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越奥街道一軒茶屋

作者:綾瀬紫陽
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白布飛ぶ

 あっしはいつも、日が昇る頃に起きるんです。季節によって日の出の時間は変わりやすが、あっしの起きる時間も、それによって早くなったり、遅くなったりしやす。

 今日も普段通り、日の出の頃に起きたんですが、なんか首回りに変な感触があった。何かが首に巻き付いてるんでさぁ。

 気になってそれをとってみると、普段あっしが雑巾の代わりにしてる、ボロボロの布切れだった。それがなんであっしの首なんかにあるのかと思ってたら、なんとその布がいきなり動きだす。細長く切れてるもんで、まるで蛇か龍みたいな動きをするんでさぁ。
 見てみると、端っこのほうに目や口や、耳みたいのがある。ボロ布がバケモノになってたんでさぁ。

 よりによって何で雑巾がバケモノになったのかはわからねえんですが、この布、あっしにすごく懐いちまって……。頬ずりみたいにしたりと、兎に角あっしに纏わりついてきやした。
 それくらいなら、あっしも別に放っておきやす。でも面倒なことに、まるで言うことを聞いてくれねぇんですよ。

 あっしは家の裏の畑で芋を作ってるんですがね、掘り出したその芋が気に入ったみてぇで、籠に入れておいてあるのをバクバク食べる。布がどうやって物を食うんだってぇ感じですが、兎に角バクバク食べる。
 更に、ずっとあっしの傍にいるわけじゃなくて、色んなところを飛び回りやす。お客さんの前にも出ていこうとするんで、こっちはびっくりさせないように気を使わなきゃいけない。しかも、口で言っても聞かない、妙に力が強くて、引っ張って止めることもできない。制御不能なんでさぁ。

 ボロ布がバケモノになって二三日過ぎやしたが、あっしはもうくたくた……。
 どうしようかって、動き回る布を横目に考えてやした。

「なんだ、先客か?」

 頭の上のほうからそんな大声が聞こえたのは、丁度そん時でした。
 見上げると、人の背中から羽が生えたようなのが浮かんでる。バケモノなんですが、あっしの知り合い、というか、茶屋の常連さんでした。

「褐鴉《かちがらす》の旦那じゃねえですか!」

 旦那は山の鴉天狗で、たまーにあっしの店に寄ってくんでさぁ。
 地面に降りた旦那は布のバケモノを珍しそうに眺めやした。

「布の付喪神……いや、ただのバケモノかい。おめぇさんのものか?」

「まあ……。雑巾が化けたみたいなんでさぁ」

 そしてあっしは、旦那に今までの苦労を色々と話しやした。どういう訳か、旦那は始終笑ってやしたが……。
 褐鴉の旦那は、天狗だけあってバケモノの対処には明るい人なんでさぁ。旦那に聞けば、いい方法を得られるんじゃねぇかなと思って話したんですがね、あっしが話し終えると、旦那は少し笑った後、嘴の下に指を当てて少し考えたんですよ。

「これが紫虎、あんたを良く思ってないってのはなさそうだ。とすれば話は簡単よ。これに何か名前をやるんだ。名前ってのは物でも人でもバケモノでも、なんでも縛る力があるからな。『お前』とかって呼ばれるよりは、言う事聞こうって気になるだろ?」

 そんなもので解決するんですかぃ? と一瞬思いやしたが、よくよく考えてみると、心当たりがありやす。特にバケモノに関しては、名前も何もない奴と、ちゃんとした名前がついてるやつとじゃ、やることの大きさとか、そういうのが違ったりしやす。

「わかりやした。けど名前と言われても、あっしにゃすぐに思いつかねえんですが……」

 名づけなんてそうそうやったことねぇもんで。
 すると褐鴉の旦那は、なら儂が考えよう、と言って暫く黙り込みやした。

「そうだな……『しろうるり』というのはどうだ?」

「なんですかぃ? それは」

「知らんよ。今思いついただけだ。もしそういうのがあるんなら、きっとこのバケモノに似てるんだろうがな」

 さっぱり意味が解りやせんって……。
 それでも名前にはなるんでしょうな。あっしがその名を呟いた途端、布ははしゃいであっしのところに来たんでさぁ。
 問題が解決したにはしたんですが、突拍子もないというか、訳がわからないもんで、どういう顔をしたらいいのかわからない。
 仕方ないんで何となく『しろうるり』を見てると、旦那が懐から酒瓶を取り出しやした。

「そうだ、土産にこれを持ってきた。一杯やろうや」

 しろうるりからは完全に興味が離れてる様子の旦那。盃を二つ取り出して、酒を注ぎやした。

 ……解決したんで、まあいいってことにすりゃいいんですかね。 
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