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フルメタル・アクションヒーローズ

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第167話 変換ミス再び

「……で、何で兄貴がここにいるんだ」
「いーじゃねーか、ちょっと多めに休暇が取れたんだし。新作の純愛ゲーだって持ってきてやったんだぜ?」
「それって『アラサーナース 〜ドキッ! 三十路過ぎてのまさかの初恋!?〜』の続編だろ? シナリオは悪くないんだけど、如何せんバグが多かったんだよなー、アレ。制作期間がカツカツって話は聞いてたけど、盛り上がりどころでフリーズ連発じゃ出るものも出ねぇよ」
「だーいじょぶだーいじょぶ、今回は前作のユーザーからの要望をキッチリ受け止めて、デバッグにデバッグを重ねた超完全版さ。さらに新しいヒロインも追加されてるし、予約特典にはイラストレーターの描き下ろしカードが――」
「玄関前で宣伝の練習してんじゃねーよ……。って、こっちは色々と立て込んでるんだが」

 絆創膏を求め、自宅に向かった俺と少年を玄関で出迎えたのは――予定より早く帰省していた兄貴、一煉寺龍亮(いちれんじりゅうすけ)だった。
 百八十センチ以上の長身に、腹立たしい程に整った目鼻立ち、艶やかな茶色を帯びた短髪。世間的に見れば、爽やかな美男子そのもの、と言った風貌と言えるだろう。
 ――エロゲー会社に勤める期待の新人という肩書と、あられもない姿をした美少女キャラをプリントしたTシャツさえなければ。

「んお? なんだよ龍太。またお前女の子引っ掛けて来たのか?」
「『また』って何だよ『また』って。つーか、今回のケースは見るからに男だろうが」
「あわわわわ、な、なん、なんなんだこの女の絵は――って、ちょっと待てっ! オレは男じゃ……」
「はいはい、話は後で聞くから。兄貴、消毒液と絆創膏、まだ残ってる?」
「んー? あぁ、リビングの棚にあったと思うぜ。取って来ようか」
「いや、いい。散々はしゃいで喉も渇いてるだろうし、ついでに飲み物でもあげようと思うんだ。君、麦茶でいいか?」
「えっ? あ、お、おぉ……」

 俺は少年を女の子呼ばわりする兄貴に首を傾げつつ、玄関の先へ進んでいく。そして、靴を脱がした少年をリビングの椅子に降ろし、近くの棚へ視線を移した。
 日頃から親父との修練に取り組んでいると、どうしても生傷が絶えない。そんな毎日を繰り返したせいで、救急箱の場所が身に染み付いてしまったようだ。
 俺は少年の様子を見遣りながら、棚から救急箱を取り出して絆創膏と消毒液を確認する。プロになったんだし、いい加減着鎧できない状況でも、すぐに応急処置に移れるようにするクセを付けとかないとな……。

「あいっ! し、染みるぅ……!」
「頑張れ。これが済んだら傷口を拭いて、絆創膏を貼るだけだから」

 痛がる彼の肩を撫で、励ましの言葉を投げかけながら、俺はティッシュと消毒液で処置を行う。最後に絆創膏を貼った時の彼は、地獄から解放されたかのように安堵していた。

「おーい、麦茶持ってきたぜぇ」
「あ、悪いな兄貴。そこに置いといてくれ」
「あいよ。……しかしまぁ、随分とお前も出世したもんだ。着鎧甲冑の正規資格者の中で、初めて両方のライセンスを同時に取ったんだってなぁ。しかも、最年少ときた」
「救芽井達が面倒見てくれたおかげさ。それにどっちも補欠合格だから、ニュースにもなってないし」
「補欠だろーが何だろーが、合格は合格さ。兄ちゃん鼻が高いよぉ」
「はは、そいつはどうも」

 俺は兄貴が持ってきたコップを手に取り、苦笑いを浮かべながら静かに口を付ける。少年もやはり喉が渇いていたらしく、派手に喉を鳴らして麦茶をがぶがぶ飲んでいた。

「で、その娘は誰なんだ? 新しい彼女?」
「ムグッ!? ……ゴホ、ゴホ!」
「ちげーよ、公園で転んで怪我したから連れて来た――って、いつまで女子呼ばわりしてんだ。ほら、君もそんなに慌てて飲んだらむせるに決まってるだろ。別に麦茶は逃げないんだから、落ち着いてゆっくり飲みな」
「ハハハ、こうして見ると、お前もお兄ちゃんになったって感じがするぜ。ちょっと前まで俺にべったりの坊主だったのになぁ」
「そこまで甘えられる歳じゃなくなったからな。まぁ、何でもかんでもこなせるくらいの大人になれたわけでもないけど」
「んー……そうかぁ? 結構イイ男になったモンだと見てるぜぇー、俺は」

 そんな時、咳込む少年の背中を撫でる俺に向かい――兄貴は、どことなく暖かさを滲ませた視線を送っていた。例えが変になるが、さながら子供を見送る親のような表情を浮かべている。
 一煉寺家の家訓に沿い、超人的な身体能力を身につけている兄貴の力なら、俺が今まで死ぬ思いで解決してきた事件や事故も、きっと楽勝だったのだろう。それでも俺に任せることで、ここまで育てるつもりでいた……のかも知れないな。

「……兄貴が三年前、俺に戦うことを托さなけりゃ、こうはならなかったかもな」
「あー、まぁ、托すっつーか……アレはなぁ……」
「ん?」
「へへ、まぁいいじゃねーかそんなこと。結果として、お前はこんなに偉くなったんだ。それは間違いなくお前の力だぜ。俺なんて関係ねぇさ」

 だが、兄貴はあくまで全て俺の力ありきの結果だといい、ゲラゲラと笑っている。三年前、俺が救芽井のための戦いに向かった件については、珍しく歯切れの悪い反応を示していたようだったが……?

「まさか。兄貴の二年前のシゴキがなけりゃ、こんなとこまで絶対――あれ」
「どうした?」
「コップ……どれだったっけ」

 その様子を不審に思い、手元を見ていなかったせいだろうか。俺と少年に渡された二つのコップ。その区別が付けられなくなってしまっていたのだ。
 無意識にテーブルに置いていた上、互いの飲んだ量もほぼ同じで、見分けられる要素がなかなか見当たらない。……男同士で良かったぜ。これで少年が女子だったりしたら、間違いによるダメージが段違いだもんな。

「んー、多分こっちかな」
「えっ!?」
「おほぉ!」

 そしてしばらくの間を置き――俺は二つのうちの一つを手に取り、すぐに飲み干してしまった。俺も随分と喉が渇いていたらしい。
 だが――どうしたことか。兄貴は間抜けな声を上げ、少年は再び顔面を深紅に染めている。
 間違い、だったのだろうか。――じょ、女子よりはダメージはないはずだ。た、多分。

「かっ……! か、かかっ……!」
「ん?」
「かん、せ……かんせっ……間接! かか、間接うっ!」
「……あーあー、やっちまいましたなぁ、弟よ」

 すると、シモフリトマトの如く真っ赤になった少年はいきなり立ち上がり、何かを叫び始めた。
 かんせつ? カンセツ……関節だと? まさか、膝を擦りむいただけだと思っていたのに……打ち所が悪くて、膝関節を痛めたのか!?
 俺は「あちゃー」と言わんばかりに顔を片手で覆う兄貴を一瞥すると、少年の傍に寄り膝を確認しようとする――のだが、慌てて飛びのかれてしまった。

「ななっ、なんだっ! こここ、今度は何をする気なんだっ!」
「何って……膝を痛めたなら様子を見ないと。交番に連れていくつもりだったけど、関節痛があるなら診療所が先だな」
「や、やめろっ! ちち、近寄るなっ! まさかお前、つ、次はオレの身体をっ……!」
「心配すんなよ、優しくするから」
「……ッ!?」

 きっと、膝の痛みに耐え兼ねて周りを警戒しているのだろう。下手に触られたらもっと痛い思いをしてしまう、と不安になる気持ちは尤もだ。もう一度抱き上げられることに敏感になるのもわかる。
 しかし、そうだと言って放置するわけにも行くまい。膝を痛めたとあっては、無理に歩かせるなど言語道断。
 俺は思いつく限りで穏やかな言葉を投げ掛け、彼の緊張を解そうと尽力――したつもりだったのだが、どうやら逆効果だったらしい。
 俺の言葉を受け、なぜか血管が破裂しそうな次元にまで顔を紅潮させていた彼は、一瞬クラッとなりながらも必死に持ち直すと、怯えるような視線をこちらに向けていた。自分の身体を懸命に抱きしめながら。

 ――その姿は、まるで暴漢に襲われるいたいけな少女のようだ。美少女と間違われ兼ねない程の幼い顔立ちや、目元に浮かぶ雫を目の当たりにしたせいで、自分が悪いことをしているような錯覚に陥ってしまう。
 兄貴はそんな俺を呆れ返ったような視線で見つめながら、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

「な、なんだよ?」
「んんー? いやぁ、お前ホントに『そういうところ』は変わらねぇなー、ってさ。ハハハ」
「あわ、あわわわ……! お、犯されるぅうー! 助けてワーリーッ!」
「はぁっ!? ちょ、待っ……!?」

 そして、兄貴の面白がるような笑い声が聴覚に届く瞬間。突如、少年は意味不明な叫び声を最大音量で放出しながら、あろうことかその足で逃げ出してしまった。
 何を犯されそうなのかは知らないが、あの足で無理に走らせたら悪化しないとも限らない。止めないと!

「行ってくる!」
「おーう、頑張れよ」

 俺は猛スピードで駆け出す少年を確保するべく、脳が状況を整理するより先に走り出した……のだが、少年の素早さは俺の予想を遥かに上回っていた。
 律儀に玄関で靴を履き、家の外へ飛び出す少年。僅か二秒足らずでそこまでの動きを見せた彼は、住宅街の塀の上へ飛び乗ると、一目散に逃げ出してしまった。
 人間が危険を感じると、これほどまでの力を発揮するというのだろうか。なんにせよ、塀の上なんて歩かせていたら危険なんてレベルじゃない。
 うっかり落っこちて大怪我される前に、なんとか捕まえないとっ!

「よっ、い……しょっ! 待つんだ君、そんなところで走っちゃ危ないッ!」

 俺は彼の後を追う形で塀の上へよじ登り、その狭く不安定な道を駆け抜けていく。……なぜだろう。ものすごく事態がややこしい方向に向かっている気がしてならないぞ……?

「へへ、こいつぁまた……とんでもねーことが起こる気がするなぁ」

 そして、一人自宅に取り残された兄貴は――人知れず、この先の出来事に思いを巡らせるのだった。
 
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