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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第69話『霧の中の光』

本当にどうかしている。勝てるはずもないのに、どうして自分はこの場を引き受けたのか。勝算の無い勝負など時間の無駄だと、以前の自分ならそう切り捨てていたはずだ。
でも、引き受けた。それはなぜか。


──たぶん、友達の為なのだろう。






目の前に立つのは、奇妙な仮面を付け漆黒のマントを羽織る、"ザ・不気味"。ちなみに通り名は"霧使いのミスト"と云うらしい。
音が伴ってはいないが、彼の足元からガスの様に吹き出る霧を見て、伸太郎は焦燥感に駆られて前へと踏み出した。


「先手必勝だ、喰らえっ!」ピカーッ


自身の得意技である目くらまし。というのも、真っ向から戦って勝てる相手などほとんど居ないので、不意を突く戦いしかできない故の戦法だ。
後は炎を使って、早々に方をつければ・・・


「…がっ!?」


腹部に衝撃が走る。まるで蹴られたかのように・・・否、蹴られた。ミストは目くらましをされたにも拘らず、伸太郎に一撃をお見舞いしたのだ。
確かに、伸太郎自身も目くらましを使った瞬間は相手を視認できない。だが自身に目くらましは効かないので、すぐに行動に移せていた訳だが・・・今のを見る限り、ミストに目くらましは通用しないようだ。現に、伸太郎の目が効かない一瞬の間に、ミストは動けたのである。


「こりゃ…手強いな…」


少し地面を転がった後、腹を押さえながら伸太郎は立った。
別に、目くらましを開幕だけに使うと決めている訳ではない。対処されようが、隙あらば使うつもりだった。しかしそれが封じられたとなると、いよいよ真っ向勝負になってしまう。それだと勝率は絶望的に低い。


「いよいよ霧も深くなってきたか…」


先手を打てず、霧の展開を許してしまう。つまり、ここら一帯がミストの領土(テリトリー)と化した。ミストの姿はだんだん見えなくなり、ついに伸太郎は霧の世界に包まれる。


「何も見えねぇ…」


辺りは真っ白だが、まるで真っ暗な洞窟に居る気分。一歩踏み出せば、そこに崖でもあるかのような恐怖。霧は視界だけでなく、ジリジリと伸太郎の精神をも削っていく。


「早くも手詰まりってか。考えろ・・・がっ!?」


突然背後から衝撃が襲い、伸太郎はなす術なく地面に打ち伏せられる。すぐさま振り向いたが、そこに姿も気配もなかった。


「一体何が・・・うっ!」


起き上がろうとした瞬間に、今度は横腹に痛みが走った。伸太郎は真横に吹き飛び、地面を無様に転がる。


「く…なるほど、これがコイツの戦法か」


予想はついていたが、彼の戦法は『奇襲』だ。霧によって相手を惑わし、四方八方から攻撃を加える。まるで"暗殺者(アサシン)"だ。とはいえ、彼は武器は使っておらず、素手で戦闘している。そこに意味があるのかどうかはわからないが、即死しないだけ良しとしたい。


「それにしても、何で霧の中で俺が見えるんだ…?」


それが彼の魔術だから、と切り捨てられるなら簡単な話。霧の中で思うように動けなければ、そもそも"霧使い"という異名は付かない。しかし、それでは伸太郎の目くらましを防げた理由にはならないのである。


「となると、可能性は二つ…」


伸太郎は二つの仮説を立てる。『仮面が光を防いだ』と『目を使っていない』というものだ。
以前、テストの折に光をゴーグルで防がれたことがあった。だから前者の可能性は十分にある。
しかし後者については、辻褄は合うが現実的に可能かが気になるところ。目を使わず、耳やら何やらで地形や気配を感知することは、並大抵の人間には不可能だ。視力を失って、聴覚が逸脱したという話は聞いたことがあるが・・・


「前者だったら仮面を取れば済む話。けど後者ならどう対応するか…」


簡単に言ったが、そもそも仮面を取ること自体厳しいものがある。何せ辺りは霧。相手がどこから来るか把握できない限り、仮面に手が届くこともない。
そして後者となると、更に攻略の難易度が上がる。目を使わないため、伸太郎の光は完全に通用しないのだ。単純な格闘なら、間違いなくミストに軍配が上がる。


「だったら、霧を出てやる…!」


そう意気込んで、伸太郎は走り始めた。何よりの元凶は霧なのだ。それさえなければ、伸太郎にもまだ勝機はある。


「…がっ!」


しかしミストがそれを見過ごすはずがない。どこからともなく現れた脚に、伸太郎は蹴飛ばされる。
しかも不運なことに、飛ばされた身体は木の幹に激突してしまった。


「痛った・・・え、木?」


ぶつかった背中を擦りながら、伸太郎はふと思い直した。
霧の中で見えなかったとはいえ、ここは森の中。闇雲に駆けていては、木にぶつかる可能性もあって危険である。


「木・・・何かに使えないか?」


伸太郎は木を用いて上手く戦えないかと思考する。
しかし、隠れたところで相手からは丸見えだし、木登りは経験がない。かと言って、切り倒したりもできないし、強いてできることは燃やすことくらい・・・


「…この際、何でもやってやるよ」ボワァ


伸太郎は右手に炎を灯し、その手でそっと木の幹に触れた。直後、炎は瞬く間に木を覆っていく。
そして無論、ここは森だ。一つの木が燃えたならば、他の木だって燃える。よって、伸太郎らが居る一帯はパチパチと音を上げながら火の海と化した。


「く、さすがに熱いな…」


いくら火耐性があるとはいえ、ここまで火が広まるとさすがに辛い。チリチリと焦がれて肌が痛む。
だがそれはミストだって同じこと。一応ここまでは想定通りである。


「後は奴がどう動くか…」


炎の勢いは増す一方で、ついに霧が晴れ始める。徐々に火の海の様子が視認できるようになり、さらにミストの姿を捉えることもできた。これでようやく正面から戦える──



「……え?」



突然、伸太郎は素っ頓狂な声を上げる。この状況下において実に不自然な反応だが、そうせざるを得ない光景が目の前にあった。


「……」アタフタ


伸太郎の目に映ったのは、挙動不審と言わんばかりに辺りを見回し、あたふたとしているミストの姿だった。あの仮面でその動きは、とてもシュールで滑稽である。


「俺を探しているのか…?」


今のミストの様子を見る限り、そうとしか思えない。
しかし、それだとおかしな話だ。何せ、伸太郎からはミストが丸見えなのだから。すなわち、ミストだってこちらが見えているはずなのだ。それなのに、こちらを視認できていないということは・・・


「見えてないのか…?」


この結論は、伸太郎が立てた後者の仮定と一致する。つまり、ミストは本当に目を使わず、それ以外の手段で周りを視ていたのだ。


「…なら、今がチャンスだ!」ダッ


伸太郎はすぐさま、無防備のミストに向かって駆け出した。攻撃技は特にないので、とりあえず殴ることにする。晴登がよくやるように右手に炎を纏い、思い切り勢いを付けて──


「おらぁっ!」バキッ


仮面などお構い無しにミストの顔面を殴打。炎の拳が相手の右頬に鋭く刺さる。すると彼は大きく後退し、殴られた衝撃でついに仮面を落とした。


「痛って…人殴るのって結構痛いな。しかも思い切り殴ったのに倒れねぇとか、俺の力弱すぎて涙出そうだわ。でも、お陰でようやくその面拝めたぜ」


薄く汚れた白い髪を目にかかるほど伸ばし、気だるそうな表情が特徴の青年。それがミストの仮面の下の素顔だった。予想通りと言うべきか、彼は盲目なのだろう、目を瞑っている。


「霧の中で俺の姿を見てたんじゃない。足音や匂い、果ては呼吸音でも聴き取って、俺の位置を把握してたんだろ。だから木を燃やせば、音や匂いで妨害できて、その感覚諸々は使い物にはならないんだ」

「……」


仮面が取れた今だから、ミストの表情がはっきりとわかる。変化は小さいが、今の顔は悔しがっている顔だ。
してやったと言わんばかりのドヤ顔の伸太郎。しかし、木を燃やしたのはあくまで気休め。実のところ、ここまで効果があったのは予想外である。


「もうお前の霧は通用しねぇ。さぁどう出るよ?」


自分が優位に立ち、柄にもなく饒舌な伸太郎。ミストには多少武術で劣るが、霧が無ければ魔術で確実に打ち負かせる。
加えて辺りは火の海。長期戦になろうとも火耐性のある伸太郎の方が有利だ。


勝った────そう確信した瞬間だった。


「……ッ!!」ブワァァァ

「はっ、無駄だ。また木を燃やせば・・・」


そこまで言いかけて伸太郎は気づいた。火の海が霧に触れた途端、瞬く間に消えたことに。伸太郎はすぐさま自分の右手に炎を灯そうとするが、点いた炎は水をかけられたように一瞬で消えてしまった。


「しまった…!」


その理屈に伸太郎が気づいた時には、濃霧が再び森を飲み込んでいた。






結月救出のため、森を進軍する一行。先程ミストに伸太郎で応戦させ、今は道無き道を登っている。


「大丈夫かな、暁君…」

「確かに不安だが、アイツのことだ。姑息な手段でも取って、時間を稼いでくれるさ」


伸太郎のことが気が気でない晴登に、終夜は声をかける。雑ではあるが、晴登が前を向くには充分な言葉だった。


「…道が開けてきた。気をつけろ!」


カズマの言葉を聞いて前を見ると、森を抜けた先に、無魂兵と戦った草原のような場所が見えた。流れでいけば、ここで幹部が居る確率が高い。



「…こんばんは。お待ちしてました」


「誰だ?!」


再び登場した草原の中央に、一人の女性が立っていた。目が隠れるほどの長い黒髪をしており、異様な雰囲気を醸し出している。


「私が誰かですか……幹部が一人、"魔女のウィズ"と名乗れば、わかりますか?」

「お前が…!」


"魔女のウィズ"、道中で婆やが話した幹部の通り名の一つだ。その通り名からは"魔女"ということしか予想できないが、恐らく魔術には長けているだろう。


「…俺が行く」

「部長!?」

「こいつから漏れ出る魔力……只者じゃねぇ」


部長がそう評価するということは、とんでもない相手だ。晴登にはまだ魔力を感じる心得は無いが、それでも得体の知れない者を前にしているという実感はある。


「カズマさん、コイツらを頼みますよ!」

「おう、任せとけ!」ダッ

「…部長、頑張ってください!」ダッ

「言われるまでもねぇ!」


後ろ髪を引かれる想いではあるが、終夜の厚意を無駄にはしたくない。親指を立てる終夜を背に、晴登たちは先へと進んだ。


「結月、もう少し待っててくれ…!」


結月の無事を祈り、晴登はひたすらに駆けた。
 
 

 
後書き
ひと月経ってこんにちは。もう桜も散って、春感が消えました。次は梅雨の季節です(恨)

さてさて、"伸太郎VS.ミスト"は次回に持ち越しです。ホントはここで終わらせても良かったんですけど、やっぱ単純過ぎるかなぁと。もうちょい書こうかなぁと(←自分で首を絞めてくスタイル)

でもって、次なる戦いは"終夜VS.ウィズ"。早くも魔術部主将出陣です。精一杯盛り上げていきますので、次回もよろしくお願いします。では! 
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