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行方不明

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第五章

「橋の下でな」
「野宿かよ」
「手頃なホテルも見付からなくて仕方ないからな」
「野宿したんだな」
「暖かい季節でよかったな」
 野宿さえだ、匠は何でもないといった顔だった。
「よく寝られたぜ、それで朝電車に乗ってここまで戻って来たんだよ」
「大学にか」
「御前等に挨拶しようと思ってな」
「そうだったんだな、それで家は」
「帰ってないぜ」
 これまた平然とした返事だった。
「これからだよ」
「連絡入れたか?」
「連絡?」
「ああ、入れたか?」
「これから帰るのに何で連絡入れるんだよ」
 これが匠の返事だった。
「それで」
「おい、普通は入れるだろ」
「帰ったらすぐにな」
「まずは家に帰れよ」
「そうするのが常識だろ」
 友人達は一斉に彼に言った、その中には直希もいる。
「今すぐ連絡入れろ」
「大学はいいから家に帰れ」
「そしてご家族に挨拶しろ」
「そっちが先だろ」
「おい、何だよ皆」
 匠だけが平然としていた。
「急に怒って」
「怒らずにいられるか馬鹿」
「何で家に連絡しないんだよ」
「そもそも急にマグロ漁船乗るって何だよ」
「下手しなくても普通に問題だろ」
「常識で考えろよ」
 匠に一斉に言ってだ、彼に家に連絡をさせて帰らせた。匠は何をそんなに怒ってるんだと言いながらだ。
 まずはうどんと丼を食べ終えてだ、家に連絡をすると。母が出て来てまずは仰天してから彼に怒鳴ってきた。
 匠はその怒鳴り声を聞いてから家に帰った、その後ろ姿を見送ってからだ。直希は友人達に呆れ果てた顔で言った。
「馬鹿か、あいつ」
「馬鹿なんてものじゃねえだろ」
「何考えて生きてるんだよ」
「いきなり何の連絡もなしにマグロ漁船に乗るとかな」
「それでいなくなるとか」
「何考えてるんだあいつ」
 誰もがこう言うのだった。
「それで急に帰ってきて」
「行方不明かって思っただろ」
「捜索願いも出されてネットでも頼んで」
「そうしてたってのにな」
「ふらって戻って来てな」
「平気な顔で飯食いやがって」
「どういう思考回路してんだよ」
「常識のない奴だって思っていたけれどな」
 それでもとだ、直希も言うのだった。
「ちょっとな」
「ああ、今回はな」
「今回のことはな」
「もう呆れたな」
「完全に」
「全くだよ、あんな馬鹿見たことがない」
 直希はこうも言った。
「どんな馬鹿なんだ」
「家に戻したけれどな」
「どういうつもりだよ」
「家族の人も怒ってたな」
「びっくりしてな」
「全く、どういうつもりなんだよ」
 呆れ果てた顔のままでだ、直希は首を横に振ってこうも言った。
「あいつは」
「金が必要だからっていってもな」
「いきなり消えるとかな」
「マグロ漁船に乗って」
「何の連絡もせずに」
「馬鹿にも程があるだろ」
「全くだ」
 それこそとだ、誰もが呆れて言った。そして。
 次の日匠は大学に来なかった、そしてその次の日だ。彼は散髪をして髭も剃った一年前を同じ感じになって直希達のところに来て言ってきた。 
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