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フルメタル・アクションヒーローズ

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第65話 ツルッツルの兄、ボインボインの妹

 松霧町の裏山は、実は隣町まで行っても、うっすらと見えてしまうくらい高い。おまけに道路を通っていても、通行の邪魔になるかならないかのギリギリまで森林が生い茂っている。
 山そのものが高いために道程自体が長い上、大自然に溢れすぎてウザいくらいの緑に視界を阻まれながら進むことになるのだ。
 ……当然、時間も掛かる。

 結局、鬱陶しいくらい水と空気がおいしそうな道を抜けるまで、実に三時間を要したのだった。
 時刻は午後二時。本来なら昼食を終えてもいい時間帯だろう。

「ちょ、ちょっとぉ〜……いつまで掛かるの……?」
「申し訳ありません、樋稟お嬢様。まさかこれほど自然環境に進行を阻害されてしまうとは、予定外でした」

 この山の厄介さのおかげで昼飯を食いっぱぐれてしまった俺達三人は、腹を空かせてため息をついていた。救芽井の追及にも、オッサンはしれっと謝るだけだ。

「アタシ……お弁当持ってきたらよかった……」
「激しく同意……。俺も途中でコンビニ寄って来るんだったわ」

 元々の予定だと、久水家に招かれてから昼食を取ることになっていたらしい。それがこんなことになった今、向こうに着いてもメシがあるかどうか……。

 ――ん?

「オッサン! あそこ!?」

 俺は森に包まれた道を越えた先に伺える、白い屋敷を見つけた。それに向かって指差すと、オッサンは無言のままコクリと頷く。
 ――まるで中世ヨーロッパを思わせるような、丸みを帯びた形状の家。真ん丸な屋根をこさえたその建物は、当然ながらこの山に似つかわしいものではなかった。
 その周囲は開けた草原となっており、静かな雰囲気を醸し出している。

「あれが久水家の別荘……随分と山奥に建てたものね」
「おいおい、まさかこんな水と空気のおいしい大自然で決闘しようってのか?」
「そんなことよりお〜ひ〜る〜!」

 ここに来た本分をガン無視して昼飯の催促をする矢村。そんな彼女を一瞥した俺の脳裏に、腹ぺこによるモチベーション低下の可能性が過ぎってきた。
 ――このまま昼飯抜きで決闘、なんてことになったら面倒だろうな……。

 草原に入ると、アスファルトの道路は途切れており、砂利道だけの通路になっていた。俺達を乗せたリムジンは、そこに突入してすぐのところで停止する。

「ありがとう。ここから先は自分で行くわ。少しは歩いて、体をほぐしておかないとね」
「かしこまりました」

 救芽井はチラリと俺を見ると、車を降りてトランクへ荷物を取りに行った。……決闘する俺のコンディションを、気にしてのことだったんだろうか?

 まぁ、仮にそうだったとしても、本人にそれを直接確かめるのは野暮だろう。俺だってそれくらいはわかる。
 俺は矢村と顔を見合わせると、彼女に続いてリムジンを降り、「ありがとうございました」とオッサンに一礼する。向こうも軽く会釈してくれた。

 そしてトランクから各々の荷物を回収すると、オッサンの操るリムジンは来た道を引き返して行った。また枝と葉っぱに邪魔されてるな……。

「さて、それじゃ行くわよ!」

 そんなちょっぴり不憫(?)なオッサンを見送った後、救芽井は声を張り上げて、ズンズンと砂利道を歩きはじめた。俺と矢村も、荷物を抱えて彼女に続いていく。

 やがて久水家の前にたどり着いた俺達は、見れば見るほど、田舎の裏山には場違いな屋敷を見上げる。
 山の中にこんなリッチな屋敷を建てるあたり、向こうも普通の価値観とは違う思考をお持ちのようだ。決闘しようがしまいが、一筋縄じゃいかない相手だってのは軽く予想がついちまうな……。

 今後の展開には、明るい未来は予想できそうにない。敵意モロ出しの表情で屋敷を見上げ二人に挟まれたまま、俺はひときわ大きなため息を――

「樋稟ぃぃんッ!」

 ――つくってところで、ド派手な音と共に奴(?)が現れた。

「……!? だだ、誰やッ!?」
「はぁ……とうとう出たわね」

 激しく玄関のドアを開き、勢いよくこちらに飛び出してきた男。黒いタキシードに身を包んだ、二十歳前後の容貌の青年だ。身長は――百八十くらいはある。

 歳は十九歳と聞いてたし……恐らくこの人が「久水茂」という当主さんで間違いないんだろう。

 ……だが、容姿についての前情報くらいは欲しかった。

 だって――彼、ツルッツルなんだもの。スキンヘッドなんだもの。

 眩しい太陽光という自然の恵みを受けて、神の輝きを放ってるんだもの……。

「心配したぞ樋稟っ! 昼の十二時を過ぎても一向に来ないのだから! てっきり熊にでも襲われたのかと……!」
「――茂さん、ごめんなさいね。思ったより時間が掛かっちゃったみたいで」
「そんなことは一向に構わん! ワガハイは君が無事であれば、それだけで十分だ!」

 しかも「ワガハイ」って……。妹の方も「ワタクシ」とか言っちゃってるし、ホント口調と容姿がそぐわない兄妹だな。
 両方とも顔立ちやスタイルは美形なのに、ところどころがあまりにも残念だし。
 救芽井は見飽きたように呆れた顔だし、矢村に至っては笑いを堪えるのが必死でプルプルと震えている。

 ……まぁ、スキンヘッドがタイプという女性もいるだろうけど、ちょっと人を選ぶと思うんだなー、俺も……。

「さてと……それじゃ早速で悪いんだけど、お昼の用意をしてもらえないかしら? 私達、まだ何も食べてなくって」
「ああもちろんだとも! 是非上がってくれたまえ!」

 ……おや。決闘を申し込むなんて言って来るぐらいだから、どんなおっかない奴なのかと思えば、意外にいい人じゃないか。
 救芽井はもとより、決闘には関わらないはずの矢村までお客として丁寧に屋敷に上げている。

「どうした? そんなに震えて。心配ならいらんぞ。ここは設備も充実している。何より、安全だ」

 憐れむように、優しく矢村に接している茂さん。……あの震えの意図だけは、教えないほうがいいだろう。

 じゃ、俺も早速お邪魔しま――

「なんだ貴様は」

 ――あ、俺はダメですかそうですか。

 明らかに他の二人とは違う扱いだ。槍で突き刺すような冷たい視線を俺に向け、ここは通さないとばかりに立ち塞がっている。

「いや、一応俺も客人らしいんですよ」
「客人だと? 男など呼んだ覚えは――ま、まさか貴様がッ!?」

 訝しむように俺を睨んでいた茂さんは、何かに気づいたように目を見開くと、いきなり臨戦体勢に突入した。……あちゃー、やっぱこうなる展開でしたかー。

「樋稟が自ら設計したという『救済の超機龍』……。それを使うべきワガハイを差し置いて、まさかこんな田舎者がッ……!?」

 右腕に巻かれた白い「腕輪型着鎧装置」を構え、茂さんは信じられない、という顔で俺を睨みつけている。おいおい、頼むからこんなところで着鎧しないでくれよー。

 ――ん? ちょっと待てよ。

 確か、「救済の超機龍」のことは救芽井家しか知らないんじゃなかったっけか?

 この人、どこでそれを……?

 俺がそのことで引っ掛かりを感じていた時、玄関の奥から話し声が聞こえてきた。なんか――言い争ってる?

「とうとうここに来たざますね! 逃げずに来たことは褒めてあげるざます!」
「ふん! 茂さんなんて、龍太君にこてんぱんにされちゃうに決まってるんだから!」
「あれ? 龍太、まだ来とらんのん?」
「フォーッフォッフォッフォッ! いいざましょ! ならその龍太とかいう、あなたの婚約者とやらの、お顔を拝見させて頂きますわ! さぞかしみずぼらしい男なんでしょーねぇ! ついてらっしゃい、鮎子っ!」

 ……うわ、やっぱ妹さんもいらっしゃる? なんかこっちに来る気配だし……。

「てゆーか、四郷までここにいるのか? 一体どうして……」
「ふん、彼女は妹の親友だ! 手出しはさせんぞ、薄汚い田舎者め! どうやって樋稟をたぶらかしたのかは知らないが、ワガハイがここにいる以上、貴様の好きにはさせんっ!」

 茂さんは着鎧こそしないものの、へんてこなファイティングポーズを見せ付けながら、こちらを睨みつづけている。なんかもう、すっかり俺が悪役みたいなことになってるな……。
 つーか、棒立ちの一般人に腕輪付けて身構えるのはやめようぜ。見てて泣けてくるから。

「ハァ……」
「き、貴様ァ! ため息をついたな!? 今、ワガハイを愚弄しただろう!?」
「……なわけないでしょ。お願いですから、決闘前くらい穏便に行きましょうよ」

 俺は両手をひらひらさせて、降参の意を示す。が、向こうはこっちが挑発してるものと思い込んでるらしく、さらに憎々しげな表情を浮かべた。
 ――髪の毛と一緒に、カルシウムでも持ってかれたのか? この人は。

 そんな聞く耳を持ちそうにない茂さんを見て、さてどうしたものか……と、俺が本格的に頭を抱えだした時。

「……いらっしゃい。この間は、ありがとう……」
「フォッフォッフォー! 来てあげたざますよ、下郎! このワタクシのご尊顔を直に拝める光栄、身に染みたざますか!?」

 ――来た。来やがった。仰々しい変な笑い声とともに、あの傍若無人唯我独尊、久水梢様が。救芽井を凌ぎかねない程の、ダブル・ダイナマイト・マウンテンの躍動と共に。
 なぜか四郷も一緒にいるけど……まぁ、それはひとまず置いておこう。つか、二人とも赤い薄地のドレスを着ていて、目のやり場に困るんですけど……。

「あらあらぁ、これは外見からして、予想以上の愚図男ざますねぇ。救芽井さんは、どうも殿方を見る目が皆無なようざますね!」
「……この人、ちょっとぐずだけど、わるいひとじゃないよ」

 久水はともかく、四郷にまで愚図呼ばわりとは……。なんだ? 俺は女に虐げられる星の元にでも生まれて来たのか?

「こんな中途半端な体格の男との決闘なんて、不戦勝も同然ざますね。……ん?」

 会って早々の罵詈雑言に堪えかね、目を逸らしていた俺に対し、久水は何かに気づいたかのように眉を潜める。

 そして、その表情は徐々に――

「その顔で、『龍太』……。……な、な、な……! ま、まさかあなたッ……!」

 ――衝撃の事実に直面したかのように、驚愕の色へと染まっていく。

 あーあ、どうやら向こうも思い出してしまったらしい。

 俺の、人生最大の黒歴史を。

「どうした梢!? さ、さては貴様、妹にまで毒牙をッ……!?」

 妹の異変を前に、勝手に勘違いして暴走しかけてる茂さんを完全放置し、俺は久水の方へ向き直る。

 そして――

「よう。久しぶり、『こずちゃん』」

 ――開き直った俺は、あの日のように、屈託なく笑う。
 そのクソキモい笑顔を見せられた彼女は、なんの見間違いなのか、感極まったかのように頬を紅潮させていた。
 
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