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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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二 怪しい雲行き

 
前書き
大変お待たせいたしました!!

今回前半部分は、シカマル→ナルの描写やシカマルとテマリの不仲、及び若干のハレンチ?というか青春な内容がありますので、ご注意ください!

 

 
「久しぶりだな、二人とも」

長い廊下の奥にある火影室。
その主たる五代目火影―綱手は、自来也の隣に立つ小柄な存在に眼を細めた。
目に入れても痛くない程、まるで孫のように可愛がっている子がようやく己の許に帰ってきたのだ。これを喜ばずにいられようか。
修行旅の労りの言葉を掛けようとした刹那、重厚な火影室の扉をノックする音がした。

「入れ」
綱手の許可を受け、扉を開けて室内に入ってきた奈良シカマルは軽く頭を下げる。
「どうも」と挨拶して顔を上げた途端、彼は硬直した。
その後ろからついて来た砂忍のテマリが、急に立ち止まったシカマルを訝しげに睨む。
「おい、どうした。早く中に…」

シカマルの背中越しに見えた金色に、テマリもまた動きを止めた。
以前からよく火影室に出入りするシズネや山中いのがこの場にいるのはわかる。けれども、ここ暫く見かけなかった眩しいばかりの笑顔が、シカマルとテマリの瞳に飛び込んできた。


この二年ほど木ノ葉の里で見ることが敵わなかった、鮮やかな金色。
以前も美しかった金髪は、しばらく見ない間に長く長く伸びたらしい。火影やいの達と談笑していた彼女が、背後のシカマルとテマリに気づいて、ぱあっと顔を明るくさせる。
二つに結っても長いツインの金糸を、ふわりと揺らして振り向いた存在に、どきりとシカマルの胸が高鳴った。

「…な、ナル…、おい!ナルじゃねーか!!」
「あっ…、シカマル!」

花がほころぶような笑顔で己の名を嬉しそうに呼ぶ彼女に、シカマルの鼓動は高まる。
その後方で立つテマリは、彼女の変わり様を見て驚いていた。



波風ナル。
12歳の頃の彼女の容姿は、ほぼ男と変わらぬ体型だったはずである。かろうじて、女と認識できたのはツインテールの金髪のみ。
華奢で小柄なところは変わっていないが、この二年ほどで何があったのか疑いたくなるほどに、立派な女性の姿になっていた。

(…というより、【お色気の術】で変化した姿まんまじゃねーか)
お色気の術を見たことがあるシカマルは、心中溜息を零した。

アカデミー時代の彼女がよくふざけて変化していた、グラマラスな身体の女性。その女性と瓜二つに成長したナルは、ボンキュッボンと理想の女性像の身体に育っていた。
(つか、こいつ、確か変化した時は裸体じゃなかったか…?)
うわ、と思わず口を押さえる。それはつまり、今の彼女の裸なわけで。
自然と顔が熱くなるのを誤魔化そうと、シカマルは即座に表情を得意のポーカーフェイスに切り替えた。

「お前、帰ってきてたのか」
「ああ。今朝帰ってきた」

男口調なのは変わってないのか、と少し安心する。照れ臭さを誤魔化すように軽く頭を掻きながら、シカマルはかける言葉を選ぶ。
けれども口から飛び出たのは、当たり障りのない一言だった。

「…なんつーか…変わったか、おい」
「変わりすぎよ!なに、この胸!」
シカマルの言葉に反応したのは、ナルが来る前に火影室にいた山中いの。
現在、綱手の弟子として修行に励んでいる彼女は、可愛い妹分のようなナルの成長っぷりに聊か抗議の声を上げた。

「なにしたらそんなでかくなるのよ、教えなさい!」
「…ちょ、いの…!?やめ…ッ」
自分の胸を鷲掴みするいのにナルが戸惑う。彼女の声とその胸を目の当たりにしたシカマルは、気が遠くなりそうになった。

「…あ~、いの。止めてやれ。健全な青年には刺激が強すぎる」
天の助けか、綱手がいのをやんわりと止める。その言葉にハッとしたいのは慌ててナルから離れた。
「なんじゃい、も~ちょっとしてくれてもよかったのに…残念じゃのう」
「あんたは!何を期待してるんだいっ!」
残念がる自来也を、綱手が拳で黙らせる。痛みに悶える自来也を、綱手はじろりと睨みつけた。

「…お前、ナルに手を出してないだろうね」
「ん~…?どうかの~??」
へらへらと笑う自来也に、ナル以外の全員が冷たい視線を投げた。冷ややかな眼を向けられ、自来也は慌てて弁解する。

「っ、あ、安心せえ!中身は12歳の頃とまっっっったく変わっとらん!」
「「「「「あ、やっぱり…」」」」」
「…エロせんに~ん…」
恨みがましくガクリと肩を下げるナルを見て、室内全員の心は一致した。
(((((つまり、鈍いままか…)))))


男と女の違いや、彼女に向けられる好意をまっっっったく理解していなかったあの頃と同じ。
しかも立派な女の身体となった今となっては、余計タチが悪い。
これから先苦労するのが目に見えて、シカマルは溜息をついた。

その横から、沈黙を貫いていたテマリがナルに声をかける。
「…ずっと考えていたんだが」
「…あ!テマリ姉ちゃんだってば!久しぶりだってばね!」
「ああ、久しぶりだな。憶えていてくれたのか」
「あったり前だってばよ~!すっげ~美人さんがいるって思ったってば!前も美人さんだったけど、ますます綺麗になっててびっくりしたってばよ!」

(…いや、びっくりしたのはお前のほうなんだが。つか、フェミニストぶりも変わってねえのな、めんどくせ~)といったシカマルの思考は、次のテマリの一言によって中断になった。


「ふふ、義妹は口が上手いな。よし、お義姉さん・義姉さん・テマリ義姉…この中からどれでも好きなのを選べ」
「おい!!」
思わず声を荒げたシカマルを、テマリは一瞥する。

「…なんだ」
「…なにが義妹だよ」
「我愛羅の嫁になるのだから、私の義妹になるのは当然だろうが」
「は!?なにが当然だよ!勝手に決めんな!!」
「お前に口出しされる覚えはない」
険悪な二人の間の空気をまったく読めないナルと、その状況の原因を理解して苦笑する綱手達。
そしてその口喧嘩を止めたのも、原因を作った本人だった。

「え~と、よくわかんないけど…前のように、テマリ姉ちゃんって呼んでもいいってば?」
「…まあ、それで今は良しとしよう。だがいずれ…」
「いずれも何も、これから先ねーよ」
「ふん、貴様には関係ないだろう」
悪態をつくシカマルを、鼻で笑うテマリ。
「…ッ、てめ…」

普段滅多に怒らないシカマルがなぜ不機嫌なのかわからぬまま、ナルはテマリに声をかけた。
「て、テマリ姉ちゃんはどうしてココにいるんだってば?」
久しぶりに会って少し照れ臭いのか、恥ずかしげに「姉ちゃん」と小さく言葉を紡ぐナルを、テマリは微笑ましく感じる。
こんな妹が欲しかったな、と二人の弟を持つ長女は切実に思った。
テマリの考えが読めたいのは、(相変わらず、この子は変わってないわね)と苦笑する。


火影室が談話室になることを怖れて、綱手の隣に控えていたシズネがこほん、と咳払いした。
「綱手様、そろそろ…」
「なんだい、水をさしおって…空気が読めないねぇ」
「綱手様の場合、サボりたいだけでしょう!」
口煩い側近に騒がれて、綱手は辟易とした表情を浮かべる。
二人のやり取りに苦笑した自来也は「わしはまだ報告があるから、お前達は先に出とれ。積もる話もあるだろう」とシカマルに視線を寄越した。

察しの良いシカマルは素早くナルとテマリ、そしていのを連れ立って火影室を後にする。
四人の足音が火影室から遠ざかったのを見計らって、綱手は何の前触れもなく背後に声をかけた。


「もう入ってきていいぞ」
「アイツ…成長したのは体格だけじゃないですよね?修行の成果があるとありがたいのですが」
火影室の窓の向こう側から即座に返ってきた返事に、自来也はふんっと鼻を鳴らす。
「抜かりがあると思うか?気を抜くとお前も出し抜かれるぞ」


挑発めいた答えに、火影室の外で待機していた畑カカシは満足そうにマスクの下で笑った。
「そりゃあ、楽しみですね」

窓から失礼して火影室に入ってきたカカシと、綱手と自来也の間で流れる空気を感じ取って、一礼したシズネは静かに退室する。

暫しの沈黙ののち、自来也がまず口火を切った。
「ヤツらの動きが活発になってきた」
その一言で、綱手とカカシはたちまち険しい表情を浮かべる。明確に言わずとも、ヤツらの正体を二人は把握していた。


『暁』――十数名ほどの忍びによって構成されている犯罪組織。
メンバーは何れもビンゴブックに載っている凶悪なS級犯罪者ばかり。そんな奴らが波風ナル――正確には、九尾の狐を狙っているという。


「各国の警備担当者には『暁』の情報を流しておいた。すぐに警戒態勢を取ってくれるとよいのだがのぅ」
綱手とカカシに報告する自来也の脳裏に、情報を流した里の一つが過ぎる。

中忍試験時にかつてナルと闘った相手だからか、ナルと似た境遇だからか、同じ人柱力だからか。
何れにしても砂隠れの里がどうも気にかかる。

もっとも、情報を流した砂の警備部隊の隊長は周囲からの信頼が厚い人物のようだった。心配はいらないか、と自来也は修行の旅で得た情報を報告することに専念する。


ちょうどその折、砂隠れの里に組織の影が忍び寄っていたが、現時点では誰も気がついていなかった。

















火影室から、ほぼ追いやられる形で里へ繰り出した波風ナル・山中いの・奈良シカマル、そしてテマリ。

いのに頼んでいた植物の世話等や中忍になれていないのがナルだけだという衝撃的事実を交えた近況報告を道すがら済ませる。
テマリが木ノ葉の里に来た理由が中忍試験の打ち合わせだと納得した後、ナルは先ほどから気になっていた事柄を彼女に問うた。


「テマリ姉ちゃん、我愛羅は?元気だってば?」
「ああ元気だよ―――我愛羅は、」

自分の弟が今どうなっているのかを誇らしげに伝えるテマリに対し、火影を目指しているナルには酷かと、いのとシカマルは気まずい表情を浮かべる。
顔を伏せるナルが拳をぎゅっと握ったが、二人の危惧は杞憂に終わった。
「そっか。我愛羅が…」


気合を入れるように、ぐっと背筋を伸ばす。ナルの決意が込められた視線に、一瞬テマリは眼を瞠った。
「オレも…っ、負けてらんねぇってばよ!!」
幼き日からずっと抱いている夢を火影岩に向かって改めて宣言する。


「絶対火影になってやる…!!見てろよ、我愛羅…っ」


















禿鷹が飛んでいる。

太陽を背に飛ぶ鳥の鳴き声は、吹き荒れる砂嵐に雑じっていても、里に響き渡る。
乾燥し切った空気を裂くように旋回し、小さな鳥影が砂隠れの里に落ちてゆく。


いつものように、我愛羅は己が治める里を俯瞰していた。里に聳える建物を砂が叩いてゆく。
無表情で里を見つめる彼の瞳には憂いが満ちており、知らずに溜息が零れていた。

里長に就任したと言えども、我愛羅の心中は気掛かりなことばかりだ。自業自得なので反論のしようもないけれど、かつての己の所業から、自分を怖れる里人も多い。
我愛羅は恐怖による支配などしたくはないし、するつもりもない。しかしながら中には、上層部の人間を脅して風影になったのでは、と疑う者もいる。

現状、我愛羅が風影になった事に関して認めていない里人が多数を占めているのは事実だった。



再び溜息をついて、我愛羅は一瞬眼を伏せた。
視界は砂で埋め尽くされ、止むことの無い砂嵐が彼の視線の先に常にある。
またもや、一陣の砂嵐が吹いて、眼に刺さる砂粒に、双眸が反射的に閉ざされる。

そうして眼を開けた瞬間、視線の先の光景が若干変わっていた。




「風影になったんだね。おめでとう、我愛羅」
「……誰だ?」




砂嵐に塗れた光景の中、その存在だけがやけに鮮明に映る。
激しく吹きつける砂向こうで、眼の前の人間は妙に白々と陽光の下で輝いていた。

フードの陰に隠れて顔は全くわからない。隙も気配も窺えない。
けれども、里に住まう人間ではないことは確かだった。

風影である自分に微塵も悟られず、ここまで接近してきたのだ。砂隠れの里に現在そこまでの忍びはいないと、自惚れではなく事実を知る我愛羅は当然の如く警戒した。


反面、突如現れた存在は、身構える素振りすらなく、悠然と手摺に腰掛けている。
激しく吹き荒れる砂嵐の中だというのに、顔を隠し続けるフードの白色が妙に眼に焼き付いた。
いっそ懐かしい感じすらして、我愛羅は眼を眇め、再度問い質す。
「――何者だ?」

我愛羅の再三の詰問にも、相手は答える気が無いのか、穏やかな物腰のまま黙している。そこで動揺を誘おうと、試しにほんの僅かに殺気を放つと、相手が微かに微笑んだ気配がした。
「以前のお前なら、出会った瞬間に殺気を出していた…――成長したな」

まるで昔からの知り合いのような口振りに、我愛羅のほうが動揺する。改めて何者か問うがやはり無言を貫く相手に、我愛羅は質問を変えた。

「俺に何の用だ」
「助言をしに来ただけだよ、我愛羅」

そこでようやく、相手は応えた。
何の感情も窺えない淡々とした物言いは事務的なようでいて、それでもどこか暖かみのある声音でもあった。


「風影になるのには相当努力したのだろう。それでも里長として認めてくれぬ人間もいる。人心を掴むには、我愛羅。身をもって立証するしか無いんだよ」
「…なにを、言って…」

今正に自分が悩んでいる事柄を的確に指摘され、我愛羅の足が自然と後ずさる。
無意識に視線を周囲に走らせるが、まるでこの場だけが世界から切り離されたかのように、誰も此処に近づく気配は無かった。



「里に脅威が迫った時、君はどうする?」


突然、何の脈絡もなく問われる。
今まで散々質問してきた己に逆に問うた相手は、物静かに言葉を続けた。

「影を背負う器になったからには、それ相応の覚悟も必要だ。同時に、己の命も大切にしなければならない。そして、君が現在風影になっているという事は、君を里長と認める人間もいるという事だ。それを忘れてはならない」
「…見ず知らずの人間が説教か?」

昔と随分変わったとは言え、流石の我愛羅も表情を険しくさせた。足元から、自然現象ではない、己の力である砂が小刻みに震え始める。
フードの陰で、「気に障っただろうな、すまない」と謝罪した相手がふっと口許に苦笑を湛えた。

「ただの、お節介さ」






眼前の光景が揺らめく。あれだけ鮮明だった相手の姿が曖昧になってゆく。
陽炎のように揺らめく我愛羅の視界の向こうで、相手が同じ質問を今一度問うた。

「里に脅威が迫った時、君はどうする?」

止んでいたはずの砂嵐が再び吹き荒れる。
視界に塗れる砂と激しい風の中で、物静かな声と共に澄んだ鈴の音が我愛羅の耳朶を震わせた。

「それが答えだよ、我愛羅」










激しく吹き荒れる砂嵐は止むことがない。
乾燥し切った空気を裂くように旋回する禿鷹の鳴き声が響く。里に聳える建物を砂が叩いてゆく。
そんな、いつもの環境音が我愛羅を我に返らせた。


眼を瞬かせて周囲に視線を走らせても見渡しても、寸前まで会話していた相手の姿など何処にも無い。手摺の辺りを注意深く見たところで、そこに誰かが腰掛けていた様子など微塵も無く、ましてや砂が積もっていた。

呆然と佇む我愛羅の背後で、己を呼ぶ声がする。
「風影様…そろそろ会議です」


跪いて伝えるバキに、我愛羅は一瞬、此処にいたのは自分だけだっただろうか、と問おうとした。
だが、途中で思い直し、「わかった」と一言返す。


今のが白昼夢だった可能性も無きにしも非ずだったが、それでも幻や空想という一語で終わらせるにはあまりにも鮮明過ぎた。


バキに促され、会議に出ようとした我愛羅は、不意に足を止めた。肩越しに振り返って、里向こうを見やる我愛羅を、バキが訝しげに呼ぶ。

再び、風影の羽織を翻し、里から眼を離した我愛羅は、これから迫り来る脅威に未だ気づいてはいなかった。しかしながら、心の何処かで警戒心が頭をもたげる。
耳に強く残る正体不明の存在の助言らしき言葉は予感めいていて、我愛羅の胸を砂嵐のように騒がせた。








砂隠れの里向こう、砂嵐に雑じって、鈴の音がした気がした。
それは、白フードから聞こえた音と同じく美妙だったが、不吉な音色とも言えた。





里と、そして我愛羅自身に迫る脅威の前兆の音だった。
 
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