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慈忍

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第一章

                 慈忍
 比叡山に残る話である、この山は都の艮の方にあり古来より多くの僧侶と書があった。よく三千人の僧がいると言われていた。
 三千人もいるとなるとどうしても不心得者がいる、それでだった。
 慈忍という和尚がいた、またの名を尋禅和尚という。彼は近頃の山の僧侶達がよく都に出て遊んだり修行を怠り僧侶が多いのを見て苦い顔をしていた。
 それでだ、彼の友や弟子達にこう言っていた。
「僧は学び修行するものだというのに」
「近頃はですな」
「どうもですね」
「不心得者がいますね」
「この寺にも」
「どうにも」
「伝教太師もお嘆きだろう」
 最澄、比叡山を開いた彼もというのだ。
「今の比叡山の状況はな」
「全くですな」
「比叡山の今の様子を御覧になられれば」
「お嘆きになられる」
「そうなられますな」
「全くだ、この状況は何とかせねばな」
 慈忍は苦い顔のまままた言った。
「ならん、ここは拙僧がな」
「和尚ご自身がですか」
「注意をされる」
「そうされますか」
「ご自身が」
「そうしよう、注意する者が必要だ」
 山のたるんだ気質をどうにかするにはというのだ。
「では拙僧が」
「そうされますか」
「そして山の風潮を正される」
「そうされますか」
「うむ、是非な」
 こう言ってだ、そのうえでだった。
 慈忍は実際にだ、彼は山の不心得な僧侶達に常に目を光らせ注意する様にした。そうして山の風紀を正していた。
 すると不心得な僧侶達は確かに減った、慈忍の学友や弟子達はこのことに喜んだ。
「いや、最近山の風紀がよくなった」
「全くですな」
「慈忍和尚が注意されるので」
「不心得者達も減りました」
「これは何より」
「慈忍和尚のお陰です」
 笑顔で口々に言う、しかし。
 慈忍自身は難しい顔でだ、こう言うのだった。
「いや、安心は出来ん」
「不心得者は完全にはいなくなっていない」
「だからですか」
「それでまだ安心は出来ぬ」
「そう言われるのですか」
「いや、今も心配じゃが」
 只でさえ厳しい顔を余計にそうさせてだ、彼は言った。
「拙僧がこの世を去ってからは」
「また注意する者がいなくなり」
「それでまた不心得者が増えるというのですか」
「遊び学ばず修行をせぬ僧侶が増える」
「山の風紀が乱れると」
「このことが心配じゃ」
 自分が死んだ後がというのだ。
「だからな、拙僧は考えておるのじゃ」
「ご自身が入滅された後」
「それからは」
「この山に留まりたい」
 慈忍は真剣な顔で言った。
「比叡山には」
「ではそうされて」
「これからも山の風紀を見張る」
「不心得者を注意していく」
「そうお考えですか」
「うむ、この山は正しくなくてはならぬ」
 比叡山、この山はというのだ。
「それだけの山じゃ」
「確かに、この山は最澄上人以来の山」
「都に入る魔を防ぎますし」
「だからこそですな」
「この山は正しくあるべきですな」
「山にいる僧侶達は学び修行に励むべき」
「そうじゃ、だからな」
 そうあるべきだからだというのだ。 
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