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KAMITO -少年篇-

作者:redo
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サバイバル演習:協力編

「サクラ……サクラ、大丈夫か?」

ゆっくりと瞼を開けるサクラだが、視界がぼやけている。徐々に見えるようになった眼に映ったのは、カミトの手助けでようやく地中から抜け出したサスケと、カミト本人だった。

「サスケ君!!無事だったのね!!」

サスケが眼に映った矢先、サクラは即座に立ち上がって間髪を入れずに抱き付く。

「おい!やめろ!くっつくな!」

(相変わらずサスケ目当てだな)

サクラを介抱していたはずのカミトは完全に無視される有り様。サクラの眼中にはサスケしかいない。それはもはや自然の摂理と言っても過言ではない。

なんとかサクラを引き剥がしたサスケは、カミトの方に眼を向ける。

「それよりカミト……さっき俺らに用があると言ってたが」

明らかに、どうでもいい存在を見るサスケの眼。2人からお邪魔虫扱いされていることは自覚しているが、今は気に留めなかった。カミトはどうにか向き直って口を開く。

「2人に協力してもらいたいことがある」

「協力って?」

何を言い出すかと思っていたサクラだが、普段と違うカミトの様子を不思議に思った。

「もちろん、カカシ先生から鈴を取るための協力だ」

「「はぁ!?」」

突拍子もない申し出に、2人は呆然とした。2人を納得させようと、カミトは説明を始めた。

「もうわかってると思うけど、1対1でカカシ先生から鈴を奪うのはまず不可能だ。でも3人で連携すれば、最低1つは取れるかもしれない。そのためにも力を貸してほしい」

2人に頼み込んでみたものの、サスケとサクラはまだ納得しなかった。

「ちょっと何言ってんのよ!?鈴は2つしかないのよ!どう考えても無理でしょ!」

「くだらん。俺は行くぞ」

サクラの言葉に加え、サスケは耳も貸さずにその場を立ち去ろうとする。

「待てよサスケ、1人でどうにかできる問題じゃない。このままだと3人揃って本当にアカデミーに逆戻りすることになるんだぞ。2人はそれでもいいのか?」

「……それは……そうだけど……」

カミトの説得にサクラの心が揺れる。

「確かに鈴は2つしかない。だから合格できるのも2人だけ。でも、誰が合格するにしても、鈴を取れなきゃ無意味だ。全員不合格になるような結果だけは絶対に避けたい」

カミトの言い分にも一理あると、サクラは納得した。カカシの実力は3人ともすでに経験済み。1人だけで鈴を奪おうとするのは無謀と言える。

サクラが少なからずカミトの意見に賛成しかけた途端、背を向けていたサスケが口を開く。

「さっきは鈴に触れられた。次は確実に取れる」

「「え!?」」

サスケの思わぬ言葉に、2人は驚愕の表情を浮かべた。

(触れられた!?……俺なんか届きもしなかったのに……)

まさかサスケがそこまでの実力を持っているとは、さすがに2人も思わなかった。

「昼までもう残り時間が少ない。足手まといはごめんだ。じゃあな」

きっぱり言うと、サスケは立ち去ってしまった。

「お前の場合もうちょっと協調性を身につけろよ」

小声による呟きは当然サスケの耳に届かず、足を止めることなく徐々に離れていく。

サスケは協力戦から抜け、後に残ったのはサクラとカミトだけ。

「それで……サクラはどうするの?」

残された最後の希望を見つめるようにサクラに問う。

「え?わ、わたし!?」

「もう君しか残ってないだろ」

同意を求めるカミトだが、サスケとの間に挟まれたサクラは動揺しながらも戸惑い、交互(こうご)に2人を見る。

「………」

沈黙のまましばらく考え込み、チラッとカミトを見た。一瞬、カミトに同意したかと思われたが、違った。

「ごめん!カミト!本当にごめんね!」

詫びの言葉を残してすぐさま背を向け、再びサスケの跡を追って走り出した。

「………」

結局、カミトの主張は退(しりぞ)けられ、心に残ったのは虚しさだけだった。

「……はぁ〜……やれやれ」

ため息をつかされる上、2人には(ことごと)く失望させられる。

仲間として2人を頼りにしていたが、無駄骨という結果で終了した。2人のカミトに対するぞんざいな扱いが全ての元凶なのは明らか。サスケとサクラの力を借りれない以上、何か他の手段を考えなければならない。

(さて……どうしたものか……?)

もう一度作戦を練り直し始めるカミトの前に、ふとサスケが先ほど埋まっていた穴が眼に入った。

(この穴……)

その穴を見た直後。

(……待てよ……)

穴……埋まる……協力……分身……。

様々な単語が脳裏を横切り、パズルピースのように組み合わさっていく。脳をフル回転させ、今カミトの頭の中で完成していくパズルの答えを()(はか)ろうとした。

__数秒後。

「そうだ!」

普段、物静かなカミトにしては珍しく体を乗り出す。

「これならうまくいくかもしれない!」





サスケを地中に埋めてから數十分が経過。カカシは木の枝に座り込んだままイチャイチャパラダイスから眼を離さず、凝視している。

「残り10分ってところか……」

試験終了予定までの残り時間を確認して、そろそろ移動しようと木の枝から立ち上がる。

(もしかして3人とも、諦めちゃったのかな?)

サスケと戦って以降、誰1人として追跡してこないのが奇妙に思えて仕方なかった。

さすがに自分の実力をあれだけ見せつけられれば、下忍の3人が諦めるのも無理はない。上忍にとっては、さほど珍しいケースでもない。諦めてないとすれば、最初より慎重に動いている可能性も考えられる。どちらにしろ、今年も合格者は出ないのか、と内心では危惧していた。

担当する下忍を全員不合格にするのはこれが初めてではないが、演習に於いてカカシには独自の作法があり、これまで自身が担当した下忍は誰1人として、その作法に見合った者がいなかった。要約すると__合格者が1人も出たことがない。

(カミトもサスケも、結構いい線行ってたんだけどねぇ……)

今回も合格者は出ないと思い、スタート地点へ戻ろうと枝から飛び、他の木を伝って移動する。

しばらく移動していると__。

(ん?あれは……)

そこで不愉快な光景が眼に入った。

「さすがの俺も堪忍袋の緒が切れた!」

「それはこっちの台詞だ!」

「ちょっと!2人ともやめてよ!」

先ほど、サスケと一戦交えた場所で、サスケとカミトによる口論対決が披露されていた。

(ありゃりゃ。あいつら鈴も取りに来ないで何やってるのかと思えば……)

サスケとカミトの激しい言い争いに、サクラは今にも泣きそうな顔で2人の喧嘩を止めようとしている。

(宝の持ち腐れとは、まさにこのことだな。……さて、どうしようかな?)

カカシが考慮を始めて間もなく、ついに2人が臨戦態勢に入った。

「やっぱり痛い目に合わせないとわからないみたいだな!!」

「てめぇこそ俺がここで殺ってやるよ!!」

カミトは千切斬、サスケはクナイを構えると、互いにぶつかり合うように相手を目掛けて駆け出した。

「このおぉぉぉ!」

「死ねえぇぇぇ!」

「もうやめて!!お願い!!」

サクラの叫びはもはや2人の耳に届かず、カミトとサスケは激しくぶつかり合う。

その瞬間。

ヒュッ!

と風を切る音と共に、カカシが2人の間に割って入った。

カカシは2人のそれぞれの忍具を受け止めると、手首を返して奪い取り、2人の首に手を回して締めるように取り抑えた。

「っ!?先生!?」

「くそっ!離しやがれ!邪魔するな!」

2人はカカシの腕の中で苦しそうにもがく。

「あのねぇ、いくらなんでもやり過ぎでしょ」

カカシはいつになく真剣な形相で2人を睨みつける。

「何が原因かは知らないけどさ……試験中だってこと忘れないでくれる」

もがくのを止めたカミトが言う。

「でも、先生……これは元はと言えばサスケが……」

「はいはい、言い訳しないの。もう試験は中止にするからね」

カカシの言葉にカミト、サスケ、サクラの3人がっくりと肩を落としてしまう。

するとカミトは、ゆっくり口を動かした。

「あの……先生……」

「ん?なんだ?」

カミトの消え入りそうな声を聞いたカカシは、少し気の毒に思いながらも聞き返した。

「……忍者は裏の裏を読むべし」

「え?」

自分がカミトに教えた言葉を急に言われ、異変を感じたカカシの身が強張った。

「今だ!」

カミトの合図と共に、2人が動き出した。

「おう!」

「了解!」

ガバッ!とカミトとサスケが、逆にカカシの腕を取り抑え、今度はサクラが背後から()()()めする。

「何!?」

次の瞬間。

ザバァ!

突如、カカシの足元の後ろ側に位置する地面が崩れ落ち、穴が出現した。

(この穴はまさか……!?)

幅は広く、深さは5メートルくらいだろう。だがそんなことは関係ではない。問題なのは、穴の奥底から地面に湧き上がってきた者だ。

シュッ!と再び風を切る音が発生したと思いきや、穴の底からカミトが勢いよくジャンプで現れた。

(カミト!?ならこっちのカミトは……!)

カカシの推測の答え合わせをするかのように、サスケとサクラが煙を発生させ、正体を現した。

「っ!?」

白い煙が消失した時、カカシを取り抑えていたはずのサクラとサスケの姿が、カミトに変わった。合計3人のカミトに抑え込まれ、身動きが取れないカカシは周囲を見渡そうと顔を後ろに向けた。

「行くぞ!!」

カカシの後方から、突如として声が響く。

(ヤバい!)

カカシの顔にはこれまで見せてきた余裕の色は一切なく、焦りと驚愕に満ちていた。

「くそ!動けん!」

カカシはなんとかして拘束を解こうともがくが、両腕は2人の分身カミトのせいで塞がり、背中からも抑えられている。最初の時は影分身1体に抑えられていたからまだしも、3人に取り抑えられたとなると拘束を解くのは難しい。

地中に潜んでいたカミトは、勢い良くカカシの腰元に手を伸ばした。

そして。

チャリン!

鈴の音が鳴った。

「やったぁぁぁ!!」

絶叫に等しいカミトの歓喜が森中に響き渡った。





カカシを拘束していた3体の影分身を解き、白い煙と共に消えた。ようやく自由になれたカカシは背伸びをし、カミトに眼を向けた。

(まさか本当に俺から鈴を奪い取るとはなぁ……)

完全にカミトに出し抜かれ、気が抜けたように穴の底に腰を着け座り込んだ。

カミトは穴を埋め、元の状態に戻し終えた直後、カカシを見下ろしながら鈴を前に出し、言った。

「お疲れ様でした」

達成感に満ちた笑みでカカシに頭を下げた。

その(いさぎよ)い様子に、カカシ自身も妙に清々しい気分になった。

(影分身に演技をさせ、俺の両腕と胴体を封じ込み、更に穴から奇襲を仕掛ける。かなり奇想天外な方法だが……中々考えたじゃないの)

内心でカミトを褒め称え、勝利を祝福した。不思議とカカシには負けた悔しさなど微塵(みじん)もなかった。

ジリリリリリリリリ!!

演習場の森全体に響くほどのタイマー音が試験終了を知らせた。











ついにカカシから鈴を奪ったカミトは、まだその時の歓喜を忘れずに持っていた。

「まさか本当に鈴を奪えたなんて……自分でも信じられませんよ」

奪った鈴を掌に置いたままジッと見つめながらも、自分の成し遂げた課題に仰天していた。

カカシとカミトは集合地点までゆっくりと並んで歩いていく。

「まぁ、確かに俺も自分の眼を疑っちゃいそうだが、お前は俺から見事に鈴を奪った。それは紛れもない事実だ。大した奴だよ、お前は」

カカシは頭を掻き、カミトの快挙(かいきょ)に満足そうに褒め称えた。

「いや、別にすごい偉業を成し遂げた訳じゃありませんから……そんなに褒め称えなくても……」

褒められることに慣れてないのか、謙遜する。

(随分と控え目だな)

自分に力があっても、それを過小評価し、鼻に掛けようとしない。立派に思える心掛けだった。そう思いながらカカシは、カミトの掌の鈴を凝視している。

「まさかサスケを埋めた穴を利用するとはなぁ。あんな古典的な手に引っかかっちまうとは、俺も焼きが回ったかな?」

少々悔しく思いながらも気を取り直し、カミトに質問した。

「しかしカミト、どうやってあんな奇想天外な作戦を思いついたんだ?」

普段は落ちこぼれキャラとして見られるカミトが、あんな匠なトラップを考えついたのかが不思議だった。

「最初にカカシ先生と戦った時から、1人で戦うのは無謀だと気づいてました。でも、一応影分身による陽動は効果がありましたから、色々考えた末……罠に誘い込むのが一番だと結論づけました。そしたら、ちょうどサスケが埋まってた穴が眼に入って……それでさっきの作戦を思いついたんです」

なるほど、といった具合にカカシは顎に手を当てる。

(3体の影分身に変化の術を応用し、7班全員が争っているように見せかけ、俺が止めに入ったところで取り抑え、穴に潜んでいた本体が奇襲を仕掛ける。前回の反省点と自分の弱点をちゃんと自覚した上で作戦を練るとは……。成長の速さは、3人の中では一番かもしれないな)

カミトの成長速度と忍耐は、忍としての才能と言える。その才能に大いに感服したカカシだが、まだ納得できない部分があった。

「だが、どうして仲間割れの演技をして俺を誘き出そうとしたんだ?それで俺が止めに入る保証はなかったと思うが?」

そう訊かれた途端、カミトの口元が微かに強張ったが、すぐに穏やかな声で答えた。

「……確かに、カカシ先生が絶対に引っかかる保証があったわけじゃありませんが……教師なら、教え子の争いを止めるのは責務のはず」

「どういう意味だ?」

カミトの言葉の意味がうまく捉えられず、カカシは聞き返した。

「カカシ先生が教え導くはずの俺達がいなくなってしまったら、先生の存在意義はなくなってしまう。つまり……」

論理的な説明から、心温まる人情的な説明へと変わった。

「生徒を失うというのは、教師にとって悲惨なこと。俺達が仲間割れしてたら、カカシ先生は心を痛めたはず。……まぁ、俺なりに先生を信じたってことです」

「カミト……」

彼の微笑みにカカシは呆気に取られた。同時に、カミトの言葉にかつての恩師と同じ面影を感じた。

(今の言葉、ミナト先生の言葉によく似ているな。心が広いと言うか、寛大(かんだい)と言うか……物事の真理をよく見通しているな)

内面的なカミトの魅力が父親譲りであることに誇らしさを感じた。

青空のような澄んだ青い瞳と、木ノ葉の里を象徴する青葉のような緑髪を見て、母親似のカミトにも確かな父親の魅力が引き継がれていることが確かめられた。何より、母《千手レナ》の使っていた忍刀《千切斬(ちぎりざん)》を肌に離さず大切に持つ姿があまりに純情だった。

そして、しばらく歩行している内にスタート地点に戻っていたサスケとサクラの姿が視界に飛び込んできた。

「サスケとサクラはもう着いてるみたいだな。カミト、2人に自慢できるぞ」

と、カカシが言った途端。

「いや、2人に自慢するつもり、ありませんから」

皮肉な口調を噛まし、不貞腐(ふてくさ)れたような態度を取る。先ほどまでとは違う珍しい態度に、カカシは眼を丸くした。

「どうしたのお前?何かあったのか?」

話すべきかどうか少々躊躇ったが、5秒くらい経って唇を動かした。

「……ちょっと、いざこざがあって……」

カミトの手短に説明し、カカシはこれまでの顛末(てんまつ)を理解した。

「なるほど。本当なら3人でやるつもりだったのか」

「ええ。もし2人が協力してくれていれば、穴も影分身も必要ありませんでした」

寛大なカミトも、今回ばかりは他人を責められずにはいられなかった。2人のせいで無駄な労力を使う羽目になった上、自分の意見を拒否されたのだから当然である。

(さて……どうするかな……?)

今回の試験の目的をまだ3人には明かしていないカカシは戸惑い、次にどんな手を打つか考え込んだ。

本来、サバイバル演習とは班の協調性をテストするための試験。鈴を取れなくても、3人が互いに協力して立ち向かえば、それだけで合格にするつもりだった。カミトの話を聞いた限りでは、サスケとサクラは自己中心的な面があり、協調性に欠けていると判断できる。その反面、カミトはチームワークの重要性を充分に理解している。

合格か不合格の選択肢しかないこの試験で、カカシは自分の実力で鈴を勝ち取ったカミトを必然的に合格させるつもりだが、かと言ってサスケとサクラを不合格にさせる訳にもいかなかった。できれば3人一緒に合格させたいと考えたカカシは、奥の手を使うことにした。





時刻は正午を過ぎており、スタート地点に辿り着いたカミトとカカシ。すでに3本丸太前の地面で座り込んでいたサスケとサクラを含め4人が再集結した。

カミト、サスケ、サクラ、彼ら3人の腹はすでに限界を超えており、今にも地面の草を取って食べてしまいそうな勢いだ。着いたばかりのカミトも終わったという安心感に浸った途端、地面に座り込んでしまった。

「お〜お〜、腹の虫が鳴っとるねぇ、君達」

3人の疲れ切った様子を面白そうにからかった。しかし、すぐに真剣な面持ちに戻ったカカシは演習の講評を発表する。

「ところで、この演習についてだが。サスケ、サクラ……お前ら2人は、アカデミーに戻る必要はない」

「「!?」」

その言葉に、サスケとサクラは驚きと戸惑いが入り混じった表情を見せた。

「え!?わたし、気絶してただけなんだけど?いいのかな、あれで?」

(愛は勝つ!しゃーんなろー!)

同時に《内なるサクラ》の声が自身の内心に響く。

「ふん」

素気なく返事をしたが、サスケも内心では少なからず喜びを感じていた。

鈴を取れることが叶わなかった2人は、自分達の実力や判断が評価されたからこそ合格した、と確信していた。今のカカシの遠い言い回しでは、そう解釈できる。

「じゃ、じゃあ先生!わたしとサスケ君は……!?」

意気揚々と尋ねられ、カカシは笑顔で答えた。

「……そう、お前ら2人とも……」

しかし、返ってきたのは厳しい一言だった。

「忍者をやめろ!」

「「「!?」」」

その言葉に、場の空気、そして班の全員が凍りついた。

鈴を取れたカミトでさえ、カカシの非情な一言に反応せざるを得なかった。

「先生!それはいくらなんでも度が過ぎますよ!」

声を上げたが、カカシは耳を貸す素振りすら見せなかった。

「カミト、お前は黙ってろ。今大事な話をしてるところだから」

カカシの意図が掴めず、サクラは必死になって問いただした。

「そんな!確かにわたし達、鈴は取れなかったけど、ベストを尽くしました!それなのに、なんで忍者をやめなきゃいけないんですか!?」

サクラの弁解も虚しく、眼を見開いて厳しい口調を続けた。

「ベストを尽くすのは当たり前だ。忍者は結果こそ全て。どんな事情であれ、目的を果たせなければその時点で終わりだ。忍の世界に中間なんて都合のいいものはないんだよ」

「でも、それじゃカミトは!?わたし達が忍者をやめるなら、カミトはどうなるんですか!?」

サクラの必死な抗議に、カカシは衝撃の事実を口に出す。

「カミトは問題ない。こいつはちゃんと、俺から鈴を取ったんだからな」

「え!?」

「!?」

サスケとサクラが一気にカミトへ注目の視線を送る。カミトは、自分だけが鈴を取ったことを2人に知られた途端、気まずそうに人差し指で頬を掻く。

(カミトが鈴を取った!?一体、どういうこと!?)

(こいつがたった1人で鈴を……!?)

2人にとってはあまりに刺激が強く、事実をうまく受け止められず頭が混乱した。自分達よりも下と思われていたカミトが、自分達にできなかったことを成し遂げたのだ。認めがたいのも無理はない。

何よりサスケはプライドを大きく傷つけられ、不意にカカシに向かって駆け出した。

「くそったれが!!」

今すぐにでも鈴を取ろうと動き出したサスケだったが、あっという間に(うつぶ)せに倒されたサスケの背中に、カカシが座り込んだまま左腕を掴み、更には右足でサスケの頭を踏みつけ、いとも簡単に押さえられてしまった。

「だからガキだってんだ」

「サスケ君を踏むなんてダメー!!!」

サクラの甘ったれた言葉が引き金になったように、カカシは機嫌を損ねたように喋り出す。

「お前ら……忍者を舐めてんのか!?あ!?なんのために班ごとのチームに分けて、演習やってると思ってる!?」

カカシの鋭い視線は、サクラをゾッと震えさせた。

「ど、どういうこと?」

恐々と震えながらも、サクラは問う。

「つまり……お前らはこの試験の答えをまるで理解していない」

緊迫した空気の中、カミトは2人を擁護(ようご)しようと口を開いた。

「答えって……鈴を取るのが試験の目的じゃないんですか?」

「それは単なる課題だ。俺の言う答えとは、この試験の合否を判断する答えだ」

カミトの問いに、カカシは率直に答えると、未だに怯えるサクラが尋ねる。

「だから……さっきからそれが知りたいんです」

「ったく!……それはな、チームワークだ!」

「「「!?」」」

カカシの一言に、再び場の空気が固まる。

「……3人で俺にかかってくれば、鈴を取れたかもしれない。そうだろ」

カカシの放った答えに、サクラは納得のいかない声を上げる。

「でも、鈴が2つしかないんですよ!?最初に先生が、取れなかったらアカデミーに戻るって言ったのに、なんでチームワークなんですか!?だってそれじゃ、例え3人で鈴を奪っても最低1人はアカデミーに逆戻り!それじゃチームワークどころか仲間割れよ!」

「当たり前だ!これはわざと仲間割れするよう仕組んだ試験だ!」

「え!?」

「なんだと!?」

サスケとサクラの2人は、腑に落ちなかった。

「この試験は、どんな理不尽な状況下でも、自分の利害に関係なくチームワークを優先できるかどうかを見極めるのが目的だった。その点に於いてはカミトが一番その答えに近かったわけだ」

(なるほど、そういうことか)

それを聞いたカミトは、最初自分の言い分を途中でカカシに遮られた理由を納得した。

「しかし、お前ら2人ときたら……」

一旦、話を遮断したカカシは、まず最初にサクラを睨みつけた。

「サクラ……お前は何をするにしても、どこへ行くにしても、常にサスケのことばかりで、カミトのことは無頓着(むとんじゃく)

続いて、サスケに眼を向ける。

「サスケ……お前は2人を足手まといと勝手に決めつけ、単独行動」

「くっ!」

カカシからの評価を素直に受け止められないサスケは、悔しそうに舌打ちした。

「そして何より……お前らはカミトが協力を求めてきた時、どうして力を貸さなかった?仲間を見捨てて自己の利益を優先するなど、忍者の風上(かざかみ)にも置けん!」

その言葉に納得できたサクラは胸を痛めた。

確かに、カミトは自分達と違ってチーム全体を優先した。サクラは今になって、自分の身勝手さを痛感する羽目になった。

「アカデミーの説明会でも言われた通り、任務はスリーマンセルで行う。確かに忍者には卓越(たくえつ)した個人技能も必要だが、それ以上に重要視されるのはチームワークだ」

カカシは(おもむろ)にウエストポーチに手を入れながら続けた。

「チームワークを乱す個人プレイは、仲間を危機に落とし入れ、殺すことになる。例えば……」

不意に、カカシはポーチから取り出したクナイをサスケの首元に宛てがう。

「「「っ!?」」」

一瞬の出来事に、3人の身が強張る。

「サクラ!カミトを殺せ!さもないとサスケが死ぬぞ!」

「え!?」

突然、脅迫されたサクラは驚きのあまり、挙動不審にカミトとサスケを見回す。

「と、こうなる。人質を取られた挙句、無理な選択を迫られ殺される。任務はこういった命がけの仕事ばかりだ」

カカシはそう言うと、ようやくサスケを解放した。一瞬、本気にしたカミトとサクラは、ふぅ〜、と息を吐きながら安心した。そして今度は、丸太の裏に建てられている石碑(せきひ)に歩み寄った。

「これを見ろ、この石碑に刻まれた無数の名前。これは全て、英雄と呼ばれている里の忍者達の名前だ」

「それって……」

カカシの静かな口調にカミトは察した。

「そう、これは慰霊碑(いれいひ)。任務中に殉職(じゅんしょく)した英雄達だ。この中には、俺の親友の名も刻まれている」

一瞬、悲しげな表情となったカカシだが、すぐさま険しい顔つきで3人に振り返り、サスケとサクラに付け加える。

「サスケ、サクラ……俺の話を聞いて自分の反省すべき点がわかったなら、最後にもう一度だけチャンスをやる」

「え!?ほ、本当に!?」

合格できる機会を与えられたことに、サクラは希望を抱いた。

「ただし、次は最初よりもっと過酷な鈴取り合戦だ!」

カカシの冷酷な口調に、サスケとサクラは息を飲んだ。しかし、カカシはそんな2人の様子など気にせず、更に厳しい条件を突きつけた。

「不甲斐ない結果の罰として……サスケ、サクラ、お前ら2人は弁当抜きだ」

「え!?そ、そんな……」

カカシの言葉に、サクラから明るさが失われ、沈んだ顔つきとなる。前日から何も食べてない上に昼食まで抜かれれば、死ぬほど疲労するに違いない。

次いで、カカシはカミトに一言加える。

「カミト、お前は合格だ。弁当食ったら帰れ。後のことについては追って連絡する」

「でも……」

気まずい感じで、サスケとサクラに眼を向ける。その様子を見て、カカシは更に強く念を押した。

「言っておくが……ルールを破って2人に弁当を食わせるような真似をしたら、お前もその時点で不合格だ。わかったな?ここでは俺がルールだ」

「………」

あまりに非情なカカシに、カミトは言葉を返せず無口になってしまった。

念を押したカカシは、サッと姿を消してしまい、後には合格者1人と、空腹感に見舞われる不合格寸前の2人が残された。

ギュルルと腹の音が鳴り響かせ、ついに限界を超えた2人は、俯いたままピクリとも動かなくなってしまった。サスケも普段のクールな様子と違い、どこか辛そうに遠くを見ていた。

「………」

すると突如、カミトが微かな声で2人を呼んだ。

「サスケ、サクラ……」

声に気づいた2人が、チラリと視線を送ってきた。

「食べろ」

なんとカミトが、3つあった弁当の内2つを差し出した。

「「!?」」

突然のカミトの行動に、サスケもサクラもほぼ同時に驚愕した。

「ちょっとカミト!どういうつもりよ!?先生の話、聞いてたの!?」

サクラは動揺しながらも、彼女の瞳が真っ直ぐカミトに向けられる。

「もちろん聞いてたよ」

「だったらどうして!?あなたもわたし達も失格になっちゃうのよ!?」

サクラもサスケも、カカシの言葉に縛られて弁当を受け取ろうとしない。そんな2人に、カミトはとうとう声を荒げた。

「こんな結果……俺は認めない!」

「!?」

普段は物静かで天然なカミトの剣幕な態度に、サクラは黙り込む。

「俺、まだ2人のことを許していないから」

「許す?……はっ!」

カミトが協力を求めた時のことを思い出したサクラは、自分の身勝手さを再び痛感した。

「カカシ先生の言う通り、もし2人が協力してくれれば、3人揃って合格できた。一応、2人には挽回のチャンスが与えられたけど、空腹で弱ってる今の2人じゃ、カカシ先生に太刀打ちできない」

力及ばずカカシに呆気なくやられ、不合格となった2人の姿が眼に浮かぶ。

「だからこのまま2人が不合格になるなんて、俺は絶対に許さない」

カミトの強い口調に、サクラもサスケも言葉を返せなかった。改めてカミトは、強く弁当を2人に突き出した。

「本当に悪いと自覚してるなら、弁当を食べろ。もしカカシ先生に訊かれたら、俺が3つとも食べたって言っておくから」

「で、でも……」

「ふん」

未だに不安に駆られたサクラは困惑していたが、サスケはスッとカミトから弁当を受け取った。

「さすがサスケは物わかりがいいね。ほら、サクラもさっさと食べる」

先ほどまでの険しい表情はなくなり、優雅な微笑みでサクラを見る。

「カミト……」

その笑顔が眼に映った途端。

「ごめん……本当に……ごめんね」

サクラの眼に大粒の涙が頬を伝って溢れ、サスケ同様に弁当を受け取り、満足そうに食べ始めた。

「勘違いするな、カミト。これは俺のためだ。お前の施しなんか受けるつもりはない」

勢いよく弁当に貪り食いながらも、自分のプライドを突き通すサスケに、カミトは(ほが)らかに笑いながら言った。

「素直じゃないところは昔のまんまだな、サスケ」

「………」

照れ臭くなったサスケが食べる勢いを強める。朗らかに笑うカミトの態度がサクラにも伝染し、緊張が徐々に(ほぐ)れていくようだった。

2人は改めて合格する決意を固め、士気を高めた。

「よし!サスケ君!次はあたし達2人だけで頑張りましょ!」

「……次は必ず奪ってやる。だがそれには、作戦が必要だ」

サスケはグッと手に力を込める。

「そういえば、どうやってカカシ先生から鈴を取ったの?」

参考のため、サクラは問う。これから再び鈴取り合戦をする2ににとっては、是非聞いておきたい内容だ。

「ああ、実は……」

3人のチームワークが高まり、弁当を食べながら次の作戦について話し合っていた。

ようやく、この班にも連帯が生まれた瞬間。

「お前らぁああああああ!!」

「「「!?」」」

突如、大きな白い煙が上がり、その中からカカシが鬼のような形相で3人に突っ込んできた。

「うわっ!!」

「きゃあああああああ!!」

「っ!?」

あまりに予想外の出来事に悲鳴を上げた3人は、不合格という恐怖に縛られ、硬直してしまった。

アカデミーへの逆戻りを覚悟させられた、その時。

「合格♡」

鬼の形相から一転、満面な顔のカカシが意外すぎる言葉を放った。

「……は?」

「……え?」

「……ん?」

意味不明にもほどがある言葉に、3人は身構えたまま未だに硬直状態。

「合格!?」

「なんで!?」

「どういうことだ!?」

状況を把握しきれない3人は、意気投合にカカシに理由を問う。

「お前らが初めてだ。俺から奪ったのも、俺の言うことを素直に聞かなかったのもな。だが、それでいい。それがお前らと盆暗(ぼんくら)どもの違いだ」

告げ口するように、カカシは話を続けた。

「忍者は裏の裏を読むべし。忍の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる。けどな……仲間を大切にしない奴は……それ以上のクズだ!」

最後の部分だけが強調して言われ、3人とも心を打たれた。特にカミトは、今までの自分の選択は間違っていなかったと思い、少しだけ自分を誇らしく感じた。

「何よりカミト、お前は大活躍だった。俺から1人で鈴を取ったのもそうだが、お前がいたからこそ、この班に絆が生まれた。よくやったぞ」

「……いや、そんな。買い被り過ぎですよ」

律儀と言うか素直でないと言うか、カミトの謙遜な態度には感心させられるカカシだった。しかし、カミトは心の底から嬉しそうに笑っていた。それと同時に、1つの疑問をぶつけた。

「先生、俺が2人に弁当を渡さず、あのまま帰っていたら……もしかして……」

「ああ、お前が考えてる通りだ」

カミトの思考を読み取ったかのように、疑問に答える。

「特別扱いしてやりたかったけど、生憎1人だけ合格ってわけにもいかなかった。もしもあの時、お前が2人を見捨てて帰っていたら、当然不合格にしていたね」

「やっぱり、そんなことだろうと思った」

危うく不合格にさせられる思いで2人に弁当を渡した行為が、逆に合格することになった。少し皮肉な気もするが、より自分を誇らしく思えるようになった。

(カミトの助けがなかったら、今頃どうなっていたか……)

サクラは肝を冷やしながら内心で唱えるが、カミトがこの班に居てくれてよかった、と感謝していた。

まだ未熟な少年少女が、これからどのように成長していくのか。カカシは期待と不安の両方を抱えるのであった。
 
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