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和-Ai-の碁 チート人工知能がネット碁で無双する

作者:笠福京世
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第二部 北斗杯編(奈瀬明日美ENDルート)
  第06話 桐嶋研

H13年6月後半 side-Asumi

 今のところ不定期開催となっている和-Ai-研究会(通称は桐嶋研)に、緒方十段、一柳棋聖というタイトル保持者を筆頭に数名のプロ棋士が集まっている。

 先日、RX-7こと緒方先生がAiとネット碁で持ち時間3時間の対局を行った。
 大手合いのある平日だったこともありリアルタイムで観戦することはできなかった。

 ちなみに彼からは何一つ聞いていなかったので話を聞いたときは驚いた。
 近頃は忙しかったからお互いにゆっくりできる時間が少なかったけど相談して欲しかった。

 次に会ったときは問い詰めようと思う。不安になるよ。

 白のAiを相手に健闘した緒方十段が黒石を並べながら私見を述べる。
 対局の結果は277手で最後までヨセて白4目半勝ち。負けたとはいえ会心の棋譜だ。
 一柳先生がいつもの軽口ではなく本気で名局だと感心している。

 和-Ai-のホームページには厳選された棋譜が公開されてはいるが大半が中押勝ちとなっている。
 一局の平均的な手数である220手を超えて最後までヨセている棋譜となると多くはない。
 直近ではAiとsaiの2回目の対局が228手で黒のAiの5目半勝ちだったが、私の主観だが緒方先生の方がsaiよりもAiに迫っている印象を受けた。研究会のメンバーも同意見だ。

 それでも冷静にAiとの棋力差を捉えている。

 緒方先生曰く「自分との実力差は恐らく二子ぐらいだ」

 この世界で最も和-Ai-との対局を繰り返している私の実感に近く見立ては間違ってはいない。

 私は今年から和-Ai-とは二子の置き碁で指導碁を打つようになったが、百を超える対局を行っても片手ほどの数しか勝ち星はない。
 三子でさえ和-Ai-の声が聞こえるようになってからでも勝率が四割あるかないかだ。
 緒方先生であれば二子置けば10回も打てば三割は勝つこともできるだろうと思う。
 私も天元位を目指すなら和-Ai-に二子の指導碁で三割以上は勝てるようになりたい。

 それでも十段のタイトルを保持し夏には碁聖位を争う緒方先生に二子の実力差があると言わせる和-Ai-や明らかに規格外ともいえる強さだ。

 いくつかの一般メディアが正体不明のネット棋士として和-Ai-を「プロ棋士より強いかも?」と面白半分に取り上げていたが、実際のところタイトル保持者よりもずっと強い。
 未だにAiのことをよく知らずプロにネット碁で何度か勝ったアマチュアがいる程度の認識の棋士もいる。けど先見性のある棋士たちは私が院生のときからAiという存在に注目していた。

 例えばAiが打ちだしたツケヒキの手法は公式戦でも何度も試され定石になっている。
 これまでは相手を固めて味消しになるというのが定説だったが、Aiの手法を研究した一柳先生が定石ではヒラくところを省く手法を名人リーグで披露して広まった。

 Aiが多用する三々入りもプロ間で少しずつ知られており、特に中国の若手棋士がAiの手法を柔軟に取り入れ公式戦で意欲的に新手を試している。
 また碁の基本に反していると嫌う人もいるがAiの影響で手抜きを試みるプロも増えている。

 いずれも少し前までは信じられない打ち方だ。

「白の終盤は少し硬めのヨセになっていると感じますね」

 私が考え込んでる間に検討が進んでいた。

「いやぁ。やっぱりさ。
 この対局は何と言っても布石での上辺の大サバキをどう評価し解読するか――。
 それが僕らの今後の課題だろうねェ」

「この白のツケ自体は昔から打たれている手ではありますよね?」

「ああ。確か本因坊道策の棋譜にも似たような手があった」

「僕は独創的なロマン派の棋士が打つ手っていうイメージがありますね」

「こういった手は飛躍しているだけにリスクがある上、何よりその正しさが解りにくい」

「Aiにしても良さの確信は無くって、最高を追い求めた挑戦の意味で打たれている面もあったかもしれないよ?」

「働きが最高に良い手と無理手は紙一重ですからね」

「Aiの新手はさ、しっかり研究して利点を理解している人が打つのは良いけど……。
 よく解りもせずムードだけで真似するなら大怪我するだろうね。おー、こわいこわい」

「それでもネット碁とはいえプロにさえ勝つ無敗の棋士が打つ手は誰しも真似したくなりますよ」

「まあ勝ってる手というのは良い手である可能性が高いからねぇ」

「公式戦でこんなツケを打って上手く行けばサイコーの気分でしょうね。
 僕だってチャンスがあれば試してみたけど、そう簡単に使いこなせはしないだろうなー」

 最近ではAiの碁の影響により中央と勢力の価値が見直されて徐々に理解度が高まっている。
 地という実利ではなくスピードと勢力を重視した布石が盛んに研究されるようになった。

「いやー。それにしても引退した塔矢さんにAiが挑戦状ねェ。羨ましいったらありゃしない」

「その件については塔矢先生も周囲に騒がれることは望んでないので、あくまでこの研究会だけの内輪なお知らせということでお願いします。」

 たぶん無駄だと思う。だってお喋り好きの一柳先生のことだから。
 ここだけの話と言ってきっと言いふらしてしまうだろう。
 大っぴらにしなくたって噂は囲碁界に広まると思う。

 引退したばかりの元四冠の塔矢先生に現役棋士に影響を与えてる正体不明のネット棋士Aiの対局。

 誰だって関心を持つと思う。私はお金払ってでも観たいよ!

「緒方くんもさ、上手いこと絡んだよね。
 ちゃっかり自分も持ち時間3時間で対局をお願いしちゃうなんて」

「塔矢先生はAiの対策とかされてるんですか?」

「いや。この研究会にも誘ったんだが、あまり先入観を持って対局したくないと言って断られた。
 ただ棋譜は並べてるよ」

「まあ今まで正体を明らかにしないってえのがシャクだったけど……。
 ネット碁で勝てば明かすって言ってるんでしょ?
 いやー。名人になったら、こっちから挑戦状叩きつけてやりたいねー」

「一柳先生は名人リーグ快調ですもんね。首位は畑中先生でしたっけ?」

「名人リーグは活躍してる一柳先生が、昨年から研究してるAiの新手を取り入れた手法を使って実際に勝ってるっていうのがホントに凄いですよ!」

「でもオマエは2年前はネット碁に突然現れたAiの棋譜を検討しながら何だよこの手とか言ってたよな」

「ははは。あの頃は色々と難癖つけてAiの手を批判してました。すいません」

「囲碁界随一Aiマニアの奈瀬さんがプロ初年で若獅子戦を優勝しちゃうんだからね。時代は変わったよ」

「あー。ほんと偉そうに批判しないで素直に学んでおくべきだった!!
 そしたらリーグ落ちしなかったのにー」

 とりあえず桐嶋研は定期開催が難しいにしても月に1度は開催しようということになった。

 正直なところ私が幹事でなければ好きにやってくれていいんだけどなー。

 口には出さないけど。 
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