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フルメタル・アクションヒーローズ

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第80話 俺を「つなぐ」、彼女の意味

 世界が赤く染まる頃、俺達は旅路の終着駅にたどり着いていた。
 空も、バスも、海沿いに通ってきた路面も、全てが赤い。全て、茜色の夕日に染められている。俺はその美しさを堪能する暇もなく、さっさと車外へエスケープしていく四郷を追った。
 そしてミイラ状態から不屈の性欲で蘇った茂さんを含め、他の全員も停車したバスから、目を擦りながら降りて来る。

「う〜……ん、着いたの……?」
「ふわわぁ〜……やっとやなぁ……」
「全く……いつものことながら、この退屈な時間はたまりませんわね」
「むひょー! 鮎美さんに会えるぅー!」

 四郷以外の女性陣と違い、圧倒的な早さで目を覚ました茂さんは、何やら喚声を上げながら踊り回っている。救芽井にフラれた途端にこれとは……。

「ハッ! いやいやいかんいかん! ワガハイには、樋稟という心に決めた女性がッ!」
「いや、もうイロイロと手遅れな気がするけど……」

 その時、俺は茂さんの謎暴走を宥めつつ、彼の出した名前を頭の中で復唱していた。

 鮎美、鮎美、鮎美……どこかで聞いたような……。
 名前からして、四郷のお姉さんなんだろうか。だとしたら、彼女が自分の妹を……?

 ――「新人類の身体」。それは四郷研究所の最高傑作であり、着鎧甲冑にとってのライバルとなる存在。
 それが四郷だと言うことは、姉貴が妹の身体を機械にすり替えたってことにもなる。当の本人はあれ以上は何も語らなかったが……もしそれが事実だとしたら、いかがなものか。

 少なくとも……自分の妹を機械にする姉だなんて、俺は想像もしたくない。例えば、もし俺が兄貴に機械にされたりなんかしたら、一生人間不信になる自信がある。
 四郷は、家族にそんなことをされたのだろうか? それとも、自分から……?

「……ここが、ボクらの研究所……」

 そんな俺の思考を断ち切るかのように、冷淡な一言が聴覚に突き刺さる。顔を上げると、そこには我が家を指差す機械少女の、どこか虚ろな後ろ姿があった。

 ◇

 海を一望できる崖の上にそびえ立つ、久水邸に勝るとも劣らない大きさの施設。
 全てが白く、無機質なコンクリートに固められたその研究所は、失礼ながら刑務所のような威圧感を放っていた。
 なぜだろう。見た目がちょっと大きいくらいの、ただの建物のはずなのに……相対するだけで、足が震えてしまいそうになる。
 着鎧甲冑の今後が俺に懸かってるってプレッシャーが、今頃になって襲って来やがったのか? だけど、それだけじゃないような……。

「あら? 意外に簡素――失礼、シンプルな造りの研究所なのね。ここで間違いないの?」
「結構ええやん、ここ! 高いとこから海が見えて、ロマンチックやしっ!」
「ふふん、あなた達。驚くのはまだ早いざます! 何度もここへ呼ばれているワタクシに言わせれば、あなた方の反応は滑稽に見えて仕方ありませんのよ!」

 セバスチャンさんがヒィヒィと喘ぎながら、バスの中から荷物を運び出してる最中、久水は矢村にケンカを売るかの如く巨峰を張る。待て矢村! キャリーバッグを振り上げるんじゃないッ!

「あらあら、賑やかね。妬けちゃうわ」

 ――その時だった。冬場の湖畔のような……穏やかでありながら、どこか冷たさを感じる声が、俺の聴覚へ響いたのは。

 荒ぶる矢村を羽交い締めにしている救芽井に加勢しようとしていた俺は、その声が届く瞬間、金縛りにされたかのように足を止めてしまった。いや、止められた、って感じかな……?

 しかも、その感覚は俺だけではなかったらしい。暴れていた矢村も、彼女を抑えていた救芽井も、手の甲を頬に当てて「フォーッフォッフォッフォ!」と高笑いを上げていた久水も。みんな一様に、凍り付けにされたかのように、固まってしまった。
 まるで吹雪を放つ雪女のように、この場の空気を一変させてしまった、その声の主。

 俺達全員が、そこへ向けて各々の眼差しを集中させた先には――

「四郷研究所の所長を務める、四郷鮎美よ。かわいい救芽井エレクトロニクスの皆さん、今回はよろしくね」

 ――白衣に身を包む、一人の美女がこちらを見つめていた。

 ここの責任者で、「四郷鮎美」……。じゃあこの人が、四郷を「新人類の身体」にした張本人か!

 彼女の紺色の長髪はポニーテールに纏められ、肩から胸の辺りまでに垂れ下がっている。そして、ある少女を思わせる紅い瞳は、色とは対照的な鋭さと冷たさを漂わせていた。目鼻立ちがヴィーナス並に整っているのは、姉妹共通のようだが。
 歳は……二十代後半くらい、だろうか。多少距離は離れているが、身長は俺より多少高いくらいだろう。豊満に飛び出したエベレスト(目測では救芽井以上久水以下)を除けば、身体つきの方はかなりスレンダーなようだ。
 白衣の下は紫のシャツに黒いミニスカ、そしてハイヒールと、かなり久水家のメイド部隊が喜びそうな格好になっている。もしかして茂さんもか……?

 それにしても、今の所長さんの言い草……。
 彼女からすれば、俺達は子供にしか見えないのだろう。明らかに、ライバル視してる連中に対する態度じゃない。
 それだけ自信があるのか、俺達がバカに見えてしょうがないだけなのかは知らないが……ちょっと要注意だな、この人は。

「――あなたが、四郷研究所の……? そう。私は救芽井エレクトロニクス社長令嬢にして同社の代表、救芽井樋稟です。こちらこそ今回のコンペティション、よろしくお願いします」

 そこから一拍置いて、救芽井が前に進み出る。
 俺を庇うように最前線へ立った彼女は、二年前のスーパーヒロインっぷりを彷彿させる凛々しさを放ち、真っ向から所長さんを見据えた。
 彼女も向こうの言い方が癪に障ったのか、微妙に目付きが鋭い。競争相手なんだから、ピリピリした空気になるのはしょうがないとは思うんだけど……この二人から感じられる威圧感、生半可じゃねぇ……。

「ムッハー! 鮎美さぁぁん! この瞬間をどれだけ待ち望――ゲボラァッ!」
「――あらあら、豚が一匹紛れ込んでたみたいよ? 車内点検には気を配った方がいいわね」

 この空気が読めていなかったのか、いきなり煩悩をキックダウンさせてしまった茂さんの顔面に、ハイヒールの踵が突き刺さる。世に云う「ルパンダイブ」を試みた彼の体は、彼女に迫る瞬間に空中で静止し、直後に地べたへ墜落してしまった。

「……以前、ワタクシ達がスポンサー依頼の関係でここを訪れてから、ずっとあんな調子ざます。あのハゲルには、後ほどお仕置き百人分を堪能させてあげますわ」
「なるほど、憧れの女性ってヤツか。……あと、百人分はさすがに勘弁してやってくれ。人ん家を血で汚してはいかん」

 突発的かつ無謀極まりない茂さんの特攻に困惑していた俺に、久水がそっと耳打ちしてきた。
 意味不明な言動を始めた上に血達磨にまでされてしまい、色んな意味で見ていられない状況の茂さん。そんな彼を妹としてフォローする(つもりなんだと信じたい)久水の話を聞き、俺は報われなさすぎな彼の恋路を、ちょっとだけ憂いた。まぁ、救芽井と二股掛けてたバチだ、ということにしとこう。……俺が言えた義理じゃないのかもしれんが。

「梢ちゃんも、こんにちは。あらっ、そこにいるのが噂に名高い『龍太様』かしら? あなた、松霧町に行くことになった時から、その人に会えるってすごいテンションだったわよねぇ」
「あ、あ、鮎美さんっ!? それは言わない約束でしてよっ!?」

 自分では言いたい放題な久水も、人に突っ込まれるとさすがにちょっぴり恥ずかしいらしい。咄嗟に俺の傍から飛びのくと、両手で顔を覆い隠してしまった。……なんか顔から湯気が出てるようにも見えたけど、まぁ気のせいだろう。
 ……しかし、四郷研究所にまで言い触らしてたのかよ。俺もなんか恥ずかしくなってきたわ。

「――てことは、あなたが一煉寺龍太君、で間違いないのかしら? 救芽井さんの婚約者でありながら、梢ちゃんまで虜にしてるって有名な」

 すると、彼女は興味津々な視線を俺に向け、久水が離れた隙を突くかのように迫ってきた。――なんか言い方が鼻につくけど……間違いだとは言い切れない。
 にしても、情報が伝わるのが早いな。俺が救芽井と婚約してるってのを、幼なじみの久水が知ったのは昨日のことなのに。
 ……四郷研究所なりの情報網ってトコか? こりゃあ、こっちの事情のほとんどは筒抜けって判断で間違いなさそうだな。

「……まぁ、そんなところです」
「ふふっ、綺麗な目、してるね。……よく似てるわ。妹の帽子、取ってくれたんでしょ? あの娘、すごく喜んでたわ」

 さっきの冷たさや鋭さを包み隠すような、どこか冷ややかさを孕みつつも、穏やかにも見える視線。それに若干警戒しつつも、俺は当たり障りのない返事をした。……ここで四郷の話を持ち出したって、恐らくまともに相手はしてくれないだろうからな。
 ……つか、「よく似てる」って誰にだよ?
 つか、あの帽子ってそんなに大事だったんだな……。取り戻せて、本当によかった。当の四郷は、なんか久水みたいなリアクションしながらそっぽ向いてるけど。

 しかし、こうして見ると普通の仲のいい姉妹にしか見えないんだよなぁ……。四郷も、お姉さんのことは特に悪く言ってなかったし。
 端から見れば、妹を機械に改造してしまうような恐ろしい人間には、到底見えないだろう。あの冷たさが、俺の思い過ごしでありさえすれば。

「あらあら、そんな固くならなくたって大丈夫よ。あなたはあなたの実力で、ぶつかってくれればそれでいいんだから」

 やたらエロい手つきで、所長さんは俺の頬を撫でる。まるでピアノを弾くかのように、細い五本の指が、交互に俺の肌を這い回っていた。
 口ぶりからして――「救済の超機龍」のこともダダ漏れってわけか。

「ちょっ――龍太になにしとんやっ! アタシの前やったらお触り禁止やでっ!」

 そんな状況が見ていられなかったのか、俺達の間に、今度は矢村が割って入ってくる。所長さんは珍しく目を丸くすると、眉を潜めて首を傾げてしまった。

「あなたは……ええと、どちら様?」
「がくっ! ア、アタシは矢村賀織やっ! 龍太とは中学時代からずっと一緒で――」
「……どうして一般人がここにいるのかしら? コンペティションの代表選手として来ている一煉寺君や、スポンサー候補の梢ちゃんがいるのはわかるとして――ただの民間人に出席を頼んだ覚えはないのだけど」
「えっ……で、でも、アタシは、龍太と……」

「聞こえなかったの? 『ただの民間人』に用はないのよ」

 その言葉が発せられた瞬間、矢村は目を見開いて硬直してしまった。そして、唇を噛み締めて俯いてしまう。

 ……一般人、か。それは俺も同じのはずなんだけど、俺には「救済の超機龍」としての役目がある。久水や茂さんは、どちらのスポンサーになるのかを見届ける立会人。救芽井はもちろん、企業としての代表者だ。
 ――言われてみれば、矢村がついて来る理由なんて一つもない。特に役割があるわけでもなく、彼女が言う通りの完全な「民間人」なんだから。

「一煉寺君の知り合いだかなんだか知らないけど、ただの民間人にまで見せられるようなショーとは違うのよ。今日はもう遅いから、一晩だけ泊めてあげる。明日になったら、久水家のバスで帰してもらいなさい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 ……だからといって、彼女に言われるがままでいるつもりはない。矢村も、俺にとっては「居てもらなくちゃいけない人」なんだから!

「なに? 一煉寺君」
「彼女は……帰さないでくれ。矢村は、その――お、俺の補佐なんだ! 着鎧甲冑の知識も俺より詳しいし、メンタルケアとか、そういう俺の精神衛生上、必要な人材なんだって!」
「ふぅん……じゃあ彼女は、あなたのメンタルヘルスのためにいる、ということ」
「そ、そうそう! それそれっ!」

 所長さんは訝しむような表情で、必死にまくし立てる俺と、俯いたままの矢村を交互に見遣る。
 俺はゴリ押しでも彼女に納得してもらうために、真っすぐに彼女の瞳を直視した。

 ……確かに、矢村は能力的には必要とされていないかも知れない。着鎧甲冑を使うわけでも、特別お金持ちというわけでもないし。
 だけど――それでも、俺には彼女が必要なんだ。
 こんな常識の枠をブチ破るような世界にいても、俺が自分を保っていられるのは……他でもない、矢村がずっと一緒に居てくれたからだ。

 着鎧甲冑だの「新人類の身体」だのに関わることのない、「ただの女の子」である彼女が傍に居てくれたから、俺はどんなに遠い世界にいても、あの頃から離れていないんだと思える。
 彼女の存在が、本来の俺をつなぎ止めてくれているんだ。
 だから……ここに来て彼女だけ帰すなんて、絶対に嫌だ。そんなことになったら、それこそ俺は間違いなく、自分を見失ってしまうだろう。見知らぬ世界に、翻弄されるがまま。

 そんなわがままで、見苦しい願望が伝わったのか――所長さんはため息をつくと、背を向けて研究所へ歩きはじめた。
 恐る恐る顔を上げる矢村にそっと寄り添いながら、俺は彼女の反応を伺う。

「メンタルケア要員、矢村賀織――ね。ただの一般人だと思って人数にはカウントしてなかったけど……これは、再度人数確認が必要になるかしら」

 その呟きが耳に入った瞬間、矢村は希望に満たされたようにパアッと顔を輝かせて、俺に目一杯抱き着いてきた。沈もうとしている太陽よりも、眩しく笑って。

「やったああぁあッ! 龍太、龍太、龍太ぁッ!」
「おう、よかったな、矢村! つ、つーかちょっとギブ……ぐ、ぐるじい……」
「龍太、ありがとう、ホント、ありがとうなっ! アタシのこと、必要やって言ってくれて、ホント、ホントッ……!」

 ……いや、これはもう抱擁じゃねぇ。ベアハッグだ。
 矢村の情熱的過ぎる猛攻に、俺の呼吸器が悲鳴を上げはじめたところへ、今度は久水が騒ぎ出し、四郷が静止に入っていく。

「ワタクシの龍太様にベッタリと……よくもッ! それならワタクシは、この双頭の最終兵器で挟み込んで差し上げますッ!」
「……それ以上はダメ。試合前に死んじゃう……」

「では、私達は一旦、荷物の……整理にっ……!」
「――うふふ、そんなに行きたかったら、行って来たら? 荷物運びなら、こっちにも男手が居るし」
「……すみません。それではお言葉に甘えて、少し失礼します。――三人ともぉぉぉぉっ! 揃いも揃って、龍太君に何してるのよぉぉぉっ!」

 すると、今度は所長さんに背中を押されたかのように、救芽井までもが荒ぶりだした! 光の速度で、こっちに猛突進してくるッ!?
 四人の美少女に囲まれ、もみくちゃにされる。これが男の夢だとか思うヤツがいるなら、俺はそいつを殴りに行きたい。
 高二男子、痴情のもつれで窒息死。――そんな死に方は、いやぁぁぁぁッ!?

 悲鳴を上げることすら出来ず、美少女集団という渦潮に囚われている俺の視界から、次第に「空」という概念が消えていく。
 四郷が「新人類の身体」ならではの腕力を発揮して全員を引っぺがすまで、その一方的な蹂躙は、留まるところを知らなかった……。

「……ようやく来たな、一煉寺君」
「あれが一煉寺龍太、か。ふん、かの『一煉寺』の名も、堕ちるところまで堕ちたようだな……しかし伊葉、貴様よくも堂々とオレの前に――」
「やめて、凱樹。今はコンペティションを優先して」
「――ふん、まあいい。貴様らが何をしようと、正義は必ず勝つ。必ずな」

 そして、研究所の入口で交わされていたそんな会話など、聞き取れるはずもなかった。
 ……あっ、また美少女四人が群がって来――ぬわーッ!?
 
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