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東京レイヴンズ 異符録 俺の京子がメインヒロイン!

作者:織部
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刀会 4

「あああアアア嗚呼っ、どうすれバインダーっ!?」

 頭をかかえてつっぷする桃矢にまわりの巫女達が気づかい気味に声をかける。

「おまえは最善を尽くしたんだ。どうするもこうするもない、きたるべきシェイバとの戦いにそなえて訓練あるのみだ」
「そうですわよ桃矢さん、これは絶対に負けられない戦いですわ」
「じゃないと賀茂先生に……」
「利子つけてウン千万円も払うはめになっちゃうものね」
「うわーっ、無理だー! 無理ゲーだぁっ!!」

 桃矢はなにを騒いでいるのか、ことのしだいはこうだ。





「い、椅子みたいなやつを武器にして戦う!」

 桃矢は満面に安堵と歓喜の表情を浮かべて、とっさにそう答えた。

「あー、あの細長くて足の短い椅子な。カンフー映画では椅子のほかにも鍋とかフライパンとか鮫の歯とかソーセージといった身近な物を武器にするシーンが出てくるが、実に参考になる。俺達のような呪術者もなにも呪術にこだわる必要はない。対人だろうが対霊災だろうが、周りにあるすべてのものが武器になるという見本だ」
「……おい」
「良い試合だった。じかに見られなくて残念だったが式神を通して桃矢達の戦いはちゃんと見てたぞ。まぁ、まだ全部見たわけじゃないが」

 二枚に断たれた式符を手にして見せる。

「こいつが記憶したのを後でゆっくり見せてもらうことにしよう」
「ああ……、やっぱりあの人。男塾先輩は秋芳先生だったんですか」
「おい」
「最後の最後でちょっとしたトラブルがあったが、とりあえず優勝おめでとう」
「はい! ありがとうございますっ」
「おい」
「他のみんなもよくがんばった。店を予約してあるから今日はこれから打ち上げだ」
「「「わ~い!」」」
「おい! まてコラッ!」

 すっかり無視されている鏡が怒鳴る。

「なにごともなったみてぇにスルーするんじゃねぇ! 十二神将相手にチョーシくれてっと缶詰に詰め殺すぞ!」
「……呪と武の神聖な祭典をあまり汚してくれるなよ。あんたにゃ式符の弁償をしてもらいたいくらいなんだからな」

 刀会の締めくくりをつまらない私闘で濁したくはない。秋芳はこの狂犬じみた男をまともに相手しようとは思わなかった

「……てめぇ、こいつらの先公か」

 鏡の目が細まり、秋芳をじっと視た。

(表の垂れ幕に陰陽塾とか書いてあったな。するとこいつは陰陽塾の講師か。まだ若いな、卒業しても社会に出ず、そのまま古巣に引っ込んでガキ相手の講師業に手堅くおさまったくちか……)

 鏡の口が蔑みの形にゆがむ。

(霊力は中の上ってとこみたいだが、オレから見れば雑魚だな。……いや、だがそれだとオレの甲種言霊
を解いた今の術の説明がつかねぇ。あれはかなりの呪力だったぞ、力を隠してやがるのか? こそこそと出し惜しみするやつは好かねぇ――ッ!)

 鏡の手がひるがえり無数の式符が乱れ飛び秋芳に殺到。鋭利なナイフや獣の牙を象った式符が突き刺さると同時にかたわらのシェイバが髭切を一閃。胴が真っ二つになる。
 エア斬殺。
 現実の光景ではない、鏡のイメージだ。
 しかし本気の殺意を飛ばした。ある程度の使い出ならばなんらかのリアクションがあるはず。
 だが殺気の颶風が吹きすさぶ中でも秋芳は微動だにせず、霊気にもぶれがなかった。
 動かないのではなく、動けない。霊力呪力はともかく実戦となれば戦闘力はこちらの上。戦えばかならず勝てる。鏡はそう判断した。

「陰陽塾に巫女クラスがあるとは聞いてたが、チャンバラごっことはねぇ。いいのかよ、舞や祝詞の練習はしないで」
「彼女達の戦いを見てなかったようだな。呪術をまじえた実戦に近い試合、普段から舞や祝詞を真剣に学んでいるからこそできることだ」
「祝詞はともかく舞は戦闘の役にはたたねぇだろ、巫女さんは巫女さんらしく神前で神楽舞でも奉納していればいい。生兵法はケガのもとって言うぜ」

 鏡の中には巫女クラスに対する嘲りの念があった。
 巫女クラスだと? 神道科ならともかくなんで巫女だ。巫女限定なんだ? 答えは簡単、ただの客寄せだ。
 かつて土御門夜光はいにしえより伝わる数多の呪術を一つに編纂し『陰陽術』を作った。
神道、修験道、密教、仙道――。多くの呪術からなる統合呪術がなぜ陰陽術という名称になったか?
 それは土御門夜光が陰陽師だったからにほかならない。
 もし彼が神官だったならば神道術、僧侶ならば法術とでもなっていただろう。
 土御門夜光以降、呪術師イコール陰陽師となったのだ。
 だが当時の日本は神道を国教としていたため、神道という存在を無碍にはできない。もともとあった神社本庁に甲種呪術をあつかえる神官が配置され、戦後しばらくは陰陽塾に神道科が存在した。
 だがいつしかなくなり、代わって巫女クラスが設立された。
 陰陽師とはことなるアプローチで呪術に関わる。という題目で、若い娘を使いなんでも屋みたいなことをしているそうだが、一種のアイドル商法みたいなものだと鏡は思っている。
 メイド服を着て耳かきや給侍をする、ああいう商売に近い。
 さすがに売春などはしてないだろうが、巫女とは聖と俗を併せ持つ存在。古代メソポタミアの神聖娼婦や、遊女のような真似もした歩き巫女という存在を連想してしまう。
 本職の呪術師とは呼べない、ごっこ遊びの集団。それが陰陽塾巫女クラスに対する鏡の見解だった。

「竹刀箒でぴちぴちじゃれ合うのが呪術戦だって? 冗談だろ」
「なにを言う、彼女達の薙刀術は見事な兵法だぞ。それに舞は戦闘の役に立たないと言ったが、舞は武に通じる」

 舞は武に通じる。これは琉球空手、それも王家に代々伝わる一子相伝、門外不出の武術である御殿手(うどんてい)にある思想だ。
 剛と柔の技を積み重ねて修業を積んでいくと武は舞に至る。相手に応じてどんな変化もできる柔かい動きの極まりが武の舞であり、舞の武なのだ。
 琉球舞踊と琉球空手は密接な関係にある。

「プハッ! 竹刀なんぞぶん回してなにが兵法だ、笑わせるな」
「竹刀のどこが悪い、近代剣道を否定する気か?」
「ああ、否定するね」

 断言する。

「防具をつけて竹刀で面だの胴だのやる剣道なんて、ただのチャンバラごっこだ。竹刀で人が斬れるか」
「たしかに斬れないが、殺せるぞ」

 江戸時代の剣客に大石種次という人がいる。強烈な左片手突きの使い手で、試合のさい相手の鉄面を突き破り、眼球が面の外まで飛び出すほどの深手を負わせたという逸話がある。
 こんな技を生身で受けてはたまらない、死ぬ。
 昭和の剣聖と謳われた高野佐三郎も試合中に喉を突かれ、大ケガをしたことがある。
 剣道の動きのひとつひとつはいずれも一撃で相手を殺すことができる必殺のものだ。
 よく剣術を題材にした漫画などで竹刀で人は斬れないだの、かかとが浮き腰の入ってない竹刀稽古は重い真剣を振るうにふさわしくない。などと書かれ剣道はなにかと貶められるが、なぜ真剣にこだわるのか?         
 竹刀で人が殺せるのならそれでいいではないか。
 剣道の原点である古流剣術は殺すため殺されぬための実戦術で、とにかく敵を叩き斬って自分が生き残ればいいというのが基本であり神髄だったはずだ。
 現代の日本で真剣を持ち歩くのはむずかしい。だが竹刀やそれに等しい棒状の物ならいくらでも手に入る。それらを武器としてあつかう技術を磨くこと。すなわち剣道とは立派な実戦武術なのだ。

「――うちの生徒は、巫女クラスのみんなはいざとなればみずからを刃に変えて戦う術を習っている。彼女達の武術は無意味じゃない。たとえばそこの」

 そう言ってシェイバを指差す。

「そこにいるのはあんたの式神だろ。速さと力に秀で、かなり強いようだが技のほうはどうかな?」
「え、ええっと……」
「半端な技なんぞこいつにゃ必要ねぇし通用しない。技を超える純粋な力。それがこいつの強さだ」

 そしてオレもそうだ。鏡はそう心中でつけくわえた。

「半端な技ならそうかもしれないが、うちの生徒に半端なやつは一人もいない。さっきはずいぶんと暴れてくれたみたいだが、霊災として修祓されなかったことを感謝するんだな」
「プハッ! こいつらにシェイバが祓えられると思ってるのか!? おいおいセンセイ、見鬼が濁ってるぜ。霊力の差を考えろ、小手先の技でどうこうできるレベルじゃねぇぞ」
「ここにいる優勝者の少年、梅桃桃矢という名だが、彼はついひと月ほど前までまともに薙刀も振るえなかった。それを必死の努力でここまで強くなった。ひと月でこうだ。一年、いや半年もあればシェイバと互角以上に戦えるようになる」
「ねぇな、ありえねぇ。一年どころか百年かかっても女装坊主がこいつに勝てるわけがねぇ」
「勝てるさ」
「勝てねぇ」
「賭けてもいい」
「ほぅ、なにを賭ける?」
「俺の全財産」
「秋芳先生!?」

 いったいこの人はなにを言い出すんだ? 

「プハッ! 木っ端講師の安月給の全財産なんざたかが知れてるぜ、十万か? 二十万か? そんなはした金いるか」
「三千五百万円」
「なん…だと…」

 これは予想外に大きな金額だった。陰陽師の給料はけして高いとは言えない。国家一級陰陽師である鏡でも、世間で言われているほどの高給はもらっていない。まして二十歳そこそこと思われる一講師の稼ぎでそれほどの貯金があるのは意外だった。

「てめぇ、ふかしこいてんじゃねぇだろうな?」
「うそじゃない。なんなら通帳でも見せようか」
「……ようし、その話、のった!」

 鏡はべつに金にこまっているわけではない。
 この男、鏡伶路は力の信奉者である。
 霊力、呪力、知力、体力、権力……。ありとあらゆる力を認め、求めている。
 財力もその一つだ。なにも金が欲しいわけではない、他者を屈服させ、その力を奪うのが好きなのだ。
 鏡が喰らうのは、なにも鬼だけではない。すべての存在はおのれを高めるための糧でしかないと思っている。

「決まりだ。半年後にそのガキとシェイバで死合ってもらうぜ。――十二神将相手の約定、やぶったらどうなるか、言うまでもないな」

 鏡は満足してシェイバをともないその場を去った。

「あ、あああっ、秋芳先生! なんつーことしてくれるんですか!?」

 なりゆきを黙って見ていた桃矢が狼狽して、食ってかかる。

「俺にあいつらを叩きのめして欲しかったのか? 巻き添えくらって死者でも出たらどうする、せっかくの刀会がだいなしだ。ああしてあしらうのが一番だったのさ」
「で、でもどうして僕があんなバケモノみたいなのと戦うはめに……。ていうか十二神将!? さっきの鏡っての十二神将じゃないですか! ああ嗚呼アアッ、な、なんてのを相手にしちゃったんだぁ~」
「そのバケモノみたいな式神を投げ飛ばしたり、十二神将相手に突っかかった、さっきのいきおいはどうした?」
「あ、あの時は頭に血がのぼって自分でもわけのわからない状態だったんです」
「そんな状態できちんと技が出せたんだからたいしたものだ。おぼえた技をきちんと身につけている。この調子で、今までと同じ訓練を半年間ちゃんと続ければ勝てる見込みはある」
「ううう……、そんな人ごとだと思って」
「人ごとなんかじゃない、おまえが負けたら俺が三千五百石円も出すんだぞ」
「あっ! そうでした。……すみません僕なんかのためにそんな大金を」
「負けたら弁償しろよ」
「えええッ!?」
「なにをおどろく、当然だろう。俺だけに一方的にリスクを背負わせる気か?」
「そうですけど、そうですけど……、そんな大金払えません!」
「なら身体で払ってもらうまでだ」
「え、エロいことをさせるつもりですかっ」

 両腕で肩を抱き後ずさる。鼻をナニに変えられたあげく、あんなことやこんなことをされた、先日の一件を思い出したのだ。

「ん? ちょっとまってください、僕が勝ったらあの鏡って十二神将からお金をもらって、僕が負けたら僕がお金を出すって、これじゃあ一方的にリスクをおっているのは僕じゃないですか!!」
「……あ~、なに言ってるんだ、カンチガイするな。俺がゼンガクもらうとは言ってないだろ。勝てばやつからぶんどった三千五百石円はほとんどすべて桃矢のモノサ」
「あ、なんか今『ち、こいつ気づきやがったな』て顔しませんでしたか? しましたね、しましたよね!」
「あー、もうごちゃごちゃうるさい、とにかく今は打ち上げだ。みんな飲みにいくぞー」
「「「いくぞー!」」」

 危険な闖入者の狼藉に一時はどうなるかと思われた刀会だが、とりあえず無事に閉幕をむかえることになった。





「みんなお待たせ、予定より少し早く来たからまだ少し準備があったらしい。ん? どうした桃矢、そんなに頭をかかえて。『ヘルズ・ティーチャー/キマイラ』のドラマのできがあまりにも悪かったからショックを受けているのか」
「ちがいますよ!」
「ああ、たしかにヘルズ・ティーチャーのドラマは最悪だったな」
「俳優も合っていませんが脚本の段階でダメダメですわ」
「あと、あの安っぽいかつらと着ぐるみはないよね~」
「キマイラ先生は普段は頼りないけど、いざとなったら頼りになるのよ。でもこのドラマだといざという時もいっぱいいっぱいで、私が呪術で助けてあげたくなっちゃう」
「日本語の不自由なスノーメイデンが出てきた時点で見るのやめたわ」
「私も。種のビビアンは生暖かい目で見れたのに、なんでかしらね」
「だいたいなんなのあの衣装は、安っぽい湯女みたいじゃない」

 わーきゃーわーきゃーと、一視聴者ならではの容赦のないダメだしが続く。

「昔の人は言っていた。『シナリオが一流なら監督が二流三流でも良い映画は作れる。だけどシナリオが三流なら一流の監督がいくら頑張ってもうまくいかない』と、やっぱり脚本は大事だよな。――さぁ行こう」
「あのう、賀茂先生。お店を予約してあるとおっしゃっていましたから、てっきりレストランかどこかだと思っていたのですが、ここってお寺ですよね?」

 東京都内にあるとは思えない深い緑にかこまれた中、歴史を感じさせる山門や仏塔が目の前にそびえ、山門の額には『聖蓮寺』と書かれている。

「そうだ」
「しかも……、甲種呪術の気配を感じるのですが」
「おお、よくわかったな。さすが白巫女壱番隊一の良識派、十字眞白だ。そう、ここは一般に開放されてはいるが、いわゆる闇寺という場所だ」
「「「闇寺!?」」」
「正確には闇寺だった、場所な」

 闇寺。
 現在の陰陽法からはずれた呪術者が身をよせ合う、呪術界のアンダーグラウンド。わけあって陰陽庁を去った者や陰陽庁に属することがかなわなかった者、呪術への理解が薄い地域で術が使えるからと化物あつかいされた者などが行きつく場所。
 生成りの子どもら引き取り優れた呪術者へと成長させる場でもある。
 だが闇寺の者が普通に使用している甲種呪術等は国家資格がないと使用出来ないものであり、陰陽庁からみれば闇寺は犯罪者の巣窟そのものだ。
 このような場所は日本各地に存在し、呪術に関するすべてを掌握しようとしている陰陽庁にとって頭痛の種になっていた。
 陰陽法の改正のほか、このような非合法の呪術組織の解体もまた、現在の陰陽庁が意欲的に取り組んでいる課題の一つだった。
 
 この聖蓮寺はそんな陰陽庁の〝軍門〟に降って久しい元・闇寺だと秋芳は生徒達に説明した。

「――とまぁ、破格の条件で従属させたんだ。もちろん陰陽庁への投降に不満を持つ者も少なからずいて、そういう人達は別の闇寺に移っていったそうだが、おもだった面々は残って合法的な活動をしている。たとえば宿坊なんかに宿泊して写経や座禅を体験して心を清め、夜には美味しい精進料理をいただく。みたいなレクリエーションの提供で、わざわざ非合法のあぶない橋を渡るよりかは、よっぽど良い商売になるらしい」

 懐柔し、吸収する。血の流れない良いやり方だと秋芳は思う。呪術師だからと問題解決にやたらと呪術をもちいることは、軍隊がやたらと銃砲をチラつかせ、使用するのに等しい。相手を屈服させるのに呪術という〝武力〟をもちいず、最後まで話し合いで解決していって欲しいものだ。

(しかし陰陽庁に組するのをこばみ続けた者が残る、最後の闇寺を落とすのは骨が折れそうだよな。だがそれでも平和的に国内勢力の統一をしてもらいたいものだ。日本を良くしようとしているのに日本人同士で殺し合うなんて愚の骨頂だ。……いや、いやいやいやっ、この考えはいささか危険じゃないか? 陰陽庁が、多数派がつねに正しいとは限らないし、少数派の意見も尊重すべだ。数が少ないということは悪いことでもなんでもない、むしろ人間の多様性をしめすもので、少数だから悪いということもない。いかんいかん、いかんぞ賀茂秋芳。多数派の意見に安住して少数派の意見を疎外するのはいかん。他の少数派に対しても理解を持たなければ、そもそも俺達呪術者自体が少数派じゃないか。闇寺は闇寺で社会には必要かも――)

 横道へとそれそうになる思考を無理やり戻し、話を続ける。

「百人は入る講堂が、今夜は俺達八十人の貸し切りだ。みんなぞんぶんにはしゃげ。無礼講だ」
「「「わーい!」」」

 精進料理の献立をベースにしているが肉類も混じった料理の数々が巫女達を歓待した。
禅は中国から伝わってきたものだが、そのさいに中国料理のノウハウも共に伝達され、禅寺の精進料理というのは中国色が強い。
 油条(ヤウティウ)に玉子と野菜のお粥、フカヒレのスープ、白身魚と野菜の春雨炒め、豆腐サラダ、鴨肉の紹興酒浸け、アヒルの玉子をゆでて糸で切ったもの、栗、銀杏、松の実、枸杞の実を猪肉に散らしたもの、点心は小籠包、冷製ライチ、愛玉(オーギョーチ)ゼリー、ベリーソースかけ杏仁豆腐、椰子牛奶酥や鳳梨酥、茉莉花茶を始めとする中国茶、などなど……。
 もちろん一つの膳にこれだけの量の料理は乗らない。お粥とスープ、油条とサラダ以外の物は別の膳に載せられて運ばれていた。

「式神?」

 甲羅の部分がお膳状になった亀の式神がたくさんの料理を乗せて回転寿司のレーンよろしく席沿いを回っているのだ。
 さらに手足の生えた蒸篭が湯気をあげて、ひょこひょこと動きまわり、熱々の饅頭や小籠包を用意し、蝶の翅のついた急須がお茶を注いでまわる。
 まさに元闇寺。呪術と縁の深い場所ならではの饗応にみんな大喜びだった。

「私フカヒレの姿煮なんて初めて!」
「油条って揚げパンみたいだけど全然脂っぽくなくて食べやすいわね」
「カニみそ入りの小籠包なんてあるのね」
「私のはウニ入りだったわ」
「むらさき芋やマンゴーの小籠包ですって」
「仙草ゼリーていかにも薬草って感じ」
「ねぇ、ライチの食感て……、アレに似てない?」

 わーきゃーわーきゃーと、普段は寂寞としている講堂内は女子達の歓声にあふれていた。

(酒も入ってないのによくあんなにさわげるものだ)

 少し離れた場所でビールをチェイサーに白酒をたしなんでいる秋芳がそんな生徒達の姿をまぶしげにながめる。かたわらに笑狸の姿はない。興がのって女子達の輪に入り一緒にさわいでいるのだ。
 独り、あるいは愛しい人と二人きりで静かな時を過ごすことを好む秋芳だったが、たまにはこういうさわがしさも悪くはないと思えるようになっていた。陰陽塾に来て変わったことのひとつだ。

(ああ、美味い。茅台酒や五粮液も良いが、やはり白酒は洋河大曲にかぎる。にしてもなんで中国じゃビールのことを啤酒なんて書くのだろう。口に卑しいとは酒に失礼じゃないか。……うん?)

 打ち上げ当初の最初のほうはさんざん女子達にもみくちゃにされていた桃矢の姿が見えない。
 秋芳がそのことに気づくと、そっと席を立った。





 薄雲を透かして地にそそがれる、朧月のほのかな光に照らされた枯山水の庭園が詫びた風情をかもし出している。
 縁側に座った桃矢は遠くから聞こえる女子達の歓声をBGMに、ぼんやりとそれを見つめていた。
 美味しい食事とお茶の力でしずんだ気持ちはだいぶ良くなっていたが、こうして一人になると来たるべきシェイバとの戦いのことが頭に浮かび、どうしても陰鬱な気分になってくる。

「あの時はなんで平気で向かっていけたんだろう……。むちゃくちゃ霊力に差があったのに。ああもう逃げちゃおうかな……」

 しかしそうなると不戦敗で賭けに負けた秋芳先生がお金を出すことになる。失せ物や探し人を見つける卜占の術も陰陽師の得意とするところ。どこに逃げても見つかってしまいそうだ。もしそうなればどんなひどい目に遭うことやら、シェイバにぶった切られたほうがまだマシなのかもしれない。

「退くことも闘いには必要だが、それはあくまで勝つための一時的なものだ」
「秋芳先生!」
「武道の行きつく先は禅の境地だと言われる。精神を磨くことによって手を合わさずとも勝敗が決する。江戸時代屈指の剣豪で心法の剣と呼ばれた無住心剣術の真里谷円四郎も、武道の極意を悟った者同士が立ち会えばいっさいの術技を排した状態になり、瞬時に勝負がつくと言っている。武道や呪術の極意は精神にあると言っていい。精神を制御するんだ。今は倒せなくてもいずれ倒せる日が来る。半年もあればおまえはじゅうぶんに強くなる。もちろん慢心も怠慢もせずに毎日きちんと修行をしていればの話だがな」
「本当に、そう考えてるんですか?」
「あたりまえだ、勝つ見込みがないのにあんな話をだれがふるか。前にも言ったが桃矢は基礎ができている、乾いた砂が水を吸うようにおぼえが早い。これから武にくわえて呪術でも、俺のとっておきを教えてやるから安心して修行にはげめ」
「……はい、お願いします。……ところですごい豪勢な打ち上げですね。これって陰陽塾が用意してくれたんですか?」
「まさか、あの吝嗇な塾長がこんな大盤振る舞いするわけないだろ。俺の自腹だ」
「ええ!? ずいぶん太っ腹ですね、相当お金がかかったんじゃないですか? さっきの三千五百石円といい、ひょっとして秋芳先生ってお金持ちだったりします?」
「俺が呪術を使って商売しているのは昨日今日からじゃないからな、それなりの貯えはあるさ」

 それに最近は良いバイトもあるしな。そう胸中でつけくわえた。
 巫女達に依頼される案件の中には高額の謝礼が用意されているものもある。秋芳はそのような案件を自分でこっそりちゃっかり解決して報酬を得ていたのだ。

「あ、そういえば今日はどうして遅れちゃったんです? 開会式から顔を出せるって言ってましたのに」
「ああ、陰陽庁に用事があったんだが、そこで思わぬ一件があってな」
「思わぬ一件?」
「聞きたいか?」
「聞きたいです」
「なら話そう。実は――」

 秋芳が語る思わぬ一件とはどのような内容か? 続きは次話で――。
 
 

 
後書き
 これ書いてた頃はぬ~べ~のドラマが放送されてたんでしたっけ。 
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