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ソードアート・オンライン〜Another story〜

作者:じーくw
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マザーズ・ロザリオ編
  番外編 第3話 『大好き』

 
前書き
~一言~

一か月以上開いてしまってほんとーにすみません……。リアルが異常に忙しい上に色々と大変な目にもあって遅れてしまいました・・・・・・。
最近は暑さも異常ですし……一日2万歩ですし………。し、しぬ…… 涙涙

それは兎も角、でも 何とか更新出来て良かったです。
番外編はこれにて終了とします。またシノンさんに活躍の場が作れれば、と思う今日この頃です!


最後にこの小説を見てくださってありがとうございます。これからも頑張ります!

                           じーくw 

 
 この剣を振り下ろすまでの時間は、恐らく何秒もかかっていないだろう。

 だけど、体感時間は異常な程に長く感じていた。
 
 そして 今日ほど緊張した事など、今まで生きてきた中で 一度だって無いかもしれない。
 心臓の鼓動が 仮想世界の筈なのに うるさい程聞こえてくる。その鼓動が奏でる音は現実のそれと全く相違ない。  
 

――剣を持つ手が震える。……それにへカートより ずっと、ずっと 重い気がする。


 シノンは 手に伝わる重さが、あの世界での自分自身の相棒であり、愛銃でもあるへカートⅡよりも重く感じられた。そして その理由もよく判る。

 それ程までに 想いを込めているから。漢字をただ変えただけじゃない。この時が来る事を待ち望んでいた自分だって確かにいた。

 でも決してリュウキを困らせるつもりはない。……レイナを泣かせたりもしたくない。あの息苦しい生き地獄と言っていい過去からの記憶に苛まれていた自分自身を救ってくれた人達。かけがえの無い人達なんだから。

 それでも 一度。一度くらいは許してもらいたかった。



――それに、ちょっとした切っ掛けだったかもしれない。



 もしも 自分がSAOの世界へ足を踏み入れていたとしたら?
 もしも あの生と死の世界で肩を並べて戦い続けていたとしたら?

 たら、れば、はあまり使いたくはないが、それでも何度も思ってしまうのだ。あの世界で レイナと、彼を想っている子達と色んな意味で戦いたかった、と。

「(……リュウキ……っ)」

 お願い。今だけは、許して……。

 シノンは、心に強く念じて剣を下ろした。
 リュウキの頭に剣の腹部分が軽く当たる。攻撃判定が出るのかどうか判らない程の速さと強さだった。……だった(・・・)筈なのに。

「っっ!!」

 ずんっ! とまるで地盤沈下でも起こしたのか? と思える様な衝撃と轟音が周囲にばらまかれたのだ。重力魔法を見に受けたかの様に沈む脚。

「な、な……っっ」

 シノンも突然の事に困惑。混乱してバランスを崩しかけたのだが 何とか両足を踏ん張って堪える事が出来た。だが、リュウキはそうはいかない。

「っ、ぐぁ……!」

 ず、ずずず、と地面にめり込む勢いで、あの剣に潰されていっているのだから。

「りゅ、りゅうき! そんななんで!? わ、私はそんな強くやって無いのに……!」

 慌てて駆け寄ろうとするシノンだったが、リュウキは手で制した。

「違う……、シノンの じゃない、……これは 何かの、……何かのイベントが発生した……、みたいだ……っ! (こ、この感覚は…… あの世界(・・・・)でのと、同じ………っ)っ!」

 堪えている最中もリュウキの頭の中に、様々な情報(データ)が流れ続けていた。
それも極めて膨大な量。

 リュウキの持っている力。それは この世界で言えば神域とまで言っていい全て視通す眼。それは完璧な情報把握能力。些細な情報も眼の届く範囲は決して視逃さない程の精巧さ。
 
 それらは デジタルデータの流れ、或いは電子の流れまでも視てしまう為 キリト達が羨む通り、殆ど反則的(チート)な力。だが この時ばかりは裏目に出てしまったと言わざるを得ないだろう。
 何故なら、あまりに膨大なデータが眼を通して頭の中に流れ込んでしまったからだ。よく視え過ぎる為故に、眼を媒介に叩きこまれ、頭の中ではその奔流に飲み込まれてしまった。

 その大きな波は、リュウキの意識をも刈り取られようとしている。

「っ、ぁ……! ぐっ……!!」
「リュウキっ! リュウキっっ!!」

 シノンは 剣を放り捨ててリュウキの両肩を掴んだ。
 間違いなく自分のせいで、こうなってしまったと思っているから。

「しん、ぱい…… するな……。ほん、らいは こう……なったら 直ぐ……意識、なくなる筈……。おれが、……わる……っ」

 リュウキの視界が完全に膨大なデータの流れに飲み込まれシノンの顔を見る事も出来なくなった。

「わるい………しのん…… てつだえない。……まか、せた」

 それを最後に、リュウキの身体は糸の切れた人形の様に崩れ落ちたのだった。












――ここは、圏内の筈だ。ましてやこの世界はALO。安全なゲームの世界の筈なのにっ。


 シノンは倒れているリュウキを抱え起こして ただ只管考え続けていた。
 剣をリュウキに当ててしまったから、こうなったのは間違いない。そして 自分が……自分の卑しい願望のせいで リュウキを 大切な人を……、大好きな人をこんな目に合せてしまった、と深い罪悪感で今度はシノンが押し潰されそうになってしまっていた。

「ごめ、ごめんな……さい……。わたし、わたし……っ」

 シノンは、リュウキの手をぎゅっ と握りしめた。
 掴んでくれたのは、この優しい手だった。暖かく抱きしめてくれたのもこの優しい手だった。闇から私自身を解放してくれたのも、この手だった。

 それなのにあの時(・・・)みたいに―――。



 シノンは リュウキが言っていた言葉は完全に頭から失われてしまっていた。ただただ連想するのは、あの死銃事件の時の事。新川兄弟の襲撃の際に リュウキが怪我をしてしまった時の事だ。
 救急車で運ばれ、病院についても暫く動けなかったあの時の事。
 
 その為か、リュウキが言っていた言葉が完全に抜け落ちてしまっていたのだ。
『イベント』と言うものを。

 SAOの世界でも何万ものクエストがあり、様々な種類があり、基本的には各層の主街区の転移門広場に備え付けられている掲示板で依頼を受けたり、受注したりするのだが 全てと言う訳ではない。
 指定された場所へ行けば開始されたり、NPCとの出会いからイベントが発生したり、と様々だ。


 そして、指定アイテムを使用したら、場所などは問わず 開始される事だってある。


 今回もその類のものだ、とリュウキは薄れゆく意識の中で必死にシノンに伝えようとしたのだが、伝わる事は無かった。

 だが、実はそのリュウキの見解、予想も正確には外れだった。

 これは、そう言ってしまえば――。


『はぁ~ 相変わらずこの子ってば凄いわねー。これって強制的睡眠なのに、なんであそこまで粘れるのかしら? あの時(・・・)だって、正直私が解放しなくたって、目を覚ましそうだったし? まっ 私が目をつけた子だもんね~♪ とーぜんかなっ?』

 
 イレギュラーの発生なのだから。








 


 シノンは、突然の事に頭が追いつかない。
 リュウキが倒れてしまった事、安易な計画で迷惑をかけてしまった事。……万が一もしも起きてこなかったら、と思う恐怖。それらしか考えられなかったんだけど、突然現れた白いドレスを纏った女性を前に意識が混濁してしまったのだ。

『ふぃ~ まさかまたこの子って言うのも凄い偶然だねー。私って偶発的に発生したAIなのにさ~っ』

 会話だけは辛うじて耳を伝って脳にまで入ってくる。リュウキの知り合い……とでも言うのだろうか? 
 だが、明らかにプレイヤー側ではない。NPCがリュウキの事を知っていると言う事。以前のイベント等の繋がりがあるのだろうか? とも考えたが シノンは首を小さく振った。

 何故なら連鎖するイベントは 基本初プレイをするプレイヤーはその章を飛ばす事は出来ない筈だから。途中経過のイベントに、途中から入る事など、これまで一度だって無かったから。
 そもそも、イベントは最初から最後までしなければ、しっかりと全容が判らないし、理解できないままにイベントが進んだって面白味が半減してしまうだろうって思う。

 色々と考えている時、シノンとあのNPC? と目があった。

『へぇ……、あの時とは違う子なんだ。今度は。ふっふ~ん♪ やっぱりこの子ってば人気あるのね。まっ可愛いからよく判るけど! っとと、こほんっ。はじめまして~。私は純愛と寵愛を司る女神の……え、っと……う~~ん。そっ ヴァナディースって言います』

 明らかに今名前を考えた様な気がするからシノンは 少しだけ呆れる事が出来たと同時に、冷静さも頭の中に戻ってきていた。そして、ヴァナディースと言う名にも覚えがある。

「(ヴァナディース……、北欧神話の女神の1柱、フレイヤの別名だった筈。……容姿は確かにあの時のフレイヤにそっくりだけど言動が……。クラインが見たら幻滅するかもしれないわね。……いや、喜ぶかも? あの時はトールだったし それに比べたら…… って、今はどうでもっ!!)」

 冷静さを取り戻す事が出来たシノンだったが、それでも、それよりも考えなければならない事がある。倒れてしまったリュウキの事だ。

「リュウキは!?」
「安心してってば。この子は眠ってるだけだからさ。……普通は、こんな風にならないんだよ? ただゆっくりとぐっすり寝るだけなのに、この子ってば ()もそうだったけど、ほんと粘ったんだよ。身を委ねたら楽になれるのに……。優し~くしてあげたのに~♪」
「………………」

 シノンの鋭い眼光が彼女を穿つ。
 そりゃもう射貫く勢いで。

「ちょ~~っと待ったって! 前の子よりずっとずっと眼力半端ないじゃん! 怖いって!」
「……ん? 前の子??」
「ふー。あー怖かった。うん? あ、そっか。……えとね、以前にもこの子の絡みで色々とあって……」

 倒れてるリュウキをその豊満なお胸で抱える姿を見たら、シノンの中に非常に殺意が芽生えてしまうのは気のせいじゃないだろう。シノンの腕の中に 別の世界の最強武器の一角 へカートを召喚しそうだ。想像力だけで具現化を……。

「もー、怖いってば。可愛い顔台無しだよー」
「っ……。リュウキから離れて……」
「ほいほい。判ってるってば」

 ゆっくりとリュウキを離したのを確認すると同時に、シノンは殺気を抑えた。

「あの世界とこの世界とでは私の役割は違うからねー。あんまり実力行使~的なのは好ましくないんだよねー。肩凝っちゃうし」

 肩を回して中々エゲツナイ音を出している。それは女神さまらしからぬ光景にシノンは毒気抜かれてしまった様だ。

「そんな怖い顔してると、眉間に皺が出来ちゃうゾ? 可愛い顔してるんだから大事にしなさいな」
「…………」
「ほら、その顔駄ー目! この子の事……好きなんでしょ?」
「っ…… な、なにを……!」
「駄目だよー。私の事は騙せない。なんたって純愛の女神サマだからね~。何でもお・み・と・お・し。ダヨ?」
「うっ……」

 シノンの額にちょんっ と指を当ててきた。
 シノンはイラっとしてしまったが、それでも的確に見抜いてくる所を見ると……女神と言う設定のこの女の眼力は確かなものだと判る。

「それにね。私が出てきたって事は、キミが彼を想う気持ちが最高クラスを超えてるからなんだよ」
「な、なんでっ!? そんな事が判るって言うのよ!」
「勿論、女の勘 なんて言うつもりないよ。バイタルデータとかで精神状態は容易に読み取れるの。波形のパターンだって決まってくるしね? ま、身も蓋も無い言い方したらそうなるから、 嘘じゃないよ。……私が出てこれたのはキミの成果だって思って。色々な条件が揃わないと出来ないから、ほんっと幸運なんだから」

 何が幸運なんだろう……? と思うシノンだったが、直ぐに判明する。

「これからの言葉は、正直確信は持てないから 多分って事になるんだ。この子は本当に色んな意味で凄すぎてる。仮想空間の申し子、いえ、GMがこの世界を管理しているのに その上を行ってる様な存在。神サマって言ったって良いかも。可愛い顔してる、ね?」

 リュウキの顔を撫でてる自称女神の眉間に一発撃ち込みたい、という衝動に苛まれるけれど、踏みとどまるシノン。

「この眠りから覚めた時、この子は、あなたに惚れてくれるの」
「!!!!」

 この女神言っている言葉の意味を理解するのは少し難しかった。

「……今なんて言ったの?」

 だから シノンは聞き直したのだ。

「だ・か・ら、この子が惚れちゃうって言ってるのあんたにね。だって、この剣は惚れ薬みたいなもので、自分自身に正直になるって言うのは()の話。今は違うんだよねーこれが。効力は増しているんだよ」
「っ……!」

 言ってる意味が判った。いや元々判っていた筈なんだ。自分自身がそれを望んだ事でもあったから。
 でも どうしても罪悪感と言うものは 心に燻ってしまう。
 リュウキが愛しているのは、自分自身ではなくレイナなんだから。

 本当に良いのか?
 リュウキの心をもてあそんでいるのではないか?

 シノンに元々あった迷いが、また表面化していたのだ。いざ目の前にしてしまうとどうしても。
 
「はーい。キミは深く考えたり、心配しなくても良いわよ? だって 惚れるって言うのは一時的なんだし。……それに此処が重要。彼を操ってるって訳じゃないの。えーっと シノン、だったわよね?」
「……ええ、そうよ」

 シノンの方を見た女神は にこりと笑顔を見せた。

「この子が 全くシノンの事を想っていないのであれば、私は出てこれてないのよ。この子が想う強さとシノンの想う強さ。ああ、後はこの武器を仕上げた人の腕も加わってパーフェクトって事ねん♪ だって、私ALO(ここ)に来たの初めてだし、他に私が出た~って話 聴いてないでしょ? 私ってば特殊なキャラだからね~♪」
「………」

 それは、否定できなかった。色んな意味で否定できない。
 アルゴの情報に関しても念入りに確認をしたんだけれど、武器の形状や効力の話しか聞けていない。仮に男女のプレイヤーがこのイベントを行って、彼女が出てきて 恥ずかしくて(今のシノン自分自身にも言える事だが) 情報を公開してない、と言う可能性は捨てきれないし、この女神の言う事を全て鵜呑みにしていいのかも不明だった。特殊なキャラ、と言う所に関しては判るけれど。


 いや、実は シノンは女神の言葉を訊いて頬を紅潮させていたから 上手く考えられなかったのかも。

「この子にとっての特別な子がいる。……そーよね? シノン」
「っ……」
「うん。良いなぁ 恋愛してて。青春って感じだねー」
「う、うるさいな!! なんでそんな詳しいのよ! アンタほんとにNPC!?」
「はいはい、怒らないでー。NPC~なんて身も蓋も無い事言わないでよー」

 何だか普通の人。NPCじゃない様な気がしてならないシノンだった。同じくAIのユイに匹敵する様な気も同時に。

「それにシノンだってまだまだ若いんだからさ! 何事も全力で行けば良いって思うのよー! そりゃ間違っちゃう事だってあるかもだけど」

 女神はシノンの頭を軽く撫でた。

「沢山悩んでるって言うのもあなたを良く見てたら判るんだ。これはそんなシノンに対するプレゼント。……終わって覚めたら 夢の様に儚く感じちゃうかもしれないけど、それは承知の上なんでしょ? じゃなきゃ この武器を使ったりしないわよね?」
「そ、それは……」

 シノンは、それを訊いてこの剣を使う寸前の事を思い返していた。


――これ以上は何も望まないから、リュウキを。今だけでいいからリュウキの事を感じさせて。

 強い想いがあったんだ。

「(ごめんね、レイナ。……リュウキも。でも私は……)」

 もう 一時的でも構わない。それがシノンが望んだ事なんだ。

「よしっ! じゃあ行くからね? ま さっき言った通り この子は凄すぎるから、完全にその通りにいくとは思えないってのが本音だけど」
「………良い」
「潔くてよろしいっ! んじゃー……」

 女神は手をゆっくりと上に掲げた。
 掲げて人差し指と親指を合わせて……、ぱちんっ! と鳴らす。


『どうなるか、判らないけど、……頑張ってね? シノン』

 
 出歯亀されるんじゃないか、とシノンは少なからず危惧していたんだけど、女神は拍子抜けする程あっという間に消えてしまった。

 光が消えたと殆ど同時に、リュウキの身体が動いた。

「っ……んん」
「あっ……!」

 シノンはこの時、女神が言っていた言葉を忘れ去っていたかもしれない。
 勿論『目を覚ました時リュウキがシノンに惚れている』と言う話だ。

 今はただリュウキが目を覚ました事が嬉しかった。無事に目を覚ましてくれた事が、本当に。

「リュウキ!」

 シノンは思わずリュウキの方へと飛びつく様に動いていた。

「大丈夫っ!? そのリュウキ ゴメンッ! ……わ、私のせいで こんな事に」
「………………」

 リュウキは 何も答えず ただただシノンの方を見ていた。
 そして それにはシノンも気付いていた。

「リュウキ……、だいじょう……っ」

 リュウキは、最後までシノンに言わせず、ただ身体を抱き寄せた。
 
「大丈夫。……シノンは大丈夫だった?」
「えっ……!? え、ええっ!?」
「そっか。……良かったよ」

 間違いなくいつもとは違うリュウキだった。そのリュウキを感じて シノンは先ほどの女神の会話を思い出していたんだ。なんで忘れてたんだろう、と思える。本当についさっきの出来事なのに。

「(リュウキが、わ、私に……)」

 シノンはパニックになりかけたのだが、一先ず落ち着かせようと何度も何度も深呼吸をした。

「シノン。……本当に大丈夫なのか?」
「え、ええ。大丈夫よ。私なんかよりリュウキは??」
「ん。……何だろうな、シノンを見てたら ほっとするんだけど、それと同じくらい心配してしまう」

 強く抱きしめるリュウキ。そして 心臓が痛い程鳴り響くシノン。

「オレは シノンの事を助ける事は出来たのか……?」
「……えっ?」
「あ、あれ? 今オレはなんていった? オレは……」

 混乱をしているのはリュウキも同じだった様だ。
 その理由は、多分……女神が言っていたのが理由だという事が判った。

「リュウキ。私の事、判る?」
「……ああ。判らない筈無いだろう? シノンのこと」
「うん。じゃあ、他の事は……?」
「……………」

 リュウキは、暫く考えた後。

「何でかな? オレ、今はシノンの事しか考えられないみたいなんだ」
「………そう、なの」

 シノンは、ゆっくりと頷いた後リュウキを抱きしめ返した。

「今だけ、だから。……ごめんなさいリュウキ。今だけで良いから……」
「ん? 何を言ってるんだシノン。それにオレは約束をした。オレはお前の手を握るって。……幾らでも握ってやるって」

 リュウキは、シノンの後ろ頭に手を回して その胸に強く抱きしめた。

「それに これも言った筈だ。……『シノンの闇はオレが封じる』って。……それは忘れてない。忘れない。だから、シノン。そんなに辛そうにしないでくれ。オレが傍にいる。……シノンを支え続けるから」
「っ…… っっ……」

 言葉の一つ一つが心の奥深くに入ってくる。 
 温もりが身体の芯にまで届く。

「ずっと………、ずっと、こうしていたかった……。例え、今は忘れていて、覚えていないかもしれないけど、あなたに大切な人がいたとしても。私は 私はあなたに救われたの……。私の全てを救ってくれたの。だから、あなたの腕の中が私の帰るべき場所だって、ずっと、ずっと……っ」

 目頭に熱いものが浮かび上がる。決して手の届かなかったものが直ぐ傍に、この中にあるのだから。

「リュウキ……。はや、と……っ」
「……シノンは、詩乃は今のオレにとっても大切な人だ。詩乃が言っているオレの大切な人もきっと、()のオレにとっては 間違いなく大切な人なんだろう」
「っ…… ま、まえ……の?」
「ああ」

 リュウキはゆっくりとシノンを離してシノンの目を見た。

「全部話すよ。……さっきまでオレは今までに感じた事のない感覚に包まれていたんだ。何かが切り離される様な感覚。云わば分離した、って言うのが正しいかもしれないな」
「え……?」
「だけど、シノンの事ははっきり判る。……覚えてる。今のオレにはシノンの事しか覚えていないんだ」

 部分的な記憶喪失とでも言うのだろうか。
 でも、そんな事が本当に可能なのか? そして それ以上に……。

「りゅ、リュウキ。元に、元に戻るの……?」

 それが不安だった。
 確かに自分の事を想ってくれるのは嬉しい。本当に嬉しい。だけど それと同時にレイナの笑顔も頭に浮かぶんだ。

 あの笑顔を崩したくない。あの笑顔を泣き顔になんか絶対にしたくないんだ。

「ああ。……大丈夫だ。ほら、見えるか?」
「え?」

 リュウキは自分自身の頭上を指さして、シノンもそちらに視線を向けた。
 そこにあるのは数字、タイマーだった。

「これが無くなれば、元に戻るんだろうな。……自分自身でそう言うのは何だか違和感があるがな。……後は、今の事を、オレが覚えているかどうかが判らないんだ。……多少の思い上がりがあったかも、な」

 覚えていない、というのがこういう事を言うのだろうか。
 リュウキにとっては不思議な感覚だった。

 自分自身の事は判るのだが、思い出せない事も多い。

 いや、思い出せないと言うよりは 心の中の大部分がシノンでいっぱいになっている、と言う感覚だった。

 今のリュウキには知る由も無い事だが、もしも リュウキ以外の人がこの剣とシノンに負けない程の想いを持った人の一撃を受けていたら、完全な虜になってしまうのだ。問答無用で魅了される効果を持つのだが、少々効果が違って出ている。それがシノンにとって良い事なのか、悪かった事なのか。……それはシノンの顔を見ればよく判る事だった。

「ただ……」
「え……? どうしたの?」

 リュウキはシノンの顔を見て 少しだけ寂しそうな表情に代わっていた。
  
「多分。……このカウントが0になれば、元に戻る。……今のオレがどうなるか判らない。シノンの事を支えるって言ったのに。オレが……」

 リュウキの表情の理由。シノンには判った。
 誰よりも優しいからこそ、今の自分がいなくなってしまうと言う事を危惧している。シノン以上に不安に思っていると言う事だった。

 だけど、シノンは首を横に振った。

「大丈夫だよ。……だって、リュウキは 隼人は隼人だから。私は隼人に救われてるから。……だから 心配しないで」
「……そう、か」
「うん。だから……今だけは、こうさせて。この時間が0になるまで、このままで……」

 シノンはリュウキを更に強く抱きしめた。
 身体の温もりが強く伝わる。そして シノンの視界にとあるウインドウが勝手に立ち上がった。

「っ……!?」

 それは、今まで見た事の無い項目だが、存在している事は知っていたモノ。
 自分には きっと縁なんて無いと思っていた筈の設定画面。

《倫理コード》

 それを解除するかどうかの有無だった。

「………っ、え、そ その……っ」

 何故この設定画面が今目の前に現れる? 

 これは オプションメニューの異常なまでに深い部分に存在しており、間違えて解除してしまう様な事が無い様にと設定されているんだ。或いは R-18? の為なのか。
 
 今そんな操作をするつもりは、とシノンは慌ててしまったのだが、全く考えてなかった訳ではない。リュウキを強く想っているからこそ、自分の愛情の表現の究極系を彼に捧げたいと思わなかったと言えば嘘になってしまう。

 でも、今は 今この瞬間は誓ってシノンは考えてなかった。抱きしめて 抱きしめ返されたこの状況も十分すぎる程奇跡的な事だったから、それ以上を求める事なんて考えてなかったんだ。

「ぁ………」

 その時だった。
 リュウキの目が 明らかに代わった。


「シノン。……いや、詩乃」
「っ!」
「大好き、だよ……」


 大好きな人から そんな事を言われて、耳元で囁かれて、理性を保ってられる者など この世に存在するだろうか。それは男女問わない。女だって嬉しい。心底嬉しいんだから。

 軈て 理性は完全に消し去った。リュウキから貰った大切な言葉。シノンは言葉だけでなく行動でも返すのだった。――その後の詳細は省く。





 





 場を照りつける太陽。
 ログハウスの中にも暖かい光が降り注ぎ、光の筋が幾つか生み出している。それは幻想的とも言える空間で 見る者全てに安らぎを与えてくれると言っても大袈裟じゃない。

「ぅ……ん……」

 そんな中で目を覚ましたのだから、目覚めが悪いとは言えない……だろう。普通なら。
 だが生憎今は普通じゃなかったんだ。

「っ シノンっ」

 意識が覚醒したのを自らで認識すると、リュウキは即座にスイッチを切り替えた。現状の自分の状況。そして 眠る前の事。この場にいるシノンの事。起きたばかりだが全てが頭の中にあった。

「おはよう。リュウキ」

 そして、笑顔で起こしてくれるシノンの姿も。

「ぁ、ぁぁ。……あれ? その、大丈夫だったのか?」
「何の事?」

 本当に良い笑顔。輝いていると言っていい程の笑顔を見たリュウキは 少しだけ困惑した。
 シノン1人を残して離脱してしまった、と言っていい状況だったから、このイベント? の負荷が完全にシノン1人に掛かる状況で、なんでそこまでの笑顔でいられるのか、リュウキはそれがある意味不安だった。

「いや、ほら。……オレは何も出来なかったから」
「……ああ、その事」

 シノンは、それを訊いてゆっくりと立ち上がった。
 数歩歩いた後に くるりと振り返り。


「何も出来なかった、何てことなかったわよ。だって、リュウキ。……リュウキが この世界で出来ない事なんて無いんでしょ?」


 また、微笑んだ。
 その微笑みを見て 自分の頬が熱くなるのをリュウキは感じ取る。
 なぜ、熱くなるのかは理解出来ないが。
 
「……そんな事は無いって。オレだって出来ない事の1つや2つ……」

 理解出来ないから、誤魔化す様に苦笑いをするしかなかった。



「……大好きよ。はやと」



 リュウキに訊かれない様に小さな声で シノンはぽつりと呟いた。









 その後は、リュウキに今回の件の詳細を詳しく聞かれた。

 シノンにとって それが今回の中で特に難しかったかもしれない。 






















 ログハウスの上空にて。


『ふふっ、この子達は あの子とはまた違った感じがするわねー。ま、どっちも可愛いって言うのは同じだけど』


 空中をふわふわと漂いながら 眼下の家を眺めてる女神の姿がそこにはあった。
 一部始終どころか、全てを目撃してるのは彼女1人。



『ま、色々と大変だと思うケドー。ふふっ頑張ってね? シノンちゃん』




 相変わらず超高性能なNPC。
 最早ユイに匹敵すると言っていい感情豊かな彼女。



 この次に現れるのは一体いつになるのだろうか…………
 
 
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