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ハイスクールD×D 聖なる槍と霊滅の刃

作者:紅夜空
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第一部 出会い
  伏籠

 
前書き
今回から一人称になります 

 
―――曹操と旅をし始めてから、数カ月が過ぎた。
お互いにまだまだ知らないところもある間柄ではあるが、徐々にぎこちなさもなくなってきた。
時には手合わせもし、協力しながら旅を続ける二人。そんな二人は現在―――

「曹操………」

「静かにしろ」

「あ……」

ちょうど四織が曹操に組み敷かれる形で、草むらの中で密着状態で息を殺していた。



この状況が生まれる数時間前。

「―――ドラゴンの縄張りに入る?」

「ああ。少し、気になることがあってね。調べに行きたいんだが、どうしてもそこを通らなければならない」

私は曹操の説明を聞きながらうっそうとした森を歩く。
ドラゴン。天使・堕天使・悪魔のいわゆる「三大勢力」のどこにも属さない孤高の力を信条とする者たち。
そのほとんどが討伐されたはずだが、下級、中級のドラゴンはまだ存在している。
『逆鱗』に触れると下級のドラゴンであっても脅威となると(曹操から)聞いている。
そんなドラゴンの領域を突っ切っていくというのだ、なかなか大変なことになりそうだなと思っていたのだが……

「…結構平和だね」

「確かにその通りだが、警戒を怠ると襲ってこられる可能性も否定はできないな」

件のドラゴンの支配領域に入ってから数時間。領域の主たるドラゴンの姿は影も形も見えない。どこかに行っているのかな?
現在は食事も兼ねた小休止を挟んでいる。ときおり上空のほうにも意識を配りながらだったが、雰囲気はリラックスしたものになっていた……と思う。
もっとも、私自身はそれどころじゃなかったけれど…
体が少しだるい。それに、少し熱っぽいみたい…風邪ひいちゃったかな。
心配させるだろうからばれないでほしいなーと思いながら曹操を見れば、彼は上空を警戒しているところで。
そんな姿を見つめていると、唐突にこちらに視線を向けて問う。

「そろそろ、こういう生活にも慣れて来たか?」

「うん」

「そうか。決して楽しいものではないと思うが」

「ううん、そんなことはないよ」

ふるふると首を横に振る。曹操のことを慮ったわけではない、これは私の本当の気持ち。
今までずっと「家」という鎖に繋がれ、自由な外出すらもままならなかった生活。
それを一変させた曹操との旅から旅への生活は、今まで経験したことのないもので。私にとってはとても新鮮な驚きに満ちていた。

「―――少なくとも、昔よりはずっと、楽しいよ」

嘘偽りない本音を告げると、彼の表情が少しだけ緩む。その瞬間がたまらなく好きだ。何故かは分からないけれど、心に灯がともる感じ、ポカポカする。

「……そうか。それならば、連れ出した甲斐もあったというものだ」

薄く笑う曹操に少しだけ恥ずかしくなり俯く。こういう感情を知ることができたのも曹操のおかげだ。いまだに慣れないけれど。
なんとなくいい雰囲気になった私たちの耳に微かな風を切る音が響く。

「……まずい」

「?」

次の瞬間、私は曹操に押し倒され草むらの中に組み伏せられた。
―――曹操、手が胸に触れているんだけど。



巨大な影が宙を旋回する。咄嗟に草むらの中に伏せたが、見つからなかったという保証はない。
最悪の場合戦闘も覚悟しなくてはならないな。
下級のドラゴンでも聖槍があればなんとかなるが、それでも下手に刺激して戦いたくはない。というよりもドラゴンを下手に刺激したくはない。戦うとなれば悪魔のように聖槍でアドバンテージがあるわけでもないし、今の俺の実力では無傷で勝利は難しいだろう。

「曹操…………?」

「静かにしろ、あれに見つかれば命はないぞ」

組み敷いている四織が不思議そうな声音で問いかけてくるのに少々強めの言葉でくぎを刺す。
まさか聞こえているとは思いたくないが、相手は異形。馬鹿げた聴力を持っていたとしてもおかしくない。というか、間違いなく持っていてしかるべきだろう。
声音から真剣さを読み取ったのか、彼女が大人しくなる。
それに安堵しながら上空へとわずかに意識を向ける。
先ほど見えた影はいまだに旋回を続けている。おそらくは領域の定期的な確認だろうが、それにしては随分長い間この場所近辺を旋回している気がする。
…まさか、気づかれたか。ドラゴンと戦うのは本意ではないが、いざとなればやるしかない。腕の中の彼女を抑えつけながら少しだけ体から力を抜く。何が会ってもすぐに動けるように。
件のドラゴンはしばし上空を旋回したのち、飛び去っていく。やれやれ。どうやら、気付かれたわけではなかったようだ。

「あ………」

ほっと一安心すると同時にわずかに熱い吐息を感じる。
視線を向けてみれば、視界に映るのはほのかに上気した感じのある彼女の顔。
心なしかいつもより体温も高いような…
そこまで考えたところで改めて俺たちの状態を顧みる。
草むらで半ば四織を押し倒したような状態の俺。
腕の中には少し華奢ながらも十分に柔らかな曲線の感じられる体があり……俺の片方の手は、彼女の胸の上に置かれていて―――

「す、すまない!」

そこまで考えたところで慌てて離れる。危険を避けるために仕方がなかったとはいえ、少々無遠慮な行動をしてしまった。
謝られた彼女は少し上気した顔のままふるふると首を横に振る。
その動作がいつもよりほんの少しだけ、重く見えた。
少々気だるげな動作、ほんのり上気した頬、少し高く感じた体温。
これはまさか。

「……風邪でもひいているのか?」

問いかければ、居心地悪げに眼をそむける。
その反応でバレバレなのには気が付いていないのだろうか。なんとも彼女らしいことだが…
視線をそらさずにじーっと見つめる。彼女の反応を何一つ見逃さないように。
彼女は育った境遇ゆえか、気配や不調をごまかすのが上手い。
反らされることなくむけられた視線に観念したのか、彼女が小さくため息をつく。

「……ごめん。今朝から、体がだるい」



風邪をひいているらしいことを告げたら即行でドラゴンの領域を抜け、街へ向かおうとした曹操。
だけど、途中で雨が降り出して。仕方がないからたまたま近くにあった放棄された山小屋に避難して。
少しだけ建物は傷んでいたけど、風雨がしのげるならどうでもいいかなって。
曹操は今、少し外している……結局迷惑、かけちゃったな。
外は先ほどから降り出した雨の音。しとしとと降る音。冷たい雨……

「あめ……いやだなあ…」

熱に浮かされる頭で小さく呟く。あめはきらい、だって――――思い出してしまうから。
あの家での日々を、一人の辛さを、「始まりのあの日」を。
―――体を濡らす雨、視界を染める赤、響く絶叫、狂ったような笑い声。そして、身を切り裂くような…

『わたし、は………ちゃんを……たす…………だけなの』

「私のせいで」いなくなったあの子の声。

『さあ殺してしまえ。そいつはもう、人ではない。ただ人の形をした魔物だ』

「ごめんね……ごめんね」

私を助けようとしてくれたのに、死なせてしまってごめんなさい。

喪失の重さに耐えるには、一人は辛く、寂しい。
でも誰も自分のそばには来てくれない、視線を向けてさえくれない。
手を伸ばす。届かないとはわかっているけど。
熱に浮かされた思惟が解けていく。
微かな物音が沈みかけた意識を繋ぐ。視線を向けてみれば、そこには曹操の姿があった。
意識が薄れゆき、曹操に何か言ったのは確かだけど、自分が口にした言葉も判別がつかなくなって……

「――――――が、望むなら―――」

最後に、温かいものが手に触れた。



熱でわずかに潤んだ瞳が俺を捉える。
不安そうに揺れるその瞳は、常の彼女に見られないもので。傍にいないといけない気がした。

「…そーそー?」

「…なんだ」

全て聞こえていた。雨は嫌いというのも、謝罪の言葉も。
―――ここまで、弱い姿を見たのは初めてだった。
それはきっと、彼女の歩んできた壮絶な人生に起因するもので。今の俺にはどうしようもないもの。
あまりにも歯がゆい。彼女の心がまだ闇の中であることが。

「……そばに、いて?」

外見年齢より僅かに幼い声音。熱に浮かされたかのような声は、はたして彼女の記憶に残っているだろうか。
潤んだ瞳が俺を捉える。宿る光は寂しさと………わずかな渇望。

「……君が望むなら。俺が傍にいよう」

伸ばされた手を包んでやれば、彼女は安心したように微笑する。
ぎこちなく手を伸ばし髪を撫でると、とろとろと瞼が閉じていく。
規則正しい寝息が響きだした後も、しばらく俺は彼女のそばにいたのだった。



英雄を目指す少年との交流は少しずつ少女の澱を溶かしていく。
―――だが、彼女の心を覆ういまだ闇は深い。
 
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