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世界をめぐる、銀白の翼

作者:BTOKIJIN
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第五章 Over World
  ここに、私がいるから



頭が痛む。
朦朧とする意識が、だんだんと覚醒していく。

身体が痛み、節々が鈍痛を発している。


「・・・ここは・・・」

気付くと、唯子は杭に縛り付けられていた。

もうすでに夜となっており、周囲には村人たちが、松明を掲げて囲んでいる。


「眼を覚ましたぞ!!」

「この悪魔め!!」


狂気の集団と化した村人たちの怨嗟の声に、ビクッと目を閉じ、肩を竦ませてしまう唯子。
チリチリと肌に当たる感触は、決して松明の火の粉だけではないだろう。

(たしか・・・・私は頭を殴られて・・・・)



自分の体を見ると、身体の痛みの原因が分かった。

唯子の身体は、太い一本の杭に、荒縄で縛り付けられている。
足は完全に浮いており、その下には幾つもの薪が並べられていた。


「これよりィ!!この悪魔を、火あぶりに処す!!」

「おぉ!!」

「やってやれ!!」

「皆の仇だ!!!」


村人たちの言葉と共に、バシャバシャと足元に、多くの油がぶちまけられた。
ムワッ、とした嫌なにおいが鼻を突き、唯子がむせて息を詰まらせる。

このままでは焼き殺される。
唯子は必死に体をよじらせて脱出しようとするがしかし、女子一人の力でこの荒縄が切れるはずもない。

脱出は不可能だ。


そして一人の男の松明が、油をたっぷり吸いこんだ薪に近づけられ・・・・



「やめてぇ!!!」


少女の叫びが、それを止めた。
村人が一斉にその声の無視の方へと振り向く。


「な・・・・なんで」

「やめて!!お姉ちゃんを殺さないで!!」


出てきたのは、唯子と共に逃げていたあの少女だ。
目にはたっぷりと涙を浮かべ、家の陰から飛び出してきて唯子の方へと駆け出してきたのだ。


「あの子は!!」

「悪魔に連れ去られた子じゃないか!!」

「ああ、無事でよかった!」

「神父様が守ってくださったんだわ、きっと!!」


その子の姿を見て、村人が一斉に向かって行く。
唯子のことなど、今この一瞬は頭から忘れ去られていた。


「あの子一人・・・・?なんで今になって・・・・」

「ねーちゃん」

「!?」



あまりにできすぎた状況に混乱していると、唯子に声が掛けられた。

それは、あの子と一緒に教会から逃げた少年の物だ。
もう一人も「大丈夫?」と小さな声で確認してくる。


「君たち・・・・」

「今あいつが気を引いてるからな、今の内に助ける!!」

「ちょっと待っててね・・・んしょ・・・・!!」


どこから拾ってきたのか、少年たちが手に持つ小さなナイフなどで荒縄を少しずつ、ほんの少しずつ切っていく。

だがいかんせん、小さな少年の力だ。
幾らはものがあるとはいえ、親指ほどの太さもある荒縄を切るには心許ない。









一方少女とは言うと、唯子たちの方から大人の木を逸らすために必死に叫んでいた。

「あのお姉ちゃんは悪くないの!!」

「いいんだよ。大丈夫。もう怖くないからね」

「お姉ちゃんを殺さないで!!」

「あれは悪魔なんだ。神父様もあいつのせいで」

「お姉ちゃんは何もしてないよ!!」

「だからね・・・・・・」


少女はみんなを引き付ける。

もし一人でも唯子の方を見れば、少年たちも一緒に見つかってしまう。
そうすれば終わりだ。

少女は叫ぶ。
一生懸命に叫ぶ。

大人たちに服を掴み、引っ張り、縋り付く。


「あれはただの病気だよ!!お姉ちゃんは何も」

「えぇい、うるさいぞガキ!!!」

「あぅっ!?」


だが、そうして必死になる少女を、ついに一人の村人が払い倒した。

「うるさい奴だ・・・いいか!?あの女が来てから何もかもおかしくなった!!あの女は悪魔なんだよ!!」

「違うよ!!お姉ちゃんは優しかったよ!!みんな一緒にいたじゃない!!」

「ああ!まんまと騙されたよ!!」

「お姉ちゃんは悪魔じゃない!!」

「黙れ!!!」

少女の叫びを、それ以上の怒声で掻き消して唸りを上げる村人。




が、ふと何かに気付いたのか、憤怒の表情が、嫌悪の物へと変化して行った。
震える指で少女を指し、ほんの少しの慄きを込めてそいつが叫んだ。



「そ、そうか!!みんな!コイツも悪魔にやられちまったんだ!!!」

どう考えても、合理的でないその一言。
だが、今この状況に置いて、それは最大の効果を発揮する。


「え・・・・・!?」



自分を取り囲む人々の気配が、一瞬にして切り替わる。
ついさっきまで自分を心配して集まってきてくれた人たちが、今度は自分を追い詰めるように睨みつけてくるのだ。

その変化に、少女は頭がついて行けない。


いままで自分と護ろうと温かく包んでいたそれが、一瞬にして自分を突き刺す刃のように変わったのだから。


「――――」


声にならない声を発する。
瞬間、男たちは少女の身体に掴みかかった。


「な、なに・・・・・アぐ・・・・」


その力は、とても少女に向けるようなものではなかった。


引き千切ぎるかのごとく、周囲の指が掴んでくる。
締め上げるかのごとく、周囲の手は握りしめてくる。

そのまま握り潰してしまおうとするかのごとく、大人たちは一人の小さな「悪魔」に掴みかかって行っていた。



「きゃ・・・が・・・・や、やめ・・・・がグゥ・・・・」

少女は悲鳴すら上げられず、少女の物とは思えない音を喉から絞り出して悶絶した。

だが、それでも大人たちはその力を緩めない。
むしろまだ声が出るのか、とさらに力を込めはじめた。



「やめて!!」

「そいつに手を出すなぁ!!!」

それを見て、唯子が叫ぶよりも先に少年たちが飛び出していった。
ずっとずっと、あの教会で一緒に暮らしていた少女が今、危機に瀕しているのだ。飛び出さないなんてことは、ありえなかった。



だが

「このガキども!!ナイフなんかもってやがる!!」

「見ろ!!女の荒縄が少し切れてんぞ!!!」

「こいつらも悪魔だ!!」

「いや、神父様と同じだ!!殺されて、悪魔にすり替えられたんだ!!」



勇敢に、そして無謀にも立ち向かって行ってしまった少年たちは、遠慮容赦のない圧倒的な暴力に包まれた。


向かって行き、カウンター気味に蹴り飛ばされる少年二人。
その一撃だけで、彼らは血を吐き地面に転がる。


一人はすでに瀕死だ。
様子からして、内臓がいくつかつぶれたのかもしれない。

だがもう一人の、体力のある方の少年は立ち上がった。
こちらも満身創痍にかわりはなく、蹴りが肩に当たったのか、片腕がブラブラと揺れている。だからこそ、内臓などは無事だったのだが。


「ハァ・・・グゥウ・・・・!!」


涙をボタボタたらしながら、少年はもう一人の少年に声をかける。
だがお互いのそれは言葉にならず、唸り声しか出てこないし、それしか返ってこない。


しかし


カラン、と


そんな状態にもかかわらず、倒れた少年は自分の持っていたナイフを足元に投げた。
投げたというよりも転がした、と言う表現の方が的確だが、それは立つ少年の足元にしっかりと落ちる。


「ヒュー・・・・ヒュ・・・タノ・・ム・・・・・・」

たったそれだけを


言葉を発することすら、激痛の走るであろうにも関わらず、それだけを言って


最後に浅い呼吸音だけを残し、少年は動かなくなった。




「あ・・・・・ァうぁぁアアアアアアアああああああああああああ!!!!」


残る少年は、そのナイフを手にして駆けだした。

たとえ少年だろうとも
彼等の半分も生きていない小僧だとしても

その叫びは、彼の魂のすべてを費やして発せられた雄叫びだった。



「そいつを・・・・返せって・・・・・言ってんだろォォォおおおお!!!」

物心ついた時から一緒に暮らしていた。
親も知らない自分の、自分たちの、血も繋がらない家族だった。


だが


父が死んだ。
弟も死んだ。

姉は捕らわれ、今目の前で少女が殺されようとしている。

少女が姉か妹かなんて、考えたことはない。

しかし、今重要なのは


その少女は、何にも代えて護りたい、たった一つの―――――



「やめて!!もう傷つけないで!!」

その様子を、つかまっていた少女は叫ぶ。
だが、いくら気概をもって打ち勝ったところで、所詮は子供だ。


十人以上の大人に勝てるわけもなく


その命は、あっさりと真っ二つにされて奪われた。



「嫌ぁァァアアアあああああ!!!!」

少女が叫ぶ。
そして直後、少女を掴む「悪魔」の手は、彼女の身体を引き裂いた。



ドクンッッ!!!




その瞬間




世界は暗転し、何もかもが消え失せた。





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「むにゃ?」

窓から差し込む陽気な朝日に、唯子のまぶたが刺激されて彼女が目を覚ます。


周囲を見渡すと、そこは教会の一室のようだ。
石造りの壁に、十字架をあしらったキャンドルスタンド等がある。


そして少しキョロキョロと見回し



「ここどこ?」



そんなことを呟くのだった。




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「ほう、気づいたらここに」

「そうなんですよね・・・」


そう言いながら、唯子は目覚めた教会で食事をもらっていた。

話し相手は、この教会の神父だ。
神父という印象で、紳士ともいえる感じがする、人当たりのいい老人。


今食事時を過ごしているのは、計五人。
先の二人に、二人の少年、一人の少女。


元気のある少年、すこし大人しいの少年、そして


「今日は元気がないですね?大丈夫かい?」

「あ・・・はい!」

少しぼんやりしている、一人の少女だ。



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唯子は教会の崖から、向こうを見る。

何かが来てくれる。
そんな気がする。


だが、それが何かがはっきりとわからないのだ。
風が髪を暴れさせ、それをかき上げて整える。


「お姉ちゃん」

「ん?」


その背後から、少女が歩み寄ってきた。
もう少し向こうには、村の子どもたちが遊びに来ている。


どうやら一緒に遊ぼうと誘いに来てくれたようだ。


「行こう?おねえちゃん」

手を繋ごうと、少女が手を差し伸べる。
唯子もそれを拒むことなく、手を取ってそちらに一歩踏み出して。


「・・・・・・」

振り返った。

無論、その先は崖がある。
そして少しの森林と、延々と広がっている荒野。最後には地平線。


不思議そうな顔を浮かべ、唯子を見上げる少女。
だが、唯子はその方向をじっと見つめている。


「どうしたの?」

「なにか・・・・来る気がするのよね・・・・」

「・・・・・」


唯子の言葉に、少女の顔が陰る。
気のせいだろうと思う唯子だが、それとは裏腹に、どうしても切り捨てられない。



「行こうよ・・・・向こうの方が楽しいよ・・・・」

その方向を見つめ、ボーっとしてしまう唯子。
ある種の忘我状態ともいえる唯子に、少女が声をかける。

それにハッとして、唯子は返事をするも


「え?あぁ・・・・うん・・・・」

どうにも心此処に在らずだ。


だが、いつまでもこうしていることは出来ない。
ブンブンと頭を振って、笑顔を作って少女に笑いかける。


「そろそろ秋だねぇ」

「落ち葉集めて、教会きれいにしようね!!」

「うんうん。そうだ!!そしたら、お芋焼いてみんなで食べようか!!」

「わぁ~!おいしそう!!」

「ま、やっぱりジャガイモなんだけど・・・・・・」


・・・・・・・・・え?






―――――やっぱり?



自分で言った言葉に、違和感を感じる。
まるでこの村で芋と言えば、それしかないことをすでに知っているような。


おかしい。
私はまだこの村で芋と呼べる物を見ていないし聞いてもいない。



「お姉ちゃん・・・・」

「あ、あれ?・・・・おっかしいな・・・・なんだか・・・・」


繋いでいない方の手を、顔を覆うようにあてる。

その指は徐々に頭を締め付けるように
そう、まるで奥底にある情報を、絞り出すかのように力が込められていく。



「やめてよ・・・・」

「まって・・・・これ・・・あれ・・・・?」


混乱して行く唯子。
それを少女は止めるように言葉を発するも、それは言葉だけにとどめられる。




そして


「私・・・・二度目・・・・?」

小さくつぶやくその言葉。

それだけで、目の前の光景が歪んだ。




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「ここは!?」

「お姉ちゃん」


唯子が投げ出されたのは、黒よりもなお黒いと言う、そんな表現しかできない空間だった。

その光景に驚く唯子だが、小さな声に振り向く。
そこにいたのは、さっきまで自分の手を握っていた少女だ。


「これは・・・どういうこと!?」

「お姉ちゃんも・・・気付いちゃったんだね・・・・」


その一言に、唯子の脳裏に様々な光景が浮かんでくる。
それだけで、何が起こっているのかを察するには十分だった。


「今までの「お姉ちゃん」は、ここまで気づくのにもっとかかったのに・・・・お姉ちゃんはすごいんだね」

「何を・・・・言っているの?」


唯子の疑問。
それに応えるかのように、少女が光って姿を変える。

それは、まさに魔法少女と呼ばれる者の姿だ。
深緑に輝くソウルジェムが、彼女の手首でキラリと光る。


そこから少女は語り出す。
ここは、世界で一番幸せな場所だと。



今まで唯子が見てきたことはすべて、この少女のかつて経験した記憶だ。
と、行っても唯子の「配役」は別だ。

この中で、彼女だけが違った。



本来の「彼女」も、あの村に流れ着いた放浪者だった。
それから二週間後にあの悲劇は起こった。

あの出来事に絶望した少女は魔女となり、その最後の希望、終わりの絶望は、ワルプルギスの夜の一部として集約されて今に至る。



ワルプルギスの夜は、魔法少女たちの怨嗟や怨念の塊だと言われている。
代々その台頭を担う少女が変わって行き、今はこの少女の代、と言うわけだ。


少女は、何度もこの時間を繰り返している。
二人の少年も、神父も、あの村人たちも、すべて彼女の記憶の中から作り出されたもの。

しかし、「彼女」だけは作り出すことが出来なかった。



一番いなきゃいけない人なのに、その「彼女」だけはどうしても手に入らない。
だから、様々な人を連れてきては「彼女」の役にあてがった。

もちろん、そんなことに耐えられる子なんているわけがない。
肉体が朽ちるか、精神が崩壊するかだ。


その前に気付く者もいたが、そう言った彼女たちはすぐに繰り返され、記憶を失う。



そうして彼女は「この舞台」を幾度も幾度も回し続けたのだ。




「でも、私は二回目で気づいたわ・・・・まさか、私の記憶をリセットして!?」

「・・・もうそれは出来ないよ」

「え?」

「お姉ちゃんが繰り返したの、二回じゃないもん」



その言葉に、彼女の脳が揺れる。



春の光景
夏の出来事
秋の風景
冬のひと時



少女が繰り返すのは「彼女」が来てからの二週間。
ならば、すべてが一回の内であるなんておかしい。


「私は・・・・もうすでに何度も?・・・・・!」

「お姉ちゃんは本当に勘が鋭かったから・・・・」


しかも、一回ずつではない。
それを何周も何周もした。

少女が「彼女」と過ごしたかった、もっとしたかったことを、何度も。

叶えられなかった願いを
見ることのできなかった光景を
届くことのなかった未来を

彼女は一回の二週間のうちに一つ一つ込め、それを何度も繰り返してきた。


そして、その末に


「お姉ちゃんは、あとちょっとしか繰り返せない」

「え・・・・」


「お姉ちゃんの身体がもう、疲れ果ててダメになっちゃってるんだ・・・・・」

「そんな・・・・だってこの身体は・・・・」


自分の体を見る。
どこも限界を迎えてはいない。

傷を負っているわけでもなく、消耗して痩せてもいない。


だが、目の前の少女は首を振る。


「ここの時間と外の時間は違うから。ここは私の作った舞台の上だから」


つまり、実際の身体はすでに疲弊しているらしい。

当然と言えば当然かもしれない。
彼女がさらわれてから、どれだけの時間がたっているのか。

その間、当然食事も何もありはしないのだ。


エネルギーは与えているので、通常の飲まず食わずよりも持つ事は持つ。
しかし、それでもやはり限界は来る。


「お姉ちゃんはバリアみたいのがあって、エネルギーもうまく送れないし・・・・」

「え・・・?ばりあ?」


その言葉に、何かを思い出しそうになる。
だが、どうしても出てこない。



「でも、まだ繰り返すことは出来るよ。ねえ・・・まだいっぱい楽しもうよ・・・・」

「・・・・・ダメよ・・・・」

「ここから出ても、辛いだけだよ・・・・みんな傷つけてくるんだよ・・・・?」

「それはあの人たちだって同じじゃない・・・・」

「でもあれは最後だけだから!!みんな本当は優しいんだよ!?お姉ちゃんも知ってるでしょ?あれだけ我慢すれば、あそこでなら、何でもできるんだよ!!」


それこそ少女の望み。
あの幸せを、永遠に享受しよう。

作られた箱庭でも、そこが幸せなら、夢のような世界なら

その優しさに浸って死んでいく方が、よっぽど幸せじゃないか、と



だが

「ダメよ・・・ダメ!!そうだ・・・私には・・・・」

「忘れちゃってるのに?」

「ッ!?」


私には


その後が続かない。
何があるのか 何が待っているのか

頭に欠片も浮かんでこない。


「ここはね、あの最後以外に辛いことは何もないの。お姉ちゃんも、辛いこといっぱいあったんだよね?でも、それも忘れちゃうから」

「忘れて・・・・・」

「うん。それで、最後には幸せな記憶だけになるの。楽しかったことだけを思い出せるの。辛いことなんて、苦しいことなんて、何もない人生があるんだよ?」

「でも・・・・・!!」


「自分の名前も、出てこないのに?」

「な・・・私は!!―――――え・・・・?」


一体いつからだろうか。
彼女はすでに、その名前すらも失っていた。

すべては彼女を「彼女」にするため。

だが、この彼女は肉体の疲弊が早すぎた。



「それはきっと、辛いことだったんだよ」

「私は・・・・」

「自分の名前も、辛いことだったんだよ。お姉ちゃんが気づいていないだけで」



だから一緒にいよう。
最後まで幸せになろう。

全ての記憶を幸福にしよう。


その優しさの中で、終わりを迎えよう。



だが




「ダメ・・・よ」

「どうして・・・・」

「わからない・・・でも、それだけは絶対にダメ!!」

「どうして・・・・ッ!!」

「ダメ!!そんなやり方で、幸せな終わり方は・・・・ダメだ!!」

「どうして!!!!」

「(ガシッ!!)うぐッ!?」


「どうしてみんなそうやってここから逃げようとするの!?いつもいつもお姉ちゃんたちはそう言うの!!ここから出して。元の世界に戻してって!!そんなの、辛いだけなのに!!!」


少女が彼女の首に掴みかかる。
それは万力を以って、彼女の気道を締め付けていく。


「それじゃ・・・・うそだから・・・・・」

「うそ・・・・?」

だが、そんな状態でも彼女は答えた。
絞り出すように、苦しそうに。

少女の力は緩まない。
それでも、彼女は先を進める。



「辛いこととか、苦しいことは、確かに嫌だよ・・・でも、それがないと・・・・・楽しかったことが全部無駄になっちゃうから・・・・・」

「そんなこと・・・ないよ!!!楽しいことは楽しいもの!!優しいものは優しいもの!!嬉しいことは、絶対に嬉しい事だもん!!」

「じゃあなんであなたは満足できてないの!!!?」


涙も出てきて、目を潤ませながら。
その言葉を、全身の筋肉を使ってひねり出した。

ビクッ、と震える少女。
少し拘束が弱まる。


「もし本当に楽しいこととか、そう言うのばっかりにできるなら、あなたはもう満足しているはずでしょう!?」

「それはまだ、本当のお姉ちゃんが見つかってないから!!」

「違う!!それじゃ本当のお姉ちゃんは、いくら探したって見つからない!!!」

ドクン!!!



「みつから・・・・な・・・・・い・・・・?」

「あなたのお姉ちゃんは本当に私だったの!?今までの子だったの!?違うでしょ?あなたの知るお姉ちゃんは、全然違うはずでしょ!?だから何度も失敗した。何度もやり直した!!だって、あなたのお姉ちゃんはどこにもいないから!!」

「そんな・・・・ことない!!!」

再び少女の手に力が入る。ミシミシと骨が軋む。
だが、彼女はもうその苦しさを感じていないかった。


「なくない!!だってそのお姉ちゃんは、あなたが知っているお姉ちゃんであって私たちじゃないから!!!」

「私の・・・・?」

「いくら外捜したって、見つかるはずがないじゃない!!だって、それは貴方の記憶の中にしかないんだから!!!」

「私の・・・・記憶・・・・」

「それを誰かの押し付けたって、絶対に無理が来るにきまってる!!」


少女の手が、彼女の首を放した。
するりと抜け、彼女が降りる。



「でもあなたはその記憶を封じてしまった。それじゃ、思い出せるはずがないでしょ!?」

「だけど辛いことばっかりだよ!?そんなの思い出したくないよ!!」


嫌だ嫌だ、と頭を抱えて泣き出してしまう少女。
だが、その少女を唯子はそっと抱え、抱きしめる。


「大丈夫。怖くても、辛くても、それは記憶だから」

「え・・・・・」

「辛いことは、終わっちゃったの。だから記憶っていうんでしょ?」


しかしそれでも「怖いよ」としがみついて震えだす少女。
その肩を掴んで、言い聞かせるように優しく諭す。


「ダメだよ・・・・その辛いのも合わせて、全部あなたの思い出なんだから。そんな穴だらけで、ちゃんとしたお姉ちゃんを思い出せないよ?」

「辛いのも・・・必要なの?」

「・・・・辛いことは確かに嫌。絶対にあってほしくない。でも、それがなかったことにするのは、ダメ」



それは、自分の否定だから。

確かに辛かった。
涙が出るほど、辛かった。

それは苦しかった。
歯を食いしばるほど、苦しかった。

痛いほどに悲しかった。
胸が張り裂けそうなほど、悲しかった。


だけどそれから目を背けたら、今の自分は自分じゃない。

それを全部乗り越えてきたのが、今の自分だから。



大好きな自分の人が、変えられてしまう。
自分の街が、その人の手で焼き落とされてしまう。
身代わりで自分の身体を差し出したのに、それも無駄になってしまう。
その人を取り戻すために、必死になって戦った。


辛く、苦しく、そして悲しいことがあった。


もう涙も枯れるほど泣いた。
弱音も吐いた。
もう二度と取り戻せないモノを、失ってきたことがある。



それでも、今の自分には「今」がある。



もし今までのそれを否定して、忘れて、無かったことにしてしまったら



もう二度と、自分は――――――



「明日の自分に・・・・顔向けなんてできないじゃない」

そんな自分に、満足できることなどない。


故に



少女は永劫



手に入らぬ幸せを求める哀れな踊り子として




この張りぼての舞台を踊り続けていたのだ。




「お姉ちゃん・・・・」

「・・・違うわ」

「じゃあ・・・・お姉ちゃんは誰なの?」


しがみつく少女が聞く。
だが、彼女はまだ自分の名前を答えられない。

もう自分が、何をすることのできる人間なのかすら思い出せない。



だが、さっきから脳裏にはつらい記憶ばかりが流れ込んでくる。

焼ける街
変貌した思い人
まったく違うものにされた身体

まるで耐えて見せろと言わんばかりの、記憶の濁流。


楽しく、幸せな記憶は刹那に輝く。

苦しく辛い記憶は、久遠に蝕む。



だが、だからこそ。


彼女は忘れない。

この力を手にした理由を。
どうして自分がここにいるのか。


光り輝く光景に至るため、踏破し、打破し、突破してきたその苦難を
悲しみは消えず、避けること(あた)わず

だからこそ、自らを奮い立たせるそれを抱えて人は生きる。


乗り越えてきた自分があるからこそ。
彼女は力を込めて少女を抱きしめる。

その力は――――――――













「勇気を出して。あなたも最初は、世界に希望を持っていたはず」

「希望・・・?」

「私の名前は、今は言えないわ。でもね・・・・・」


そっ、と彼女は少女から離れる。
そして


ブパンッッ!!!

「ヒィッ!?」

「大丈夫」

少女の背後から襲い掛かってきていた、その黒い影を殴り飛ばしていた。



「少し、思い出した」

「お姉ちゃん?」

今はこれ以上思い出せない。
何故これができるのか、一体私は何者なのか。


それは全くわからないが、この拳の握り方は覚えている。



「これは、絶望と戦うための力―――――!!!」


それと戦うには、それを知らねばならない。
その恐ろしさを知ったからこそ、こうして彼女は立ち向かうために拳を握れる――――!!!



一方、少女を取り戻そうとするかの時如く、黒い影がなおも向かってきていた。
それを彼女は拳で掻き消す。


「思い出してあげて・・・・あなたの、大切なお姉ちゃんを・・・なかったことにしないで上げて・・・・!!!」

「わた・・・し・・・・」


忘れたくなかった。
忘れたくなかったから、何度も何度も繰り返した。

再現できなかった彼女を、作り出そうとしてきたのだ。


だけど、いろんなお姉ちゃんたちは全部違った。
本当のお姉ちゃんじゃない。


お姉ちゃんは

「綺麗な、キラキラした髪をしていて・・・・」

最後に見たその髪は、炎の中で揺れていた。


「透き通った、宝石みたいな目をしていた・・・」

最後に見たその目は、半分閉じられたまぶたに隠れていた。


「いつも私と一緒にいてくれて・・・・」


朝には優しく起こしてくれた。
一緒に料理も作った。
怖い夢を見たら、一晩中一緒にいてくれた。
そして何より


「私のこと、大好きって言って頭を撫でてくれたんだ・・・・・!!!」

辛い記憶。
その中に、本当の彼女の姿を見る。

そして、それは最初に出会った時の記憶を連想させ

彼女とのすべての出来事を、少女に思い出させていた。



「お姉ちゃん・・・お姉ちゃぁん・・・・・」

涙をこぼし、怯えるように震える少女。
ガタガタと震える少女は、自分を守ってくれる存在を求めた。

だが、彼女はいない。
少女に彼女は作り出せない。

辛い記憶に、潰されそうになる。



だが

「いるよ、ここに」


ここには今、彼女がちゃんと少女のそばにいる。


ふわりと、まるで包み込むような声が、少女の不安を和らげる。

少女の頬を、包むように彼女の両手がソッ、とあてられた。
そして涙をふき取り、そのままその手は少女の後ろに回される。

ギュッ、と抱きしめ

「ここに、私がいるから」


その一言だけで、少女の不安は溶けていく。

でも、彼女は「彼女」ではない。

あの人は撫でてくれる。
この人は抱きしめる。

全然違う。


「お姉ちゃんは・・・だれ?」


だから問う。
三度目の問い。


逃すものかと、絶望の黒い影が襲いくる中、彼女はそれに臆することなく拳を握り


今度はしっかりとその名を叫んだ。



「私はね・・・・綺堂唯子、っていうんだよ」







―――――――――――――――――その力は


たとえ同じ苦難に幾度襲われようとも

より凶悪な悲劇に遭遇したとしても




二度と膝をつかぬためにが故である








to be continued
 
 

 
後書き

間にはさんで唯子編

少女の願いは「幸せを得ること」「お姉ちゃんを取り戻す」ことですね。


記憶を失い、名を失い
つらいことを忘れても、それに立ち向かったことも忘れちゃったら、そりゃ無理ですわ~

ということで、まずは名前を取り戻す。


さあ、次に思い出すのは当然あの人の名前だ!!

唯子
「次回はほむらちゃんのカケラ紡ぎ、終了!!」

ではまた次回

 
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