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慈忍

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第二章

「拙僧はこれからもじゃ」
「僧侶達を見張られるか」
「そうされますか」
「そして不心得者を注意していく」
「世を去られてからも」
「そうするとしよう」
 慈忍は決意している顔で言った、そしてだった。
 彼は世を去ったがだ、多くの不心得者達は彼の死を喜んだ。
「いや、よかった」
「やっと口五月蝿い人がいなくなった」
「これは何より」
「全くじゃ」
「惜しい方であったがな」
「しかしあまりにも厳しい」
「時々遊んでもいいではないか」
 彼等の言い分はこうだった。
「少し位はな」
「息抜きも必要じゃ」
「多少はな」
「学問や修行だけでは苦しいわ」
「苦しくて仕方ないわ」
「だから息抜きをしてじゃ」
「それで学んで修行すればいいではないか」
 こう言ってだ、彼等は慈忍が死んだことでほっとしていた。だがそれでいてこんなことも言い合ったのだった。
「しかしよい方であられた」
「生真面目でのう」
「ご自身にも厳しかった」
「学問と修行に励んでおられた」
「そのことは確かじゃ」
「よい方であられた」
「解脱されておられていれば何よりじゃ」
 こうしたことも言っていた、そのうえで。
 彼等は破目を外そうとしていた、都に遊びに行こうとしたり学問や修行を怠けたりだ。だが慈忍が世を去ってからだ。
 都に上がろうとした者達の前からだ、突如として鉦の激しい音が鳴ってきた。
「な、何じゃ!?」
「鉦の音!?」
「何じゃこの音は」
「この様なところに鉦とは」
「そんな筈がない」
「鉦を鳴らす者なぞ誰もいないぞ」
「いるぞ」
 驚く彼等にだ、今度は声が来た。
「ここにな」
「その声は」
「まさか」
 彼等が聞き慣れた声だった、その声に驚いて前に目を凝らすと。
 顔立ちは慈忍のものだった、背丈も体型も。しかし。
 目は一つだった、一つの大きな目が顔にあった。その一つ目の慈忍を見て言った。
「一つ目和尚!?」
「慈忍殿だが」
「うむ、間違いなく慈忍殿だ」
「しかし何故じゃ」
「何故一つ目なのじゃ」
「帰るのだ」
 慈忍は彼等に答えずにまた言った。
「そして学問と修行に励むのだ」
「くっ、これは帰るしかないぞ」
「相手は慈忍殿だ」
「何故ここにおられるかわからぬが」
「入滅された筈だというのに」
「しかも一つ目になられてだ」
 彼等にとってはわからないことだらけだ、しかしだった。
 厳しい慈忍に注意されては感情的に戻るしかなかった、それでだった、
 彼等は山に戻り学問や修行に励むことにした、こうした僧侶達が相次ぎ。
 山でもだ、学問や修行を怠けている僧侶達がいるとだ。
「怠けるでない」
 一つ目の慈忍が出て来て注意する様になった、そしてだった。
 彼等は学問や修行に励む様になった、そのうえで言い合った。
「何時慈忍殿が見ているかわからぬ」
「あの一つ目でな」
「そして注意される」
「これでは遊べぬ」
「怠けることも出来ぬ」
 遊んで怠けていた者達は口々に言った。 
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