんはニッと笑った。
 嬉しくなった私は笑顔になった。


 ラムネも飲んだしかき氷も食べた。レモン味のかき氷はつんとさわやかで、切なく痛む味がした。
 みっくんの隣に座って、片手にかき氷の椀を持って、
 見上げた空。
 暗くなっていく空、夕暮の空に、
 不意にアナウンスが響き渡る。
「みなさん、みなさーん! これより、花火大会を開催しまーす!」
 そんな声がしたから。
「海まで行こうか?」
 笑うみっくん。
 私は二人分の器を持って、うんとうなずいた。
「だから、連れてって」


 海辺に座ってかき氷を食べながら、私とみっくんは打ち上げられる花火を今か今かと待ち構えていた。
 ザザァッ、ザザァッ……と寄せては返す波の音が、不思議と耳に快い。
 その静寂を引き裂いて、
 打ちあがる花火よ。

 ドォォオオオオオオン。

 はじめに空にくれないの花が咲いて。
 ドォォォオオオオオン。太鼓みたいに響く、重く深い音。
 花火は次から次へと打ちあがる。

 ドォォォオオオオオン……ドォォォオオオオオン……ドォォォオオオオオン……。

 和音のように重なった重低音。遠雷のような重い響き。
 それとともに打ちあがる花火は時に赤、時に青、黄色に緑、極彩色に輝いた。
 でもどんなに綺麗に輝いたって、花火はやがては見えなくなって。
 完全に消えるその瞬間だけ、何よりも強く鮮やかに輝いて。
 嗚呼、私の命みたいだなと、そう思った。

「みっくん、綺麗だねぇ」
「これでいいのか?」
「うん、いいよー。私、この花火が見たかったの」

 漆黒の空に浮かび上がる、幾重にも咲いた鮮やかな花たち。夜空を彩る、夏の風物詩。 ――これを、見たかったの。


 蝉の声と潮騒の音、そして花火の重低音。
 夜空を彩る幻想的な光景。
 いずれ私は散るのだとしても、この光景だけは忘れたくない。
 死の間際、私はきっと何度でも、この光景を思い出す。
 みっくんが優しく私の髪を撫でた。私はみっくんの腕の中にその身をゆだねた。
 この幸せな時間が永遠に続けばいいのに。

  ★

 永遠なんて、存在しなかった。
 やがてついに花火は終わって、海岸は夜の静けさに包まれる。
 ザザァッ……ザザァッ……。
 寄せては返す波の音とやたらうるさい蝉の声だけが今、世界にある音のすべてだ。
 私もみっくんもしばらくは何も言わなかったけれど。
 不意にみっくんが、私を強く抱き寄せたんだ。
「……みっくん?」
 ……みっくんは、泣いていた。

「お前のことが好きだよ、火花。だから逝かないでくれ、もっと俺の傍にいてくれ……!」

 なんだ、そんなことか。きっとあの花火を見て、そんなに感傷的になったんだね。
 私は笑ってみっくんを抱きしめた。
「私もみっくんのことが大好き。大丈夫、どこにも行かないよ」
「でも病気が……」
「みっくんらしくなーい。ネガティブやめよ、私は元気!」
 笑って私はすっくと立ってみる。
 立てた。足がちょっと震えたけれど大丈夫だよ。私、立てるもん!
「……火花」
「帰ろ、かーえろ! 今日は楽しかったよみっくん。だからこれあげる」
 私は先ほどの赤い金魚の入ったビニール袋を、みっくんの手に乗せた。
「……いいのか? あんなにこだわっていたのに」
「みっくんのためだからこだわったんだよ? 私は金魚より食べ物がいいのー」
「即物的というかなんというか……」
「ま、そういうことで!」
 ビニール袋をみっくんの手に押しつけるようにして。
「帰ろう!」
 みっくんと手をつないで。星光る夜道を歩いて帰った。

  ★

 そのあとみっくんと少し話をして、みっくんにあげた金魚の名前を決めて。それで私とみっくんは別れたの。
 別れた途端だるくなって、押し寄せた眠気。
 そうだよ私、無理してた。あんなに歩くなんてできなかったのに。
 でも思い出がほしかったんだよ。
 永遠に記憶に残る、私のひと夏の思い出が。
 だから無理した。だから平気なふりして歩いたの。
 ああ、息が苦しくなる。


――みっくん、みっくん。
 ……次に誰かと付き合うときは、長生きできる子を選ぶんだよ――――?


  ★

 それから一週間後に火花は死んだ。安らかに、眠るようにして。
 あの子が渡した赤い金魚。今なら意味がわかるんだ。

 どうせ私は死ぬから、この子を私と思って育てて、泣かないで。

 どこまでも優しくて、どこまでも無邪気で。どこまでも強がりで、どこまでも残酷で。
 そんな火花は僕の心に、消すことのできない暗い炎をつけた。
 僕はこれから彼女の死を抱えて生きることになるのだろう。あの優しくて残酷な、ひと夏の思い出とともに。
 金魚の名前はファイアワークスにしてと、あの子が言ったんだ。
 その意味は花火。
 あの子は知っていたのだろうか。近いうちに自分が死ぬことを――。
 
 ゴーン、ゴーン。重苦しい鐘が鳴る。
 今日はあの子の葬式の日だ。
 もう空に花火はなくて、ただ波の音だけが変わらないけれど。
 僕は心の中で君に問うた。


――火花、火花。
 僕は、あなたの、
 ……幸せになることが、できましたか――――?


 儚く散った鮮やかな火花は、もう二度と戻らない。


◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★ ◇ ★
 
 

 
後書き
 火花のように鮮やかに生きて、火花のように鮮やかに散った。テーマ「火花」というのを考えて、真っ先に浮かんだのはそんな少女の物語でした。
 私はバッドエンドを愛しますが、救いのないバッドエンドは嫌いです。(しかし後から救いのないバッドエンド作品が出てくる……)今回の「救い」は、火花のあげた金魚、という設定です。それが「みっくん」に対する彼女の遺書みたいな感じになるようにしました。
 これまでの二話に比べると美しく仕上がったと思うのですが、いかがでしょうか。 
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