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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv60 暗黒の瘴気

   [Ⅰ]


 魔の島に上陸した俺達は、林の中に伸びる道を進み続ける。
 それは怖いくらいに順調であった。なぜなら、魔物達は一向に姿を現さないからだ。
 一緒にいる者達は皆、どこか釈然としないに違いない。
 その証拠に、これだけ順調に進んでいるのもかわらず、全員、何とも言えない表情をしていた。
(妙だ……何か嫌な予感がする……)
 ふとそんな事を考えていると、隣にいるアヴェル王子が俺に囁いた。
「コータローさん……ちょっと静かすぎると思いませんか? 船で移動を始めてから、ここまで、魔物が1体も現れません。……なにか、胸騒ぎがします。我々は既に、魔物達の罠の中に入っているような気さえしますよ……」
「……かもしれませんね。何れにしろ、ここは敵地ですから、この先、何があるかわかりません。気は緩めないでおきましょう」
「ええ」
 ここにいる者達は皆、こういった不安を抱いているに違いない。
(さて……この先、一体、何が待ち受けているのやら……このまますんなりと、ミュトラの聖堂内に入れるわけはないとは思うが……)
 魔物が現れない違和感を抱きながら道を進んでゆくと、俺達はいつしか境界門へとやってきていた。が、しかし……俺達はそこで、異様な光景を目にする事となったのである。
 全員、そこで足を止めた。
 至る所から、驚きの声が上がる。
【なッ、これはッ!? なぜこんなところに、騎士の石像がある!?】
【なんだ、この石像は!?】
【騎士だけじゃないッ、魔物の石像もあるぞ! なんだこれは……】
 そう……なんと、境界門の周辺には、魔導騎士の石像や、彷徨う鎧のような魔物の石像が、幾つも置かれていたのである。
 それは生々しい石像群であった。
 ある騎士は勇ましく剣を構え、ある騎士は魔物に向かって呪文を唱えるような仕草をしている。また、とある騎士は、魔物を剣で斬りつけるような動作をしていた。それはまるで、今にも動き出しそうなほど、不気味でリアルな石像達であった。
 それだけではない。なんと、これらの周囲には、草や木の石像まで置かれていたのだ。
 その為、この一帯が石像といっても過言ではない状況となっていたのである。
(まるで等身大サイズのジオラマだな……なんつー生々しい石像群だ……つか、なんでこんなモノがここに……)
 と、そこで、魔導騎士の1人が石像に近づき、驚きの声を上げた。
【こ、これは、ラースラじゃないか! なんでラースラの石像が、こんな所に……】
 どうやら、知り合いの騎士の石像のようだ。
(って……まさか、この石像は!?)
 と、その時である。
 不気味な笑い声が、境界門の奥に広がる前方の林から、聞こえてきたのであった。

【クククッ、素晴らしく美しい石像だろう。これほどのモノはないという程にな】

 その直後、カシャカシャという金属音を立てながら、俺達の背後にある林と、境界門の奥に広がる林から、魔物の集団が姿を現したのである。 
 現れたのは100体近くはいるであろう地獄の鎧と、6体のドラゴンライダーであった。
 俺達は挟み撃ちという状況となっていた。
(……このドラゴンライダーの数を考えると、コイツ等はアーシャさんやフィオナ様達を運んだ奴等か……)
 ドラゴンライダー達を先頭に、魔物の集団はゆっくりと俺達に近づいてくる。
 そこで、ヴァロムさんの大きな声が響き渡った。
【総員、直ちに戦闘態勢に入るのじゃッ! 敵は背後にもおる! 魔物達の動きに注意せよッ!】
【ハッ!】
 全員が武器を手に取り、そして身構えた。
 と、そこで、前方にいるリーダーと思わしきドラゴンライダーが右手を上げた。
【止まれ!】
 魔物達の進軍が止まる。
 リーダと思わしきドラゴンライダーは、そこでニヤリと笑みを浮かべ、口を開いた。
【待っていたぞ、お前達が来るのをな。どうだ? 美しい石像だろう。言っておくが、これらは、ただの石像ではない。クククッ……お前達もこうなるのだからな】
「何ッ!?」
「一体、何を言っている……」
 魔導騎士や宮廷魔導師達は、魔物の言葉に少し翻弄されていた。
 恐らく、あの有名な状態変化を知らないのだろう。
(コイツ等が言っているのは、恐らく、石化……チッ、厄介だな。しかし、どうやって……これだけの者達を石化させたんだ。この石像群の様子を見る限り、全て同時に石化したような感じだ。一体どうやって……Ⅴのジャミみたいな石化ガスでも使ったのか……にしては範囲が広すぎる気がする……)
 俺はそこで石化している魔物へと視線を向けた。
 すると、石化してるのは彷徨う鎧系の魔物達だけであった。
 続いて俺は、ドラゴンライダー達に目を向ける。その姿はゲームと同様、獰猛な翼竜に跨る騎士という感じだ。が、違う箇所もあった。ドラゴンライダー達の首にはネックレス上になった黒い水晶球のようなモノが、ぶら下がっていたからである。
 それだけではない。その内の1体は、俺達が発見したあの美しい杖を所持していたのだ。
(あれは……雨雲の杖! なんで奴らが……ン?)
 そこで、リーダー格のドラゴンライダーが所持している物体に目が留まった。
 それは奇妙な模様が描かれた黒い壺のような物体であった。
(壺と雨雲の杖……なんか最近、これと同じようなのをどこかで見聞きした気が……アッ!?)
 次の瞬間、俺の脳内に、あの遺言の記述が蘇ってきたのである。
 またそれと共に、奴等の思惑が、おぼろげながら見えてきたのであった。
(そ、そういえば……アヴェル王子はこの間言っていた……雨雲の杖はその名の通り、雨雲を呼び寄せ、限定的ではあるが、雨を降らせる、と……まさか、奴等がやろうとしている事とは……)
 俺が想像したモノ……それはドラクエⅦにでてきたトラウマイベントを彷彿させるモノであった。
 と、その時である。

【行け! 者共! 奴等を殲滅しろッ!】

 黒い壺を手にしたドラゴンライダーが号令をかけたのである。
 地獄の鎧が剣を抜き、ガシャガシャと金属音を立てながら、こちらへと動き始める。
 翼を大きく広げ、ドラゴンライダー達は、一斉に空へと飛び上がった。
(ヤ、ヤバい……奴等は石化の雨で、地獄の鎧ごと、俺達を一網打尽にするつもりだ……は、早くなんとかしないと……)
 ドラゴンライダー達は、瞬く間に、上空50mくらいの高さへと舞い上がる。
 ヴァロムさんは皆に指示をした。
【魔導騎士隊は前と後ろの魔物だけじゃなく、空の魔物の動きも注視せよ! 敵は得体の知れぬ攻撃手段を持っておる! 迂闊に間合いに飛び込む出ないぞ!】
【ハッ!】
 続いて、ディオンさんの指示が飛ぶ。
【奴等は上からも来るぞ! 攻撃魔法が得意な魔導師は魔法で迎撃をしろ! 他の者は回復と守備力強化に専念するのだ!】
【ハッ!】
 この場にいる者達は皆、武器を抜いた。
 そして、魔物達との戦いが始まったのである。
 俺も魔光の剣を手に取り、身構える。が、しかし、俺の意識は、上空にいるドラゴンライダーへと向いていた。
 ドラゴンライダー達は何もせず、様子を窺うかのように、上空で旋回しているところであった。
 恐らく、雨を降らせるタイミングを探っているのだろう。
(あのドラゴンライダーを一刻も早く、何とかしなければ……だが、バスティアンの遺言内容が正しいならば、あの壺は下手な扱いはできない……どうすればいい……魔導の手の間合いに入りさえすれば、奴を捕まえれるだろうが、今は圏外だ。何か手はないか……)
 俺は急ぎ、周囲を見回した。
 すると、あるモノが俺の視界に入ってきたのである。
 それは境界の壁であった。
(境界壁の高さは20m以上はあるな……この高さなら、いけるかもしれないが……とりあえず、ヴァロムさんにこの事を話しておかなければ……)
 俺は近くにいるヴァロムさんの元へ行き、奴らの思惑を簡単に説明した。
「奴らの思惑が分かりました、ヴァロムさん。魔物達は地上の魔物を囮にして、上空から雨雲の杖を使い、全てを石に変える呪いの雨を降らせるつもりです」
 ヴァロムさんは眉根を寄せる。
「何ッ……全てを石に変える呪いの雨を降らせるつもりじゃと……」
「はい。この石像達は皆、それで石化させられたのだと思います」
「俄かには信じがたいが、お主の言う事じゃ、何か根拠があるのだろう。しかし、だとすれば厄介じゃ……早く、何か手を打たねば」
 それが問題であった。
(あまり、やりたくはないが……仕方ない。今のこの状況だと、細かい説明してる暇がないから、俺が何とかするしかないか……それに、遺言の内容が正しければ、あの黒い壺は下手な扱いができない……)
 俺はそこで覚悟を決めた。
「ヴァロムさん……うまくいくかどうかわかりませんが、俺に考えがあります」
「なんじゃ、言うてみよ」
 俺はそこで、リーダー格のドラゴンライダーを指さした。
「この魔物達の計画は、恐らく、指揮官と思われるあの魔物が要だと思います。なので、俺が奴を抑えに行ってきます」
「しかし、あの高さじゃ。空を飛ばん限り無理じゃぞ。とてもではないが、地上からでは魔法は届かぬ。どうするつもりじゃ」
「これはある種の賭けになりますが、魔導の手を使って気付かれないよう境界壁の天辺に行き、あの魔物を捕まえるしかないでしょう。上空にいる魔物は、俺の予想だと、地上には近づかないと思いますから」
「……できるか?」
「我々には空を飛ぶ手段がありませんから、やらなければ道が開けません。ですが、確実にうまくいく自信もありません。なので、雨が降りそうになったら、すぐに逃げてください。背後にも魔物がいるので難しいですが、それしか回避する方法がありません……残念ですが……」
「確かに賭けじゃな……何人必要じゃ?」
「俺1人でやります。敵に気付かれるとやりにくいので」
「そうか……ならば、任せたぞ、コータロー」
「はい。では行ってきます」
 そして、俺は魔物達に気づかれないよう、境界壁へと向かったのである。
 
 魔導騎士と地獄の鎧が入り乱れて戦う中、俺は境界門の近くにある壁に辿り着いた。
 と、そこで、アヴェル王子とウォーレンさんがこちらへとやって来た。
「コータローさん、何をするつもりなのですか?」
「おい、コータロー。何かするのなら手伝うぞッ」
 この2人にも簡単に説明しておこう。
「奴等の思惑が分かりましたので、今からこの壁をよじ登って、リーダー格と思わしき魔物を倒しに行ってきます」
「思惑が分かっただって!? 奴等は一体、何をするつもりなんだ?」
「奴等は恐らく……雨雲の杖を使い、全てを石に変える雨をこの場に降らせるつもりです。つまり、これらの石像と同じように、俺達を石にするつもりなんですよ。そして……バスティアンの遺言に記述してある魔物達の会話は、恐らく、これの事を指しているんだと思います」
「な、なんだって……」
「俺達を石にするだとッ!」
 今の内容が衝撃的だったのか、2人は大きく目を見開いていた。
 俺は構わず続ける。
「そういうわけですんで、ちょっと行ってきます。雨が降りそうになったら、すぐに逃げてください」
 それだけを告げ、俺は魔導の手を使い、境界壁を登り始めたのである。

 俺は魔物達に気づかれないよう、静かに魔導の手を伸ばして壁を登ってゆく。
 その途中、ヴァロムさんの大きな声がこの場に響き渡った。
【皆の者! 敵は雨雲の杖を使い、得体の知れない雨を降らせるつもりじゃ! 戦闘中で難しいかもしれぬが、雨雲ができたらすぐに退避せよ!】
【ハッ】
 ヴァロムさんはとりあえず、皆に忠告してくれた。
 だが、これだけ入り乱れるように戦闘していると、離脱するのはなかなか難しいだろう。
(その前に、なんとか、あのドラゴンライダーを対処できるといいが……)
 程なくして境界門の天辺へとやってきた俺は、そこで恐る恐る下を見た。
 蟻のように小さく見える魔導騎士や宮廷魔導師、そして地獄の鎧達の姿が視界に入ってくる。
 高所にいる為、身の竦む思いであったが、俺は無理やり意識を切り替え、上空のドラゴンライダー達へと視線を向けた。
 奴等との距離は凡そ、30m。まだわずかに魔導の手が届かない距離であった。
(まだ少し遠いな……壺を持ったドラゴンライダーはアレか、ン?……1……2、3、4……5……あれ、もう1体はどこだ……)
 と、そこで、絶叫にも似た、ウォーレンさんの大きな声が聞こえてきたのである。

【コータロー! 後ろだァァッ!】

 俺は慌てて振り返る。
 その刹那、俺の眼前に、大きく開いたドラゴンの顎が迫っていたのである。
(どわぁぁ! ヤ、ヤバいィ、喰われるゥ!!)
 涎に塗れた鋭利なドラゴンの牙が、俺に目掛けて襲い掛かる。
【クククッ、バカめッ! 竜の餌食になるがいいッ!】
 咄嗟の出来事に、俺は後ろへ倒れながら仰け反った。
 当然、俺はバランスを崩し、壁から落下し始める。が、しかし、ドラゴンライダーの攻撃をなんとか間一髪でかわす事ができた。
(チッ……こうなったら、イチかバチかだ。このドラゴンライダーをハイジャックして、ピンチをチャンスに変えてやる……うまくいくかわからんけど)
 俺は落下しながらも、攻撃してきたドラゴンライダーへと魔導の手を伸ばした。
 そして、見えない手でドラゴンの足を掴んだところで、俺はドラゴンライダーと共に空を飛んだのである。
(まさか、こんなスタントまがいのアクションをする羽目になるとは……とほほ……)
 下を見ると、何体もの地獄の鎧と戦う魔導騎士達が、さっきよりも更に小さく見えた。
 距離にして、恐らく、上空50mといったところである。
(めっちゃ高いやんか……怖ッ……って、ビビってる場合じゃない。早くあの壺を何とかしないと……。まずは、この竜に騎乗してる騎士に退場してもらうとしよう……)
 俺は魔導の手を使い、ドラゴンの腹に接近する。
 そこで魔光の剣を発動させ、騎乗する騎士の足を斬りつけた。
【グァ! オノレェ、貴様! そんな所にいたのかッ、しぶとい奴め! ぶち殺してくれる!】
 苦悶の声と共に、騎士は前屈みになり俺を睨みつける。そして、剣を抜いた。
(今だ!)
 俺は魔導の手を使い、前傾姿勢になった騎士の首に見えない手を伸ばし、思いっきり引き寄せた。
【かッ、身体が引きずられる!】
 魔導の手によって、磁石のように俺と騎士は急接近する。
 この突然の現象に、騎士は俺の接近にも気づかないくらいに慌て、竜から落ちないように踏ん張っていた。
 その為、奴は隙だらけであった。
(胴がガラ空きだよ)
 俺は間合いに入った瞬間、魔光の剣を発動させ、騎士の胴を薙いだ。
【ギョェェ】
 断末魔の声と共に、騎士はゆっくりとドラゴンから落下してゆく。
 そして俺は、手綱に魔導の手を伸ばし、ドラゴンの背へよじ登ったのである。
 乗っ取り成功ってやつだ。が、しかし……そう思ったのも束の間であった。
 なぜなら、ドラゴンは俺を振り落とそうと、激しく上下左右に蛇行し始めたからだ。
「うわっ……ちょっ……チッ、暴れんなッ、この糞ドラゴン!」
 それはまるで、悪路を走行する車の中にいるような感覚であった。
 俺は振り落とされないよう、跨る両足の太ももをギュッと締め、踏ん張った。
 暫くすると、ドラゴンは大人しくなってゆく。
 だがそれと共に、今度は妙な耳鳴りがし始めたのである。
(な、何だこの耳鳴りは……グッ……眩暈がする……)
 と、そこで、胸元にいるラーのオッサンの声が聞こえてきた。
「コータローよ、気を付けろ。この竜は、お前の心を乗っ取ろうとしておる。我を外に出せ、まやかしを解いてやろう」
「た、頼む」
 俺は頭を押さえつつ、ラーのオッサンを外に出した。
 ラーの鏡は眩く一瞬光輝く。
 するとその直後、あの嫌な耳鳴りもスッと消えていったのである。
 今の光で、まやかしを打ち消したのだろう。
「た、助かったよ……ラーさん。しかし、まさか、竜が俺の心を乗っ取ろうとしてくるなんて……」
「この竜は、魔の世界の戦士しか乗りこなせんのだ。あまり無茶をするな。例の書物とやらには書いてなかったのか?」
「ごめん、初めて知ったよ」
 こんな設定は初耳である。
「まぁいい。とにかく、この竜を操ろうなどとは思わぬ事だ。この世界の者には乗りこなせん」
「マジかよ……ここにきて手詰まりなのか……クソッ」
 俺達がそんなやり取りをしていると、前方にいるドラゴンライダー達の話し声が、風に乗って聞こえてきた。

【チッ……コータローとかいう、面倒な奴が空に来やがった。グズグズしておれん。おい、ディラックのマグナを使うぞ! 雨雲の杖の力を解き放てッ!】
【マグナはあと1回分があるかないかだった筈……この散らばり具合では1度で始末できんぞ。いいのか?】
【構わん。もう、ここでしか喰い止められん。それに、アシュレイア様からは、最低でも奴等の半分は削るように言われている。だから、やるぞ!】
【わかった!】

(ヤ、ヤバい……奴等はもう行動に出るつもりだ。チッ、どうすればいい……)
 程なくして、俺の下に、どんよりとした雨雲が広がり始めた。
 その直後、リーダー格のドラゴンライダーは雨雲の上に素早く行き、妙な呪文のようなものを唱えると共に、手に持った壺を逆さにしたのである。
 すると次の瞬間、壺から黒っぽい液体のようなモノが、少しづつ下の雲へと注がれたのだ。
 その黒い液体は雨雲に到達するなり、ドライアイスのように気化して雲の上を這うようにして広がってゆき、そして消えていった。
 それは、あっという間の出来事であった。
「ま、不味い……あの禍々しい瘴気を浴びたら、大変な事になるッ。コータロー、下の者達に、すぐに逃げるよう、指示するのだ!」
 俺は大きく息を吸い、下に向かって目一杯に叫んだ。
【全てを石に変える、呪われた雨が降りますッ! 早く逃げてくださいッ!】
 ヴァロムさんの声が聞こえてくる。
【皆の者! 呪われた雨が降るぞッ! 一時退却じゃ! 一刻も早く、雨雲の外に出るのじゃ! 急げ!】
 程なくして、ザーという、雨が地上に降り注ぐ音が聞こえてきた。
 そして次第に、悲鳴のような叫び声が、聞こえてくるようになったのである。

【か、身体がァァァ! 石にィィィ】
【馬鹿な! こ、こんな事がァァ! こんな事がァァァッ!】

 どうやら、逃げ遅れた者達がいたという事なのだろう。
 悲鳴のような声は至る所から上がっていた。
 もしかすると、被害者はかなり多いのかもしれない。
 それから暫くすると、雨雲は晴れてゆく。
 そして、その下には、敵と味方が入り混じった幾つもの石像群が、不気味に佇んでいたのであった。
 退却中の者や、魔物と戦っている最中の者……そういった生々しい石像達が……。
(クッ……このままじゃジリ貧だ……今の雨で半数以上は石化したと見て良いだろう……どうすりゃいい。ここからじゃリーダー格のドラゴンライダーは、魔導の手の圏外だ。おまけに、乗っ取ったはいいけど、ドラゴンは言う事聞かないし……完全にお手上げだ……)
 と、そこで、ラーのオッサンの声が聞こえてきた。
「コータロー、ラーの鏡にあの魔物を写せ」
「何をするつもりだ?」
「この距離ならばモシャスを使える。我がお主の翼となろう」
「その手があったか! 頼む、ラーさん」
 俺はラーの鏡をドラゴンライダーに向けた。
 その直後、鏡は眩い光を放ちながら、ドラゴンライダーへと変身したのである。
「乗れッ、コータロー! あの魔物達を倒すぞ!」
「ああ、とっととやっちまおう」
 俺が竜に乗ったところで、ラーのオッサンは、翼を大きく羽ばたかせて上昇した。
 それから程なくして、俺達はリーダー格のドラゴンライダーの真上へとやってきた。
 奴等は今、石化攻撃の戦果を確認している最中で、俺達の接近には気にも留めていない。
 つまり、今が好機というやつである。
「さて、ここからは、お主に任せる。我はお主の指示通りに動こう」
「奴は俺が倒す。壺の方は頼んだよ、ラーさん」
 俺はそれだけを告げ、竜から飛び降りた。
 落下しながら、俺は魔導の手を奴の肩に伸ばし、一気に真下のドラゴンライダーへと近づいた。
 当然、奴もそこで俺の接近に気付いた。
【グッ、引っ張られる……だ、誰だ!……な、貴様は! なぜ貴様がここにいる!】
 俺は一撃で仕留める為に、高出力の魔光の剣を発動させた。
 そして、眩く輝いた光の刃で、奴を頭から一刀両断したのである。
【グギャァァ】
 騎士の体は真っ二つに分断され、左右に落下していく。
 それと共に、騎士が脇に抱える黒い壺も落下していった。が、しかし……そこで、1体のドラゴンライダーが下に回り込み、黒い壺を回収したのである。
 勿論、これはラーのオッサンだ。中々の連携プレイである。
「コータローよ、壺は回収した。さぁこっちにこい」
「了解」
 俺は真下にいるオッサンドラゴンライダーへと飛び乗った。
「よし、これでもう、あの雨は降らん。このまま奴等を全部始末するぞ、コータロー」
「おう!」――

 俺とオッサンは、上空にいる残ったドラゴンライダーを1体づつ仕留めていった。
 1度に3回も攻撃できるので、奴らは反撃する間もなく、俺達の刃に倒れていった。
 そして、全て倒し終えたところで、俺達は地上に着地したのである。
 ラーのオッサンもそこでモシャスを解いた。
 ちなみにだが、雨雲の杖も回収しておいた。杖は今、フォカールで仕舞ったところだ。
 またあんな使われ方されたらたまらんので、一時的に俺が預かるつもりである。
 まぁそれはさておき、周囲に目を向けると、どうやら地上の方も、既に戦闘は終わっているようであった。
 一応は俺達の勝利といえるだろう。が、しかし……あの雨の爪痕は、甚大なモノであった。
 なぜなら、部隊の約3分の2以上が石像と化していたからである。生き残ったのは僅かしかいなかったのだ。
 生存者は、ヴァロムさんとディオンさん、そしてアヴェル王子とウォーレンさん、それからシャールさんとルッシラさん、その他の魔導騎士と宮廷魔導師が数名いるだけであった。
 また、残念な事に、レイスさんとシェーラさんは石化していた。これは誤算であった。
(あの2人は後ろの方にいたから、雨から逃れていると思ったが、まさか、石化していたとは……。多分、装備している武器が強力だったから、前に出てしまったんだろう……はぁ……どうしよう、貴重な戦力が……ン?)
 と、そこで、ヴァロムさんが俺の所にやって来た。
 こちらに来たのはヴァロムさんだけで、他の者達は皆、周囲の石像を見て、意気消沈の様子であった。
 完全に士気が下がっている状態だ。
 無理もない。こんな光景を目の当たりにすれば、こうなるのも当然だろう。
 俺だって逃げ出したい気分である。
「コータローよ、よくやった。怪我はないか?」
「はい、なんとか……」
「そうか、それはよかった。しかし……大変な事になってしもうたの。まさか、あのような手段で我等に襲い掛かろうとは、考えもせなんだ」
「ええ」
 ヴァロムさんはそこで、俺の首にぶら下がるラーの鏡に視線を向けた。
「さて、ラーさん……ここで想定外の事が起きたが……この者達を治す方法はあるのか?」
「方法はあるにはある……」
「ほう、あるのか。……して、どのように治すのじゃ?」
「コータローが持っている、ある杖を使えば、恐らく、治せる筈だ」
 多分、あの杖の事だろう。
 石化解除となるとあれしかない。
「もしかして、ストロスの杖の事か?」
「うむ。あれならば……って、お主、なぜその杖だとわかった?」
 面倒だから流しとこう。
「消去法だよ。それしか該当するのがないじゃないか。それはともかく、あの杖を使えば、治せるんだな?」
「多分な」
「多分かよ……。でも、何れにしろ、杖を用意しなきゃな。……フォカール……」
 俺は呪文を唱え、空間からストロスの杖を取り出した。
 と、そこで、オッサンは言う。
「ただし、その杖で使用できる精霊の力は限りがある。一度に治せるのは3名程だろう」
「3人治したら、もう杖はずっと使えないのか?」
「いや、今日は使えんというだけだ。時間が経てば、また精霊の力は満たされる。そうすれば、使えるようにはなる」
 俄かには信じがたいのか、ヴァロムさんは少し怪訝な表情をしていた。
「今、多分というたが、ラーさんも確証は持てぬのか?」
「まぁ我も試したことがないんでな。ただ、我の予想では、ストロスの力ならば、恐らく、治せるだろうと思っている。あの状態は、暗黒の瘴気に蝕まれた結果なのでな。ただし、石像が欠損したりすると、完全な復活は出来ぬから、衝撃を与えぬようにな」
 ドラクエでは石化イベント自体が少ないから、あまり気にはしなかったが、今のは説得力がある話だ。
 とりあえず、他の人達にも、話しておいたほうが良いだろう。
「ふむ、3人程か……ならば、まずは、あの者達で試すしかあるまい」
 ヴァロムさんはそこでレイスさん達を指さした。
「ですね……ン?」
 と、そこで、回避できた他の者達も、こちらの方へとやって来たのである。
 皆の表情は暗く、明らかに、怯えのようなモノが見え隠れしていた。
「ヴァロム様……騎士や宮廷魔導師達が、石になってしまいました。わ、我々は……これからどうすれば……」
 アヴェル王子はそう告げると共に、元気なく項垂れた。
 それは他の者達にしても同様であった。
 とはいえ、シャールさんはそうでもなかったが……。今は石像群を興味深そうに見ているところだ。
 まぁそれはさておき、ヴァロムさんは皆に言った。
「生き残ったのは我々だけじゃ……このまま進むしかあるまい。戻ったところで、これだけの精鋭はもう連れて来れぬ。それに……そんな時間は、魔物達が与えてくれぬじゃろうからの」
「しかし、父上……我々だけで倒せるのですか。あのような非道な手段を用いてくる魔物を相手に……。この先どのような罠が待ち受けているかわかりませぬぞ」
 ディオンさんは肩を落とした。他の者達も元気なく俯いている。
 この場にいる者達は、一部を除き、魔物に対して畏怖している状態であった。
 重苦しい沈黙が訪れる。
(これだけ士気が下がると不味いな……多分、今のまま進むと悪い方向に向かう気がする……うまくいくかどうかわからんが、俺が鼓舞してみよう)
 俺は皆に告げた。

【確かに……甚大な被害が出てしまいました。ですが、アシュレイアと戦うまでは……これ以上大きな罠はないと私は見ています。それに、あのような手段を用いてくるという事は、裏を返せば、魔物側が追い詰められているという事の証だとも言えます。ですから、進みましょう、皆さん】

 すると、宮廷魔導師の若い男が、俺に食って掛かってきたのである。
「これ以上、罠はないだと……何を根拠にそんな事が言えるッ! 大体、お前は何様のつもりだッ! ヴァロム様の弟子であるというだけで、偉そうに言うなッ! 俺は……し、親友が……目の前で石にされてしまったんだぞ……わかるか、この気持ちが……ウウゥゥ」
 その男は両膝を地面に付け、頭を抱えて蹲った。
 ここにいる者達は皆、悲痛な面持ちで、その男に視線を向けていた。同じ気持ちなのだろう。
(士気をあげるには、希望の光が必要だ。また賭けになるが……杖の力を試すしかない……今度は上手くいってくれよ……)
 俺は内心祈りながら、ポーカーフェイスで話を続けた。
「この石化は……恐らく、治せます。ただし、一度に何人もは治せないので、時間は掛かります。ですから、その為にも、魔物を今すぐ倒さないといけないんです」
 蹲る宮廷魔導師の男は、勢いよく顔を上げた。
「な、治せるだって……一体、どうやって!?」
「本当ですかッ、コータローさんッ!」
「本当か、コータロー!」
 俺はストロスの杖を皆の前に出した。
「以前、アヴェル王子から頂いた、この杖を使えば、治せる筈です」
「え? こ、この杖が……」
 アヴェル王子は首を傾げていた。
(論より証拠だ……もう実践するしかない)
 俺はそこでヴァロムさんに視線を向けた。
「やってみよ、コータロー。まずは、あの者達で試してみるがよい」
 ヴァロムさんはレイスさん達を指さした。
 高位武具を装備している外せない前衛戦力なので、ヴァロムさんもそこは汲んでくれたようだ。
「わかりました」
 俺はレイスさんとシェーラさんの前に行き、ストロスの杖を前に掲げた。
 そこで、俺は小さく囁いた。
「ラーさん……使い方を教えてくれ」
「コータローよ……杖の水晶球に触れて祈るのだ。そして、邪悪な穢れを祓い、清め給え、と心から願うがいい。さすれば、精霊ストロスは答えてくれよう」
 俺はただただ祈った。
(精霊ストロスよ……この者達の邪悪な穢れを祓い、清め給え……)
 するとその直後、杖の先端にある青い水晶球が輝き、光のシャワーのようなモノが発生したのである。
 そして、それらが雨の如く、レイスさんとシェーラさんに降り注いだのだ。
 光の雨は程なくして消えてゆく。
 と、次の瞬間、彼らに変化が現れた。
 なんと、石像が淡く輝き、石化が洗い流されてゆくかのように、本来の姿を取り戻していったのである。
 全身の石化が解けたところで、レイスさんとシェーラさんはポカンとしながら、ボソリと言葉を発した。
「あ、あれ……我々は一体……」
「なんか頭がボーとするわ。って、あれ、ここは?」
 2人は夢でも見ているかのような表情であった。
 そこで、皆の驚く声が聞こえてくる。
【ほ、本当に治ったぞ……】
【あの杖は一体……】
 俺は皆に振り返り、声高に告げた。 
【御覧の通りです。この杖の力があれば、ここにいる者達は治せます。ですが、杖の力は限りがあるので、治せても、あと1名といったところでしょう。しかし、時間が経てば、また杖は力を取り戻します。ですから、我々は進まなければいけないんです。魔物達に勝たなければ、犠牲になった彼等を救う事さえできません。行きましょう、皆さん。休んでいる暇はありませんよ。時間が経てば、魔物達は、また新たな罠を仕掛けるに違いありませんから】
 ここでヴァロムさんが、皆を鼓舞してくれた。
【皆の者、今、我が弟子が言った通りじゃ! 我々は進まねばならぬ! 友を石にされ、辛い者もおるじゃろう。じゃが、我が弟子が今見せたように、救済する手段はある。ここが正念場じゃぞ。魔物達に勝利せねば、我等に未来はないのじゃからな!】
 ヴァロムさんは、そこでアヴェル王子に視線を向けた。
【アヴェル王子! 魔物を倒す好機は今ですぞ!】 
 先程と打って変わり、アヴェル王子は出発前の強い眼差しへと戻っていた。
 ストロスの杖の力を見て、希望の光が見えたからだろう。
 アヴェル王子は皆の顔を見回すと、剣を天高くに掲げた。 
【行くぞ、皆! すべての元凶は魔物だッ! 魔物を倒さねば、我らに未来はない! 行こう! そして、必ず勝ち、このイシュマリアに平穏を取り戻すんだッ!】
【オオッ!】
 アヴェル王子の宣言により、残った者達は完全に士気を取り戻した。
 そして俺達は、気を引き締め直し、進軍を再開したのである。

 話は変わるが、進軍を開始したところで、シャールさんが俺の隣にやって来た。
 そこでの会話は以下のとおりである。
「フフフ……貴方、なかなかやるわね。さっきの戦いぶりも見事だったわよ。それに……面白そうな魔法や魔導器を一杯持ってるのねぇ……ウフフフ」
「いや、まぁそんな大層なもんじゃないですよ……ナハハ」
 嫌な予感がしたので、俺は笑って誤魔化しておいた。
「あらあら、謙遜しちゃって……でも……あんな魔法見た事ないわよ」
「へ? あんな魔法?」
 ライデインの事だろうか? とも思ったが、彼女の口から出てきたのは予想外の魔法名だった。
「フフフ……さっき、貴方、妙な呪文を唱えて、空間に切れ目を入れて、あの杖取り出してたじゃない……確か、フォカールとか言って……フフフ。本当に面白い人ね」
「え!? み、見てたんスか?」
「一部始終見てたわよ、ウフフフ。中に色んな道具が入ってるのもね。ヴァロム様とだけ秘密を共有してるようだけど、貴方とは一度、ゆっくりとお話ししたいわね。この件が片付いたら、よろしくお願いしますわ。ウフフフ」
「ナ、ナハ……ナハハ……」
 この時のシャールさんは満面の笑顔であったが、なんとなく怖い微笑みであった。
 そして俺はというと、暫しの間、微妙な気分での行軍となったのである。


   [Ⅱ]


 頬に感じる冷たい感触で、アーシャは目を覚ました。
「ン……ここは……」
 アーシャは瞼を開く。
 薄明かりに照らしだされた無機質な石畳の床が、アーシャの眼前に広がっていた。
「どこですの、ここ……」
 アーシャは体を起こし、周囲を見回した。
 すると、四方を囲う牢獄のような格子状の柵が、目に飛び込んできたのである。
 それは檻のようなモノであった。
「ここは……牢の中ですの?」
 檻の内側を見回すと、横たわる数名の者達がいた。
 それはアーシャのよく知る人物であった。
「サナさん、それからミロンさん……あれは……フィオナ王女にアルシェス殿下……なぜこんな所に……皆、眠っているんですの?」
 と、その時である。
 檻の向こうから、不敵な笑い声が響き渡ったのである。

【クククッ……お目覚めですかな、アレサンドラ家のお嬢様】

「だ、誰ですの!?」
 アーシャは声の聞こえた方向に振り返る。
 するとその先には、禍々しく歪んだ形をした黒い玉座のようなモノがあり、そこに何者かが座っていたのである。
 だが、少し遠い為、アーシャの目には、何が座っているのかまではわからなかった。人なのか、魔物なのかが……。
 声の主はアーシャに優しく語り掛けた。
【我が名はアシュレイア。サンミュトラウスのアヴェラス地方を治める大公とでも申しておきましょうか。まぁ貴方がたが言う、魔王といったところです……クククッ】
「ま、魔王……な、何を言ってるんですの……それに、サンミュトラウス? アヴェラス?」
 アーシャが狼狽する中、とある方向から、猛々しい獣のような声が発せられた。
【ガルゥ……薄汚い、この地のゴミ共が! 我が主に対する無礼は許さんぞッ!】
「ヒッ……」
 アーシャは声に振り返るや否や、息を飲んだ。
 なぜなら、そこには恐ろしい形相を浮かべる魔物達の姿があったからである。
 アーシャに声を荒げたのは、山羊のような大きな角と、背中に蝙蝠のような翼を生やした大きな体躯の魔物であった。上半身は赤い肌をした人間のような体型だが、下半身は牛のような蹄を持つ獣のような姿をしている。非常に獰猛な雰囲気を持つ魔物である。
 その他にもいたが、その内の何体かはアーシャも見た事がある魔物であった。4本の腕と足を持つ、黄色いライオンのような魔獣……アームライオンである。
 魔物達は檻へと近づき、アーシャに睨みを利かせ、威嚇した。
「ま、魔物!」
 アーシャは条件反射で、慌てて呪文を唱えた。
「ヒャダルコ」
 だが、檻が淡く輝くだけで、何も起こらなかった。 
「な、なぜですの……魔法が発動しない……」
【馬鹿めッ! その中では、呪文はかき消えるようになっているのだ。拘束してはおらぬが、貴様等は捕らわれの身だという事を忘れるなよ。ガルゥ】
 魔物は大きな口を開け、威嚇するかのように吼えた。
(コータローさん……た、助けて……)
 アーシャが怯える中、玉座に座る者は、毅然とした口調でそれを諫めた。
【よい。お前達は下がれッ】
【ハッ、アシュレイア様……】
 魔物達は頭を垂れ、檻から少し離れる。
 そして、玉座に座る者は話を続けた。
【さて、では時間もある事ですし、貴方の疑問に答えるとしましょう。サンミュトラウスとは、貴方がたが言う魔の世界の事ですよ。そして、アヴェラス地方とは、サンミュトラウスの南方にある地名のようなモノです。まぁとはいっても、貴方がたが、我が世界に来る事は未来永劫あり得ませんから、覚えなくても結構ですがね……クククッ】
 と、そこで、他の者達も目を覚まし始めた。
「ンン……ど、どうしたんですか……大きな声を出して……って、え!? ここはどこだッ!」
 声を上げたのはミロンであった。
「ミロンさん、私達はどうやら、魔物に捕まってしまったみたいですわ」
「え、ど、どういう事ですか!?」
 続いてイメリアやフィオナ、そしてアルシェスも目を覚ました。
「何かあったのですか、アーシャさん……って、ここは一体!?」
「なぜ私が、こんな檻の中に……」
「どこだここはッ!?」
 その様子を見て、玉座に座る者は微笑んだ。
【おやおや、全員、お目覚めの様ですね、クククッ】
 ミロンは声に向かって叫んだ。
【だ、誰だ! そこにいるのは!】
 フィオナは格子の前に行き、目を凝らした。
 そして、玉座に腰掛ける者を確認するや否や、驚きの声を上げたのである。
【な! お、お前は……レヴァン! なぜ、お前がここにいる!】
【愚問ですね……私がここにいる理由は1つです。貴方がたを攫ったのが、この私だからですよ。そして私が……此度の黒幕という事です。御理解頂けましたかな、フィオナ王女……クククッ】
 フィオナは怒りに任せて声を荒げた。
【私達を攫ったですって! 一体何の為に! この裏切り者!】
【貴方がたは餌なのですよ……クククッ……まぁ最も、彼等がここに辿り着けるかどうかすら、わかりませんがね……今頃、美しい石像と化してるかもしれませんので。クククッ】
 と、その時であった。
 この空間のある方角から、大きな声が響き渡ったのである。
【残念だったな……レヴァン。我々は石像にはなってはいないぞ】
【神妙にしろ、レヴァン! お前の悪事もそこまでだ!】
 程なくして、声の主達が、この場に姿を現した。
 アヴェルを筆頭に、1人、また1人と、この空間内に武装した者達が入って来る。
 そして、ある人物が姿を現したところで、アーシャは嬉しさのあまり、涙を浮かべ、その名を口にしたのであった。
「コ、コータローさん……」―― 
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