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フルメタル・アクションヒーローズ

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第142話 二つの罪

 世界が、闇だ。全身を覆い隠してしまう、巨大な陰。それだけが、俺の目の前にある。
 何も見えず、何も聞こえて来ない。

 そんな世界に包まれた時間を、俺はどれほど過ごしているのだろう。目が見えなければ、今が昼なのか夜なのかも――ここがこの世なのかも、わからない。

 だが……今、俺が居る世界があの世だとするなら、この右手に感じている布のような感触は何だというのだろう。
 仮に今も生きているとするなら、あの後……俺はどうなってしまったのか。俺を受け止めていた、あの腕の正体は無事なのだろうか?

 古我知さんや瀧上を抱えていた俺を支えられる、翡翠の腕――か。今までの経験則から答えを捻り出すなら、あの腕は間違いなく……。

「きゅ、う……め……」
「おっ、おおぉっ! 目を覚ましたようじゃの!」

 ――ッ!?

「ご、ろ……まる、さん……?」
「そうじゃ、わしがわかるかの? こうして直に会うのは久しぶりじゃな」

 これは、どうしたことか。
 気がつけば、俺の視界を包んでいた闇の世界は上下に割れ、その隙間から見知った顔がこちらを覗き込んでいたのである。

 残り僅かな頭髪から顎に掛けて、脱色しきった髪や髭で覆われているシワだらけの顔。厳つい顔立ちと、それに相反する子供のような体躯。外見の割に、柔らかい口調と物腰。
 間違いない。二年前の冬休みに、俺ん家の隣で暮らしていた――救芽井稟吾郎丸、ゴロマルさんだ。

 彼の安堵したような表情と同時に、白く無機質な天井も目に入って来る。次に視界に映り込んだのは……純白のベッドに青い袖、天井とほぼ同色の床。
 そこへ、鼻をつくような消毒液の匂いを感じた時、ようやく俺は悟る。

 生きている。俺は、まだ生きているんだ。

 そしてここは――俺がよく知っている場所。中学の頃、矢村を助けようとして、いじめっ子に病院送りされた時に来た……町の病院だ。
 あれ以来来ていない場所だが、設備も窓から見える町並みも、みんな昔のまま。そんな懐かしい所で、俺は今までずっと眠っていたらしい。あの戦いから、どのくらい経ったのだろうか。

 上体を起こし、夕暮れに沈んでいく景色を見つめるうちに、ぼんやりしていた意識も完全に覚醒していく。左腕に何の痛みも違和感もないところを見るに、どうやらまた、あの医療カプセルのお世話になっていたらしい。
 やがて、俺は一番確認しなければいけないことに気がついた。生きて帰ったのが俺一人だけでは、意味がないことに。

「そうだ……矢村と四郷はッ!? それに、古我知さんと瀧上はどうなったッ! 上に上がったみんなも、全員ちゃんと生きてんのかッ!?」
「落ち着けい。変に暴れられるわけにも行かんから、結論を先に言おう。あの事件に関わった人間は、ひとまず全員生きておる」

 絶対に忘れてはならない、彼らの命運。その超重要事項を問い詰める俺に対し、ゴロマルさんはなだめるような口調で語りかけて来る。

 そして、彼の言葉を聞いた瞬間、全身の力が骨の髄から抜けていく感覚に見舞われた。そうか、みんな……生きていたんだな。――瀧上も。

「矢村ちゃんが鮎子君を連れて、螺旋階段を登りきった後のことじゃ。鮎美君が脱出時に回収していた『鮎子君の生身』に、彼女の脳髄を戻すことが決まったんじゃよ。『もうここまで来てしまったら、この娘を縛る意味もない』、とな」
「そっか……! 矢村の奴、間に合ったんだなっ! じゃあ、四郷は人間に戻れるってことか!?」
「うむ。一度肉体から離れていた脳を、培養液で保存されていた肉体に帰す手術は、やはり簡単ではなかったようじゃが――今では意識も安定しているようじゃ。今、お前さんが目覚めたと知ったら、何はさておき飛び出して来れるんじゃないかの?」

 何はさておき飛び出す――か。そんなに元気になれたのかなぁ、あの娘。命があるだけでも万々歳ではあるが、ちょっと心配かな。

「そして、剣一と瀧上凱樹じゃが……剣一の方は、生命維持装置の充電が辛うじて間に合ってな。電気代は掛かったが、今は元気にしておる。明日には、和雅の奴と一緒に様子を見に来るらしいぞ」
「よかった……。あの人には、借りがあるもんな。生きて貰わなきゃ困る。――それで、瀧上はどうなんだ?」
「……」

 俺の問い掛けに、ゴロマルさんは一度口ごもる。相手が相手なだけに、気軽には話せない事柄なのだろう。
 ――わかっている。あれだけのことをしでかして、今回の作戦では抹殺することも考えられていた彼を、「生け捕り」に近い形で、命を懸けてまで連れて来たのだ。その訳を問われる瞬間も近いだろう。
 殺すべき奴を、生かして連れて来た。そんな俺を、周りのみんなはどのように見ていたのだろうか。

「……一応、今は脳髄を培養液に浸した状態で、わしの管轄の研究所に保管しておる。法で裁いた上で、改めて殺すためにな」
「法で、殺す……か」
「お前さんが望んだのじゃろう? 息を吹き返した剣一から聞いておる。もっともそれ以前に、出口直前で力尽きたお前さん達を連れ出した樋稟が、『龍太君が命懸けで連れ出したんだから、殺さないで』と、瀧上の抹殺を止めさせたおかげでもあるじゃろうがの」
「救芽井が、そんなことを……。やっぱり、あの娘が助けてくれてたんだな」
「――少なくともあの娘は、お前さんの願いを理解しておったよ。レスキューヒーローを生む側の人間として、樋稟も瀧上の処遇には思うところがあったらしいの。矢村ちゃんも躊躇はしておったが、最終的には樋稟の味方をしておった」

 どうやら詳しい事情は、俺が話すまでもなく、生き返った古我知さんのツテで広まっていたようだが……現場で救芽井と矢村が周りに呼び掛けてくれなかったら、きっとその場で瀧上は「処分」されていたのだろうな。
 そんな彼女達の大活躍は、できることなら素直に称えたい。――だが、辛くはなかったのだろうか。周りに抗い、自分の主張を通すことは。

 自分が原因で、彼女らをそんな道に連れ込んでしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちも出てきてしまう。……救芽井、矢村。俺達を助けてくれたのは、本当にありがたい。でも、お前らは――それでもよかったのか?

 レスキューヒーローを騙っていながら、救芽井にレスキューされなくては目的を果たせず、矢村が居なければ四郷も助けられなかった俺が、偉そうな口を利けるわけはないのだが……それでも、彼女達のことを案じずには居られない。

「甲侍郎も、『初めて娘に反抗された』と戸惑っておったよ。生かしておいては危険、というのがあやつの見解じゃったからの。そこで甲侍郎と樋稟が対立しかけた……のじゃが、久水兄妹が仲裁に入って『瀧上凱樹が真に死すべきならば、法の裁きでも殺せるはず』と主張しての。結局、瀧上凱樹のその場での抹殺は中止となり、更に剣一の話を経て、正式な裁判で決着を付ける――という結論に至ったわけじゃ。世間には公表できんから報道規制が敷かれるし、どのみちジェノサイド罪により即刻死刑となるじゃろうがの」
「そうか……どのみち、瀧上が殺されるってオチには変わりないのに……手間を掛けさせちまったな」
「――甲侍郎は、お前さんの考えは甘い、時には捨てねばならない命だってある、と断じておった。そのままでは、いつか樋稟も自分自身も不幸にしてしまう、とも。世の中、綺麗事ばかりで回っておるわけではない。ワシも和雅も鮎美君も、お前さんのやり方には賛同しかねたよ」

 ……やはり、総スカンは避けられなかったらしい。あれだけ瀧上を案じていたはずの所長さんまでもが、最終的には彼の生存を望まなくなっていたのだ。初めから取っ捕まえて潰す気満々だった甲侍郎さんからすれば、俺の思考回路など狂気にしか映るまい。

 ゴロマルさんの言う通り、瀧上は命を懸けてまで助けるべき存在ではない。身も心も「怪物」になろうと、一応は生きている人間である以上、絶対に見捨てまいとした俺の考えは、端から見れば危険そのものだろう。

「瀧上の処刑にちゃんとした段取りを組むのは、あくまで俺のワガママに付き合うため……ってことか?」
「そういうことになろう。誰もこの裁判に必要性など見出だしてはおらん。お前さんの矜持を尊重した樋稟も、それはわかっておった。それでもあの娘は、お前さんの気持ちを守ろうとしておったよ。余計な命まで拾ってきたとは言え、見捨てられかけた鮎子君を生還に導いたのじゃからな」
「四郷……四郷は、これからどうなるんだ? 所長さんは?」
「彼女達はこの件においては、瀧上の共犯……に近しい立場じゃが、殺戮行為に無理矢理協力させられていたことには違いないからの。国の監視付きではあるが、瀧上ごと消されることはなくなったわい。甲侍郎も、まさか政府の役人共にそこまではさせまい」

 ……どうやら、四郷姉妹は甲侍郎さんの采配で、処分を実質免れたらしい。俺のエゴに付き合ったり、殺されかけた姉妹を保護したり、あの人も大変だな。

 そういえば、ここに居るのはゴロマルさんだけなのか? 救芽井達は元気にしてる……と思いたいのだが。

「甲侍郎は、部下を連れてさっさとアメリカ本社へ帰ってしまったよ。茂君も、救芽井エレクトロニクスとの支社設立の契約のため、東京に移動したらしい。二人とも、戦いの傷は至って浅かったからの。ワシも、明日の昼には成田空港へ向かうつもりじゃ。みな、それぞれの世界での『戦い』が山積みじゃからの。当分会うことはないと思った方がよかろう」

 そんな俺の思案を掘り返すように、ゴロマルさんが口を開く。各々の仕事のために、彼らが散り散りになっていったという話を聞くと、改めて周りが「大人」ばかりなのだということを実感させられてしまう。

「そっか……久々に会えたのに、ちょっと残念だな」
「ほっほっほ。別に、今後一生会わんわけではない。いつかは二人きりで飲み明かしたいと、甲侍郎の奴も言っておったしのう」
「甲侍郎さんは、俺のこと否定してるんじゃ?」
「あやつも内心では、お前さんのやり方も一理はあると、認めているところがある。『生還に勝る勝利はない』とする多くのレスキューヒーローを預かる身として、お前さんの中にある『怪物』を容認するわけには行かん、というだけの話じゃよ」

 「怪物」……か。その話もきっと、古我知さんから聞いてるんだろうな。俺みたいな奴を、立場から認められないというのなら、実績を上げてギャフンと言わせるしかないだろう。

 横槍を入れて散々事態をややこしくしてくれた借りは、「ケチの付けようがないくらい無敵なレスキューヒーローになる」って形で返してやる。俺を認めない気でいるなら、成果で認めさせるまでだ。

「そういえば……救芽井達はどうしてるんだ?」
「樋稟も矢村ちゃんも梢君も、揃って待合室で眠りこけておる。鮎子君は、鮎美君とリハビリが終わった頃じゃろうな。何しろ、十年ぶりの生身の肉体じゃからのう。ままならぬことも多かろうて」
「……ま、慣れない身体だもんな。ゆっくり馴染んで行ければいいけど。しかし、揃って眠りこけて――か。また随分と心配を掛けちまったみたいだな」
「ふふ、今はそっとしておいてやろうと思っておる。三人とも明日になれば、お前さんが目覚めたと聞いて大騒ぎするじゃろうしな」

 命が助かったはいいが、俺が寝てる間にとんでもなく迷惑を掛けちまってたみたいだな。彼女達には、明日ちゃんと謝った方がいいだろう。

「……さて、龍太君。今さらではあるが、ワシは――ワシらには、君に謝らなくてはならんことがあるのう」
「謝る?」

 すると、ゴロマルさんは突然人が変わったように真剣な面持ちになり、真っ向から俺の瞳を見据えた。申し訳ない気持ちは強く――それでも、伝えなければならない。そんな、悲壮な覚悟を讃えた眼差しだ。
 ……言いたいことはわかる。彼らにそのくらいの良心があると見込めなければ、俺は救芽井家を信用できなくなっていただろう。
 皆まで言わせるようなことではないかも知れないが、ブチまけて楽になる時だってある。ここは、素直に聞き手に徹するべきだな。

「ワシらの罪は、二つ。まずは、君をこの血生臭い陰謀に巻き込み、危険な戦いに誘ってしまったこと。救芽井エレクトロニクス――ひいては、その力で救えるであろう未来の命のためとは言え、君をここまで追い詰める事態を招いてしまったことに、心からお詫びを申し上げたい。ワシ一人の頭で足りるとは思ってはおらんが……この謝罪は、甲侍郎を含めた救芽井家全員の総意じゃ」

 紡がれていく言葉。深々と下げられる頭。それら全てが、俺の予想を映像化しているようだった。
 まぁ、余計な茶々を入れといて一言の謝罪もなしじゃ、事態が悪化したせいで首をハネられた四郷が可哀相だもんな。俺もプンスカしたくなるし。

「……ホンットに今さらだな。確かに騙されたのは心外だったが、四郷を助けるために瀧上と戦うことに決めたのは、俺個人が勝手に決めてたことだ。結果的にあの娘は助かったんだから、結果オーライってことにしとこうぜ。初めからあんた達の作戦を知っていようがいまいが、俺のやりたいことは変わらなかっただろうよ」

 自分より遥かに長生きしてる、人生の大先輩に頭を下げられては、こっちの心中も穏やかではいられない。俺は頭を掻きむしりながら、若干荒い口調で彼の言い分を取り下げた。

 本来なら年上に取るべき態度じゃないだろうが、こうも真剣に謝られては、こっちも対応に困ってしまうというものだ。

「――怒っては、おらんのか?」
「怒ってるさ。でも、恨んだりはしない。そんだけだ」

 コンペティションのために勉強したり腹括ったりしてた身としては、確かに利用されたのはショックだ。だが、瀧上の危うさを鑑みれば、そういう作戦に出ようと考えるのは……わからなくもない。

 だから、いつまでもこの件を引きずって、彼らを責めたって仕方ないだろう。救芽井家をこき下ろすなら、彼らの主義を超えるレスキューヒーローになってからの話だ。

 ――それにしても、罪が二つという言葉が気にかかるな。てっきり俺は騙したことくらいだと思っていたんだが、他にも何かあるのか?

「そうか。君らしい、と言えばらしいのかも知れんな。そういう、自身の安全性を見失いがちになるところは」
「ほっとけ。で、二つ目って何だ? 俺のへそくりでも勝手に調べたのか」
「君のへそくりを知ったところでどうにもならんよ。……自分の左肘を、見てみい」
「……?」

 この重苦しい空気を変えようと、敢えて茶化すような冗談を飛ばしてみるが、ゴロマルさんはニコリともしない。

 俺の肘が、どうしてそこまで深刻なムードに繋がるというのだろう。確かにヘシ折られた部分ではあるが、感覚的には何の痛みも――

「これは……」
「二つ目の罪。それが、その傷じゃ」

 ――ない。ないが、消えたのは「痛み」と「腕の機能」くらいだったらしい。

 青い患者服の袖を捲った先に見えたのは、花が開くように肘全体に広がった、凄惨な傷の痕。不完全な皮膚同士が、傷を塞ぐために強引に支え合っているかのような、あからさまに不自然で不気味な形跡が残っているのだ。
 色も肌触りも、普通の皮膚とはまるで違う。外見からして、外部からの何かに歪められたかのようなイビツさが滲み出ていた。

 他人の皮膚を剥ぎ取って貼付けても、ここまで悍ましい痕跡は残さないだろう。それ以上に人間の道を外れた何かを、この傷痕から感じてしまう。

「また随分と、厳つい傷痕が残ったもんだな。メディックシステムとかじゃ治らないのか?」
「治るはずがない。その傷は、ここにお前さんを入院させる前に使った、メディックシステムの治療で付いた傷なんじゃからの」
「なんだって……?」

 メディックシステム――どんな疲労や怪我も短時間で治してしまう、救芽井家特製の医療カプセル。俺自身も世話になったことがある、チート級の医術システムだ。
 異常に電力を消費する欠点のせいで、救芽井エレクトロニクスの商品枠からは外され、関係者くらいしか存在を知らないような幻の存在になったはずなのだが……どうやら、今回の件で付いた傷の治療のため、二年ぶりにお世話になっていたらしい。

 しかし、妙な話だ。どんな怪我だって治してしまうメディックシステムで、傷痕が残る……?

「ワシらがなぜ、メディックシステムを商品化しなかったか、わかるかの?」
「電気代が掛かり過ぎてコストがキツイからだろ? 救芽井から聞いてる」
「他の理由も、考えてみたことはないか? 例えば、お前さんの脇腹とか」

 俯いた状態のまま、ゴロマルさんは俺に対して気後れするような様子で語り続ける。俺の脇腹……? 昔、古我知さんに付けられた銃創の痕のことか?

 確かに随分と長く残ってる気はするが、数年経てば消えるくらい小さな傷痕だし、そんなに気にするようなところじゃ――まさか。

「……メディックシステムは人体の細胞を操作し、自然治癒の数百倍のペースで、外傷等の治療を行う機能を持っておる。言うなれば、壁に空いた穴を塞ぐための板を、早急に用意するためのシステムなんじゃよ」
「その塞いだ板……ってのが、この傷痕?」
「その通り。――じゃが、そうした急激な体細胞の変化は、その対象の肉体に異変をもたらすことになる。時間を掛けて少しずつ治療していく自然の摂理に、大きく逆らうことになるのじゃからな」

 ――「自然」に逆らう治療のせいで、肉体に影響……か。もし俺のイメージが的中したなら、今後は迂闊に町の市民プールに行けなくなりそうだぜ。

「その結果、急激な変化によって歪められた細胞は変質してしまう。そして、一度治療によって固まった部分は、容易に元に戻らなくなってしまうのじゃ。つまり、普通に時間を掛けて治せば消える傷痕も、メディックシステムに掛かると一生消えない傷として、死ぬまで残ることになってしまうんじゃよ」

 ……あぁ、やっぱりそうなのか。アディオス、市民プール。

 ゴロマルさんの話を纏めるなら、メディックシステムを使ったせいで、俺の身体に一生モノの傷が付いてしまった――ってところだろう。二年前に付けられた脇腹の傷とは、今後も付き合っていく羽目になるらしい。

「脇腹の傷の方はそこまで目立たんから、教えんでも問題ないと思っておったんだが――さすがに今回のケースともなれば、もはや隠しようがないからの」
「それで大人しく白状したってか。俺としちゃあ、傷が消えないって話より内緒にされてた事の方がショックだぜ」
「すまんな……。樋稟に引き上げられた直後の君は、疲労状態や怪我の酷さが尋常ではなかったからの。ここの病院に搬送される前に、衰弱死してしまう可能性もあった。あの時のワシらが君を助けるには、メディックシステムに頼らざるを得なかったんじゃよ。銃創の完全な治療を半日で済ませられるメディックシステムでも、こうして意識を回復させられる段階まで十日も掛かってしまったくらいじゃからの」

 そこまで言われると、俺からは強く文句が言えんな……。こんな厳つい傷と一生付き合うのは正直嫌だが、命あっての物種とも云う。ここは、十日も掛けて命を拾ってくれたゴロマルさん達に素直に感謝しておくべきだな。

「まぁ、いいか。死ぬよりはマシな方だし。おかげさまで今日を生きてるんだから、サンキューってことで」

 そう言いつつそっぽを向いた先では、既に夜の帳が降りていた。窓に映る俺の顔が、夕暮れより鮮明になっている。

 そこに映り込んだ左目の瞼には、眼球を跨ぐように縦一直線の傷痕が残されていた。このダサカッコイイ傷とも、長く付き合うことになりそうだ。

「……そうか。夜も遅いし、そろそろワシも帰らねばならん頃合いだが――最後にこれだけは言わせて欲しい。この戦いに勝ってくれて……本当にありがとう。ワシら全員、お前さんには感謝しておる。和雅も鮎美君も甲侍郎も、な」
「……あぁ」

 窓に映る景色越しに視線を交わし、俺達は本日最後の挨拶を交わす。続きは、また明日だ。

 座っていた椅子から飛び降り、この病室から立ち去っていく小さな老人。その後ろ姿を眺めながら、俺は身体を傾けていく。まるで、力尽きるように。

「――また、明日」

 夜が明ければ、会えるであろう人々へ、届くことのない挨拶を呟いて。
 
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