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シベリアンハイキング

作者:和泉書房
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第一章 カラケレイト
  狩るに牙はいらず

峠の出口に近づいているのに、霧が濃くなっている。20メートル先が朧気になったかと思えば 、すぐに3メートル先も見えなくなった。まずい。ここで熊に来られてはどうしようもない。ユスフは一応の威嚇のつもりで、上空に向かって拳銃を一発撃った。先程の熊は間髪入れずに襲ってきたため殺すしかなかったが、通常この手の予防策で臆病な熊は寄ってこない。しかし、ここは勝手が違った様だ。遠ざかるどころか、今の銃声を聞き付けたかの様にこちらに数匹の巨体が近づいているのがわかった。厚い霧の向こうで聞こえる息遣い。前が見えず、道も悪いため立往生しながら、銃身を持つ手に力が入る。すると、霧の向こうで熊の内の一頭であろうか、突然悲鳴の様な鳴き声をあげ、何か別の影と格闘を始めた。そして、そこから強烈な血の臭いが漂ってきた。何か得体の知れないものに、この山の主たる熊が襲われている。ユスフはそう理解した。生態系の秩序を軽々とぶち壊す殺戮が霧の向こうで起きている 。一頭目が殺されるや否や、すぐさま別の方向から同じく血の臭いがしてきた。二頭目が倒されたのだ。最後の一頭もそれからすぐに殺られたに相違無い。辺りに血生臭い臭いが充満していて鼻がきかなくなってきたものの、先程まで感じていた複数の獣の存在感が全く無くなっていた。霧が晴れたのは、それから二、三分後のことで、視界がはっきりした頃、ようやく辺りを見回す余裕が生まれた。間もなく殺られた熊を一頭発見する。頭が、倒れた体の前にゴロリと転がっていた。体と頭が完全に切断されていて、辺りに血の池が出来ている。巨大な斧で首を叩き割られた。全くもって現実味が無いが、そんな表現が適当と思われた。次に見つけた一頭はものの見事に右肩から左の腰にかけて斜めに真っ二つにされていた。三頭目に至っては、いや、最早それが一頭分なのかも怪しい、ざっと見たところ、数十個の肉の塊がそこに散らばっていた。ユスフが立ち尽くしていると、そこで初めて姿をくらましていた、顔無しの狼が、熊の死体の陰から姿を現した。こちらを見て尻尾を振っている。暫く考えた後、ユスフは直感的に気が付いた。そして、安心、心強さ、そしてそれ以上の不気味さをこの狼に感じるのであった。熊を仕止めた牙無き狩人は、再び弱々しい足取りで進み出した。それを馬上のユスフは追っていく。しばらくして森が開け、平原が目の前に開けた。 
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