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いろいろ短編集

作者:ゆいろう
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花咲く果実

 
前書き
原作:ラブライブ!
オリ主が登場します。 

 





 ――ずっと、その人のことが気になっていた。




 それは、私――高坂穂乃果(こうさかほのか)が中学三年生だった頃。


 四月のクラス替えで、その人とは初めてクラスメイトになった。


 しばらく時が経ち、クラスでのグループみたいなものが固まりつつあっても、その人はいつも一人だった。
 誰かと会話しているところを見た事が無い。いつも自分の席に座り、黙々と文庫本を読んでいた。


 見た目は悪くない。スラッとしていて、むしろカッコイイ方だったと思う。


 いつも一人でいるその人を、私は密かに目で追っていた。
 一度、海未ちゃんとことりちゃんに気付かれて取り乱した事もあったけど、それでも私はその人を横目で眺め続けていた。


 熱心に本を読むその姿は何だか神秘的で、人を寄せ付けない雰囲気があった。


 でも、どうしていつも一人なんだろうと私は疑問に思った。
 みんなで一緒にいる方が楽しいのに。


 でも私は、その人にそれを言おうとは思わなかった。いや、言えなかった。
 他人を寄せ付けない雰囲気の中、珍しく私は話しかける事を躊躇ってしまった。


 それに……不思議だけど、その人には一人でいる姿が似合っていた。


 みんなと一緒にいる方が楽しい私と、一人でいる姿が似合う彼。




 ――きっと私は彼と、仲良くなれないのだろう。




 結局、クラスメイトだった中学三年生の一年間。私と彼が会話する事はなかった。




 そして、私は高校二年生となった。




***




 μ’s(ミューズ)の練習が終わった後、私は実家の和菓子屋『穂むら』の仕事を手伝っていた。
 手伝うといっても、カウンターに座ってレジや接客をするだけの簡単な仕事だ。


 今日はあまり客が来ないまま、そろそろ閉店の時間になろうとしていた。


「……もうお客さん来ないだろうし、お店閉めちゃおっかな」


 少し早いけど、私は店のシャッターを閉めようとカウンターから出ようとした。


 その時だった。


 一人の男性客が、店に入って来た。


「いらっしゃませー!」


 まだ接客をしなければならない事に、私は少しだけ肩を落としたが、仕事は仕事。そこはきちんと接客をする。


 再びカウンターに戻り、暇だったので男性客に視線を向けた。


 近所の共学校の制服を着た、背の高いスラッとした男子高校生。
 そして端正なその顔立ちに、私はどこか既視感を覚えた。


「すいません、会計お願いします」


 その人がカウンターに商品を置き、私にそう言った。


 ただの店員と客のやり取り。
 けど、その声を聞いて、私は彼が誰だったか完全に思い出した。


「あれ? 高坂……だよな?」


 先に彼が私を見て、思い出したように口にする。


高槻(たかつき)君……だよね? 中3の時、クラスメイトだった」


 私も彼の顔を見てハッキリとそう言う。
 この時の私は、彼が高槻君だとほぼ確信していた。


「ああ、やっぱり高坂か。俺の事なんてよく覚えてたな」
「だって高槻君、目立ってたから」
「目立ってたか? 割と大人しくしてたと思うんだけど」
「いやぁ、大人しすぎて逆に目立ってたっていうか……よく分かんないけど、そんな感じ」
「ああ、そういう事か。納得」


 そう言って高槻君は笑った。
 彼の笑うところを始めて見て、私は少し得したような気分になる。


 高槻実弦(たかつきみつる)、それが彼の名前。


 中学三年生の一年間だけ、私たちはクラスメイトだった。
 その時、私は高槻君と会話した事なんて無かったから、今こうして自然と会話しているのが不思議だ。


「そういえば、高坂ってここで働いてるんだな。バイト?」
「ううん。ここ、穂乃果の家なんだ」
「へぇー、ここ高坂ん()だったんだ」
「うん! だから穂乃果、手伝わされてるの!」
「手伝わされてるって、嫌々やってるのかよ……」


 そう言って高槻君がまた笑った。それに釣られて私も笑ってしまう。
 高槻君との会話は、新鮮で楽しい。μ’sのみんなとの会話とはまた違った面白さがある。


 こんなに楽しいと知っていたら、中学の時に話しかければ良かった。
 ふと、そんな後悔の念が押し寄せる。


「そうだ、高坂ってどこ通ってるんだ?」


 高槻君が私に尋ねる。
 何だか、彼が私の事を知ろうとしてくれているみたいで嬉しい。


「音ノ木坂だよ! ことりちゃんと海未ちゃんも一緒なんだ!」
「ことり、海未……あぁ、いつも一緒にいたあの二人か」
「うん! それでね! 穂乃果、ことりちゃんと海未ちゃんと、音ノ木坂で出来た友達と一緒に、スクールアイドルやってるんだ!」


 久しぶりに高槻君に会えたからか、私は舞い上がってついついそんな事まで言ってしまう。
 高槻君に、もっと私の事を知ってほしい。そんな欲求が不思議と湧いてくる。


「アイドル……」


 すると高槻君は表情を曇らせ、思いつめたようにそう呟いた。
 けど、私はもっと自分の事を知ってほしくて更に話を続けた。


「そう、μ’s(ミューズ)っていうグループなんだ! 高槻君知ってる?」
「いや、知らない」


 さっきまでとは違い、どこか冷めた口調で答える高槻君。
 私は何とか彼に興味を持ってもらおうと、一つの提案をした。


「そうなんだ……あっ、じゃあ見る?」
「見るって、何を?」
「スクールアイドルの穂乃果! 映像があるんだ!」
「……いや、いい」


 当然食いついてくると思っていた私は、断るという高槻君の反応に驚いた。


「えぇー! 何でなのー!?」


 だから私は、その理由を聞き出そうとした。
 すると高槻君は――


「アイドル、興味ないし」


 本当に興味が無いと感じさせる冷たい口調でそう言った。


 でも、実際に見たら興味を持ってもらえるだろう。
 だからつい、子供のような駄々をこねてしまう。


「何でなのー! 穂乃果が歌って踊ってるところ見てよー!」
「いや、だから……ったく、分かったよ。見ればいいんだろ、見れば」
「本当っ! 見てくれるの、やったー! じゃあじゃあ、二階の穂乃果の部屋で待ってて! 穂乃果もお店を閉めたらすぐに行くから!」
「あ、あぁ。でもその前に、これ会計してくれると助かる」
「あっ……ゴメンね、今するから!」


 言われて私は、高槻君がカウンターに置いていた商品の会計がまだだった事に気付いた。


 急いで会計を済ませると、私は高槻君を自室に案内した。
 それから店の前に閉店の看板を出して、私は高槻君の待つ自室に向かった。




***




 部屋に戻った私はパソコンを開き、高槻君と並んでμ’sの動画を見た。


 動画を見てる途中、私は何度も横目で高槻君の表情を伺った。
 μ’sの動画を見る高槻君は、よく分からなかった。


 楽しそうに見ている訳ではなく、かと言ってつまらなそうという訳でもない。
 ただ普通に、動画を見ているように感じた。


「ねぇ、穂乃果どうだった!?」
「……さぁ、俺にはよく分からなかった」
「むぅ……なんかこう、可愛かったとかさ!」


 薄い反応をする高槻君に、私はムッと頬を膨らませた。


 すると高槻君は、一際鋭い目つきで私を見てきた。
 その視線が何だか怖くて、私は少し気圧されてしまう。


「なに、高坂。俺に可愛いって思われたいの?」
「……」


 意地悪な質問。
 私はそれに何と答えればいいのか分からず、言葉に詰まった。


「……可愛くないね」


 あまりにも容赦無く、高槻君は私に向けてハッキリとそう言った。


「っ! ちょっと酷いよ高槻君! 穂乃果の目の前で言わなくてもいいじゃん!」
「じゃあ陰口ならいいの?」
「そ、そういう事じゃなくて……とにかくダメなの!」


 さっきまで楽しかった会話が一転、喧嘩になってしまう。
 思いもよらない言葉を浴びせてくる高槻君に、何だか調子が狂う。


「ふーん……図星だったんだ?」


 冷めた視線で私を見る高槻君。


「とにかく、俺はアイドルには興味ない……いや、アイドルが嫌いだから」


 アイドルが嫌い。
 その言葉がグサリと胸を抉った。


 アイドルが嫌いな高槻君と、アイドルが大好きな私。


 ――やっぱり私と高槻君は、仲良くなれないのかな。


 高槻君は腰を上げ、私の部屋から出て行こうとする。
 このまま高槻君と別れてしまったら、私は彼とずっと仲良くなれないだろう。


 私は、高槻君と仲良くなりたい。


「……そうだね、高槻君の言う通りだと思う」


 自分ではよく分からないけど、きっと高槻君の言った通りなんだと思う。


 ドアノブに手をかけたところで、高槻君は私に背を向けて立ち止まっていた。
 その男の子特有の大きな背中に、更に言葉を投げかけていく。


「穂乃果は、高槻君に可愛いって思ってもらいたいのかも」


 そう、全部高槻君の言った通り。


 中学三年生の頃から持ち続けた願望。


 私は、高槻君と仲良くなりたい。
 高槻君の事を、もっと知りたい。




 私は、高槻のことが――




「今気づいたの。穂乃果は高槻君のこと……ずっと前から好きだったんだって」




 あぁ、やっと言えた。




***




 ――ずっと、その人のことが気になっていた。




 太陽のようにいつも明るくて元気な、中学三年生の時のクラスメイト。


 気が付けば、彼女の事を目で追っていた。
 本を読むフリをして、横目でその人の姿を見追いかけていた。


 いつも一人でいる俺とは違う。
 彼女の周りには自然と人が集まってくる。


 まるで太陽の光を求めるように、誰もが彼女に吸い込まれるように。


 いつも明るく元気で、笑顔が可愛い人だった。


 きっとこの感情は、恋なのだろう。
 俺はその人に、恋をした。


 何度も彼女に話しかけようとした。
 一歩でもいい、彼女に近づきたかった。


 でも、俺にそんな勇気は無かった。


 いつも一人でいる俺と、いつも周りに人がいる彼女。




 ――きっと俺は彼女と、仲良くなれないのだろう。




 結局俺は、一度も彼女に話しかけられないまま、中学を卒業した。




 そして、高校二年生のある日。


 とある動画サイトで、偶然その人と再会した。
 動画の中の彼女は可愛い衣装を着て、歌って踊っていた。


 スクールアイドル、μ’s(ミューズ)


 その人は、アイドルになっていた。


 みんなに笑顔を振り撒き、みんなに元気を与える偶像。
 それでも、彼女の笑顔は以前より眩い光を放っていて。


 そのあまりの眩しさに、俺は目を逸らしてしまった。




 ――アイドルなんて、嫌いだ。




 俺にはその姿が眩し過ぎて、目を開ける事すら出来ないから。


 つい先ほど彼女に向けて放ったその言葉に、彼女は悲しそうな表情になる。


 違う。俺が見たいのは、そんな悲しい顔じゃない。


 本当は分かっていた。
 この感情が、ただの嫉妬だという事を。


 以前は、そのあまりの眩しさに目を逸らしてしまった。


 今日もまた、一度は逸らしてしまった。


 でも、今度こそ逸らさない。




「今気づいたの。穂乃果は高槻君のこと……ずっと前から好きだったんだって」




 後ろを振り向き、彼女を直視する。


 これがきっと、俺が彼女に――高坂穂乃果に近づけるラストチャンス。




「俺も……高坂のこと、ずっと好きだった」




 あぁ、やっと言えた。




***




「えっ……?」


 高槻君は、胸の奥から絞り出すように言葉を紡いだ。
 その言葉を聞いて、胸の奥に熱い何かが流れ込んでくる。


「高槻君、今なんて……」


 もしかしたら、私の聞き間違いかもしれない。
 そう思って私は再度、高槻君の言葉を聞こうとした。


「だから……俺もずっと好きだったんだよ、高坂のことが」


 その言葉を聞いて、私はホッと胸を撫で下ろす。


 良かった、私の聞き間違いじゃ無かったんだ。


「えへへ、高槻君も穂乃果と同じだったんだね」
「……そうだよ、悪いかよ」


 バツが悪そうに……いや、恥ずかしそうに高槻君はポツリと漏らした。


 今なら分かる。
 さっきまでの意地悪な態度は、恥ずかしかったからなんだと。


 愛情の裏返し。
 好きの反対は無関心だって、どこかで聞いた事がある。


「ううん……穂乃果、嬉しいなぁ……」
「お、おい、泣くなよ高坂」
「えっ……?」


 高槻君がオロオロと慌てて、私に指摘する。
 言われて初めて、私は涙が頬を伝っている事に気が付いた。


「あはは、おかしいなぁ……穂乃果、何で泣いてるんだろう……」


 止めようと思っても、一度堰を切った涙は止めどなく溢れ出てくる。


「ちょっ高坂、さっきは嫌な事言って悪かった。だから泣くなって」


 温もりのある優しい声色で、高槻君は私を心配そうに見つめる。


「ううん、違うの。穂乃果、嬉しいの。嬉しくて、涙が止まらないの」
「高坂……」


 高槻君に――好きな人に“好き”と言われる事が、こんなにも嬉しいものなんだって、私は知らなかった。


「ねぇ……高坂じゃなくて、穂乃果って呼んで?」


 高槻君に名前で呼ばれると、きっともっと胸が温かくなるだろう。


「…………穂乃果」


 あぁ、やっぱり嬉しい。


「……うん! ありがとう、実弦(みつる)君!」


 だから私も、彼を名前で呼ぶ。


 好きな人を名前で呼ぶのは少しだけ恥ずかしいけど、私まで嬉しい気持ちになる。


「……名前、知ってくれてたんだな」


 驚いたように実弦君は口にする。
 そんなの、覚えているに決まってる。


「もちろん! だって、好きな人の名前だよ。中学三年生の時から、一度も忘れた事なんて無かった」
「……そっか」


 実弦君は優しく微笑んだ。
 その表情は、嬉しさを噛み締めているように映った。


「俺たち、ずっと両想いだったんだな」
「……そうだね。えへへっ」


 何だか、胸の奥がむず痒い。


「私たち、これから恋人同士ってことでいいのかな?」
「あぁ、そうだな……」


 実弦君は確かめるようにそう呟く。




 そして――




「――穂乃果、俺と付き合ってくれ」




 答えはもう、決まっていた。




「うん! よろしくね、実弦君!」




 これで私たちは、晴れて恋人同士となった。
 その事実が、たまらなく嬉しい。


 もっと、もっと。


 もっと、欲しくなる。




「ねぇ……キスしよ?」




 そう言って、私は目を閉じた。


 じわじわと実弦君が近付いてくるのが伝わる。


 温かい両手が、私の両頬に触れた。
 同時に実弦君の手が私の髪に触れて、くすぐったくなる。


 ゆっくりと実弦君の顔が近付いてきて、その息遣いが聞こえてくる。




 そして、唇と唇が触れ――――








「お姉ちゃーん! 漫画の続き貸してー……おおおお姉ちゃん!? 何してるの!?」


 バタンと大きな音を立てて、妹の雪穂(ゆきほ)が部屋に入ってきた。
 実弦君はバッと勢いよく私から距離をとって、恥ずかしそうに立っていた。


「ゆ、雪穂!? こ、これは違うの! いや違わないんだけど……あぁもう、雪穂のバカー!」


 雪穂の邪魔が入らなければ、あのまま実弦君とキスできたのに。
 なんて空気の読めない妹なんだろう。


「バッ、バカはお姉ちゃんの方でしょ!」
「ていうか早く出て行ってよ! 雪穂がいたら実弦君とさっきの続きできないでしょ!」
「続きとか、お姉ちゃんやらしー!」
「やらしくないもん! あぁもう、早く出てってよ!」
「分かったよ出てくよ!」


 そう言って雪穂は部屋から出て行った。


 さて、実弦君とさっきの続きを――


「お母さーん! お姉ちゃんが部屋に彼氏連れ込んでイチャイチャしてるー!」


 部屋の外から、雪穂が大声でお母さんに伝える声がする。


「ごめん実弦君、また今度しよっ! 今日はありがとう! 穂乃果嬉しかったよ!」
「あ、あぁ……」


 状況が上手く呑み込めないのか、ただただ困惑している様子の実弦君。
 でも悪いけど、今は喧しい妹を黙らせる方が先だ。


「あぁもう、雪穂のバカー!」


 私は部屋を飛び出し、未だギャーギャー騒ぎ立てる雪穂を黙らせに向かった。

  
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