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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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加賀の恐怖体験・3

「……………………のですか?」

「あぁ。…………ので、誰…も……です…ら」

「確か……か?」

 途切れ途切れに先を行く3人の会話が、反響して聞こえてくる。先程までの地下坑道のような見た目だった通路と打って変わって、扉の先には全く違う空間が拡がっていた。

 真新しく、綺麗に舗装された床。壁もコンクリートだろうか、綺麗に舗装されているし、電灯も点いている。まるでここが重要施設ですと言外に語られているようだった。その舗装された通路を、音を立てないように進む。気を付けないとコツコツと音を立ててしまいそうな為、歩みは自然と遅くなる。歩みが遅くなれば、周囲への観察が必然的に多くなるのだが、目に入ってくる光景は加賀の恐怖を更に煽るような物ばかりだ。

 所々に置かれた、病院で使っているような金属製のワゴン。その上に乗ったメスや注射器、赤く染まった包帯らしき白い布。そして、消毒液らしき透明の液体に沈められた赤黒く染まった鋏。こんな物を使って、提督は一体何をしているというのか。瑞鶴の話していた処理場の話が、嫌に思い出される……が、そんな話はただの都市伝説だと想像を振り払う。気付けば、提督達は通路の奥の光が差し込む先、つまりは大広間のようになっている空間に出ようとしていた。その空間の境になっている梁に取り付けられた、『第一処理場』と書かれたプレートに、視野狭窄に陥っていた加賀は気付く事もなく、提督に声をかけようと立ち止まっていた提督の肩に手を伸ばそうとした。

「て、提t……!?」



 目の前の異常な光景に、加賀はかけようとした声を引っ込めた。ガラスで出来たドーム状のスペースの前に、提督達は佇んでいた。その視線の先……強烈すぎる程の照明に照らし出されて居たのは、駆逐イ級。それも、生きたままの状態でだ。

「ウg……あ、ァギッ……!」

 言葉ともとれない呻き声のような鳴き声を上げるイ級。その姿を無機質な眼差しで見つめる提督と憲兵の2人。白衣姿の荒木の姿が見えなかったが、発狂寸前の加賀には1人足りないなど些末な問題だった。

『何なの……ここは…………?』

 恐怖にガタガタと震える加賀。と、傍らにあった金属製のワゴンの上に、レポートらしき紙の束を見つけた。【極秘】と書かれた赤い判が押されたそれは、

『海軍極秘調査資料:深海棲艦の生態とその変化について』

 と書かれていた。思わず手に取り、ペラリと表紙を捲る加賀。そこには、一般には知らされていないであろう情報が載っていた。

~海軍極秘調査資料:深海棲艦の生態とその変化について~

1章:深海棲艦の捕食行動に関する考察

 深海棲艦は、発見当初は今現在駆逐イ級と呼称される物しか存在しなかった。しかし、その存在が変化を遂げ始めたのは人類が彼らに反抗を始めた頃からである。当時から人間の作り出した現行の兵器は通用せず、ただ蹂躙されるのみであった。ただ、ここで問題になるのは彼等が撃沈した艦船を『捕食』していた点である。

 沈められた艦にあの深海生物のような巨大な口を開け、歯を突き立て、音を立てて咀嚼している姿にはおぞましい物を感じた。そして私が更なる恐怖を覚えたのは、軍艦を平らげた彼等が身体を震わせ始め、メキメキと音を立てて身体を変質させていった事だ。身体は更に大きくなり、腕の様な物が頭部の左右から生えてきた。頭部の上からは砲塔のような物が生え、明らかに駆逐艦とは別の物へと変貌を遂げたのだ。……後に、軽巡ホ級と呼称されるようになる個体である。他のイ級も変体を遂げ、単眼になった物や頭部が変形した物など、その姿は様々だった。

 察するに、駆逐イ級の変貌のきっかけは『人間の遺伝子』だったのではないか?と推察する。沈められた艦船には、当然ながら乗組員が乗っており、沈めた艦をあの化け物達は人間ごと喰らったのだ。それを吸収し、遺伝子に何らかの変調を来して身体が変体を遂げた……他の研究者達は妄言だと嘲笑うだろう。しかし、私にはこれが厳然たる事実としか思えないのだ。



2章:捕食した者と変体への関連について

 私が報告書を提出した後、私は海軍の極秘研究所に迎えられた。深海棲艦の生態を調査する為である。そして私はそこで『艦娘』という存在と出会った。どのように彼女達が生まれたのかは、私は知らない。だが、深海棲艦の研究所で生まれたのは事実であるから、その関係は推して知るべし、という奴だろう。

 彼女達の活躍は凄まじいの一言だった。手も足も出なかったあの化け物共に、確かなダメージを与えて見せたのだ。当然ながら仕留められた深海棲艦は貴重なサンプルとして回収され、解剖し、実験する事で色々な事柄が判明していった……が、このレポートに記す事柄としては不適当である為、今回は割愛する。

 問題は、艦娘をもってしても損耗は0ではないという点だ。駆逐艦から変体……いや、敢えて『進化』という言葉を使わせてもらおう。進化を遂げて手足を得た深海棲艦は、上陸して沿岸部を襲撃した。国民には伏せられているが、少なくない被害が出ているのだ。その場にも当然ながら艦娘は投入され、背水の陣での防衛戦を強いられた。そこでもやはり、破壊された艦娘を捕食する個体が見られたのである。

 更に興味深いのは、『捕食した対象の能力を、ある程度トレースし始めた』事だろう。顔の横に手が生えているという化け物としか形容できない見た目だった軽巡ホ級が、自ら仕留めた艦娘の死体を捕食すればするほどに人間の形に近付いていくのだ。その過程をまざまざと見せつけられた私は、やはり自分の仮説が正しかった事を確信し、またその仮説が正しかった事を呪った。やがてほぼ人と見紛う姿となったそのホ級は、巨大な金属製のアームを両腕に装着して砲撃を開始。その火力は軽巡とは比べ物にならなかった。重巡リ級の登場である。また、別の個体は捕食した艦娘が駆逐艦中心だった為か、リ級とは違う姿に変化した。姿はより人間らしくなったのは同様だが、身体から剥がれ落ちた金属パーツが組み変わり、さながら水上バイクのような物を産み出し、そこから魚雷を放つようになった。雷巡チ級と呼称される個体だ。そして何より私を驚かせたのは、数少ない虎の子だった空母を仕留め、捕食した個体だった。

 それまでの変体とは系統が違い、化け物の様な見た目はそのままに口から小型の艦載機のような物を発射して見せたのだ。軽空母ヌ級の登場である。以上の事から、深海棲艦は捕食した物からその特性を学び、身体を自己進化させるものと思われる。つまりは、艦娘がやられればやられる程、敵は強く、凶悪で、多種多様に進化して手に負えない存在となって行くだろう。私はこのレポートを提出した後、海軍を辞めようと思う。この世界には、絶望しかないと悟ってしまった。




「嘘よ、嘘よ。こんな、こんな……事って…………!」

 そこまでレポートを読んだ加賀は愕然としていた。深海棲艦は、人や艦娘を捕食する事で文字通り血肉として進化を遂げていた。

「う、おえっ……!」

 知りたくなかった。こんな残酷な現実。そして他に考えようもなかった。提督達の行動、この空間、そして手元にあるこのレポート。間違いなく、提督達はこのレポートに書かれている事を試そうとしている。その場に崩れ落ちて軽く嘔吐し、涙の溜まった目を提督達に向ける。提督は、ガラス状のドームの隙間からイ級に向けて『何か』を投げ込んでいた。まるで動物園の飼育員が動物に餌付けでもするかのように。イ級がそれを咀嚼しているのだろう、バキ……メキョ……グチャ……ズル……といった酷く生々しい音が室内に響く。そして、加賀が提督の持っているバケツに目をやると、そこから覗く『何か』の先には五本の先の分かれた細い突起があった。

 それが見えた瞬間、加賀はここから速やかに逃げなければ……見つかったら何をされるか分からないという事を確信した。それもそのはず、提督の投げ込んでいた何かとは紛れもなく人間の手足だったのだ。 
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