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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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戦いの前に


 士官学校の会議室の一室。
 その場所を貸切るというのは、少佐階級が二人いれば楽なことなのであろうか。
 いや、単純にワイドボーンの我儘が原因のような気もするが。

「ここに貴様を呼んだのは、ほかでもない。俺はいま第四艦隊、先ほどのアッテンボローに見事な右をくれた御息女の父親でもある、ドワイト・グリーンヒル中将に所属している」
「そして、私とアッテンボロー中尉は第八艦隊シドニー・シトレ大将の元で働いている」
「イゼルローンですね」
 呟いたアレスの言葉に、アッテンボローだけが片眉をあげた。

「それは極秘のはずだが。お前は何で知っている」
「何です。フェザーンでも攻める相談でもしていたわけですか?」
「そんなわけないだろう」
「その方がまだ効率としてはいい気がしますけれど」
「あのな」

「アッテンボロー中尉。私の後輩だから申し訳ないが、こいつはこういう奴だと思っていた方が精神的には楽だ」
「昔から変わってないな、毒舌は」
 それを毒舌のスペシャリストであるアッテンボローから言われるのは、アレスは釈然としないものを感じる。ともあれ、冗談を言っている場合ではないだろう。
「第四艦隊と第八艦隊、違う艦隊がそろっている時点で大きな戦を考えているのは間違えないでしょう。そして、自由惑星同盟に大きな戦をできる場所は一つしかない。それで満足していただけますか?」

「想像できない人物が多いから、困ったものなのだけどね。ともあれ、現状自由惑星同盟軍は来年にもイゼルローン要塞の攻略を考えている」
「それはまあ、悲劇的ですね」
「君もそう思うか」
「ええ。攻略とは名前はよいですが、過去に難攻不落の居城を正面から落とした例はまずない。落とせたとしても大きな犠牲が出ていますから。その辺りは私よりもヤン先輩が一番知っていると思いますけれど」

「この戦いの構想が生まれるよりも先に、正面突破は難しいと言った学生がいたと聞いたけれどね」
「それはよくある学生のたわごとでしょう」
 缶紅茶を一口して、アレスは苦笑する。
「たわごとでも何でもいいよ。それで、正面突破が無理ならば君はどうすればいいと思うのかな」
「難攻不落の居城に対する戦略は三つ。一つは兵糧攻め。周囲を大量兵力で囲み、一切の補給を断つ。けれど現在ではイゼルローンはある程度の自給自足を可能としている状態にあります。結果を待つだけで、数年単位は必要でしょうね」

「そうだね。イゼルローンは食料どころか、弾薬や艦船の生産も可能にしている」
「残るとすればだまし討ち。遥か昔のトロイの木馬のように」
「三つめは?」
「小惑星でも一ダースばかり突っ込ませてみてはどうですか」
 冗談めかしたアレスの言葉に、アッテンボローはおまっと口を開けたままで絶句。
 対するヤンは興味深そうに頷き、一拍をおいて口を開いた。

「並行追撃はどうかな」
「そうですね」
 アレスは少し考えたふりをした。
 それは結果的に悲劇に終わった戦術だ。
 まさかこの時点で、誰もが味方事トールハンマーの餌食にするとは理解できないだろう。
 最もイゼルローンを奪われることになれば、下手をすれば断罪される。

 ましてや宇宙艦隊と仲が良いわけでもない。
 それならば奪われるくらいなら、やってしまおうと考えてもしかるべきかもしれない。
 味方殺しというのは軍人にとっては考えつかないかもしれないが、過去には多くの事例があるのだから。
「イゼルローンの占拠ではなく、破壊を目的とすれば、可能性はあるかもしれませんね」
「馬鹿。それだとイゼルローン要塞が使えなくなるだろう?」

「少なくともイゼルローン要塞の攻略という目標は達成できていると思いますけれど」
「戦術的には大丈夫でも、戦略的にはどうなんだ、それは」
「イゼルローンがなくなれば、帝国の侵攻は難しくなりますよ。補給基地が帝国側にしかなくなるわけですから」
「それはこちらもそうだろう」
「後方勤務本部の意見を言わせていただくと、今の同盟の予算状況で、侵攻まで求められても困りものですよ。個人的にも後方勤務的にもイゼルローンはなくしてもらいたいですね」

「言わんとしていることはわかるが」
 歯に衣を着せぬアレスの言葉に、アッテンボローとヤンは顔を見合わせる。
 ワイドボーンだけが、腕を組んだままむむっと小さくうなった。
「それじゃあ、戦争は終わらないだろう」
「そもそも総戦力で負けている時点で、侵攻して終わらせるとか無理でしょう。それが可能になるのはこちらの戦力が帝国軍を大きく上回るか、もしくは少しずつ力をそぐか」

「お偉い方は我々が帝国に行けば、帝国市民はもろ手を挙げて歓迎してくれると思っているようだけれど」
「人はパンのみで生きるのではあらず――とはいえ、パンがなければ生きることもできない。ま、私は理想を述べる宗教家よりも、お金をくれる人にほいほいついていきますけれど」
「けれど、上の意見はそうではないようでね。イゼルローン要塞も並行追撃作戦を行い、占拠を目指すらしい」

「ご愁傷さまです。でも、そこまで私に話しても。明らかな機密の漏洩ですよ」
「何、他人事みたいにしている」
「それは」
 他人事だからと言おうとしたアレスの目に、にやにやとしたアッテンボローの表情に入った。
 その様子に彼らが何を伝えようとしているかは理解できた。少なくともワイドボーンはともかくとして、ヤンやアッテンボローが作戦計画をアレスに教えるほどには、彼らと親しくした記憶はない。

「他人事で同盟の機密を聞けると思っていたのか」
「できれば他人事でいたいのですけれど」
「無理だな。アレス・マクワイルド中尉。お前は来年2月で昇進ののちに、第八艦隊司令部作戦参謀としてヤン少佐とアッテンボロー中尉とともに勤務することになる」
「え、だめですよ」

 即答したアレスの言葉に、拳を机に叩きつけて力強く言ったワイドボーンが目を開いた。
「私はフェザーンの駐在武官の希望試験に合格しましたから。来年四月にはフェザーンです」
 その言葉に。
「お前は、何を言っている」
 ワイドボーンが顔を歪めた。

 + + + 

 セレブレッゼの意味深な発言の直後、アレス・マクワイルドの動きは早かった。
 フェザーン駐在武官。
 それは人事部で毎年希望をとって、割り当てられる場所だ。
 とはいえ、自由惑星同盟においてフェザーン駐在武官をあえて希望する者はほぼいない。

 安全であることは確かであるが、現代での大使館といった外交政策等の重要性はほぼ皆無な現状においては、あまりにも軽視され、冷遇されている部署だ。
 配属されたからと言ってその後に特別に面倒を見てもらえるわけでもない。
 戦闘があるわけでもないため、栄達も望めない。
 そもそも国とすら扱われていないため帝国と調整などの外交的な活躍があるわけもない。
 希望性とはしているものの、実質は軍で持て余して配属されることの方が多い。

 もっとも、希望が少ないとはいえ、アレスが希望してから決定までに時間が早いのは事実。
「優秀な人事にコネを持つと、非常に助かりますね」
 しかし、そこで人事部の――ある個人との利害が一致した。
 装備企画課で何もさせないつもりが、たった数か月で大きな成果を生みだされた。そんな人間が、どういうわけかまず活躍することなど皆無であるフェザーン駐在武官を希望してきている。
 見てはいないが、高笑いが聞こえたようだった。

「まことに残念ですが」
 まったく残念ではなさそうに、アレスは首を振った。
 だが。
「それは一旦凍結させてもらったよ、マクワイルド中尉」
 たった一人、この場にはアレスよりも上手の人間がいた。
「人事にはコネがなくても、コネを持っている人は他にも多くいるからね。その辺りを固めなければ、こうして話すわけもないだろう」

 まだまだ甘いねと微笑をするヤン・ウェンリーに、初めてアレスは顔をゆがめた。
 仮に彼らが知ったのがこのタイミングであれば、いかに上層部と言って止めることはできなかったはずだ。
 一中尉の人事など、気にする人間があろうはずもない。
 既に決まっているのであれば、それこそフォーク辺りが意気揚々と代わりにと、向かったかもしれない。
 それが動きまで察知され、人事の凍結まで持ち出してきている。
 ヤンは缶紅茶を一口飲んだ。

 アレスの苦い表情の意味を悟ったように。
「まあ。気づいたようだけど。これは私たちの意見だけではなく、もっと複雑な事情があってね。ジャン・ロベール・ラップ大尉を覚えているかい」
「ええ。先輩方の中では一番の常識人ですね」
「肯定しにくい感想をありがとう。本来はラップがそこに入る予定だったんだ。ところが体調を崩してね、代わりをということで私たちも探したわけだけれど」
「そこでシトレ大将が学生のたわごとを覚えていたというわけだ」

 残念だったな、後輩とアッテンボローが肩をすくめた。
「装備企画課に異動して、まだ半年も経っていないのですけどね」
「この件はセレブレッゼ少将も是非にと二つ返事で許可を出したそうだ」
「そこまで嫌われるようなことは……まあ、数年分の仕事を二か月くらいでセレブレッゼ少将に押し付けはしたかな」
「十分すぎだろ」

「セレブレッゼ少将も本当は出したくないとは前置きをされたようだ。ただ前線に人が足りないことも理解してくださっている。そして、君ならば活躍できると……昇進の話も、セレブレッゼ少将が強く推薦してのことだ」
「一体、何人の期待を背負わせるおつもりで」
「なに。心配いらん」
 それまで腕を組んで黙っていたワイドボーンが再び力強く言った。

「その道は作ってやると言っただろう。俺を誰だと思っている」
「そういう意味だったなら、断れば良かったですね」
 堂々とした言葉に、アレスは諦めたようにため息を吐き、手にしていた缶紅茶を飲みほした。
「わかりました。詳しい話は正式に異動の話を受けてからにしましょう。こちらもいろいろと考えておきます。さて、つまらない話はこの辺りにして、今日の目的を見に行きましょう」

 + + +

 準決勝。
 五学年次席セラン・サミュールと二学年主席ライナ・フェアラート。
 どちらも戦術シミュカルチョで順当に勝ち上がってきたチームだ。
 とはいえ、昨年のように絶対の本命がいないこともあって、分散はしているようだが。
 それぞれの筐体の正面には、大型スクリーンモニターが設置され、多数の学生が集まっている。
 すでに戦うメンバーたちは筐体の中に入っているようだ。

 今頃、勝利条件や装備の配分を行っているのだろう。
 わずか一年前のことではあるが、懐かしくも思えるし、まだ学生のような気もする。
 ま、少なくともこのタイミングでイゼルローン云々なんて話をしているとは思いもしなかったが。
 やがて、室内灯がゆっくりと消えていく。
 中央の巨大スクリーンの明かりだけが強く輝いており、今回の舞台となる戦場を映していく。

「ほう」
 と、呟いたのはワイドボーンだ。
 その隣ではヤンもどこか懐かしそうな様子だ。
 最もその懐かしさの奥にある感情までを、アレスは読み取ることはできないが。
 ま、結論的にシミュレーションの敗北などどうでもいいと思っていそうではあるのだが。

「懐かしいですね、アレス先輩」
 同調するような声が背後から聞こえた。
 こちらには目を向けず、ただ巨大スクリーンだけを見つめている。
 先ほど少しあったが、一年たてばもはや最初にあったときの幼さは影を潜め、青年といっていいほどに成長していた。むしろ今ではセランの方が遥かに幼く見えただろう。

 優し気な雰囲気はそのままにして、どこか強さも感じさせられる。
 それはそうだなとアレスは思う。
 彼は今では五学年の主席。
 アレスのように苦手科目があればその位置に立つことなどできないのだ。
 アレスの視線に気づけば、テイスティアは顔をこちらに向けた。

「作戦会議はいいのか」
「情報収集も大切なので」
「どちらが勝つと思う?」
「アレス先輩はどうですか」
「なぜ、俺に聞く」
「だって、アレス先輩の逆に賭ければ絶対にあたりますから」

「いうようになったな」
 笑顔を返す横で、スクリーンが大きな文字を映す。

『攻略戦/防衛戦』

 地図がゆっくりと広がっていく。
 本拠地と四か所の防衛施設に対して侵攻するライナ・フェアラートのチーム。

 それらを守護するのはセラン・サミュールのチームである。
 四年前――戦術シミュレーション大会の第一回戦決勝で、ヤンに敗れ、そして勝利した戦場が、目の前に広がっていった。
 
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