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フルメタル・アクションヒーローズ

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第35話 一時間前の特訓

 ちょっとばかり遡ること、約一時間前。
 救芽井家の地下室にいた兄貴と出くわし、俺も矢村も開いた口が塞がらずにいた。

「な、な……っ!」
「どうしたよ? スゴイ顔になってんぞ。まぁ、ここのこと知った時の俺ほどじゃないけどさ」
「え、えええええッ!? なんで龍太のお兄さんがここにおるん!?」

 「解放の先導者」の残骸が火花をバチバチと散らし、その生涯(?)を閉じている――兄貴が壊した? まさかそんな……。

「これこそ、お前さんが剣一に勝てるただ一つの可能性。少林寺拳法のテクニックに託されることになるじゃろうな」

 ゴロマルさんの、いつになく真剣な声。……えーと、つまり俺が古我知さんに勝つには――少林寺拳法で戦うしかないってことなのか?

 ……な、ナンダッテー!

「む、無茶言うんじゃないよゴロマルさん! 少林寺拳法の技に則って急所打ちしても、『解放の先導者』にもてんで通用しなかったんだぞ!? ましてや、ボス格の『呪詛の伝導者』に勝てるわけ……!」

 あの機械人形共をバッタバッタと薙ぎ倒していた救芽井でさえ、古我知さんの着鎧する「呪詛の伝導者」には敵わなかった。
 そんなモンスターに対抗できる勝算が、既に「解放の先導者」に破られた俺の少林寺拳法――だなんて、無茶振りもいいとこじゃないか。
 ――え? なに? もしかしたらここの「解放の先導者」を壊したのは兄貴で、「兄貴が素手で勝つくらいなんだから、弟子同然のお前でも勝てるでしょ」みたいな発想か? そんな発想あってたまるか!

「お前さんの名前を聞いた後に、実際に戦うところを見たとき……『なにかある』とは思っておったんじゃよ。まさか道院長の弟君だとは予想外だったがの」

「――は?」

 ……なに、言ってんの? このじーさん。
 道院長の弟君? 俺が?

 てことは――兄貴が道院長ッ!?

「……ん〜、あんまりベラベラ喋ると周り面倒になって、お前に構っていられる時間が少なくなりそうだから嫌だったんだけどな。お前の一大事とあっちゃ、そんなことは言ってられないか」
「『周りが面倒』って……つーか、道院長ってどういうことなんだよ!?」

「お前さんが通っていたという道院――『一煉寺道院』とやらを創設したのが、お兄さん、ということらしいぞい。『一煉寺』といえば、かつて裏社会に潜む悪を震撼させた、鉄をも砕くと言われる少林寺拳法の一族。わしも聞きかじったその話を思い出したときは、ゾクッとしたもんじゃ」
「正確には、俺と親父が二人三脚で造ったんだけどな。親父がもうトシだってんで、俺が事実上の道院長ってわけ。……『破邪の拳』。それが、俺達の目指す拳法だったからな」

 ――まるでいたずらを白状する子供のような感覚で、このお二方はとんでもねーことをカミングアウトしやがる。矢村は驚きと羨望の眼差しを、俺と兄貴に交互に向けていた。あのね矢村さん、スゴイのは兄貴だからね? 俺関係ないからね?
 つーかなんだよ……なんでそんな重大な話、俺に隠してたんだ!? ――あ、俺に絡めなくなるからってさっき言ってたっけ。この鬱陶しいブラコンめ、貴様が姉だったら最高のシチュエーションだったのに……。

 ……いや、今大事なのはそこじゃない。最近いろいろと非常識なことが頻発してるせいで、感覚が麻痺してるとしか思えないが――今さら、兄貴の衝撃的正体にビビってなんかいられない。
 問題なのは、俺が兄貴から教わった少林寺拳法を使えば「呪詛の伝導者」に勝てるという、ゴロマルさんの根拠だ。

「お前さんのお兄さん――龍亮君の実力は、この現場が証明しておる。彼は人間の急所を持っていない『解放の先導者』を、着鎧甲冑すら使わずに『素手で』仕留めてしもうた。それだけの達人に手ほどきを受けたお前さんが、『救済の先駆者』となってその拳を振るうなら――なにかが起きるとは考えられんかね?」
「お、俺はそんなっ……!」
「古我知さんのことは俺もショックだったが……お前が自分や大事な友達を守りたいってんなら、俺が教えた拳法は役に立つだろう。その技で、彼を止めてくれるんなら――俺としても本望さ。お前はパワーこそ足りないが、急所を狙う突き蹴りの精度はピカイチだったし」

 兄貴もゴロマルも、無理難題を言ってくれる。兄貴がそんなに強かったからって、俺もそんなに強いとは限らない。事実、「解放の先導者」には手も足も出なかったんだ。

「お前さんの拳法が『解放の先導者』に通じなかったのは、連中のボディに人体の急所がなかったからじゃろう? それに対して『呪詛の伝導者』は、いかに強靭な着鎧甲冑といえども中身は生粋の『人間』。余計な武装を持たない分、運動性に秀でている『救済の先駆者』のスーツで、『人体の急所』を突く少林寺拳法を使えば――」
「俺のかわいい弟が、晴れて松霧町のスーパーヒーロー……ってワケだ。古我知さん、結構いい人だったからなぁ。なんとか悪いことする前に、止めてもらわないと」
「……そんな力が、俺にあるってのかよ? だって、俺はっ……!」

 ――俺は、ただのガキだ。
 兄貴みたいに強いわけがないし、古我知さんに敵うわけがない。

 ……そうだ、兄貴に行ってもらおう。「解放の先導者」を素手で叩き壊すような鉄人が「救済の先駆者」になれば、「呪詛の伝導者」なんてけちょんけちょんだろう。
 強盗の時は――たまたま俺しかいなかった、ってだけだ。代わりがきくなら、代わった方がいいに決まってる。それが兄貴なら、なおさらじゃないか!

「樋稟は、『お前さん』の助けを待っておる。言ったじゃろう? あの娘は本当は、『お姫様』になりたかったんじゃと」

 ――そんな俺の情けない逃げ道は、ゴロマルさんの核心を突いた一言に、あっさりと封じられてしまった。
 救芽井は、この町のスーパーヒロインと持て囃されていながら、実際は「王子様」に救われる「お姫様」になりたがっていた。それは、短い時間ながらも彼女と過ごした俺には、十分過ぎるほど伝わっている。
 「普通の女の子」としては、きっと当たり前の……「お姫様願望」。その気持ちが現れている顔は、「訓練や戦いがどうとか」みたいな「理屈」なんてなかった。
 そんな彼女が、俺に助けを求めている――か。どうやら、運命の神様はとことんシチュエーションというモノにこだわるらしい。

「樋稟ちゃんはさ。俺じゃなくてお前に助けてほしいんだよ、きっと。理屈じゃなくてさ」
「……理屈、か」

 俺の胸中を何となく察したのだろう。兄貴は、見透かしたような口調で俺の肩に手を置き、優しく諭すように語り掛けてくる。
 理論や効率なんて関係ない、彼女自身の気持ち――か。なんでまた、俺みたいな冴えないヤツに助けを乞うのかね……「お姫様」ってのは、とんでもない物好きらしい。

「りゅ、龍太っ!」
「ん?」
「龍太。アタシ、救芽井のことでずっと迷ってばっかりやったけど……救芽井ん家やお兄さんがこんなに頑張っとるんやったら、もうウジウジすんのは――やめたい。アタシ、龍太のやること、信じるけん!」

 矢村まで、俺の背中を押すようなことを言う。おいおい、お前みたいな娘にそんなこと言われちまったら――

「――血ヘド吐く気でやるしか、なくなっちまうだろーが……」

 目の前に突き出された「勝機」を前に、俺は両手の拳を握り締める。ゴロマルさんも、兄貴も、矢村も、救芽井のために俺を信じようとしている。
 ――俺も、救芽井を助けたい。出来るもんなら。

 そして、そのための手段があると言われたら……縋れずにいられるか?

「……頼む、兄貴。最後に少しの間でも、俺に稽古を付けてくれ!」

 俺は――無理だ。
 
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