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没ストーリー倉庫

作者:海戦型
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=体育祭編= ベッドセレクト

 
 付母神つくもという少女の個性の神髄は、相手に選択の余地を与えない圧倒的な便利さにある。

 手の一つを取ってもロケットパンチ、レーザービーム、フィンガーミサイルとあるのに、切り離した腕は独立浮遊兵器として運用することも出来る。そんな兵器が全身に込められている上、彼女は自分の体をバラバラに分離させて攻撃を躱したり相手を包囲することもお茶の子さいさいだった。

 彼女は、圧倒的な個性を持っているのだ。無論それには様々なデメリットも存在するが、それを差し引いても『本気』になった彼女はもはや手が付けられなかった。

 後に彼女と対戦した瀬呂はこう語る。

『勝てる気がちょっとはしたけど気のせいだったわ』、と。ドンマイ。

 瀬呂は頑張った。超頑張った。空を飛べるという圧倒的メリットを持つ彼女をどうにか場外に持ち込もうとした。しかし瀬呂が同時に発射できるテープは二つで、彼女の捉えるべき体は複数だ。そして彼女の攻撃は、苛烈だった。

『フィンガーミサイルマルチロック斉射!サイスバルカン、アッパーバルカン解放!パッショントルネード発射!!』
「え、ちょ、それ反則だろ!?ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?」

 圧倒的な『面』攻撃。全て死なない程度に手加減をしているとはいえ、秒間50発は打ち込まれているのではないかという圧倒的な火力を前に、瀬呂は為すすべなく吹き飛ばされた。

『瞬ッッッ殺ッッッ!!圧倒的瞬殺!!これはドンマイとしか言えねぇぇぇーーーッ!!』
『元々付母神は高い素質を持った生徒だったが、どうにも体育祭で吹っ切れたらしいな』

 単純な火力による制圧力。攻撃の当たりづらさも特筆すべき厄介さではあるが、ことこの限られた空間内では面制圧を可能とする弾幕が圧倒的な力を見せ、観客たちを熱狂させていた。

『はぁ……はぁ……!!ご、ゴメンね瀬呂くん!でも私、今回は優勝本気で目指してるから……!』
「お、俺も本気だったんだけどなー………(というかこいつ、その気になりゃ戦闘訓練もっとスゴかったってことじゃ……)」

 ……ここで「手を抜いてたのかよ!」なんて野暮な事は言わないのが瀬呂のいい所。実際、つくもは『勝つ』という暗示染みた言葉を言い聞かせて普段の遠慮や躊躇を無理やり消していた。それが戦うことだという事に、彼女はやっと気づいたのだ。

 その後、攻撃の殆どが閃光を伴うという一長一短の性質が常闇の個性を封殺して準決勝進出。

『爆豪くん……今日は、勝つよッ!!』
「いいや、完膚無きにまでブチのめして俺が優勝するね!ブリキ女ぁ!!」

 ――この戦いがまた、熾烈を極めた。圧倒的面火力のつくもの攻撃に対して爆豪は空間制圧と一発の貫通力で対応。見る見るうちにフィールド上が爆炎と爆風で削り尽くされていき、それは水落石対轟とは別の意味で観客を震撼させた。というか鼓膜と眼球に悪い戦争状態だった。

 しかし、つくもはその爆発にも耐えて戦った。
 爆豪の火力は確実に彼女にダメージを与えたが、彼女の攻撃もまた爆豪は全て避けきることが出来なかった。ならば、我慢し抜いた方が勝つ、とつくもはより一層攻撃を強めた。

 その志自体は立派なものだったのだろう。ただ如何せん、戦闘における発想力というのは頑なになればなるほど失われていく。何より彼女の攻撃は効率的だったが、生の戦いに対する経験が圧倒的に不足していた。

「手でも足でも枠外地面にあたりゃ、場外なんだろ……」
『え――』

 僅かな弾幕の隙を縫った爆豪の爆発を、体を分離させて回避したつくもは、一瞬爆豪の言っている事の意味が分からなかった。そして――爆豪の行動が唯の応酬ではなく明確な作戦に基づいたものだった事を、その場で気付けなかった。
 それが、彼女の決定的な敗因になった。

 爆豪は避け辛い攻撃が来るとつくもがすぐに分離で躱すという、一種のワンパターンな癖を掴んでいた。そして分離後のボディが各個撃破される事に対する警戒が甘いことも。それを踏まえたうえで、爆豪が建てた作戦、それは――。

「ちとスッキリしねえが、終わりだ!――死ねぇッ!!」

 瞬間、爆豪の手に掴まれた『つくもの足』が、爆発の個性を乗せて場外に叩きつけられた。

「場外!!この勝負、爆豪くんの勝ちッ!!」
『ハァァーーー!?!?いや、ボディは外に出てないだろ!足が出ただけで場外ってどうなんだよ!?』
『浮遊する個性だというだけでこのリング勝負では大きなメリットだ。故にある程度の公平性を期すために飛行個性持ちには色々と制限がある。チキンプレイ禁止、一定時間以上のリング外の飛行禁止。そして付母神に関しては、その個性の特異性がメリットにもデメリットにもなる』
『絶妙なバランス調整って訳か……ウン、まぁ。しゃーないか』
『テンション低すぎだろ。まぁ、そこにすぐ発想が至った爆豪の頭脳勝ちだな』

 なお、相澤先生がコメントのあとに小さく「みみっちいが」と付け加えたことについては、誰も異論を唱えなかった。
 茫然としながら体をドッキングさせていくつくもに背を向けた爆豪が去っていくなか、無情にもここで彼女の優勝は立ち消えとなったのであった。

「勝てな、かった………」

 この時の彼女の心境は、また別の時に取っておくものとする。




 = =


 
 目が覚めた俺を待っていたのは、見物も出来ず全てが終わってしまった体育祭。そして医務室で寝ている俺を心配そうにこっちを見ている葉隠と常闇だった。リカバリーガールと相澤先生も凄い目でこっちを見ているが、とりあえず喉がひりつきそうなほどからからだったので水を飲ませてもらった。

「轟くんも途中までいたんだけど、用事あって帰っちゃったよ」
「そっか。轟、トーナメントでは勝ったか?」
「爆豪くんに負けて2位だった」
「熾烈な戦いだった……と言いたい所だが、少々呆気ない幕切れだったな」

 成程、大体原作通りらしい。飯田が途中で帰ったとかその辺は一緒だったが、付母神ちゃんが鬼神の如き戦いっぷりで爆豪撃破寸前までいって株を上げたとか初耳情報もあった。俺?聞くな、今の有様で察してる。

「緑谷も相当なケガだったけど、疲労の度合いなら水落石のが上だって。ほぼ全身筋肉痛!筋が切れたり肉離れしてないのが奇跡なぐらいだったってさ」
「俺も見ていたが、水落石……あの野獣の如き挙動は何だ?轟は個性の暴走かと予想していたが、お前の個性は……」
『アンナウゴキデキタノカ?』
「俺の個性はあくまでカンがいいだけだよ。自力であんな動き出来るなら入試でやってるっつの。まぁそういう訳で、今回の事は俺にも全然わからないんだよ」

 今までの俺の人生の中でも、身体能力上げるような便利な効果を発揮したことは一度たりともない。そういう力ではないとずっと思ってたし、未来も予知出来て身体能力も強化出来る個性とかチートにも程がある。個性と個性が混ざって強化されたりと言う事はあるが、複数の個性を自然に人がもつことはない。轟の個性とて片手で炎と氷を同時に操れないように、複合した個性にも一定の制約が発生するものだ。

 ともすると、最悪「俺の個性は元ある大きな個性のうちの可能性の発露に過ぎない」という事もありえるのか?……くそ、分からん。ともかく、喋ることさえちょっとしんどい現状を鑑みたリカバリーガールの声が入り、別れの挨拶やら感謝やらを済ませた二人は医務室を去っていった。
 さて、ここからは大人のお話だ。相澤先生が端的に質問してくる。

「一応事務的に確認しとく。今までああいった異常な動きをしたことはないんだな?」
「はい、断言していいです。或いは外部から人の能力を強化する特異個性で干渉されたとか……?」
「ありえんな。そういった手合いの個性は発動条件が接触か距離と決まっている。そういった不正を排除する対策はしてあった。お前が変なドーピング薬でも盛られてない限り、内的な問題だ。こいつは一度個性専門の医者に診てもらった方がいい」
「………そうだね。曲解すれば『超感覚』という個性を獣的な感覚として捉え、その延長で身体能力向上のような力が偶発的に目覚めた解釈することは出来るけど、順序がちぐはくというか、唐突過ぎるよ」
「個性によるものだというのは疑いようもないが、あの状態に対するお前の所見は?」
「………こう、背中から絶え間なく、凄い量の『個性の燃料』みたいなものをドバドバ注がれた感じです。頭で考えた事が全部体に出ちゃうし、体はキツイけどずっと動いてないと逆に耐えられなくなりそうっつーか………言ってしまえば『過剰摂取(オーバードーズ)』って感じですね」
「本人にも個性の性質が分からん以上、場所を弁えんと俺の個性消失も通じるか分からんな。詳しい予定は後で詰めるとして……水落石。間違ってもあの時と同じ状態を任意で発生させようとするなよ。次に暴走したら自分の個性に殺されるぞ」

 俺はその言葉に頷いた。俺とて、もう同じ目に遭いたくなかった。
 相澤先生はそれ以上多くは語らず、ただ「例の侵入者の件で警察が事情を知りたがっている」という話を少し詰めた程度で終わった。
 話を終えて去っていく先生の背中を目で追い、やがて疲労困憊な体をよろよろと起こした俺は瞑目する。

 あの時、個性が発動するまでの間に俺は自分の危機が『視えなかった』。それは、この現状が必然だったからだろうか。それとも、未来を改変するほどの影響が俺の体に降り注いだのだろうか。もしくは俺の個性は未来を見るそれとはまったく別の性質があるからそうなったのか。考えても考えても分からない。

 砥爪の事も、俺にはさっぱりだ。付母神ちゃんの心境の変化も知れない。挙句、今度は自分の個性にまで謎が湧いて出た。雄英体育祭はもっと盛り上がるイベントだと思っていたのに、俺の心には暗雲ばかりが余計に広まっていき、デクくん生存という道から逸れる脇道が無数に分裂していく。

(まだ時間に余裕があるうちに、一個ずつ潰しておかないとな)

 とりあえず明日いっぱいは無理せずに寝て、明後日からだ。

 帰宅後、俺の体育祭での暴れっぷりに無責任に感動して囃し立てる両親のせいで俺は余計に疲れた気がした。
  
 

 
後書き
とりあえず次回から個性解明編。 
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