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初詣

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第五章

「ここは」
「じゃあ決まりね。それじゃあね」
「うん。百円玉でお願いするから」
 またこう言う。
「それで」
「そういうことでね。けれどお願いの前に」
「絵馬とかおみくじとか」
「それもしましょう」
「じゃあ」
 百円を出して奮発するのならばだとだ。未祐は思いきることにした。
 それで前に出ることにした。そのうえでの言葉だった。 
 こうして二人で神社の奥に進みそうしてだ。まずは絵馬に書いた。春香は笑顔でこの文字を書いたのだった。
「望君と将来」
「そう。一緒になれるようにってね」
 自分のことを書いてはいなかった。彼女の想い人が何時までも健康でいられますようにと。ダークブラウンの絵馬に白いインクで書いたのだ。
 それでだ。笑顔で未祐に言ったのである。
「お願いするの」
「あくまで望君第一なのね」
「だって。一番好きだから」
 本当に色々あったがだ。今はだというのだ。もっとも未祐も他の誰かも二人の間にこれまで何があったのかは知らない。絆が切れないものになった経緯は。
 だがそのことも思いながらだ。春香は言うのだった。
「それでなのよ」
「成程ね。じゃあ私は」
「まさか美味しいものをお腹一杯とか書かないわよね」
「それはいつものことだから」
 書かないというのだ。
「ちゃんとしたお願い書くから」
「あのことね」
「そう。あのこと」
 言いながらだ。絵馬を左手に取ってだ。
 右手で書いていく。その言葉は。
『健一君と一緒になれます様に』
 多少丸い可愛らしい字での言葉だった。それを絵馬に書いたのだ。
 そこからさらに自分の名前を書こうとした。だがそれは。
 春香が止めてきた。横から手で制してこう言ってきたのだ。
「あっ、名前はいいから」
「あっ、そうなの」
「そう。名前は書かなくても神様はわかってるから」
 未祐の願いだとだ。わかっているというのだ。
「書かなくていいのよ」
「そうだったの」
「って未祐いつも絵馬に自分の名前書いてたの?」
「というか書いたことなかったから」
「お正月はいつもお家にいたからなのね」
「ゲームして漫画読んで蜜柑食べてたから」
 勿論コタツの中でだ。寝正月だったからだというのだ。
「そういうのは」
「やれやれね、全く」
 春香は未祐のそうした話を聞いて溜息混じりの苦笑いを見せた。
「本当に不精なんだから」
「だって。寒いから」
「それは聞いたけれどね。絵馬位はね」
「書かないと駄目?」
「もっと言えば初詣位行かないと」
 駄目だというのだ。そもそも。
「あんた本当にそういうことしないのね」
「だから寒いから」
 またこう言う未祐だった。
「実際に行ってみると違うけれど」
「そうでしょ。周りに人が多いしね」
「それに厚着だから」
 振袖だ。それだけでかなりの重武装だ。
「あまり寒くないわ」
「でしょ?だからね」
「初詣には行くべきなの」
「そうよ。実際に来ていいでしょ」
「美味しいもの一杯食べられたし」
 未祐が最初に言うことはやはりこれだった。
「いいと思うわ」
「じゃあわかるわよね。お正月ならね」
「初詣ね」
「そういうこと。じゃあ絵馬を飾って」
 既に絵馬は書いてある。未祐も名前は書いていない。 
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