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うぬぼれ竜士 ~地球防衛軍英雄譚~

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第15話 追い縋る因縁

 燃え盛る街。倒れる木々。人々の悲鳴と怒号。そして――火を噴き、全てを蹂躙する巨獣。
 それはもう、終わった悪夢のはずだった。だが……覚めた先にある現実でなおも、あの巨獣は牙を剥く。

 妻を奪っても。子を奪っても。まだ足りないのか。あと何を差し出せば、貴様は消え去る。
 答えのない問い掛けを、慟哭に変えて。癒えない傷跡を残した男は、茜色の空を仰ぐ。それが夕暮れだったなら、どれほど幸せだっただろう。

 ――2020年。終戦を経て、年が開けた今でも。地球は、平和ではなかったのだ。

 ◇

 1月の終わりが近付き、新たな1年間が本格的に始まろうとした矢先。
 EDFイギリス支部は、ロンドン郊外にある瓦礫に埋もれた廃墟の中から――触れてはならない存在を見つけてしまった。

 過去にインベーダーがこの地に襲来した際、いわゆる「不発弾」として置き去りにされていた巨獣ソラスが、瓦礫の中で眠り続けていたのだ。
 その地域は第二次大戦が始まって間もなく放棄された場所であり、復興も他の地域より後回しにされていた。それまで放置されていたため、今まで誰も気づかないままだったのだ。

 そして、久方ぶりに生命体の接近を感知したソラスは、長い眠りから目を覚まし――仲間達が全滅した今になって、人類に牙を剥いた。

 だが、もう「伝説の男」はいない。消息を絶った彼の行方は、本部が今も追い続けているのだが――あくまでEDFの最優先事項は地球全体の復興。
 戦争が終わったと知れ渡った今では、「伝説の男」の捜索という案件の優先度は低いものとなっていた。

 もう、この世界に英雄はいない。ならば、自分達が戦うしかない。若輩者ばかりが集まるイギリス支部の隊員達は、覚悟を決めた――のだが。
 本部により通達された命令は、市民の避難。戦闘は可能な限り避け、都市を幾つ破壊されようとも逃げ延びろ……というものだった。

 世界各国の支部はそれぞれの復興で手が離せない状況であり、ソラスを封殺出来る戦力を短期間で揃えるのは難しい状況であった。
 それに現在は、まともに戦える練度を保った隊員自体が少なくなってきている。僅かでも望みを繋ぐには、戦いを放棄してでも逃げるしかなかったのだ。

 ――それは、うぬぼれ銃士と呼ばれたリュウジ・アスカも例外ではない。
 この時代においては極めて稀少なベテラン隊員である彼は、新兵達の護衛を託されていた。ゆえに最も、戦いたくとも戦えない立場だったのだ。

 逃げ惑う市民を引き連れ、EDFの隊員達は銃を握ることさえ叶わず、街から街へと移り行く。

 自らの誇りを投げ捨て、生だけにしがみつかねばならないこの状況に、数多の隊員が苦汁を舐めた。
 それは貴族としてのプライドを持っていたフィリダだけでなく――口先で誇りを否定していたアーマンド達も同様だった。
 戦うべきだ。俺達はEDFだ。そんな叫びが、何度響いたかわからない。その都度、リュウジとバーナデットが彼らを宥めていたが――彼らも、臥薪嘗胆の思いだった。

 ――そして、そんな状況が幕を開けてから、1週間が過ぎた頃。

 じわじわと追い込まれて行くイギリス支部の苦境を目の当たりにした、極東支部の一文字昭直副司令は――ある一つの決断を下す。

 ◇

「……くそッ!」

 荒れ果てた市街地の中に設けられた、難民キャンプ。
 そこで健気に生きる人々を、遠目に眺めながら――見張りを務めているアーマンドが、怒りを吐き出すように瓦礫を蹴りつける。
 隣に立つコリーンも、どこか沈痛な面持ちだ。復興が進まない街を見つめるその表情には、かつての明るさが全く窺えない。

 難民キャンプで炊き出しをして、市民を励ましているフィリダも、笑顔の中に潜む不安げな色を隠せずにいる。そんな彼女に向け、顔見知りの人々は朗らかな笑顔で、激励の言葉を送っていた。
 こんな状況でも、街の人々は恨み言一つ吐かずに、笑顔で生き抜いている。そればかりか、先行きの見えない不安に駆られた若い隊員を、励ます者さえいた。
 こんな話があるだろうか。市民を守るべきEDFの隊員が、何もできないどころか、その市民に励まされるなど。

 誇りという誇りを、根こそぎ奪われ続けている。そんな苦境の中、己の非力さに憤るアーマンドは――ふと、顔を上げた。

「……そういや……ここんとこ、アスカの奴を見ないな」
「教官と何か話されてるんじゃない? 今後の……避難先とか」
「チッ! 一体、いつまで続くんだ、こんなこと……!」

 リュウジの過去を聞いたアーマンドには、わかっていた。ソラスという巨大生物が、彼にとってどれほど因縁深い相手か。
 本来なら、何を置いても真っ先に戦いたいはず。雪辱を果たしたいはず。なのに、市民ばかりか自分達まで無力なせいで、戦う暇さえなく避難先の確保に明け暮れている。
 どれほど悔しいか。無念か。それは、察するに余りある。

 ――その思いは、フィリダも同様だった。
 街を幾つ壊されようと、人々の命が続いている限り復興の見込みはある。いつもなら、そこに活路を見出し、明るく笑って市民を勇気付けていたはずだ。
 しかし、今の彼女の笑顔には、その力強さがない。リュウジの胸中を思えば思うほど、胸が締め付けられていくのだ。

(……リュウジ……)

 市民の励ましを受けても。人々の笑顔を目にしても。その痛みだけは、ぬぐい切れず。フィリダは憂いを帯びた眼差しで、指導者達が集まるテントに視線を向けていた。

 ◇

 ――市民及び、EDF新隊員を避難させるための会議を行う。それが、このテントにおける普段の用途だ。
 だが、今……避難経路を確認するための地図の上には。物々しい鉄製のケースが乗せられていた。

 それを目にしたバーナデットは、苦い表情で息を飲む。

「……これが本部の回答、か。彼らは、我々を見殺しにしたいのか……?」
「本当にそうなら、これすら渡されなかったでしょう。……いや、これも副司令の働きかけがあってこそ。それだけ、我々に対する優先度が低い……ということなのは間違いないかと」

 リュウジは、そんな彼女を一瞥した後――神妙な表情で、そのケースを開く。
 その中に積まれていた、1丁のロケットランチャーを目にして……バーナデットは、居た堪れない様子で目を伏せた。

「済まない……アスカ隊員、済まない。我々は、君をここに招くべきではなかった」
「……以前に申し上げたでしょう。ここまで来たのは、私自身の意思。全ては、私の選択によって導かれた結果です」

 ランチャーを手にしたリュウジは、その砲身の点検を始める。穏やかな口調でそう呟く、彼の眼は――この先にある「戦い」に向けて、鋭利に研ぎ済まされていた。

 ――ボルケーノ-6W。
 かつて「伝説の男」が使っていた、EDF最高峰の火力を持つ携行兵器であり……その余りに強大な火力のため、大勢の同胞を巻き込んだこともあったと言われる、曰く付きの代物だ。
 「皇帝都市」との決戦で行方不明となった持ち主の手を離れ、つい先日までは本部で厳重に保管されていた。……それが今、リュウジの手に渡っている。

 これが、救援を求めるイギリス支部に対する、本部の回答だったのだ。
 この呪われし武器を以て、最後の巨獣を駆逐せよ――という。

「……これを扱える陸戦兵は、現状私1人です。ゴリアスすらまともに撃てない子達に、こんな呪物を託すわけにも行きませんから」
「それにしてもッ……この対応は理不尽にも程があるッ! 君に死ねと言っているようなものだ!」
「死ねと命じられた覚えはありません。……刺し違えてでも、といったところでしょう」
「同じだ! ――くッ、イチモンジ副司令の力添えがあっても、この1丁が限界だなんて……!」

 これはもはや、イギリス支部を殲滅せんとする「本部の罠」だ。
 そう言わんばかりに激昂するバーナデットに対し、リュウジ本人は至って落ち着いた様子で、ボルケーノの整備を続けている。

「限界もなにも、この1丁があれば十分ですよ。ここは、私に任せてください」
「無茶を言ってくれるな! 『伝説の男』にでもなったつもりか!?」

「――ならば今こそ、なるべき時なのでしょう。なにせ私は、『うぬぼれ銃士』ですから」

「……っ!」

 ほんの一瞬。整備の手を止め、リュウジはバーナデットに視線を向ける。その瞬間、彼女は吐き出そうとしていた言葉の全てを、飲み込んでしまった。
 歴戦のペイルウイングですら、一瞬で黙らせる狩人の眼光。第一次大戦から戦い抜いて来た古強者だけが持つ、その抗い難い気迫を浴びて――バーナデットは、何も言えなくなってしまった。

「……ローランズ教官は、皆さんの避難をお願いします。あなたはこの先もずっと、イギリス支部には必要な方ですから」
「……その中に、君はいないのか」
「いたらいいな、ぐらいには思います」

 整備が終われば、彼はすぐにでも出動してしまうだろう。そう思い至ったバーナデットは、リュウジの作業を遅らせようとするかのように、声を絞り出し話し掛けていく。
 ――それはまるで、少しでも長く。彼が「生きていられる時間」を、与えようとするかのようだった。
 
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