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花火師の親父

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第一章

           花火師の親父
 江戸の三河町に住む市兵衛は花火職人だ、彼が作る花火はとかく評判がよかった。
 それでだ、彼の方もよくこう言っていた。
「俺が作る花火は日本一よ」
「江戸一番じゃなくてだね」
「そうだよ、日本一だよ」
 こう言うのだった。
「俺以上の花火職人はいないぜ」
「そうかい、じゃあ今年も頼むよ」
「とびきりの花火をだよな」
「ああ、こっちもな」
 花火を買って打ち上げまで仕切る商人としてだ、出雲屋吉兵衛は馴染みの彼に言った。ふっくらとした顔で市兵衛のその引き締まり皺のあるその顔を見つつ。
「あんたの花火を打ち上げるのを楽しみにしているんだよ」
「そうだな、じゃあな」
「今年の夏もだね」
「とびきりの花火を作ってやるぜ」
「それじゃあな、ただね」
「ただ。何でい
「あんたの娘さんのことだよ」
 吉兵衛はこう市兵衛に言った。
「お里ちゃんな」
「あいつのことか」
「今度結婚するんだって?」
「ああ、簪職人のトウヘンボクとな」
「花火職人の娘が簪職人とだね」
「全く、どうした縁だが」
 苦い顔でにこりともせずだ、市兵衛は言った。
「お門違いもいいところだ」
「全くだね、しかし相手はどんな奴だい?」
「だからトウヘンボクだよ」
 今言った通りにというのだ。
「酒は飲むが遊郭には行かねえ、煙草は吸わねえ喧嘩はしねえってな」
「真面目かい」
「ったく、面白みがねえ奴だよ」
「それじゃあ市さんと一緒じゃないか」
 その市兵衛と、とだ。吉兵衛は市兵衛に笑って返した。
「御前さんも遊郭と煙草は興味がないだろ」
「遊郭は鼻が落ちらあ」 
 そこの病に罹ってというのだ。
「そして煙草は煙が嫌いだ」
「だからだね」
「俺は酒と喧嘩だけだ」
「あんた昔から喧嘩っぱやいからね」
「火事と喧嘩はっていうだろ」
 江戸の華とだ。
「もっとも火事なんざいらねえがな」
「そうは言ってもあれは起こるよ」
「冬になればな」
「それは仕方ないね」
「まあな、それでその亭主がな」
 お里の旦那になるその簪職人がだ。
「うちに来たら変にひょろ長くてなよっとしたな」
「何だい、外見は市さんと逆か」
「そうなんだ、これがな」
 その猿の様な小柄な身体で言う、ふっくらとして力士の様に大きな吉兵衛に対して。
「もう長屋の天井にまで頭の先が付きそうな位にな」
「それはまた大きいな」
「俺なんかガキみたいなもんだ」
 娘の亭主となる男と比べればというのだ。 
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