| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

至誠一貫

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二部
第三章 ~群雄割拠~
  百十一 ~義将と覇王~

 
前書き
再開したのも束の間、またしても間が空いてしまいました。
大変お待たせしました。 

 
「くかー」
「すうすう……」

 宴も終わり、私は充てがわれた部屋へ。
 兵らにも食事のみならず、酒まで供されたとの事。
 抜かりのない華琳らしい手配りだ、兵らも驚いたであろうな。
 鈴々と雛里の部屋はまた別に用意するとも言われたが、二人の性格から否であろうと私の方から断った。

「あら、あの二人にも手を出したのかしら? 流石、英雄色を好むを地で行く歳三ね」

 ……華琳はそう言って厭らしい笑みを浮かべていたが。
 事実ではないのだが、浮名が些か立ち過ぎたやも知れぬ。
 自業自得でもある以上、今更ではあるのだがな。
 相変わらず寝相の悪い鈴々は、(しとね)からずり落ちそうになっている。
 起こさぬようそっと直してから、起き上がった。
 あまり酒は過ごしたつもりもないのだが、喉の渇きを覚えたからだ。
 水瓶を探したが、この部屋には置かれておらぬようだ。

 戸を開け、廊下に出た。

「如何なされました?」

 不寝番らしき兵に誰何(すいか)された。
 見張りの意味もあろうが、警護につけられた者と見た方がよかろう。

「喉が渇いてな。水を所望したいのだが。ああ、ついでだから(かわや)も借りたい」
「厠?」

 ふむ、通じぬか。
 ならば雪隠(せっちん)は……尚更の気がする。

「小用を足したいのだが、どうすれば良い?」
「それでしたら、今しばらくお待ちを。交代の時間になりましたら、その際に」
「どのぐらい待てば良い?」
「あと……」

 と、兵が答えようとした時。

「どうかしたか?」

 薄暗い廊下の向こうから、声がした。

「はっ。実は」
「よい、私から申す。井戸と、ついでに小用を足したいと思ってな」
「……では、私が案内します。お前は引き続きこの場を頼むぞ?」
「はい!」
「良いのか? 仮にも一手の将にこのような事をさせても」
「構いません、鍛錬に向かう途中でしたから。どうぞこちらへ」

 初対面の時、真面目な印象は受けたがどうやらそのままの人物らしい。
 私に背を向け歩き出した楽進を見て、そう思った。



 用を済ませ、井戸を借りて水を飲む。
 うむ、甘露かな。

「人心地つけた。(かたじけ)ない」
「いえ、お気になさらず」
「それにしても、このような刻限から鍛錬とは。日課にしておるのか?」
「あ、はい。私はまだまだ未熟者ですから」

 身に纏う闘気はただならぬものがあり、身体の傷は歴戦の証と見た。
 同じく華琳麾下、夏侯姉妹のような人外とも言える猛者には及ばぬのかも知れぬが……。
 最も、己の研鑽に邁進するという姿勢は好ましくもある。
 華琳は才がある者を欲し愛でるが、才に溺れ思い上がる者は近づけぬ。
 その点、楽進は好ましき存在なのであろう。

「では、戻るか。あまり遅くなれば警備の者が怪しむかも知れぬ」
「あ……あの。土方様」
「む?」
「差し支えなければ、少しお話を伺えないでしょうか?」
「話? 私のか?」
「はい。予てから、一度お目にかかりたいと思っていたところでして。土方様の噂はいろいろと耳にしていますので」

 噂、か。
 今更世間の評価を都度気にする事もないが、巷ではいろいろと言われているらしい。
 褒める者は手放しで、手厳しい批判をする者は容赦がないという。
 生き様を改めるつもりもなく、相容れない者らと分かり合える事も恐らくなかろう。
 さて、楽進はどちらの立場であろうか。

「……良かろう。だが、楽進も変わった奴のようだな」
「私が、ですか?」
「ああ。私は鬼と呼ばれる事もある男だ、それに女子(おなご)に見境がないとも言われている。傍から見れば救いようのない厄介者だぞ?」
「……そうでしょうか? いえ、仮にその通りだとしてもそれは土方様の一面に過ぎないのではないかと思います」
「ほう、わかったような口を聞くではないか」
「も、申し訳ありません。私はただ、思うところを……」

 慌てて頭を下げようとする楽進を、私は手で制した。

「構わぬ。取り繕って腹の底が読めぬ輩より、お前のように率直に述べる方がよほど好感が持てる」
「よ、宜しいのですか?」
「真面目だな。いいから続けよ」
「は、はい。土方様は比類なき武勲を挙げておられます、私のような者でもそれを耳にする程に。そして、数多くの武将を従えています。どの方も、優秀だと聞き及びます」

 その通りだな。
 武勲は兎も角、私についてきている者は歴史でも名の知れた人物ばかり。
 本多忠勝は、神君家康公に過ぎたるものと評されたが今の私はその比ではない。
 蜀の五虎将軍が四人に伏龍鳳雛、飛将軍だけでも過分と言えようがその他にも将星が綺羅星の如く集っている。
 行く末はわからぬが、このまま歴史書に書かれる身となった時に果たしてどう評されるのであろうか……考えても詮無き事か。

「華琳様も、土方様の事は常日頃から高く評価しておいでです。どのような事をしてでも、いつか跪かせて見せると」
「うむ、それは面と向かって宣言された。我が軍丸ごと、自分のものとするとな」
「……そのような御方ですから怖さなどありません。それに、私は世の噂などに惑わされずに自分の目で確かめるのが一番だと考えていますから」
「そうか。それで、実物を目の前にしてどう思った?」
「はい。ご自身に寸分の隙もなく、強者だとの噂は本当だと実感しています。それから……心根の優しい御方だと」

 その言葉に、私は思わず苦笑する。

「優しいだと? 私がか?」
「はい。私は多少氣を使う事が出来ます、ですから土方様の氣も少しは感じられます」
「氣?」
「ええ。どのような人も、必ず氣はありますから。それを扱うには修行が必要ですが」
「ふむ……。華佗という医師と些か面識があるが、その者も治療に使っていた」
「そうです。私のように戦闘の為に鍛える場合もありますが、恐らくその方は医療に向いた氣を扱えるのでしょう」
「だが、私はそのような扱いなどわからぬぞ?」
「ええ、意識しなければそうなります。それで、土方様の氣ですが……非常に澄み切っています。腹に一物ある人物であれば、必ず澱みがあるのですが」
「そうか。が、数え切れぬ程の相手を斬り命を奪っている者が純粋だと申すか?」
「虫も殺さないような人物でも、氣が澱んでいる事はあります。それを以って土方様を貶める理由にはなりません」

 熱っぽく語る楽進。

「華琳様とはまた違った、英雄の気質をお持ちだとも言えます。あの方は常に覇道を行かれています」
「私は……義、か」
「ええ。氣が示す通りかと」

 そのような見方があるとはな。
 徐州に戻ったら、皆に尋ねてみるか。



「あ、おったおった。凪ーっ!」

 と、向こうから女子が駆け寄ってきた。

「真桜?」
「探したで……って、まさか!」

 人影は、私を見て驚いている。

「真桜? 土方様がどうかしたのか?」
「ど、どうかも何もあるかい!」
「……事情が飲み込めぬが。どうやら、私に関わりのある事が起きたようだな」
「…………」

 真桜と呼ばれた人物は、混乱しているのか私と楽進を交互に見ている。

「土方様。この者は私の親友、李典です」

 李典か。
 魏において、やや地味な存在ながら着実に任をこなした良将であったか。
 真名で呼び合うところを見ると、楽進の申す通り真の親友なのであろう。

「それで真桜。一体何が起きたんだ? 話してくれないとわからないぞ」
「……せ、せやな。城内で、人が一人殺されたんや」
「えっ! そ、それで一体誰が?」
「……曹嵩様や」

 華琳の父親が斬られただと?
 この城内の警備がそこまで甘いとも思えぬ、ましてやそのような重要な人物が……あり得ぬ。

「して、下手人は?」
「……土方様の兵、そう聞かされました」
「我が兵だと!」

 咄嗟に走り出そうとする私の前に、李典が立ち塞がった。

「どけ!」
「落ち着いて下さい。今出て行かはったら、捕らえられるかも知れまへん」
「……私が指示した、そう申すのだな?」
「…………」

 押し黙る李典。

「待て、真桜! 土方様がそのような真似をするなど信じられない!」
「ウチかて変や思う! せやけど、起きている事はホンマや!」

 私はどうすべきか。
 まず、犯人を捕らえて糺さねばなるまい。
 その上で、華琳に詫びねばならぬ。
 李典の申す事に相違なければ、私の監督責任が免れまい。
 やはり、すぐに華琳に会わねば。

「李典。華琳のところに案内してくれぬか?」
「……それは、無理や思います」
「どういう意味だ?」
「……土方様の捕縛命令が出とるんですわ。華琳様直々に」

 私を捕らえる……だと?
 華琳ともあろう者が、逆上して取り乱しているとでも?
 実の親を殺されたのだ、あり得ぬとは言えぬが……。

「やむを得まい。私を連行するが良い」
「土方様! 何を仰るのですか!」
「楽進。華琳とて落ち着けば話し合いの余地もあろう」
「で、ですが……」
「これで私が逃げ隠れしてみよ、取り返しのつかぬ事になるぞ」

 悔しげに唇を噛む楽進。

「ホンマにええんですな?」
「良い。手縄を使うが良い」

 私は、両腕を差し出した。



 謁見の間。
 見るからに憔悴した華琳が、玉座に座っている。
 両脇を固めるのは、夏侯姉妹。
 そして、荀彧は私を睨みつけている。

「……歳三。随分神妙ね」
「仔細はわからぬが、私の落ち度には違いあるまい。それ故、参ったまでの事」
「そう……。凪、縄を解きなさい」
「は、はっ!」

 元より逃げるつもりなどないが、私を縛る縄は明らかに緩かった。
 それでも腕が自由になってみると、些か痺れは感じた。

「華琳。下手人はどうなった?」
「……逃げたわ」
「逃げた? この城内からか?」
「……ええ。今、季衣と流琉が追ってるわ。一味のうち何人かは抵抗したから斬り捨てた……そうよね、春蘭?」
「はい、華琳様」
「……それで、この責めはどう追うつもりかしら? 歳三」

 私を見る華琳の眼は、どこか違和感を感じる。
 例えるなら、攘夷浪士の狂気に満ちた眼……あれだ。
 口調は落ち着いているようだが、まだ内心は荒れ狂っているという事か。

「……首でも打つか?」
「斬首ですって?……そんな生易しい事で、私の心が癒えるとでも?」

 そう言うと、華琳は立ち上がった。

「秋蘭」
「はっ」
「歳三を牛裂きの刑にしなさい。今すぐに」

 華琳の言葉に、その場が凍りついた。
 あの荀彧ですら、目を見開いている。

「か、華琳様? そ、それは本気で仰せなのですか?」
「勿論よ。それとも、私の命を聞けないとでも?」
「そ、それは……。ですが、まだ」
「我が命に従え、夏侯淵!」

 空気が震える程の大音声で、華琳は夏侯淵を一喝した。

「まさか、この男を庇い立てする気?」
「そ、そうではありません。罪は罪として、裁きを受けていただく必要はあります」
「ならこれが私の裁きよ。異議は認めない」
「…………」

 やはり妙だ。
 いくら冷静さを失っているとは申せ、華琳ともあろう者が献言を即座に一蹴するとは。

「いいわ。秋蘭がやれないのなら、春蘭が代わりなさい」
「え? し、しかし……」
「あら、貴女まで私に歯向かおうと言うの?」
「い、いいえ! 決してそのようなつもりは」
「じゃあやりなさい。この男、もはやこれ以上生かしておく価値すらないわ」

 冷たく言い放つ華琳。
 が、夏侯惇は呆然とするばかり。
 ……と。
 不意に、辺りが閃光に包まれた。

「な、何事だ!」
「クソッ、何も見えん!」

 兵らが右往左往する中、私の目の前に人影が現れた。

「鈴々か」
「そうなのだ。お兄ちゃん、すぐに逃げるのだ!」

 そう言うと、鈴々は私を立たせて素早く縄を切った。

「これは?」
「説明は後なのだ!」
「……そのようだな」

 そのまま走り出そうとした私達の行く手を、何者かが遮った。

「……ごめんよ、兄ちゃん」
「兄様、ここは通せません」
「季衣に流琉か。……二人共、本意ではあるまい?」
「…………」

 答えず、獲物を手にする二人。

「そこをどくのだ、春巻き!」
「どけないんだよチビっ子!」

 鈴々と季衣、一騎打ちならばいい勝負になる二人であろう。
 だが、今は時が惜しい。
 ……どうすれば良い。
 そんな事を考え始めたが、それも一瞬のうちに終わる事になった。
 ドン、と大きな音と共に背後の壁が吹き飛んだ。

「歳っち!」
「……兄ぃ。大丈夫?」

 霞と恋だった。
 雛里が、霞の背にしっかりとしがみついているのが見えた。

「邪魔するな!」
「行かせません!」
「……無駄。お前達、恋の相手にはならない」

 その言葉通り、飛びかかってきた季衣と流琉があっさりと吹き飛ばされた。

「歳っち、鈴々とこれに乗りや!」
「応!」

 霞が手綱を引いた馬に、私は跨った。
 鈴々が後に続いたのを確かめる。

「皆、済まぬ。参るぞ!」

 馬に鞭を入れ、私達はその場から駆け出した。
 ……ともあれ、まずは皆と合流せねばな。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧