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越奥街道一軒茶屋

作者:綾瀬紫陽
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雷神の子

 不味いことになりやした。あっしが店を開いて最大の危機かもしれやせん。
 ちょっと前にまあまあ大きい嵐があったんですがね、そのせいで土砂崩れを起こしやがったんですよ。
 あっしの店は幸いなことに無傷だったんですが、街道が完全にふさがれちまった。しかもあっしの店を間に挟む格好で二か所も起きてて、あっしは土砂に閉じ込められたんでさぁ。

 あっし一人ならば別に大丈夫なんですよ。店の裏手にちょっとした畑なんかもあって、生きていく分には十分ですから。
 でも街道が完全に通れなくなったのは不味い。あんまり通らないとはいえ、一人でも使う人がいる道ですからね。何とかして土砂をどけなきゃいけない。とはいってもあっし自身は土砂に閉じ込められてる。八方塞がりなんでさぁ。

 勿論誰か通れば、土砂があるのに気づいて手を打ってくれる筈ですがね、お客さんにそんな手間をとらせちまうのは、店やってるもんの意地が許さない。

 どうしようかなあと頭抱えてたら、あっと言う間に夜になった。
 もしかしたら誰かが街道を通ってて、街に助けを呼びに行ったかもしれやせんが、あっしには確かめる手段がないんで、大人しく寝ることにしやした。デカい道とはいえ山ん中ですからね、夜はあまり出歩かないほうがいいんでさぁ。

 道を塞いでるのは沢山の倒木。泥とか岩とかよりはどかすのが楽だとは思いやすが、一人じゃどうしようもない。

 ほんと、どうしたもんでしょうかねえ……。

――

 朝になりやした。いい加減今日は、何かいい案を考えて動きたいんですがねえ。さっぱり浮かぶ気がしない。

 とりあえず気分だけでもってことで、縁台とかの準備をしようかなと思ったんでさぁ。毎朝やってることでもありやすからねぇ。

 縁台にかける緋毛氈を持って外に出た時、あっしが何を見たと思いやすか?

 子供がいたんですよ。木組みがむき出しになった縁台に背をもたれて、地べたに座ってる。身じろぎ一つしないとこを見ると、寝てるんですかねぇ。
 土砂で通れないここにどうやって来たのかってのも謎なんですがね、この子供、頭に蛇が巻き付いてるんですよ。鉢巻みたいに。

「あ、あのぉ」

 もしかしたら、いやこの状況だと十中八九バケモノの仲間としか思えないんで、恐る恐る声をかけやした。どんなのかわからないんで、警戒しやす。

「んぁ、もう朝?」

 寝起きでもごもごした声が返ってきやした。本当に寝てたみたいでさぁ。

「あ、茶屋の人? わりぃな、夜遅くなっちったから、ここで寝てた」

 そう言って立ち上がった。背丈からすると、大体十とか、そのぐらいの男子ですかねぇ。

「それはいいとして、どうやってここまで来たんですかい? ここに来る道は、どっちの方向も倒木で塞がれてやすが……」

 あっしが聞くと、その子は待ってましたと言わんばかりにあっしに詰め寄ってきたんでさぁ。

「やっぱり人が通れなくなってたんだな! ならオレに任せてよ。オレ、道塞いでた木をどかして来たんだ」

 普通に考えれば、何言ってんだって風に受け取りやす。でもここはバケモノとかがうようよいる越奥街道、とりあえず信じてみるのがあっしのやり方なんですよ。

 蛇を巻いた子が来たって方向の倒木を確かめてみると、本当に道が通れるようになってた。まるで持ち上げてそのまま動かしたみたいに、木が道のわきに寄せられてるんでさぁ。

 救世主っていうんですかい? この子はまさにそんな風に見えやした。
 あっしが頭下げて礼を言うと、照れ臭そうに頬を掻いてやしたね。

 どうやってどかしたのかってのも聞いたんですがね、曰く自分の手だけで全部動かしたらしいんでさぁ。
 地獄に仏、といった感じで、あっしは反対側の倒木もどかしてくれないかと頼んでみたら、快く引き受けてくれやした。

 この少年、見るからに人間離れしていやすが、言動がどうも人間臭い。ぱっと見じゃ人なのかそうじゃないのかわからないんですよ。
 流石にバケモノなのかとは聞けないんで、この辺にバケモノが多いことを話してみやした。軽いカマかけってやつでさぁ。

「バケモノ……。オレもそう言われたことあったぞ。ちゃんと父さんと母さんのいる人なんだけどな」

 少年の声に嘘はないように聞こえやした。
 これをきっかけに、少年の過去をある程度聞き出す事ができたんですよ。なんでも昔、空から雷神が落ちてきて、それを少年の親が助けたんだとか。その礼で、少年はこんな怪力を持って生まれてきた、と。

「そん時丁度、村の寺に鬼が出るとかって話があって、オレが退治に名乗りでたんだよ。こんなバカ力、そういう時くらいしか人に認めてもらえないだろ? それでオレは鬼を退治して、その後も寺にいたんだ」

「じゃあ、何で今はこうやって旅をしてるんですかい?」

「色々あって寺が焼けちまったんだ。オレの居た村、平和そのものって感じだったから、もっと別の場所でオレのバカ力が使えねえかなって」

 なんか、子供に見えないのはあっしだけでしょうかね。しっかりしてるというか、ませてるというか……。

 話が進んだところで、倒木のところに到着しやした。早速お手並み拝見といった感じでさぁ。

 少年はちょっと気合を入れると、あっと言う間に折り重なった倒木を運んでいきやした。例えば何かデカい建物を建てる時、大工が柱を運びやすが、そんな様子で、自分の身長の何倍もある木をどかしていく。感心しかありやせんでした。
 少年は、十分もかからないくらいの速さで倒木を全部片づけちまいやした。

「本当に助かりやした……」

 あっしが改めて礼を言うと、やっぱり笑って頬を掻く。こういうとこは年相応みたいで。

 口だけの礼ばかりじゃこっちもいい意味で気が収まらないもんで、少年には菓子をふるまいやした。お代はとらないつもりでさぁ。好評だったみたいで、何度かお替りをしやした。

「やっぱり、嫌なことも沢山あったんでしょう?」

 ふっと気になって、あっしは少年に聞きやした。人並外れてるってことは、それ相応に苦労も増えるもんでさぁ。
 不死の比丘尼は、繰り返す死別に耐えられなくなった、という昔話も聞きやす。

「まあ何もないわけないよ。でもそれでいいんだって。人にないもの持ってるのがオレで、オレはオレなんだからさ、それを嫌がったら負けだと思うんだ……この大福、もういっこ貰ってもいい?」

 変わってる、というより不思議な子供なんだなあと思いやした。全く顔色変えることなく、さらっと凄いことを言っていく。どうも嵐は面倒ごとばっかもってきたわけじゃなかったみたいで。

 あ、因みに頭の蛇のことなんですがね、

「なんかわかんないけど懐かれてるだけ」

 だそう。 
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