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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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セランVSライナ 前編

「攻略戦……か」
 いささかの感傷をにじませながら、筐体の中でアジ・クローラーは呟いた。
 苦さを感じ、悔しさを感じ……そして、上を知った戦いだった。

 同級生は、検討を褒めてくれた。
 決勝まで残って十分すごいと。
 違う、それはヤン・ウェンリー先輩が凄いだけであって、彼は何もできなかったのだ。
 相手が悪かったと、先輩は慰めてくれた。
 違う、アレス・マクワイルドはたった一年先輩なだけで、最上級生の主席を倒している。
 自分の弱さを実感した。
 そして、上を見ることができた。

 未だに彼は同級生であるテイスティアやセランにも勝てないでいる。
 決勝まで来たのも、あれ以来初めてだ。
 才能がないと諦めることだってできた。
 だが、それはテイスティアだって同じだ。
 優秀な先輩と一緒に戦えたから。

 ならば、クローラーは、あのエルファシルの英雄と一緒に戦ったのだ。
 アレスにも、そしてヤン・ウェンリーにも下手な戦いを見せるわけにはいかない。
「全艦隊に作戦司令を送信」
 事前に入力していた作戦案と配備を送信する。
 受信のメッセージが届いて、一拍をおいた。
「総司令官、よろしいでしょうか」

「どうした、ライナ候補生。修正点か」
「ええ。細かい点は何か所かあるのですが。それよりも少し興を添えてみたいかと思慮いたします」
「珍しいな。いいところを見せたいかい」
「お答えしかねます。けれど、後悔はさせないと申し上げます」
「まずプランを送ってもらえるかい」

「そうおっしゃると思いましたので、すでに送信済みです」
「あっそ……」
 そう言って、クローラーは手元のコンソールを覗き込んだ。
 その計画を見て、クローラーはしばらく考えた。
 大筋ではクローラーの計画には一切変更はない。

 ただ、まさにライナがいうように興を添えるという一点だけだ。
 成功するか、失敗するか。
 その成否は、ライナにあるのではない。
 ほかならぬクローラー自身にある。
 ヤン先輩もこんな気持ちだったのか。

 自問自答したのは一瞬。
「面白い。できるというのであれば、賛成だ」
「では、これを実行させていただきたいと思います」
「ああ……」
 そう言って、通信を切ろうとして、クローラーは付け加える。

「私の命で、この作戦を実行しよう。他の司令官も聞いているか――私クローラー候補生が全責任をとる。だから、勝とうじゃないか!」

 + + +

「わー。四年前のテイスティアと同じか!」
 子供のように無邪気に、セラン・サミュールは言葉を口にした。
 楽しそうに鼻歌を歌いながら、しかし、手元のコンソールは的確に作戦を立てていく。

 口調も様子も子供のようだ。
 けれど、目と口調は違った。
 親友であり、ライバルであるリシャール・テイスティア。
 けれど、一学年からの同級生である彼を、意識して、そして初めて嫉妬という感情を覚えたのは、きっと最初のシミュレーション大会だ。

 アレス・マクワイルドの名前は、おそらくは上級生以上に下級生に伝わっていた。
 曰く、賭け三次元チェスで常勝不敗。シトレ校長の身包みをはがしたことがある。
 曰く、アレスが当直の時には抜け出すな。挑戦すると豪語していた五学年がいまだに行方不明らしい。
 曰く、烈火と呼ばれている。燃え上ったら誰にも手が付けられない。

 そんな人物から直々に訓練を受けられるなんて、羨ましかった。
 でも、彼は変わった。
 優しいのは相変わらずで、けれどしっかりと意見を言い、自分を見失わない。
 強くなったよな。

 それがアレスのおかげか、テイスティアの努力か、もはやどうでもいいことだ。
 思い出を断ち切るようにセランは視線を強く向けた。
 筐体の外、おそらくはこの戦いを見ている親友のもとへとだ。
 一年前。
 アレスに立ち向かった姿は、同学年のセランでも驚くものだった。
 親友の成長は嬉しい――だが、どこかで悔しさが残っていた。

 彼には負けたくないと。
 そう思う感情を、セランは知っている。
 ライバルと。
「負けるつもりはないよ」
 親友であり、ライバルでもある薄暗い筐体の中で同級生を見て、視線をコンソールに移した。
 その前に、こちらが先だと。

 二学年の主席であるライナは、前回大会でセランと対等に戦いあった強敵で、同級生であるクローラーもまた油断をしてよい相手ではない。
 数少ないヤン・ウェンリーの教え子として、堅実に、しかし時には驚かせるような戦術を使ってくる。今まで大会の決勝戦に残れなかったのはひとえに運なのだろう。

 基本的な戦術をコンソールに打ち終えて、セランは一息。
 画面にゆっくりと開始を告げる文字が現れた。

『開戦』

 + + + 

 攻略戦――対戦する相手は防衛戦にはなるが、何度か行われていれば、どうしても基本的な戦術パターンというものが生まれてくる。
 防衛施設に対して個別に攻撃する。
 分散して防衛施設を同時的に攻撃する。

 あるいは、防衛戦と言いながらも防衛ラインの範囲外で艦隊同士が戦うこともある。
 まだ学生という身分である彼らが主体となって戦術を考えることは難しく、どうしても防衛施設に対する攻略方法といった教科書に載った手順となるのは仕方のないことかもしれない。むしろ、偽装艦を使って敵戦力を引き吊りだし、本拠地を攻略するなどと考えるヤン・ウェンリーが異常であるのだった。
 開戦の合図に、スクリーンの下でアレスたちは見上げている。

 巨大スクリーンに映し出されているのは、全体の艦船の動きであり、その左右の小型スクリーンには、それぞれのチームから見た映像が映し出されていた。
 左の画面は防御陣営をとるセランの青い艦隊マークであり、そこにクローラーの艦隊である赤色は映っていない。右の画面はその逆といった様子であった。
「定石ではあるな」

 索敵範囲に映らないセランのチームは、ゆっくりと陣形を構築していく。
 本拠地の前方であり、前方に突出している二か所の防衛施設の後方――つまり陣地の中央にセランの艦隊五千が配置され、前方の防衛施設の前に四学年の四千を配置。左右には三学年と二学年の二千の艦隊が広がり、セランの艦隊の後方では一学年が本拠地を守っている。どの防衛施設が攻撃となった場合でも速やかに移動し、戦闘行動に移ることができる陣形だ。陣形を構築していく一方で、セランのそれぞれの艦隊が索敵艦を放ち、次第に左側の画面で移される範囲が広がっていく。

 一方でクローラーのチームは、ゆっくりとその陣形を整えていく。
 全艦隊がまとまっていく様子から分散しての攻略は取らないらしい。
 そして、動いた。
 速い。
 陣形を固めるや、クローラーの赤の艦隊が動いた。

 本拠地前方二か所、その右側の防衛施設に対して斜めから迷うことなく疾走する。
 いまだにセラン艦隊の陣形の構成途中だった。
「おいおい、賭けに出たな」
 少しの驚きをもって声をあげたのはアッテンボローだ。
 それには理由がある。

 現在、クローラーが駆け抜ける場所から目指す防衛施設の間には、セランの艦隊の姿はない。だが、もしセランがそこに陣形を敷いていればどうなるか。
戦闘態勢ではなく、移動をする艦隊は確実に発見され、セランの艦隊によって先生の攻撃を受けることになる。
 移動の態勢から戦闘の態勢に移すまでにも、時間がかかる。
 それがたとえ少数であっても、一方的な攻撃はクローラー艦隊に大きな被害をもたらすだろう。
 それも防衛施設の目の前で、だ。

 そうなれば、もはや戦いどころではないだろう。
 大きな被害を受けたのちに、他の艦隊に包囲殲滅をされることは間違いない。
 それほどに、クローラーの選択した行動は一か八かの要素が強いものだった。
 だからこそ、アッテンボローは賭けに出たと表現した。
 だが、そう思っていない人物も数人いた。
「定石というのは間違ってはいないが、時として首を絞めることになるね」

「ここまで速いとは予想もしてなかったのだろう。ま、赤の方が一枚上手というところだろうな」
 定石の陣形をとると読み、行動したクローラー艦隊。
 時間をかければ、索敵艦に発見される可能性があがる。
 わずかな迷いもない動きは見事といってもいいだろう。

 もっとも。
「マクワイルド中尉はどう思う」
 全艦隊が一丸となって進む様子を見ていたヤンが尋ねた。
「十分考えていると思いますよ、学生にしては」
「学生にしては、ね」
 ヤンは薄く笑った。
 アッテンボローが眉をひそめてヤンを見つめる。

 疑問の表情。
 それを受けて、ヤンは小さく肩をすくめた。
「結果論から言えば、今のままで十分だけれど。欲を言えば、発見された場合のことを考えてもらいたかった。今の状態だと、もし何らかの理由があって、敵が斜線にいた場合に大変なことになる」
「移動に全力を向けている状態で、遭遇した場合戦闘態勢に移行するのに数十分はかかりますからね」
「作戦の継続は難しいだろうね。マクワイルド中尉なら、どうする?」

 試すような視線に、アレスは頬をかいた。
 睨むような視線がスクリーンをとらえている。
「私なら固まらず、四学年を先頭に、遅れて他の艦隊を動かします。敵に発見された場合は、四学年が防ぐ間に、後方で戦闘陣形を整えるか、あるいは第二目標を目指します。四学年は少し大変ですけれど。で、ヤン少佐はいかがですか」
「そうだね。私だったら、二学年を先頭にして、一部にまた偽装艦を使うかな。一度派手にやっているから、相手が騙されてくれたら儲けものだし、仮に攻撃を受けても被害は少数ですむだろうしね」
「でも、攻撃力に劣るのでは。賭けに出た意味がなくなりますよ」

「それでも時間的にすれば、後方に本陣があるわけだから敵への打撃力はそれほどかわらないと思う。それよりむしろ被害を受けた場合に、次の作戦行動に支障を来すほうが怖いよ」
 隣で進む会話にアッテンボローがワイドボーンを見る。
 助けを求めるような視線だ。
 つまり、この二人は何を言っているのだと。

「何だ、貴様は。俺を試しているのか」
「ああ、いや、決して、恐ろしいことをしようと思ったわけだはないのですけどね」
「ふん。これに答えがあるわけではないだろう。アレスは成功した場合に短時間で最大の効果を与えることを目的に、ヤンの案は失敗した場合に被害を最小限に抑えることを目的に戦術を立てている。あとは好みの問題だ」

「何か、俺が異動したくなってきましたよ」
 まじかこの二人はと、学生を卒業して二年。
 いまだ二十二の若者は嘆くように頭を抱えた。

 + + +

 赤の艦隊が無人の荒野を行く。
 彼らの先輩にとっては厳しい言葉を受けたかもしれないが、それでも学生たちにとっては驚くべき光景であろう。
 全艦隊が一段となって、防衛施設を目指すのだ。

 少なくとも右前方の防衛施設は破壊された。
 誰もがそう思っていた。
 索敵艦を出していたセラン艦隊が慌てたように動き始める。
 前方四学年の艦隊が右に、同時に他の艦隊も追従するように動き始めた。
 しかし、間に合わない。

 現場でも、そしてシミュレーションであってもそれは同じだ。
 魔法何て存在するわけがない。
 動き始めてからの距離を考えれば、おそらく防衛施設が落とされた後の合流となる。
 根性を出せば間に合わせられると思うのは、よほどの馬鹿か戦争を知らない人間だけだ。
 だから、セランも十分理解していた。

「全艦隊防御施設Cは諦める。Cの後方にて敵艦隊を包囲殲滅する」
 移動しながら、各艦隊に動きを指示。
 セラン達の艦隊は、右前方――セランの指示した防御施設Cごと、クローラーの艦隊を包囲するように動き始めた。
 しかし。

 赤の艦隊は疾走する。
 防御施設Cの脇をかすめるようにして動き、そして駆け抜けた。
 形ばかりの防御施設の攻撃が、クローラーの艦隊を削る。
 だが、止まらない。
 速度をそのままに駆け抜けていく。

 それは。
「運頼みもいいところだろ。ここで電撃戦かよ」
 驚きを含み、苦い顔でアッテンボローが呟いた。

 + + +  

 攻略/防衛線における勝利条件。
 その一つが、敵の本拠地の攻略だ。
 クローラー艦隊は、まさにそれだけを目的に疾走している。

 防御施設を無視するという行動に、防御施設を取り囲もうとしていたセランの艦隊は大きく出遅れた。
 まず、四学年は防御施設Cを迂回して包囲しようとしていたため、結果として進むクローラー艦隊を後方から追う形となっている。三学年も同様に、包囲のために右側に進路をとりすぎた。疾走する艦隊はその前をあざ笑うようにすり抜けていった。
 逆側に配備されていた二学年は、間に合わず。
 結果として。

 残されたのは中央に配備していたセランの五千と一学年の千艦隊――合計、六千だ。
 対するは全艦隊が一丸となった結果、姿を見せる一万五千もの倍を超える艦隊。
 少し耐えれば、後方から包囲するために味方が来るであろう。
 だが。
「これ、持ちこたえられるかな」

 疾走する勢いをそのままに、青色の光点に、赤の艦隊が突っ込んだ。

 
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