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強欲探偵インヴェスの事件簿

作者:ごません
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『砂漠の蠍』

『フーテン猫のカーティス』。本名は誰も知らないし、聞こうともしない。裏の世界で相手の素性を追う事は、自ら地雷源に飛び込むようなレベルの自殺行為に等しい。好奇心は猫をも殺す、という奴である。大事なのはこの軽薄そうなオレンジ色の猫獣人が一流の情報屋であるという事だ。しかし、情報収集の能力に関しては一流であるのだが、その情報の管理能力は杜撰の一言。自分の儲けになるのなら、例え肉親の弱点だろうと売り払ってしまうという情報の扱いの軽さが、この情報屋の敵を生み出す原因である。そしてまた、インヴェスに手酷くやられた事のある被害者の一人でもあったりする。

「さ……さて、何の事かニャ?」

 カーティスは解りやすく視線を泳がせ、インヴェスと目を合わせようとしない。ポーカーフェイスを覚えた方がいいとは思うインヴェスだったが、今の状況下では尋問の手間が省けるので大変助かっていたりする。

「いやな?2人組の冒険者の1人が突然行方不明になってな。しかも、その行方不明になった冒険者ってのがエルフだって言うじゃあねぇか。んで、その残された相棒のエルフが俺に相棒を探して欲しいと依頼してきたんだよ」

「ニャニャニャ、ニャんですと!?もう一人の方もエルフだったのかニャ!?あニャ~、だったらあんなに安売りするんじゃ……あ」

 カーティスはその瞬間、自分の失策に気付いた。いや気付かされてしまった。何せ目の前にニヤリとほくそ笑むインヴェスの顔を見つけてしまったから。

「あらららら~?なーんで2人組のエルフの冒険者の事なんて知ってるのかなぁカーティス君。まぁ、エルフは珍しいから目立つしねぇ……でも、居なくなったエルフの事も知ってるみたいだなぁ、カーティス。えぇ?」

 そう言ってインヴェスが凄んでみせると、カーティスは歯をカチカチと打ち鳴らしてガタガタと震え始めた。実はカーティス、以前にもインヴェスにわざと偽情報を高く売りつけて儲けようと企んだ事があった。しかし、簡単にその企みはバレてしまい、逆に手痛いしっぺ返しを喰らった過去を持っていた。そこで反省して二度と繰り返さなければいい話なのだが、そこは気分屋で情報管理が適当なカーティスの事、過ぎ去った事は全て過去の事、と綺麗さっぱり忘れてしまった。とんでもないトラウマを植え付けられたというのに。

「こりゃまた『お仕置き』が必要だなぁ?躾のなってない野良猫に」

「あばばばばばばばばばば……」

 カーティスはインヴェスから漂う恐ろしい気配に、最早壊れかけだ。

「さーて、さて、さて。これなーんだ?」

 インヴェスが非常ににこやかな笑顔で、懐から1本の試験管を取り出した。軽く振ると、水よりも少し粘り気がありトプン、と試験管の中で揺れる。そしてその中央辺りには、赤い小さな小石のような物が浮いている。

「す、スライム……かニャ?」

「ご名答。流石にそれくらいは知ってるか」

 スライム。どこにでもいてその棲む環境や食性で多様な形態を持つ粘液の塊のようなモンスター。

「こいつはグリーンスライム。まぁ、ちょっとばかり俺様が手を加えてあるがな?」

 実はインヴェス、探偵を始める前には狩人ギルドに属していた事があったのだが、その頃の専門職は【錬金術師】。モンスターや盗賊を狩ったり、傭兵まがいの仕事をする事が多い狩人ギルドにおいて、稀少な存在の製産職ハンターだった。





 冒険者ギルドが受ける依頼は様々で、危険なモンスターの討伐や隊商の護衛、貴族の子弟への戦闘指導等から始まり、中にはモンスターの素材や危険な場所にのみ存在する素材の採集やそれを用いた薬品や魔道具の製作・納品など多岐に渡る。なのでモンスターを狩るハンターだけでなく薬品や魔道具を作れる製産職のハンターも需要が高いのだが、ほとんどのギルド構成員が戦闘職ばかりで、インヴェスのような超が付く一流の製産職など稀少中の稀少な人材だったりした。そんなインヴェスが魔改造を施したスライム……想像するだけで恐ろしい。

「そもそも、グリーンスライムの特徴は知ってるか?カーティス」

「し……知らないニャ!俺っちはハンターじゃなくて情報屋だニャ!」

「そうかそうか、なら教えてやろう。グリーンスライムってのは草食でな。植物性の繊維質なら何でも溶かして食っちまう厄介なモンスターなのさ」

 植物性の繊維質……つまり、綿や麻の布の服など着ていたら服だけ全て溶かされてしまう。その為、グリーンスライムの群体などに女性がつかまるとえらいことになる。主にエロ方面に。想像してみて欲しい。女性が半透明のグリーンのネバネバに絡みつかれ、服が徐々に溶かされて裸体を晒していくのだ。髪等は食べない為、服だけを食べ終えると後に残されるのは粘液まみれの全裸の女性だけである。これはヤバイ。薄い本が厚くなってしまう。なので別名『エロスライム』等と呼ばれて女性冒険者からはゴキブリ並みに嫌われていたりする。

「そ、それがどうしたのかニャ?」

「実は俺様、そのグリーンスライム君の好物を変える事に成功してなぁ。この試験管の中のスライム君の好物は、人や動物の毛だ」

 そう聞いた瞬間、カーティスの顔が真っ白になる。カーティスは猫の獣人である。当然ながらその身体は毛皮のようで、全身毛だらけだ。

「いや~前に俺様に酔っぱらって絡んできた野郎がいてな?頭に来たんでそいつにこのスライム君をけしかけたんだ。そしたらこのスライム君は食欲旺盛でなぁ。頭の毛は勿論、ワキ毛に脛毛、腕毛にケツ毛、果ては陰毛まで1本残らず綺麗に食べ尽くしてたよ。ありゃあ見事だったなぁ」

 インヴェスは自分の成果を誇らしく語るようにカーティスに聞かせる。しかしそれはカーティスの恐怖を助長するだけ。まぁ、それがインヴェスの狙いではあるのだが。

「名付けて『ハゲスライム』。前のお仕置きは全身虎刈りの刑だったからな。今回は全身残らず剥ぎ取ってやる」

 そう、過去にインヴェスがカーティスにした仕置きとは、彼のオレンジの毛並みを長さがマチマチの虎刈りにする事だった。獣人にとって毛並みを整えるのは最低限のおしゃれであり、インヴェスにやられたせいで当時交際していた女性から手酷くフラれたのを思い出したカーティス。

「どうかそれだけは!どうかそれだけは勘弁して欲しいニャ!欲しい情報は何でも旦那にやるニャ!」

「そうかそうか、なら情報の質でお仕置きは止めてやる事を考えんでもないぜ?」

 そう言ってインヴェスはニヤリと再び笑った。






「エルフの情報を売ったのは、『砂漠の蠍』だニャ」

「『砂漠の蠍』ぃ?……たしか、西の砂漠にアジトがあるって噂の盗賊団だったか」

 それなりに裏の世界には通じているインヴェスが知らないハズも無い。砂漠の蠍はこのミナガルドの街へ西の大砂漠を越えてやって来る隊商を食い物にしている盗賊団で、金になる物なら何でも盗むと噂の悪辣な奴等だ。しかし、インヴェスには疑問も残る。

「なんでまた蠍共がこの街に?確かこの街の盗賊ギルドとは不可侵条約を結んでたろうが」

「実は、砂漠の向こうの『クウェール王国』のさるお貴族様が、エルフの娘を欲しがって1000万ゴッズの賞金を掛けたらしいのニャ。しかも、見目麗しい女であれば、更なる上乗せ報酬付きで」

「ほぅ?そいつぁ何とも豪気な話だなぁオイ」

 1000万ゴッズという金は、小さな領地なら数年分の運営予算に匹敵する金額だ。貴族個人が出すには莫大な額。余程身分の高い者か、相当に金儲けの上手い貴族なのだろう。

「しかし、エルフはこっちの国と友好条約を結んでるから、表のルートじゃ滅多に手に入らんニャ」

「成る程、それで蠍共が目を付けたって訳か……」

「お、俺っちの知ってる情報はこれくらいだニャ。恐らくだけど、売られるから娘さんは無事のハズだニャ」

「そうか、なら……コイツはプレゼントだ」

「へっ?」

 そう言ってインヴェスは、カーティスの頭上でハゲスライムの入った試験管を握り潰した。途端にハゲスライムの緑色の粘液がカーティスの身体に纏わり付き、その酸が全身の毛という毛を溶かし始めてシュウシュウと煙が上がる。

「フギャアアアアアァァァァァ!ううう、嘘つきいいいぃぃぃぃぃ!」

「何を悲鳴上げてやがる。ハゲスライムは毛しか喰わないから痛みは無いハズだぞ?」


「おおお、俺っちが情報話したらスライム使わないって言ったニャアアアアァァァァァ!」

「ハァ?言ってねぇよぉ。よ~く思い出せ?俺は『使うかどうかを考えてやる』と言ったんだ。『使わない』なんて一言も言ってねぇ」

 確かに、インヴェスは一度も使わないとは言っていない。使うかどうかを考えてやる、と言っただけで彼の心の中では使う事は決定事項だったのだが。手間をかけずに情報を引き出すための方便である。

「じゃあな、クソ猫。『好奇心は猫をも殺す』って昔から言うだろ?お前はやりすぎた」

 ハゲスライムに絡み付かれて悶えるカーティスを放置して、インヴェスは部屋を出ていく。

「全身つるっぱげは嫌ニャアアアアァァァァァ!」

 という悲惨な悲鳴を聞きながら。1階へと下りたインヴェスはカウンターにいたマスターに金貨の入った袋を手渡した。この男こそ、情報屋の仲介をするここ『梟の巣』の経営者である。

「酒は美味かったかい?」

「あぁ、まぁまぁだ。……あぁそれと、部屋で少し酒をこぼしてな。片付けを頼む」

「……あいよ」

 その僅かなやり取りでカーティスに何が起こったかを何となく察し、マスターの男は心の中で合掌した。『梟の巣』を出たインヴェスは背伸びをすると、

「さてさて、害虫退治と行きますかね」

 そう呟いて、不敵に嗤った。 
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