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フルメタル・アクションヒーローズ

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第123話 ヒーローを統べる女帝

 いびつな機械音と共に、首を傾げるように左右に揺れる頭。ピアノを弾くかのように不規則に動く指。獲物を選ぶ獣のように、うごめき続ける赤い眼光。

 この動きが生み出す悍ましさは、俺の記憶に眠っていた天敵の姿を、鮮明に思い出させている。掘り起こされた過去の強敵を思い返すと共に、俺は知らぬ間に肩を震わせていた。

「あ、あれは『解放の先導者』……!? ――ううん、違う!」
「剣一が造っていた機動兵器に似ているが……別の開発ラインで造られたアンドロイドだというのか!?」
「あれ、アタシらがやっつけた奴らに似とる……!? え、えっ、どうなっとんの!?」

 異様な乱入者達の出現に騒然となる一同。やはり、救芽井も「解放の先導者」に似ているところがあると感じているらしい。
 確か「解放の先導者」と言えば、古我知さんが救芽井家から着鎧甲冑の技術を奪うために、自力で作り出した機械人形だったはず。同じ要領で造られたメカがあいつらだったとして、なんでこの研究所に……!?

「……これより、抹殺対象を全個体に入力する」

 そんな俺達に追い撃ちを掛けるかのように、瀧上さんの冷たい呟きがアリーナに響く。
 誰もが静かに身構える中で言い放たれたその一言は、この場に居る全ての人間に更なる戦慄を与えた。

「狙いは――オレ以外の全て、だ」

 自分を除く、全ての人間の抹殺。
 最も単純にして残酷な命令が、冷たい鉄に囲まれた心から、機械に繋がれた同胞達に伝えられてしまう。
 それに抗う感情を持たない機械人形達に、その非情さを拒む力は有り得ない。彼らは瀧上さんの指示を受けた瞬間、僅かに痙攣すると――

 ――全ての機体が、うごめかせていた赤い眼光を一斉に固定した。
 次いで、体中に飛び出している刺のような部分が、「必要悪」の短剣を思わせる電光を帯びて青白く輝く。

「ひっ!?」

 その不気味な挙動に、矢村が僅かに怯んだ瞬間。
 「新人類の将兵」と呼ばれる機械人形の集団が、ついにこちらに歩み寄り始めた……!

「我々、全員の抹殺だと……うぐッ!」
「社長ッ! しっかりしてくださいッ!」
「あの電光は――『必要悪』の剣と同じ……!? あんなものに触れたら、一たまりもありませんぞ!」

 連中は俺やR型の面々だけではなく、甲侍郎さんを含む残り三人のG型部隊や、客席にいる救芽井達にまで迫ろうとしていた。このままだと、もう一分も経たないうちにあいつらと接触してしまう!

「お父様ッ! ……どうしよう。助けに行きたいけど、私が動いたら矢村さんや久水さんが……!」
「……逃げようにも、奴らの足の速さだとエレベーターにたどり着く前に捕まってしまいますわね。やはりこうなった以上、戦う他はなくってよ」
「こ、梢っ……!」
「ど、どないしよ、どないしよ! どうしたらええのっ!?」

 客席にいる救芽井達も、この事態には焦燥を隠せないようだ。四郷も久水の服を掴んで不安げな視線を浮かべており、矢村に至っては半ばパニック状態に陥っている。

 ――マズい……! この「新人類の将兵」とやらが「解放の先導者」と同質の造りだとすれば、俺の拳法が通じる見込みなんてない。かといって、戦闘行為が専門じゃないはずのR型を置いて、さっさと逃げるわけにもいかん。
 司令塔の瀧上さんを叩けばいいのかも知れないが、俺の力でなんとかできるとも限らないし、唯一出来そうな「必要悪」は、客席側に迫る「新人類の将兵」達にしか意識が向いてなさそう。
 客席側なら茂さんや「必要悪」だっているから何とかなりそうなものだが、甲侍郎さん達や俺がいるあたりなんかは、かなり辛い状況と言っていい。救芽井や四郷を戦わせるのは、出来れば避けたいし……。

 何か、何かないのか……!? 何か、打つ手は……!

「――なるほど。ワタクシ達を狙う左側分隊、甲侍郎さん達を狙う中央分隊。そして龍太様とR型の者達がいる所を狙う右側分隊……計三小隊に分かれて襲撃するつもりですのね。各小隊につき六体から八体程度、というところかしら」
「久水さん、こんな時になにブツブツ言ってるのよッ!」
「静かにおしッ! ……単一の命令系統から複数の操作対象に同時に命令を発しているから、各個体の自律行動が大味過ぎる『命令』という外部からの干渉を受けて、活動内容が『ターゲットを三分割する』という形で、より単純化されているようざます……それならば!」

 その時、客席で何か揉めているような声が聞こえたかと思えば――

「龍太様を除く全ての着鎧甲冑所有者に告ぐッ! 直ちにこのワタクシ、久水梢の指揮下に入るざますッ!」

 ――突拍子もなく、久水がそのようなことを叫び出していた。
 客席の手すりから身を乗り出し、手を翳すその様は、さながら臣民を統べる女王のようだ。自信に満ちたその凛々しい表情や、絶対に大丈夫だと俺達に訴えかけるかのような強い眼差しは、この状況に対する術を見つけられずにいた俺達に、えもいわれぬ説得力を与えている。

「ひ、久水財閥のご令嬢……! ここは危険です、一刻も早くお逃げ下さ――」
「――わかった。君に任せよう」
「……!? どういうおつもりです社長! 彼女に我々の指揮を托すとおっしゃるのですかッ!?」
「彼女は私が直に教えたディフェンドゥーズサインを、全て体得している。賭けてみる価値はあると私は見るがね」

 あくまで久水を戦力外の一般人と見做し、逃がそうとするG型の一人を制したのは、甲侍郎さんだった。彼は部下の助けを借りてようやく立ち上がると、客席に凛々しく立つ彼女をゆっくりと見上げる。

「……あなた様に納得して頂けるとは光栄ですわね。おかげさまで容易くこちらの命令系統を統一できますわ。――ですが指示を出す前に一つ、お尋ねしたいことがあるざます」
「何かね?」

「ワタクシにサインを教えたのは――初めからこの戦いに利用するため、でして?」

 その瞬間、久水はかつてない程の冷たい眼差しで、目上の存在であるはずの甲侍郎さんを睨みつけていた。
 どんなに有力で高潔な人間だろうと、答えによっては決して許さない。そう、彼女の眼光が叫んでいたのだ。

「――見損なってくれるな。私はただ、その若さで久水財閥の秘書を務め、日本経済に大きな繁栄をもたらしたこともある君の手腕と才能に、ただ純粋に惚れ込み、見込んだまでのこと。サインを教えたことには、『兄上の助けになるように』という願い以外の意味はないし、このような血生臭い争いに加わらせるつもりなど、毛頭なかった」

 だが、そんな地に這う害虫でも見るかのような眼光を突き付けられても、甲侍郎さんは決して怯んだり憤ったりするような反応は示さない。
 ただ毅然に、誇りを以て己の真実を訴えるように、真っ向から彼女の瞳と向き合っていた。……確かに、甲侍郎さんの読み通りに六人の精鋭だけで事足りていたならば、こうしてディフェンドゥーズサインとやらが使えるという、久水の手を借りることもなかっただろう。

「……それを聞いて安心しましたわ。ワタクシの力が、このような醜い争いのためだけに使われるなど、到底堪えられるものではありませんもの。ワタクシの全ては――生涯を懸けて愛すると誓った、あのお方のためであるべきなのですから」

 すると、そんな甲侍郎さんに対して、久水は表情を一転させ、にこやかな微笑を浮かべて見せた。さっきとはあまりにも違う穏やかな声色に、底知れぬ不気味さを感じてしまった俺は、もしかしてものすごく失礼なのかも知れない……。
 しかも、久水自身が「あのお方」と称して、熱い愛情と情欲に爛れた視線を送っていたのは――茂さんではなく、あからさまに俺だったのだ。

 ……お、おいちょっと待ちたまえよ。話の流れからしてそこは茂さんだろ? どうひっくり返しても俺じゃないだろ!?

「……これは、ますます詳しく聞かせて貰わねばならんようだな。龍太君」

 ちょっ――甲侍郎さん違うんです! 何一つとして違わないけど違うんです! ほ、ほら、今はそんな場合じゃないしッ!

「まぁ、今はいい。ともあれ、久水梢君――ご協力に感謝する」
「礼には及びませんわ。あのお方を守ることに繋がるのであれば、ワタクシも協力は惜しまないざます」
「うむ。……さて、聞いての通りだ。各員に通達。これより我等は一時、久水梢嬢の指揮下に入る!」

 そして、そんな俺の心情を知ってか知らずか、甲侍郎さんは久水との僅かなやり取りを挟み――通信機能で全ての着鎧甲冑の所有者に命令を下した。彼女の指示に従え、と。

 次いで、久水が両腕を交互に動かし――魔法陣でも描くような、あの動きを披露した瞬間。甲侍郎さんの脇を固めていたG型二名が、突然蜘蛛の子を散らすように左右に飛び出してしまった。しかも、俺の傍にいたR型部隊も、全員俺から離れて客席の方に向かおうとしている。

 ……これが久水の指示、ということなのか!? 「新人類の将兵」との接触も目前だってのに、あの娘、一体何を考えて――!

「……龍太君を守りたいって気持ちは、私も一緒だからね。ちょっともやもやするけど、今回だけはあなたに従ってあげる!」
「梢よ、我々の指揮は任せたぞ!」

 ――すると、ディフェンドゥーズサインを理解できない俺を除く「全員」――つまり救芽井や茂さんまでもが、彼女の指示を受けて、その場から離れてしまった。救芽井は甲侍郎さんのいる場所へ、茂さんは俺のいる場所へと向かっている。

「……なるほど、そういうことね」
「考えたな、梢君」

 どうやら、わかっていないのは俺だけらしい。客席から事態を見守っていた所長さんと伊葉さんは、久水の指示に納得したように頷いている。救芽井まで前線に出すなんて、あの娘、一体どういうつもりで指示を出してるんだ……!?

「――来たかッ!」

 だが、久水の命令内容にいつまでも疑問を抱いている場合じゃない。とうとう眼前にまで迫ってきた「新人類の将兵」が、肘に取り付けられた刃を振るって襲い掛かって来る!
 俺は反射的に身を引いてそれをかわし、即座に腰を捻り――その鋼鉄の顔面に、体重を乗せた突きを見舞う! だが、やはり効果は薄い……! しかも回避のプログラムまでされているのか、数発に一発はかわされてしまう。
 それだけじゃない。こいつら、一体一体の動きは遅いのだが、数体が時間差で攻撃を仕掛けて来るため、かなり執拗な連続攻撃になっているのだ。
 かわした弾みに切り裂かれた床を見れば、一撃でもまともに喰らえば着鎧甲冑でも「痛い」じゃ済まないのは自明の理。白い床に痛ましく刻まれた、湯気を上げる刃の跡が、その威力を如実に物語っている……!

 ――その時だった。

「待たせたな一煉寺龍太ッ!」

 横槍を入れるように駆け付けた茂さんの一撃が、俺に迫る「新人類の将兵」達を、いともたやすく蹴散らしたのは。

 ――俺の拳もある程度は避けていた連中に、不意打ちとは言えここまで見事に電磁警棒の一振りが決まるなんて……! しかも、俺がどんなに突きを入れても歩みが止まらなかった連中が、一発で同時に何体もひっくり返ったぞ!?

「龍太様、ただいま到着致しましたッ!」

 さらに、彼に続くように現れたもう一人のG型が、倒れていた「新人類の将兵」に電磁警棒の一撃を浴びせる。

「やはり梢の指示通りだったようだな……! フッ、一煉寺龍太よ。この貸しは大きいぞ! 久水茂、参るッ!」

 そして、茂さんとG型は俺を庇うように前面に立つと、威勢のいい啖呵を切ると同時に電磁警棒を振りかざす。
 戦い方での相性の差という部分もあるとは思うが……仲間が横から入るだけでここまで変わるものなのか……!?

「ああいう単純化されすぎた命令を受けたロボットというものは、得てして外部からの不意打ち――すなわち『ターゲット外からの攻撃』には弱いものでしてよ。……フォフォフォ……さぁ踊りなさい、醜く汚らしい機械人形共。このワタクシの掌上で……!」

 ――そして、この戦いの裏で……彼女が黒く濁るような笑みを浮かべて戦場を見下ろし、妖しく口元を吊り上げていたことは、俺には知る由もなかったのである。
 
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